八雲立つ

八雲立つ

出雲の山地に封印された素戔嗚の怨念を昇華するために奔走する、巫覡と鍛冶師の姿を描く。現代日本を舞台にしたエピソードを軸に、時折、神々が息づく古代編が語られ、最終的には時空を超えた邂逅を得る。SF要素を持ったホラーファンタジー。1997年、第21回「講談社漫画賞」少女漫画部門を受賞。

正式名称
八雲立つ
ふりがな
やくもたつ
作者
ジャンル
オカルト
 
ファンタジー
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概要・あらすじ

演劇「八雲立つ」の舞台構想を練るための取材に同行した大学生七地健生は、取材先の道返神社で、素戔嗚の怨念昇華を悲願として生きる巫覡布椎闇己と出会う。だが、悲願の達成には、闇己を補助する巫覡と、力の増幅器である神剣集めが必要だった。かつて道返神社から盗まれた6本の神剣。そのうちの一振り水蛇を携えていた健生は、不思議な運命を感じ、闇己に協力して共に悲願の達成を目指す。

登場人物・キャラクター

七地 健生 (ななち たけお)

『八雲立つ』の主人公の一人。童顔の大学生で、負の感情にまったく縁がないお人好し。深い闇を抱えて生きる布椎闇己の友人となり、精神面で支え続けた。道返神社縁の神剣水蛇を、それと知らずに奉納しようとした経緯から、神剣を打った鍛冶師甕智彦の血統と考えられている。本人に鍛冶師の自覚はほぼないが、巫覡の魂を焼けるのは鍛冶師のみという伝承に則り、怨念の昇華に失敗した場合には、闇己の命を絶つ重い役割を担わされる。

布椎 闇己 (ふづち くらき)

『八雲立つ』の主人公の一人。16歳で布椎一統と布椎神道流居合道の第15代宗主となった少年。素戔嗚の怨念昇華が悲願。道返神社の結界を神剣・水蛇に守らせたあと、東京の叔父の家に身を寄せ、七地健生と行動を共にする。怨霊の類を引き寄せる負の巫覡である自分を嫌悪しているが、稀代の才能に恵まれた巫覡の自覚も十分。悲願達成のためなら、依代として素戔嗚の怨念を飲み込み、果てる覚悟でいる。そのためが、人を寄せ付けない雰囲気を放ち、時には大人さえ萎縮させる。

甕智彦 (みかちひこ)

『八雲立つ』古代編の主人公の一人。武器として剣を鍛えることを拒む鍛冶師で、東出雲の王子でもある。西出雲にある聖地、須佐の郷の神蛇山で巫覡真名志と出会い、そこで彼に降りた一瞬の綺羅の神を見る。その姿に天啓を得た甕智彦は、真名志のために神剣を打ち続ける決意をする。以降、神蛇山に鍛冶場と居を構え、真名志と共に暮らす。 素戔嗚月読が現れたころ病に倒れたが、命をかけて、怨念昇華のための双子剣草薙と天叢雲を鍛えた。

真名志 (まなし)

『八雲立つ』古代編の主人公の一人。西出雲王の「神婚神事」によって産まれた少年で、自身の出生を呪っている。甕智彦の剣を手にしたときに初めて神を降ろし、巫覡の才に目覚めた。その後、西出雲一の巫覡という名声を得るまでになる。素戔嗚月読の怨念が出雲を覆ったとき、昇華できる力を宿した巫覡の出現を待つことを決意し、甕智彦の神剣で結界を張った。 その際、地の穢れが祓われるまで、子々孫々須佐の神に仕える巫覡として生きることを契約する。

布椎 寧子 (ふづち やすこ)

布椎一統第14代宗主布椎海潮の実子で、布椎闇己の父親違いの姉。大人びた雰囲気を持つ長い黒髪の美少女で、弟闇己を男として誰よりも愛している。その心情の吐露をきっかけにして、闇己を支える巫覡としての立場を放棄し、叔父の布椎眞前の野望実現に利用される。

七地 夕香 (ななち ゆうか)

七地健生の妹で、ショートカットが似合う、奔放な性格の美少女。布椎闇己に巫覡としての才能を見いだされ、関東布椎家で修行をすることになる。だが、闇己に対する恋を優先させ、テート感覚で修行するため、才能は伸び悩む。そんな中、次第に布椎蒿を意識するようになり、のちに結婚する。

布椎 蒿 (ふづち こう)

布椎闇己の同年齢の従兄弟。関東布椎家の頭領布椎若國の一人息子でありながら、布椎一統の因習を嫌い、反抗的な態度を取っている。たが、闇己の補助で気を降ろすことに成功してからは、巫覡としての自覚が芽生えた。野城上修を兄のように慕い、頼りにしている。恋愛に関しては、七地夕香一筋。

布椎 世裡 (ふづち せり)

布椎闇己寧子姉弟の母親で、妖艶な雰囲気を醸し出す美女。東京原宿でフレンチレストラン「SERI」を経営している。布椎家とは絶縁状態にも係わらず、寧子と密かに手紙のやりとりをしていた。布椎海潮を尊敬する闇己には憎まれていたが、のちに、忌部家の暗躍に対抗するため、巫覡として布椎本家に戻ることを許された。

