鵺

江戸時代末期。自分は悪い鵺だから誰も愛してくれないのだと、貧欲に愛を求める美貌の若侍四辻篠夫と、愛した女には裏切られ、両親からは愛されすぎてすべてを失い、愛することを恐れる元旗本神保主理之介が織りなすピカレスク絵巻。花のお江戸を舞台に、知らぬ間にぴたりと寄り添う影法師のように、地獄の底から愛を求める鵺の姿を彷彿とさせる幻想奇譚。作者木原敏江の代表作である夢の碑シリーズの一作品。

正式名称
ふりがな
ぬえ
作者
ジャンル
時代劇
 
悲恋
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概要・あらすじ

伊勢久居藩の芳賀家の末息子で美貌の若侍篠夫(四辻篠夫)]は、刃傷沙汰を起こし切腹させられるところを腰元の可那枝に救われ、駆け落ち同然に国を後にし、生母の記憶を頼りにやって来た花のお江戸で、元旗本の浪人神保主理之介と運命的に出会う。神保主理之介源也と組んで美人局稼業に手を染めた四辻篠夫は、大好きな神保主理之介の仕官のためにと荒稼ぎし、役人に目を付けられる。

花見の宴で兄成島采女正と再会したことから、四辻家と成島家をめぐる過去の陰謀と、一見無垢に見えた四辻篠夫の秘めた生い立ちが明らかになる。四辻篠夫と呼ぶ所以を知った神保主理之介は、己もまた地獄の底から愛を求めると同じと悟り、四辻篠夫と運命を共にする。

登場人物・キャラクター

四辻 篠夫 (よつじ しのぶ)

『鵺』の主人公の1人。伊勢久居藩の芳賀家の末息子。その美貌のせいで刃傷沙汰を起こし、切腹させられるところを逃れ生まれ故郷の江戸へとやってきた。元旗本の神保主理之介と出会い、美人局稼業に手を染める。実は成島采女正の弟。姉愛しさに毒を盛ったのは幼さ故か無垢故か、畏れた兄の進言により芳賀家へ養子に出された。 ひたすら愛を求め無邪気に罪を重ね、周囲を翻弄する。

神保 主理之介 (じんぼ しゅりのすけ)

『鵺』の主人公の1人。元二千石の旗本の一人息子。吉原の遊女八雲と恋に落ちるが、騙されたことを知り黒幕の男共々殺害。両親の自決によって減刑され閉門蟄居の浪人暮らし。たまたま出会った四辻篠夫に運命を感じ、時に冷たく時に暖かく世話をやく。四辻篠夫の秘めた生い立ちを知れば知るほど、身の破滅を悟りながら惹きつけられていく。

可那枝 (かなえ)

芳賀家の腰元。切腹させられそうになった四辻篠夫を逃がし、ともに江戸へ駆け落ちする。見た目は不細工だが、性根は誰より器量良し。四辻篠夫の妻となり、共に廻り髪結いを生業に仲むつまじく暮らす。望郷の念に苛まれ、一人故郷へ帰ろうとしたため四辻篠夫に殺害される。

源也 (げんや)

表向きは口入れ屋だが、裏稼業は金持ちを狙う義賊。四辻篠夫が神保主理之介と組んで美人局で稼ぐ際、変装の道具や隠れ家などを全て手配する。奉公先で亡くなった兄の死の真相を探るうち、四辻篠夫の秘めた生い立ちを知る。旗本でありながら町人を差別しなかった神保主理之介を真の友と思い、無邪気に罪を重ねる四辻篠夫を手に掛けようとするが、止めに入った神保主理之介に刺され絶命する。

お柳 (おりゅう)

母親が神保家に仕えており、神保主理之介の幼なじみで姉のような存在。常磐津の師匠。神保主理之介が拾ってきた四辻篠夫と可那枝を快く泊め、あれこれと世話をやく。神保主理之介と四辻篠夫の関係が深まるのを見て、身分違いの実らぬ恋と別れを決意し、宇田川勘解由と一緒になる。

宇田川 勘解由 (うだがわ かげゆ)

町方同心。神保主理之介、源也とは道場馴染み。賄賂を受け取らぬ生真面目な男で、道理に背き殺人を犯した神保主理之介を嫌っていた。しかし、やむにやまれぬ事情から、たつみ屋に借りができ、自由に生きる神保主理之介に理解を示す。神保主理之介と別れたお柳と一緒になる。

成島 采女正 (なるしまうねめ のしょう)

美濃加納藩、永井家家臣、江戸留守居役。四辻篠夫の母の嫁ぎ先の連れ子で嫡男。幼少時から四辻篠夫の行動を畏れていた。由良の方によって母が追い出された恨みから、素直に四辻篠夫を愛しいと思えない。主君を幕府の要職に就けるため、上役への賄賂を欠かさず、たつみ屋を使い四辻篠夫の美貌を利用する。

兵藤 竜見 (ひょうどうたつみ)

廻船問屋たつみ屋主人。元四辻家に仕えていた下級侍。四辻篠夫の生母由良を慕い成島家に出入り。母がるいの乳母をしていた縁で、幕府の重鎮に顔が利く土方家にも出入りし、永井家の殿の出世の片棒を担ぐため四辻篠夫を利用する。四辻家の財産を横領したお栄を妻とし、たつみ屋を築く。

お栄 (おえい)

元は四辻家に仕え由良の侍女だったが、今はお園と名を変えたつみ屋の内儀。由良の輿入れ先の成島家で四辻篠夫の乳母を務めた。四辻家の姫、由良を成島家に売り、四辻家の財産を横領し、兼ねて惚れていた兵藤竜見と一緒になった。江戸の街で偶然四辻篠夫を見つけ、後悔の念に苛まれる。

