敗走記

敗走記

太平洋戦争に従軍し、九死に一生を得た経験を持つ水木しげるが、自らの体験や見聞をもとに描いたオムニバス作品集。戦争の悲惨さ、非人道性を余すところなく伝えている。同時に、兵卒や将校たちの姿は愛着をもって描かれ、時に滑稽であり、時に哀愁が漂う。

正式名称
敗走記
ふりがな
はいそうき
作者
ジャンル
戦争
レーベル
講談社文庫(講談社)
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あらすじ

敗走記

昭和19年、南太平洋のニューブリテン島で1人歩哨に立っていた水木は、突如として敵の猛攻撃を受ける。水木はかろうじて助かったが、所属する部隊は友人の鈴木を除いて全滅してしまう。2人は断崖を登り、敵兵や原住民に怯えながら、決死の逃亡を始める。

ダンピール海峡

昭和17年、高崎歩兵十五連隊が南方戦線に向かって出発した。その中に、姉に見送られて出征する若い兵士がいた。そんな彼らの乗った輸送船がニューギニアのダンピール海峡に差し掛かったところで、敵の爆撃機に捕捉されてしまう。船は撃沈されてしまうが、天皇から下賜された連隊旗だけは敵に渡すまいと、兵士たちは命をかけて旗を守ることを決意する。

レーモン河畔

ホセ一家は、ニューブリテン島に土地を持ち、平和に暮らしていた。だがその土地は、太平洋戦争によって日本軍と連合軍の戦いの最前線となってしまう。その後ホセは、日本軍に敗れたオーストラリア兵を保護するが、彼らに2人の娘婿を人質に取られてしまう。こうしてホセ一家は、連合軍と日本軍の双方から、「敵のスパイではないか」という疑いの目で見られるという苦しい立場になるのだった。

KANDERE

パプアニューギニアのグリーン島のジャングルで食料を探していた日本兵たちは、偶然原住民の少女メリーと出会う。その後、日本兵たちは原住民と仲良くなり、食料と物資の交換に応じてもらうようになった。交流を続けるうち、日本兵の津田とメリーが恋仲になる。絆を深めた2人は結婚することを決意し、驚く周囲を説得してとうとう夫婦になった。同時に、津田は原住民の同族「カンデレ」として認められることになる。

ごきぶり

戦闘機「隼」の搭乗員である山本は、敵の捕虜となりニューギニアに収容された。強制労働の最中、敵兵に乱暴されそうになった山本は、誤って敵兵を殴り殺して逃亡。戦後、山本は戦犯として捕らえられ、死刑判決を受ける。判決に納得のいかない山本は、仲間とともに刑務所を脱走するのだった。

幽霊艦長

昭和17年の夏、二等水兵の武田は、父親が戦死したという南方戦線に配属されることになった。ラバウルに到着した武田は、さっそく駆逐艦「旋風」の艦長室に呼び出される。実は、艦長の宮本は、武田の父親の親友だった。宮本は、親友への恩返しのために、武田を部下として呼んだのだと明かす。

登場人物・キャラクター

水木 (みずき)

エピソード「敗走記」に登場する。日本軍所属の二等兵で、若い男性。徴兵され、南方戦線のニューブリテン島に送られる。歩哨に立っている時に敵の攻撃を受けて部隊はほぼ全滅したが、かろうじて生き延びることに成功。その後、島をさまよっている途中で、同じ部隊の鈴木と合流する。

兵士 (へいし)

エピソード「ダンピール海峡」に登場する。高崎歩兵十五連隊に所属する兵士で、若い男性。昭和17年に南方戦線に送られたが、自分が赴く先が「生きては帰れないほどの激戦地」であることは姉に知らせず、戦地へと向かった。連隊長から「天皇陛下から下賜された連隊旗だけは、何があっても守りぬくように」と訓示を受ける。

ホセ

エピソード「レーモン河畔」に登場する。白いひげを生やした老人。フィリピン人だが、ニューギニアのニューブリテン島に土地を持ち、家族とともに椰子を栽培しながら暮らしている。妻はドイツ人で、2人の娘がいる。また、娘婿はともに日本人である。ホセの土地は日本軍と連合軍の境界にあたるため、双方の軍から「スパイではないか」と警戒され、窮地に立たされる。 特に、若く美しい娘たちの身を案じている。

