黒博物館ゴースト アンド レディ

黒博物館ゴースト アンド レディ

藤田和日郎の「黒博物館」シリーズの第二作目にあたる作品。ドルーリー・レーン王立劇場に住まう幽霊グレイは、あるときナイチンゲールと、彼女が絶望したときに取り殺すという契約を交わす。しかしナイチンゲールはどんなときもめげることなく難局にあたり、またグレイはそんな彼女に惹かれていく。やがてナイチンゲールは、当時のイギリスが直面していたクリミア戦争で負傷した兵士たちを救うため戦地へと赴き、劣悪な治療環境を徐々に改善。しかしそうしたナイチンゲールを快く思わない者がおり、その者の傍らにはかつて生前のグレイを殺害した仇敵が侍っていた。クリミア戦争の戦場で見つかった、銃の弾丸と弾丸が正面衝突しひとつの塊となった実在の遺物をモチーフに、なぜその遺物が生まれたかが描かれる。またマザーグースの歌が由来とされるサムシング・フォーも物語の重要なキーワードとなる。講談社「モーニング」2014年52号から2015年30号まで連載。

正式名称
黒博物館ゴースト アンド レディ
ふりがな
くろはくぶつかんごーすと あんど れでぃ
作者
ジャンル
ファンタジー
レーベル
モーニング KC(講談社)
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概要・あらすじ

イギリスにあるドルーリー・レーン王立劇場には、灰色の服の男と呼ばれる幽霊が存在した。彼が現れる舞台は成功するというジンクスから、関係者たちからは歓迎される。灰色の服の男がドルーリー・レーン王立劇場にいる理由は、人間の悪意が頭上で形をなす〈生霊〉が、舞台を観ているときだけは大人しく、煩わされないため。

そんな灰色の服の男のもとに、ある日ひとりの女性が訪れる。特大の〈生霊〉を従えた彼女は、灰色の服の男に自分を取り殺すよう請い願うのだった。フロレンス・ナイチンゲール(フロー)なる彼女に、グレイと名乗った灰色の服の男は、なぜ死を望むのか問い質す。するとフローは、「誰のためにも… なんの役にも立たないのなら… …なんにも…ならない」と苦しげに語るのだった。

詳細はわかりかねるグレイだったが、ずっと舞台の観客であった自分が、初めて舞台の役者のように振る舞える好機と捉え、“自分がフローが絶望したと判断したとき”という条件のもとに、フローの願いを聞き入れる。こうしてフローの絶望の瞬間を見届けるため、ともに行動することとなったグレイは、彼女が名家のナイチンゲール家の息女であること、幼いころからいい子であらんために息の詰まるような生活を送ってきたこと、あるとき「神に仕えよ」という啓示を受けたこと、ようやく見つけた看護婦になりたいという夢を家族に反対されていることを知ることに(注:ここには当時のヨーロッパにおいて看護婦はふしだらで酒呑みの女性がなる職業だと一般に捉えられていたという背景がある)。

特に強硬に反対する両親から痛罵される様子を見て、絶望を感じ取ったグレイがフローをその手にかけようとしたとき、これで死ぬと思った彼女は最後に心にためた思いをぶつけたいと願い、初めていい子の仮面を捨てて反論するのだった。

その堂に入った口上を聞き、もう少しフローを見続けたいと考えたグレイは、フローの両親の〈生霊〉を倒すことで彼女に力を貸す。

結果、看護婦として活動するようになったフローの前にはその後もさまざまな困難が待ち受けるが、決して絶望することなく患者のために尽力。やがてフローのもとに、クリミア戦争が行われている戦地にほど近いスクタリの野戦病院に赴任してもらいたいとの依頼がくる。

看護団を結成し、現地を訪れたフローを待ち受けていたのは、あまりにも過酷な現実だった。劣悪な環境に非協力的な軍人たち。しかしそれでも絶望はせず、できることをひとつひとつ行っていくフロー。

少しずつ環境を整えて状況を良くしていくフローは、本国イギリスで名声を獲得するが、それを面白く思わない者も存在していた。その筆頭がスクタリ野戦病院の責任者であるジョン・ホール軍医長官。フローの活躍によって自身の怠慢と無能が明らかになることを恐れたジョン・ホールは、グレイ同様の幽霊で、長く自身と手を組み邪魔者を暗殺してもらってきたデオン・ド・ボーモンにフローの排除を依頼する。

すんでのところで救出に駆けつけたグレイは、デオンと相まみえることでそれまで失われていた過去の記憶が戻り、かつてデオンによって殺害され、幽霊になったことを思い出すのだった。いつしかフローに心惹かれていたグレイは、以降彼女を守るため、かつての仇敵との死闘を繰り広げることとなる。