由良 (ゆら)

四辻篠夫の産みの母。四辻家から成島家へ輿入れしたが、旅芸人の男と駆け落ちし江戸へ逃げ四辻篠夫を出産。しかし追っ手によって殺され、体面を気にした成島家は四辻篠夫を引き取り、由良は病気療養先の江戸で亡くなったと届けた。生前の由良を知る者が女装した四辻篠夫を見ると、思わずハッとするほど面差しが似ている。

おこん

上野にある弁天堂の出会い茶屋の茶汲み女。源也とは相愛の仲だが、まだ若いと結婚は反対されている。空想癖があり、少し学の足りないところはあるが、純粋で天真爛漫。それゆえ源也も心を許して四辻篠夫の生家の話をし、それをきいた房から重要な情報を得る機会となる。

(ふさ)

おこんの母。若い頃に四辻家に仕え、由良とともに成島家へ移ったが、由良の死と共に暇を出され江戸に来た。おこんから話をきき、驚きつつも四辻篠夫を訪ねて来る。たつみ屋お園(お栄)から口止め料をもらったことを怪しみ、四辻家の財産横領の噂を伝える。

(みつぎ)

日本橋村松町の髪結い貢床の店主。何人もの髪結いを取り仕切る。源也が店の権利を買い、身寄りのない子供たちをまとめて始めた店を任された。源也の一の子分で、彼からの信頼は厚い。源也の紹介で尋ねて来た四辻篠夫と可那枝に、髪結いの仕事を手ほどきする。幼なじみのお袖に惚れていたが、しっかりもののお公美と出会い世帯をもつ決心をする。 源也の裏稼業のことは薄々気づいていたが、知らぬ振りを通してきた。

お袖 (おそで)

遠州屋のわがまま娘。貢の幼なじみ。四辻篠夫に横恋慕し、可那枝に辛く当たる。四辻篠夫が可那枝を手に掛けるところを目撃し、罪に問われぬように自殺とみせかける気の強い町娘。四辻篠夫のもとへ押しかけ女房となり身ごもるが、川で遺体となって発見される。

弥右衛門 (やえもん)

神保家に仕える老人。幼い頃から神保主理之助の世話をし、閉門蟄居となって家臣たちが離反していくなか、お家再興を願い、資産をしっかりと管理してきた忠臣。神保主理之助が改心しないことを儚み、自害して果てる。

土方 縫殿介 (ひじかた ぬいのすけ)

老中首座の水野家家老。昇進、左遷は彼への賄賂次第といわれ、出世を望む大名に役人、儲けたい商人が列をなし、付け届けをする有力者。亡き親友の息子であり、姪るいの許嫁だった神保主理之助の人柄を高くかっており、再仕官の話をもちかける。四辻家についての情報をもたらす。

るい

土方縫殿介の姪で、神保主理之助の許嫁だったが、刃傷沙汰で婚約を破棄し別の男に嫁いだ。夫を亡くし出戻り、再び神保主理之助に執着し、たつみ屋やならず者を雇い、お柳を追い出し四辻篠夫を亡き者にしようとする。

才助 (さいすけ)

神保家の家臣。家中の一切を取り仕切る忠義者。お直の夫。弥右衛門亡き後も仕え、神保主理之助が連れてきた四辻篠夫と可那枝を暖かく迎える。身辺整理を決めた神保主理之助に暇を出され、弥右衛門の遠縁の子らを連れ、お直とともに神保主理之助と永遠の別れになることを惜しみながら江戸を去っていく。

お直 (おなお)

神保家の女中。才助の妻。才助とともに神保家を支える重要な人物。神保主理之助が連れてきた四辻篠夫と可那枝を暖かく迎え、あれこれ世話をやく。身辺整理を決めた神保主理之助に暇を出され、弥右衛門の遠縁の子らを連れ、才助とともに神保主理之助と永遠の別れになることを惜しみながら江戸を去っていく。

お里 (おさと)

弥右衛門の遠縁の娘。弥右衛門亡きあと金の無心に神保家を訪れる。勝手に神保主理之助に想われていると思い込み、神保家にあがりこむ。悪の道へ走った兄が神保主理之介の悪事を暴こうとするが、でっち上げだと信じ、神保主理之助を助ける。江戸を抜けるための木戸番小屋で待ち構え、鍵を盗み出し木戸を開け、神保主理之助と四辻篠夫を逃がす際に斬られ、去りゆく二人を見つめ恍惚とした表情で絶命する。

琴乃 (ことの)

四辻篠夫の姉で、成島采女正の妹。父に叱られた四辻篠夫を、夜になると星空を眺めながらいつも慰めてくれたという。成島家の中間だった源也の兄と恋に落ち、表向きには心中とされているが、実は毒殺された。

お公美 (おくみ)

小料理屋志むらの女中。貢が酒を過ごして酔ったところを介抱して以来、恋仲となった。もらわれっ子で血の繋がりはないが、宇田川勘解由の妹。

八雲 (やくも)

吉原の遊女。両国の花火大会で神保主理之助と出会い、虜にした美女。身分違いの恋に悩む神保主理之助に駆け落ちをもちかけ、大金をせしめようと島帰りの情夫と謀ったが、源也から事情を知らされた神保主理之助の手にかかる。

その他キーワード

(ぬえ)

『鵺』のモチーフとなった、世阿弥の謡曲のひとつの演目。鵺退治をした頼政は褒美をもらったのに対し、鵺は粗末な舟にのせられたまま暗い水底に沈められ寂しいと、滅ぼされる側の悲哀を表現した演目。鵺とは、頭は猿、尾は蛇、足手は虎などど書かれる想像上の化け物。

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