うつろ舟 -Enfant né coiffé-

うつろ舟 -Enfant né coiffé-

琥珀から解き放たれた謎の少年・犬王紅と、人の精神すら意のままに操ることのできる組香、そしてそれを自在に操る香使いの一族の本家当主である四條薫。さらに紅の記憶のなかに登場する少女と同じ姿をしたサラ・クレメントを中心に、逃れることのできない彼らの残酷な運命を描く。「香道」をテーマにした和風ファンタジー作品だが、実際の香道で用いる用語とは意味を違えて使用されている言葉も多い。

正式名称
うつろ舟 -Enfant né coiffé-
ふりがな
うつろぶね
作者
ジャンル
和風ファンタジー
関連商品
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概要・あらすじ

クラスメイトからいじめを受けていた中学生の伊藤義則の前に、突然、巨大な琥珀を擁したUFOのようなものが流れ着いた。甘く辛く、どこか懐かしい香りを漂わせるそれは、内部に人を包み込んでいた。火事によって琥珀から解き放たれた犬王紅は、記憶が判然としないまま、その場に居合わせた義則たちを殺害。自らの出自も思い出せず、身を寄せる場所もないままに、新宿に浮かぶ蜃気楼「乾闥婆城」と香りを頼りに、自らの過去や犯した罪をゆっくりと反芻していく。

その一方、同じく蜃気楼「乾闥婆城」の出現に、これから起こる異変を察知した香道御家流四條家の四條薫は、400年前に失われた香袋組香、「うつろ舟」の秘伝を取り戻すべく動き始める。

登場人物・キャラクター

犬王 紅 (いぬおう こう)

伊藤義則が発見した巨大な琥珀の中で眠っていた16歳の少年。赤目に白髪という特徴的な容姿をしている。淡島一番の刀鍛冶を自称。犬と会話をすることが可能で、凶犬をも骨抜きにするという特性を持つ。ナックル型の柄をした、不思議な刀剣を携帯している。おっさんや小梅をはじめ、親しんだ相手に対しては情に厚いが、怒りに我を忘れて暴力に飲まれることがままある。 400年前に四條馨を騙して裏切り、淡島から組香の秘伝と香袋を奪ったとされている。「Enfant ne coiffe」と呼ばれる存在の1人。

伊藤 善則 (いとう よしのり)

犬王紅が内包されていた巨大な琥珀を発見した少年。常陸中学校の2年生で、複数のクラスメイトから、金銭を要求されたり暴行されたり、いじめを受けていた。自身の現状や、想定される平凡な将来について不満を持っており、少年マンガのような世界に憧れるオタク気質。

四條 薫 (しじょう かおる)

京都芸術大学付属高校に通う高校1年生の男子。香使いの一族の本家、香道御家流四條家の跡取り息子。校内随一の腕を持つヴァイオリニストであり、容姿端麗のため校内の女子生徒から非常に人気が高い。人前では人当たりのいい笑顔を見せるが、自分の素性を知る北野などの前では、冷淡ともいえる態度で対応する。淡島の出身で実家もあり、島では「上様」「若様」と呼ばれている。

ヴォルフガング・クレメント (ゔぉるふがんぐくれめんと)

禿頭のドイツ人の老人。表向きは骨董商人だが、裏では武器や子供、臓器売買に、セックス産業も手がける世界的なブラックマーケットの帝王。いくつかの香袋も所持しており、折に触れて使用する。ネットオークションでサラ・クレメントを見つけてコレクションとして購入、養女にする。しかしサラと向き合ううち、実際の娘として愛するようになっていく。

サラ・クレメント (さらくれめんと)

ヴォルフガング・クレメントの養女。誰もが振り返るほど美しい少女で、非常に気が強い。売春宿にいたところをネットオークションにかけられ、ヴォルフガングに買い取られた。当初はヴォルフガングからの愛情を、いつか手放す商品に対するものと考えていた。しかし、真に家族として思いやる言動に心動かされ、父親として受け入れるようになる。 「Une inodore femme」と呼ばれる存在の1人。犬王紅からは「伽羅」と呼ばれる。