登場人物・キャラクター

主人公

幼いころドルーリー・レーン王立劇場の前に捨てられていた捨て子で、ジャックと名付けられ養育院・救貧院で14歳になるまで育つ。その後、田舎の地主に、使用人兼息子ウィリアムの剣の練習相手として引き取られた。... 関連ページ:グレイ

名家のナイチンゲール家の次女で、愛称はフロー。幼いころより〈生霊〉を見る能力を有していた。しかし普通の人間に〈生霊〉は見えないため、奇矯な振る舞いをする子どもだと思われてしまう。厳格な両親のもとでいい... 関連ページ:フロレンス・ナイチンゲール

デオン・ド・ボーモン (でおんどぼーもん)

グレイと同じく幽霊であり、かつ生前のグレイを決闘で葬った相手でもある。息を呑むほどの美貌の持ち主で常に艶やかな衣装を身にまとうが、生前より性別不詳。もともとはフランスの全権大使としてイギリスに派遣されていた人物だったが、同時に名うての決闘士としても知られていた。 女優シャーロット・シドンズのパトロンで彼女を妾にしていた貴族が、グレイがシャーロットを駆け落ちに誘ったことを知り、デオンにグレイ殺害を依頼。グレイも決闘士だったことから決闘の形を採り、彼と対決して斬り伏せる。それからも決闘士として多くの決闘に臨み、60歳を過ぎて決闘をしても不敗を貫いたが、82歳でイギリスにて病没。 それでも人を斬り殺し足りないという未練から幽霊となる。その後、若かりしころのジョン・ホールと手を組み、彼が邪魔に思う相手を次々に暗殺していった。フロレンス・ナイチンゲール(フロー)が看護団を率い、ジョン・ホールが責任者を務めるスクタリの野戦病院に赴任。 劣悪な環境を次々と改善していったことで面目を失ったジョン・ホールに依頼され、フローを殺害しようとしたところを、同じく幽霊になっていたグレイによって阻止される。以降、フローとグレイを敵視し、ふたりを亡き者にすべく暗躍するように。18世紀から19世紀にかけて実在したデオン・ド・ボーモンをモデルにしている。

ジョン・ホール (じょんほーる)

クリミア戦争が行われている戦地にほど近いスクタリ野戦病院の責任者である軍医長官。〈生霊〉や幽霊が見える体質の持ち主であり、若かりしころからデオン・ド・ボーモンと手を組み邪魔者を暗殺してもらってきた。20歳でイギリス陸軍省医務局に入局したが、医療にはまったく興味はない。 医師免許は持っているが、これは50歳になってから渋々取得したもの。スクタリ野戦病院に赴任した時点で現地の状況は劣悪なものだったが、ジョン・ホールは本国に何ら問題ないと報告し、その後も事態を改善させるための努力を一切行わなかった。のちにフロレンス・ナイチンゲール(フロー)が看護団を率いてスクタリにやってくると、非協力的な態度を示すに留まらず、むしろ積極的に妨害するように。 しかしフローがそれにもめげず、協力者を得て徐々に環境を改善していくと、自分の怠慢・無能が本国に知られてしまうことを恐れ、デオンにフローの暗殺を依頼。幽霊のグレイによって暗殺は阻止され、以降もフローは精力的に行動し続けたため、いっそう憎悪を募らせていった。 虚偽の事実を書き連ねた報告書を本国に送ることでフローを排除しようと画策するも、かえってそれが本国を混乱させることになり、結果として客観的な視点からの調査がなされ自身の怠慢が明白になってしまう。不可思議なことに責任を問われることはなかったが、フローへの殺意は収まることなく、確実に彼女を仕留めるべく、より戦地に近いクリミア半島へと招くのだった。 同時代の実在人物、ジョン・ホールをモデルにしている。

ウィリアム・ハワード・ラッセル (うぃりあむはわーどらっせる)

イギリスの新聞ザ・タイムズの記者で、世界初の戦場特派員としてクリミア戦争の取材にあたる。戦地での劣悪な医療体制についての暴露記事を書き、それを本国イギリスの戦時大臣シドニー・ハーバートが読んだことで、フロレンス・ナイチンゲール(フロー)にスクタリ野戦病院へ赴任してもらいたいとの依頼がなされた。 フローの着任後、野戦病院の環境が改善されていくのをつぶさに記録し、報道。また一個人としてもフローの熱心な信奉者のひとりとなり、親交を深めた。フローの命を狙うジョン・ホールが彼女をクリミアへと招いた際にも同道。ジョン・ホールが放った刺客が襲来すると、ペンを銃に持ち替えてフローを守るために戦った。 同時代の実在人物、ウィリアム・ハワード・ラッセルをモデルにしている。

