死母性の庭

死母性の庭

母性を実感できない母たちの苦悩を描いたオムニバス作品集。表題エピソード「死母性の庭」と、裕福な一家の崩壊と再生を、それぞれの視点で描く長編エピソード「いのちの中の幸福」の2つの物語が収録されている。

正式名称
死母性の庭
ふりがな
しぼせいのにわ
作者
ジャンル
ヒューマンドラマ
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あらすじ

死母性の庭

小野瞭子は、難産の果てに小野厚を出産。出産後は、慣れないことが連続する育児中心の生活に疲れ切っていた。夫の小野隆は仕事が忙しく、子育ての手伝いは望めない現状が続いている。瞭子は、育児のストレスから、厚に対するはっきりとした憎悪を自覚しながらも、飼い犬に苛立ちをぶつけて発散していた。ある日、飼い犬が首輪を噛み千切って逃げてしまう。一生懸命に世話をしても思い通りにならない子育てに、さらに苛立ちを募らせた瞭子は、厚への折檻をエスカレートさせてしまい、ついに浴槽に沈めてしまう。大事には至らなかったものの、搬送先の病院で、瞭子が厚を虐待している、と医師から告げられた隆は、1週間の休暇を取って家庭の再建を図る。

いのちの中の幸福

藤崎豊子は、会社で重役を務める夫の藤崎洋一郎と、長女で大学生の藤崎みゆき、長男で高校生の藤崎洋平と、何不自由なく恵まれた暮らしをしていた。ご近所から賢夫人と称される豊子は、自宅で絵画教室を開いており、その教室の評判も良い。そんな順風満帆な日々のなか、長男が親友の友里トオルの自殺を目撃して以来、塞ぎ込むようになる。それを案じた豊子は、ヌードモデルで生活を支えている苦学生で大学1年生の樫山由貴に、洋平の性的な気分転換の相手役も含めた、家庭教師を引き受けないかと持ちかける。ところが豊子の意図に反し、洋平は由貴を本気で好きになり、交際を始めてしまう。これを受けて豊子は、未来ある洋平との接触を断つため、由貴に強引に金を握らせて追い出すのだった。それから2年が経ち、夫はまともに豊子の話も聞かず、長女は家を出て女優になると宣言し、自慢の息子は折角合格した名門大学にも行かずに、部屋にこもりがちになっていた。それは期せず、去り際に「この家には幸せなんかない」と叫んだ由貴の言葉どおりのものであった。追い詰められた豊子はデパートで万引きし、かつての同級生で警官の安藤祥嗣に、その場を収めてもらう。それをきっかけに、豊子は安藤と不倫関係になるが、家庭内は夫の浮気、娘の家出、そして長男の引きこもりが悪化し、ますます心の平穏を失っていく。すべてを失いつつある怯えのなかで、豊子は由貴に、家族に対する想いをしたためた長い手紙を書き送る。

登場人物・キャラクター

小野 瞭子 (おの りょうこ)

エピソード「死母性の庭」に登場する。小野隆の妻。黒髪ロングヘアの30歳で、几帳面な性格の持ち主。35時間もの難産の果てに、息子の小野厚を出産した。思い通りにならない子供と日々接することに苛立ち、飼い犬を殴ってストレスを発散させていた。息子が歩き始めた頃に飼い犬が逃げてしまって以降、瞭子はいけないと感じながらも、わが子に手を上げるようになっていく。

藤崎 豊子 (ふじさき とよこ)

エピソード「いのちの中の幸福」に登場する。大手企業で重役を務める藤崎洋一郎の妻。藤崎みゆき、藤崎洋平の母親。40代でいつもきちんと身なりを整えた、同性も憧れるほどの女性。近隣の住宅地の中でもひときわ目立つ、瀟洒な家に暮らしている。だが、美しい洋平を溺愛する一方で、逆に自分に似ていないみゆきに対しては、その容姿をあげつらって精神的に虐待する。 独りよがりな幸福観をもとに、他者を犠牲にしてきており、自身ではそのことに気づいていない。これが原因で、幸せだったはずの家庭は崩壊を始めることとなる。のちにデパートで万引きし、それを助けてくれた安藤祥嗣と不倫関係になる。

小野 隆 (おの たかし)

エピソード「死母性の庭」に登場する。30代のコンピューター技師の男性で、職場で頼りにされている。休日出勤もこなし、帰宅は遅く、妻の小野瞭子の初めての出産の際にも、出張で立ち会えなかったほど仕事に打ち込んでいる。妻とは、友人の紹介で知り合って結婚した。その生活に不満はなく、瞭子を信じて、家庭のことは任せっきりにしていた。

小野 厚 (おの あつし)