北野 (きたの)

四條薫のクラスメイトの男子。香道御家流四條家に仕える忍。寡黙だが、ふとした際には関西弁を使う。海棠さゆみの恋人。淡島の出身で、薫の幼なじみでもある。伏見とは忍の修行をともにした旧友同士。妹の北野繭を島に残しており、叔母に預けている。

後藤 (ごとう)

四條薫の友人であり、同じく京都芸術大学付属高校に通う高校1年生の男子。薫に対する距離が異常に近く、恋愛感情をも匂わせる言動が多い。並外れた運動神経の持ち主で、天井に張り付くような動きを見せたり、校舎の最上階にある窓からグラウンドに飛び出すこともある。ピアニストとしても類まれなる才能を発揮し、将来を嘱望されている。

おっさん

模型店の店主を務める壮年男性。店は、犬王紅が目覚めてから最初に転がり込んだところ。模型に並々ならぬこだわりがあり、気難しい。近所の小学生たちからは「鬼オヤジ」と呼ばれており、店内にある模型を客に売る気がないと見られている。紅とは模型の趣味が合って意気投合し、蚊取線香の香りで意識を失った紅を介抱するなど、親切に対応する。

ポチ

おっさんの飼い犬であり、模型店の番犬。非常に獰猛な黒い大型犬で、店に入った小学生を吠え立てて追い出している。しかし犬王紅に対しては、飼い主であるおっさんからの「かみ殺せ」という命令に反して非常に懐き、子犬のように甘える姿を見せた。

加藤 史香 (かとう あやか)

京都芸術大学付属高校に通う高校1年生の少女。四條薫に好意を抱き、香道御家流四條家に入門した。薫に憧れる他の女子生徒を抜け駆けする大胆さを持つ。四條家の客人として訪れたサラ・クレメントが、薫と接近しないかと警戒。夜中に四條家に侵入するなど、行動にも大胆さが現われている。

海棠 さゆみ (かいどう さゆみ)

加藤史香の親友であり、北野の恋人の少女。京都芸術大学付属高校に通う高校1年生で、史香が校舎屋上から落下する瞬間を目撃した。助けを求める史香の声を聞いており、直前に彼女が四條薫の話をしていたため、薫が犯人ではないかと疑いを持つ。

近藤警部 (こんどうけいぶ)

厳格な雰囲気のある初老の男性警部。常陸中学校で起きた、伊藤義則らの殺傷事件を担当している。中学の近隣にある河原で大量の割れた琥珀を発見し、白河に鑑識を依頼していた。白河を恐れずに対応できる人物で、署内からの信頼は厚い。琥珀が「沈香」から成るお香と知り、香道の観点から話を聞くべく、四條薫との接見を試みる。

三浦刑事 (みうらけいじ)

逆立った髪が特徴の若い男性刑事。常陸中学校で起きた殺傷事件を担当している。近藤警部の部下。事件後1週間無断欠勤しており、捜索願が出される寸前にあった。実はその間、妻の浮気が発覚してからろくに仕事ができないと悩んでおり、鑑識室で白河からアロマテラピーを受けていた。

白河 (しらかわ)

近藤警部の所属する署内の鑑識室を任されている男性。鑑識室の内装を魔術的な様相のものとし、得体の知れない実験を行っているため、署員には恐れられている。近藤警部が持ち帰った琥珀が「沈香」というお香であることを発見し、香りが人体にもたらす影響に着目する。

新宿の救世主 (じゅくのめしあ)

赤目に白髪と、犬王紅と酷似した容姿の謎の少年。車椅子に腰掛け、街のカラスたちを使役している。新宿でまことしやかに囁かれている都市伝説上の存在、その存在を手中に収めれば、あらゆる望みが叶う大幸運児とも、予知者とも言われている。「Enfant ne coiffe」と呼ばれる存在の1人。