ボブ

イギリス軍歩兵連隊の鼓手としてクリミア戦争に従軍していた少年兵。戦地で胸を病み、スクタリ野戦病院へと送られる。だが、ジョン・ホール管理下の野戦病院は劣悪な環境であり、治療はおろか食事すら満足に与えられず、ただ死を待つばかりであった。そこにフロレンス・ナイチンゲール(フロー)が赴任し、環境を改善していったことにより、すんでのところで命を取り留める。 回復後はフローを天使と呼んで慕い、彼女の付き人のように振る舞うことに。本名はロバート・ロビンソンだが、愛称はボブ。フローやジョン・ホール同様に幽霊が見える体質で、フローの命を狙うデオン・ド・ボーモンの存在にいち早く気づいたり、フローに取り憑くグレイとコミュニケーションを取ったりした。 またフローとグレイが、内心互いに惹かれ合っていることに感付くなど、聡さを有する。

アレクシス・ソワイエ (あれくしすそわいえ)

イギリスきってのフランス料理人として名声を得ていた青年。スクタリ野戦病院の改革において、患者の食事を良くしなければならないと感じたフロレンス・ナイチンゲール(フロー)が本国に対して行った料理人派遣要請を受け、食事に関する全権委任状を携えてスクタリ野戦病院へ着任し、給食を次々に改善していった。 常に、秘書で戦闘の達人でもある黒人の紳士を伴っている。この結果、現地の状況はフローにとって満足の行くものになった。イギリス本国にいるころからフローの信奉者であり、のちに彼女がジョン・ホールによってクリミヤに招かれると、その身を案じて同道。 ジョン・ホールが放った刺客が襲来すると、フローを守るために慣れぬ銃をとって戦った。同時代の実在人物、アレクシス・ソワイエをモデルにしている。

シャーロット・シドンズ (しゃーろっとしどんず)

グレイが幽霊になる前、人間の決闘士のジャック・ヘイズだったころ、ジャックが想いを寄せた女性。ドルーリー・レーン王立劇場の舞台に立つ看板女優だが、パトロンでもある貴族の妾だった。偶然知り合ったジャックとその日のうちに情を交わすことになり、以降も睦まじく過ごす。 やがて本気でシャーロットを愛するようになったジャックに、駆け落ちして結婚しようと誘われることに。その場では喜んで誘いを受け入れたシャーロットだったが、ジャック宛の別れの手紙をしたため、約束の日に待ち合わせ場所へと赴きはしなかった。パトロンの貴族から依頼を受けたデオン・ド・ボーモンによって殺害されたジャックが、ドルーリー・レーン王立劇場で幽霊となって意識を取り戻すと、パトロンに養女という建前で引き取られることになったシャーロットの最後の舞台を目にすることになる。

学芸員 (きゅれーたー)

『黒博物館』シリーズの狂言回しを担当するキャラクター。ロンドン警視庁の中にある黒博物館で働く女性。黒博物館には大英帝国で捜査された事件のすべての証拠資料が収蔵品として収められており、学芸員はその管理を任されている。詳細不明の「〈灰色の服の男〉のかち合い弾」を観覧希望するひとりの男性が学芸員のもとを訪れることで物語が開幕。 男性に取り憑いていたグレイから、かつて彼が深く関わった「〈灰色の服の男〉のかち合い弾」がどうして出来上がったかを教える代わりに“ある頼み”を聞いてほしいと乞われ、これを受諾する。こうしてグレイから話を聞くというスタイルで物語は展開していく。

その他キーワード

〈生霊〉 (いきりょう)

『黒博物館 ゴーストアンドレディ』に登場する設定。他人に悪意を持ったり嫉みの感情を抱いたりしたとき、その者の頭上に〈生霊〉が生じる。基本的にすべての人間が〈生霊〉を宿し、見た目は千差万別だが、化物のような異形であり、悪感情が強いほど大きな〈生霊〉が発生。ほとんどの人間はその存在に気づいていないが、フロレンス・ナイチンゲール(フロー)やジョン・ホールなど、まれに〈生霊〉が見えてしまう者も。 宿主が攻撃的な視線を向けたり言葉を発したりすると、〈生霊〉は相手の〈生霊〉を攻撃。〈生霊〉が倒されると宿主は気を呑まれ、ひどい場合には虚脱状態となり、対峙していた相手に頭が上がらなくなってしまう(しかし、しばらくすると倒された〈生霊〉は復活する)。 〈生霊〉は幽霊からの攻撃も受けるため、フローに立ちはだかる者の〈生霊〉をグレイが倒して彼女をサポートしたことも少なくない。なお、基本的に常に騒がしく、〈生霊〉が見える者にとっては煩わしい存在だが、面白い演劇を観たり綺麗な音楽を聴いたりしているときだけは〈生霊〉は姿を現さない。

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書誌情報

黒博物館 ゴースト アンド レディ 上 講談社〈モーニング KC〉

(2015-07-23発行、 978-4063884777)

黒博物館 ゴースト アンド レディ 下 講談社〈モーニング KC〉

(2015-07-23発行、 978-4063884784)

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