エピソード「死母性の庭」に登場する。1歳半の活発で元気な男の子。小野瞭子と小野隆の息子で、母親の瞭子から暴力を含めた虐待を受けている。もともと瞭子の虐待行為は、飼い犬に向けられていたものだった。ところが、小野厚が歩けるようになった頃に飼い犬が逃げてしまい、以来矛先は厚に向けられるようになった。そもそものきっかけは、厚が産まれたばかりの時に、母乳を上手く飲めなかったため、瞭子が厚に対して思い通りに行かない挫折感を味わい続けてきたことにある。 医師が身体の傷に気付き、父親の小野隆に虐待を指摘して救われる。

藤崎 洋一郎 (ふじさき よういちろう)

エピソード「いのちの中の幸福」に登場する。藤崎豊子の夫で、藤崎みゆき、藤崎洋平の父親。口ひげを蓄えた46歳の貫禄ある男性。温厚な性格で、大手企業で重役を務めている。家族のより良い幸福のためにと、出世欲を燃やしていた。妻が自身の娘を容姿で蔑み、反対に見た目の良い息子には、性的なことまで面倒を見たがるので、妻に恐れを抱いている。 そのため、美しい豊子とは対照的に、不器量な女性ばかりを選んで浮気をしている。浮気相手が不倫を言いふらしたことと、自分を引き立ててくれた上司を亡くしたことが重なり、執着していた仕事での立場を失ってしまう。

藤崎 みゆき

エピソード「いのちの中の幸福」に登場する。藤崎豊子と藤崎洋一郎の長女で女子大生。美人な豊子に似つかず、「醜い子は家でじっとしているのが幸せ」など、母親の容姿への辛辣な評価を受けて、常に傷つきながら育った。のちに自身の可能性や価値を見い出すために、家を出て女優を目指すようになる。

藤崎 洋平 (ふじさき ようへい)

エピソード「いのちの中の幸福」に登場する。藤崎豊子と藤崎洋一郎の長男。眉目秀麗で、勉強もスポーツもできる男子高校生。素直で聞き分けの良い性格ゆえに、過干渉な母親の言いなりになっている。豊子の望むままに優秀な成績を取り続けたが、高校で友里トオルという心許せる親友ができた影響で、豊子への執着は薄れた。だが、ライバルであり、洋平を導くような存在でもあったトオルが、目の前で転落死したことでショックを受ける。 大学には入学したものの塞ぎ込み、引きこもりがちになる。その後、豊子の差し金で、身体だけの関係としてあてがわれた樫山由貴と、真剣な交際を始めて気力を取り戻す。しかし、豊子が2人の交際を許さず、由貴に強引に身を引かせたため、再び生きる支えを失って無気力になってしまう。

樫山 由貴 (かしやま ゆき)

エピソード「いのちの中の幸福」に登場する。大学に通う、長い黒髪に均整のとれた身体付きの女性。もともとはお嬢様育ちだったが、父親が連帯保証人になったため、一家は巨額の借金を背負い、生活のために樫山由貴はヌードモデルをして稼いでいる。藤崎豊子の絵画教室にモデルとして雇われていたが、豊子から、最近塞ぎがちな藤崎洋平の性欲処理の相手になって欲しいと、高額の報酬を提示される。 やがて由貴と洋平は豊子の意図に反して本気で交際を始めるようになったが、豊子に手切れ金を握らされ、強引に引き裂かれてしまう。

安藤 祥嗣 (あんどう よしつぐ)

エピソード「いのちの中の幸福」に登場する。人の好さそうな顔をした45歳の男性警官。藤崎豊子の中学の時の同級生で、昔から気が弱く、使い走りをさせられていた。一回りも年の違う若い妻の安藤美岬を大事にしていたが、昔から憧れていた豊子に誘われ、不倫関係を持つようになる。

安藤 美岬 (あんどう みさき)

エピソード「いのちの中の幸福」に登場する。警察官の安藤祥嗣の一回り年下の妻で33歳。4人目の子供を妊娠している。町内で有名な藤崎豊子に、もともと憧れを抱いており、夫の中学生時代の同級生だと紹介されて交流するようになった。豊子のことを優しい奥様と尊敬していたが、のちに祥嗣と不倫していることを知ってからは、敵意を抱くようになる。

友里 トオル (ゆり とおる)

エピソード「いのちの中の幸福」に登場する。高校1年の時の藤崎洋平の親友で、同じサッカー部の部員。端正な顔立ちで女子生徒に人気があった。成績も優秀で、洋平との首位争いに、常に勝ち続けていた。教師から秀才と評価されていたが、実は隠れて女遊びをするなど悪ぶった一面も持つ。洋平は母親の理想に縛られ過ぎている、と語る自立した考えの持ち主だったが、洋平と並んで屋上から空を見上げていた時に転落死してしまう。

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