小梅 (こうめ)

犬王紅が一時的に世話になっていたホームレスの1人。着物を着た老婆で、紅がヤクザに誘拐されそうになった際には、身を挺して庇うほどの強い母性を持っている。ホームレス仲間から疎外された紅の後を追って、新宿の救世主に助力を求め、ヤクザの組長のもとへ乗り込む。

おっちゃん

犬王紅が一時的に世話になっていたホームレスの1人。トレンチコートに中折れ帽をかぶった禿頭の老人で、顎ひげが長い。ホームレス仲間から疎外された紅を追う小梅に同行した。新宿の救世主に助力を求めるための手段を、噂として知っており、紅を手助けしようと動く。

組長 (くみちょう)

犬王紅を誘拐したヤクザの組長。恰幅のいい男性で、普段は女口調で話すが、真剣な時は恫喝するような男口調に変化する。競馬を愛好しているが、その結果を占い師などに一任しており、外した者は殺害している。新宿の救世主、そしてうつろ舟を探している。

伏見 (ふしみ)

香使いの一族の分家である、池の上家に仕える忍。北野とは忍の修行をともにした旧友同士であり、海棠さゆみのことも見知っている。四條薫がうつろ舟に手を出そうとしていることを察知し、北野に警告する。

夏衣 (なつぎぬ)

スケートボードを常用している男児で、総角とは双子の兄弟。褐色の肌をして関西弁でしゃべる。普段は淡島で暮らしているが、四條薫からの招集など、場合によってはホログラムのような状態で島外にも現れる。北野が伏見と通じていることを薫に報告する。

総角 (あげまき)

ローラーブレードを常用している男児で、夏衣とは双子の兄弟。褐色の肌をして関西弁でしゃべる。普段は淡島で暮らしているが、四條薫からの招集など、場合によってはホログラムのような状態で島外にも現れる。北野が伏見と通じていることを薫に報告する。

北野 繭 (きたの まゆ)

北野の妹。非常に体が弱く、現在は淡島の叔母に預けられている。自分や他人がまとっている死の香りを感じることができる。北野繭の体の弱さの原因は、400年前に遡る。犬王紅が裏切り、淡島が交趾から侵略を受けた際に、流出した複数の組香によって、島民が身体組織を破壊され、現在もその影響下にあるためとされる。

(かおる)

400年前の人物。四條薫と瓜二つの容姿をした少年。香使いの一族の当主として、時の権力者にさまざまな香を用いて貢献していた。温和で優しい雰囲気を持ち、他の島民から忌み子として忌避されている犬王紅も、好意的に受け入れていた。

伽羅 (きゃら)

400年前の人物。サラ・クレメントと瓜二つの容姿をした少女であり、サラの前世。琥珀に包まれて淡島に漂着した母親の遺骸の中から、香使いの一族に取り上げられ、巫女となり淡島を守っていた。犬王紅に恋をしていたが、自らも香袋となるべく死を覚悟していた。「Une inodore femme」と呼ばれる存在の1人。

集団・組織

香使いの一族 (こうつかいのいちぞく)

正倉院の宝物を預かる、天皇家直属の秘術使いの一族。本家である「四條」、分家の「池の上」「御蔵」「来栖」「鷹峯」という五家から成る。400年前は、一族の暮らしている淡島は、香の力によって外敵から隠され、島民以外は入ることも見ることもできないとされていた。

場所

鑑識室 (かんしきしつ)

近藤警部の務めている警察署内にある鑑識室。表札部分には「悪魔の人体実験室」の但し書きや、接近を警告するような落書きがされており、入り口には怪しい魔方陣が貼られている。黒山羊の頭部の剥製や十字架などが飾られた怪しい内装になっており、近藤からは「家主に似て薄気味悪い部屋」と称されている。