津田 (つだ)

エピソード「KANDERE」に登場する。日本軍の二等兵で、若い男性。真面目な性格で、南洋グリーン島の日本兵と原住民の交流が始まった時には交渉役を務めた。のちに原住民の娘メリーと恋に落ち、結婚。同時に原住民たちの「カンデレ」となり、同族としての扱いを受けるようになる。

山本 (やまもと)

エピソード「ごきぶり」に登場する。日本軍の兵士で、壮年の男性。戦闘機「隼」の搭乗員だったが、撃墜されて捕虜となった。強制労働中、はずみで敵兵を殴り殺してしまい、収容所から逃亡。ジャングルをさまよった末に日本軍の部隊に合流を果たすが、既に戦局は日本軍にとって絶望的なものになっていた。

宮本 (みやもと)

エピソード「幽霊艦長」に登場する。髪をぼさぼさに伸ばして鬼気迫る風貌をした、年配の男性。駆逐艦「旋風」の艦長を務める。戦死した親友の息子である武田を、わざわざ内地から呼び出して部下にした。判断力に優れた司令官であり、40数回の戦いで未だに負けたことがない。

鈴木 (すずき)

エピソード「敗走記」に登場する。日本軍所属の二等兵で、若い男性。水木とは、招集に応じて乗った汽車の中で知り合い、友人となった。水木と同じ部隊に配属され、南太平洋のニューブリテン島で敵の攻撃を受ける。部隊が壊滅する中で一命をとりとめ、水木と合流する。

小西 (こにし)

エピソード「レーモン河畔」に登場する。憲兵隊の曹長で、中年の男性。ニューブリテン島に暮らすホセ一家を、スパイ容疑で銃殺するように後方から命令を受ける。しかし、2人の娘が若い美女であることから、処刑をためらう。そこで、処刑の役割を歩兵隊に任せようとするが、歩兵たちも理由をつけて拒む。

トガミ

エピソード「KANDERE」に登場する。パプアニューギニアのグリーン島に住む原住民の酋長で、メリーの父親。ラバウルで日本軍の教育を受けたことがあり、片言の日本語を話せる。実は連合軍のスパイであり、日本軍に近づいて情報を集めていた。しかし、メリーが津田と結婚すると、彼を同族の「カンデレ」と見なし、守るようになる。

メリー

エピソード「KANDERE」に登場する。パプアニューギニアのグリーン島に住む原住民の娘。ジャングルの中で、食料を探していた日本兵たちと偶然に出会い、彼らを原住民の村に案内した。日本兵の津田と恋仲になり、津田が負傷した時には甲斐甲斐しく看病した。利発な女性で、父親のトガミや長老たちを説き伏せて津田との結婚を認めさせる。

武田 (たけだ)

エピソード「幽霊艦長」に登場する。二等水兵で、若い男性。父親は南方戦線で戦死しており、彼の死んだソロモン群島に行ってみたいと思っていた。昭和17年の夏、念願が叶って南方への配属が決定する。ラバウルに着いてからは、亡父の親友だったという宮本の部下となる。

その他キーワード

連隊旗 (れんたいき)

エピソード「ダンピール海峡」に登場する。天皇が、高崎歩兵十五連隊に勅語とともに下賜した連隊旗。日清戦争や日露戦争、日中戦争で勝利を得て帰って来た、非常に名誉ある軍旗である。連隊長は、軍旗衛兵となった兵士に「連隊旗だけは無事に守り通してほしい」と訓示し、兵士たちはその言葉に従った。

カンデレ

エピソード「KANDERE」に登場する。パプアニューギニアのグリーン島の原住民の言葉で、「同族」を意味する。たとえ村の外の者でも、村の娘と結婚すれば「カンデレ」となる。一度カンデレとなれば強い仲間意識が芽生え、いかなる場合でもお互いを助け合うしきたりとなっている。

書誌情報

敗走記 講談社〈講談社文庫〉

(2010-07-15発行、 978-4062767385)

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