淡島 (あわしま)

香使いの一族の住む島。かつては香の力によって外敵から隠され、島民以外は入ることも見ることもできないとされた。勾玉の形をしており、周囲には渦潮が発生する。四條薫や北野の生まれ故郷。

交趾 (こうち)

400年前、淡島を侵略した西方の国。巨大な鉄の潜水艦を所持するほどの国力を持つ。香使いの一族が所持しているすべての香袋を奪うべく、何度も侵略を仕掛けていたが、すべて失敗に終わっていた。のちに伽羅の命を救いたいと願った犬王紅をたぶらかし、それまで目視できなかった淡島に侵攻することに成功する。琥珀に罪人を入れて海に流す、という処刑法を用いる国。

竜宮の入口 (りゅうぐうのいりぐち)

400年前、犬王紅が伽羅から託されたうつろ舟を隠したとされる場所。淡島内部にある地下洞窟であり、潮流が最大となった時にのみ現れる。四條薫の代となった現在は、この場所は存在も知られておらず、サラ・クレメントの案内で、初めてその場所が発覚した。

その他キーワード

香袋 (こうたい)

実際の香道では、ごく一般的な「匂い袋」のことだが、作中では「香りを出す物質そのもの」を指している。伽羅の母親は、琥珀に入った状態で淡島に流れ着き、その肉体のほとんどを香袋として、乾闥婆城やうつろ舟などに利用されている。

組香 (くみこう)

実際の香道では、香りを聞き分ける遊びを指す言葉だが、作中では「香の組み合わせによって、通常では考えられない現象をもたらすもの」という使い方をされている。乾闥婆城やうつろ舟、光鱗翼がこれに当たり、反魂や幻覚症状、暗殺などにも用いられる。

うつろ舟 (うつろぶね)

蘭奢待を使うとされる伝説の組香。効力があまりにも危険なため、封印されたと伝えられている。しかし展開が進むにつれ、うつろ舟に用いる香袋は、400年前に犬王紅が持ち去った、という伝承が残っていることが判明する。黄泉(よみ)がえりの秘香。

乾闥婆城 (けんだっぱじょう)

突如として新宿に浮かんだ蜃気楼。城のように見えるが、のちに幻覚作用のある組香であることが判明する。400年前に馨が、交趾から島を隠すために使用した組香でもある。

蘭奢待 (らんじゃたい)

日本最大の香木。うつろ舟を作る香袋の1つとされている。実在のものは正倉院に収蔵されているが、作中では封印されていることになっている。ヴォルフガング・クレメントはインターネットオークションを通じて、この蘭奢待のチップを入手していたが、うつろ舟を求め、本体の持ち出しを企んでいた。

光鱗翼 (こうりんよく)

人の精神を蝕み、幻覚を招く暗殺香で、禁香とされている組香。四條薫が加藤史香に手渡したアロマボールのストラップに使用されている。弦楽器の音をきっかけに幻覚を引き起こし、やがて幻覚に登場する人物たちの手によって、死に至らしめられる。

Enfant ne coiffe (あんふぁんねこあふぇ)

フランス語で「胞衣(えな)をかぶって生まれた子供」という意味。作中では白髪に赤目という容姿を持ち、羊膜をかぶったまま生まれた子供を指す。具体的には犬王紅のこと。「伝説の大幸運児」とも「伝説の大凶運児」ともされているが、紅は後者と見なされ、やがて淡島を滅ぼすと予言された。

Une inodore femme (あんいのどれふぁむ)

フランス語で「無香の女」という意味。うつろ舟に絶対必要な香袋とされている。伽羅の母親の死体は、うつろ舟のほかにもさまざまな組香に使用されたとされ、犬王紅が目にした時には、ほとんどの部分が削ぎ落とされてしまっていた。そのため、伽羅が新たな香袋になることが決定していた。

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