野城上 修 (のきがみ おさむ)

神道夢想流古武術の道場主で、布椎世裡の実弟。野城上家は布椎一統にも係わらず、世裡を憎む布椎闇己から敬遠されていた。だが、神道夢想流古武術で免許皆伝の腕を保つ布椎眞前に敗北したことをきっかけにして、闇己が道場に通うようになり、関係は修復。その後は、闇己や七地健生のよき相談相手となる。

布椎 眞前 (ふづち まさき)

素戔嗚の怨念を解き放ち、世界に混沌をもたらそうとする負の巫覡。布椎闇己の実の父親で、布椎海潮若國の実弟。布椎家を飛び出し、海外を転々としたあと、忌部家で神剣集めを手伝っていた。闇己とは、野井辺村で初めて会った。その後、斎島では闇己の代わりに顕斎儀の祭主を引き受けている。 なお、楠には邑見、忌部家が雇った傭兵には、リカルドと呼ばれている。

アルトゥーロ・楠 (あるとぅーろ・くす)

祖先が村八分にされたため、移民となった経歴を持つ、日系ブラジル人。その恨みのある忌部家へ、布椎眞前を伴って乗り込んでいた。殺人も厭わない人間だが、お人好しだった弟の面影が重なる七地健生に対しては、優しさも見せていた。その事情を知りながら、眞前が健生の殺害を指示したため、眞前とは完全に袂を分かち、命がけで健生を救った。

小岩井 しをり (こいわい しをり)

秋田県の山奥にある野井辺村で、キツネ憑きと呼ばれていた少女。七地健生のやさしさに触れ、特別な存在になりたい一心で、村長の家から神剣建御雷を盗み出そうとした。その結果、村長の息子を死なせ、居合わせた布椎眞前と共に姿を消す。その後、紀斐神社で紀埜五十鈴の偽物として、再び姿を現す。

葛岐 安柘 (かつらぎ あつみ)

瀬戸内海の斎島で斎女を務める葛城家の次女。神事顕斎儀の祭主として、半ば騙される形で招かれた布椎闇己の味方として動き、闇己の信頼を得る。またのちに、斎島の隣島である鳴雲島の祠に祀られていた神剣沫那美の情報をもたらし、闇己と七地健生を宗像海都波に引き合わせた。 闇己を補助する巫覡の1人でもある。

宗像 海都波 (むなかた みつは)

瀬戸内海の鳴雲島で、「水神大祭」の祭主を務める家系の最後の生き残り。祖父の亡霊に人柱にされるところを、布椎闇己と七地健生に救われる。その際、神剣沫那美の力に同調し、祖父や長年人柱とされてきた宗像家の子供たちの亡霊を昇華した。事件後、闇己を支える巫覡の1人として、関東布椎家で暮らす。

紀埜 五十鈴 (きの いすず)

熊野紀斐神社の祭主家系の生き残り。16歳の時に、魂を飛翔させたまま15年を過ごし、布椎寧子の肉体を乗っ取る形で蘇った。五十鈴は、古代神「砂鉄大神」を降ろす巫覡となる予定であったが、闇己の魂を焼き滅ぼす儀式の途中で、寧子の意識に弾かれ、朽ちかけていた元の肉体へと戻ってしまう。

己貴 (なむち)

東出雲王の嫡子で、甕智彦の腹違いの兄。のちに、甕智彦が唯一鍛えた武器としての剣生太刀の霊力で、八岐大蛇を退け、出雲の統一を果たす。大将軍大國主とも呼ばれる。日本神話に登場する出雲の英雄神大己貴がモデル。

加茂呂 (かもろ)

出雲の英雄に与えられる名素戔嗚を自ら名乗り、西出雲の王となった神門の郷の首長。武力ですべての勢力を圧し、自らの国を造る野望を持っていた。だが、東出雲の己貴に破れて深手を負ったあと、双子の兄月読に殺害される。モデルは、日本神話に登場する神。

スクナ

甕智彦に、東と西で争う出雲の和睦に役立つ人物と見込まれた少年。元々は加茂呂の寵臣だったが、和睦の提案を退けられ、殺されかけたところを己貴に救われた。その後、己貴の側近となり、少名彦名の名を与えられる。モデルは大国主の国造りに協力した日本神話の神少名彦名。

須勢理姫 (すせりひめ)

『八雲立つ』古代編に登場する蛇神。出雲の聖地である須佐の神タタラ岩姫の御子で、滝に住まい水を操る。西出雲の地で素戔嗚加茂呂に火攻めにされた己貴が希望し、真名志が生太刀の霊力を使って降ろした。以降、契約により己貴の妻となり、幾度も己貴の窮地を救っている。モデルは、日本神話に登場する女神。

月読 (つくよみ)

怨念を生んだ真の素戔嗚。加茂呂の双子の兄として生を受けたが、古代の王家で双子は不吉とされたため、神門の山奥に幽閉された。自身が無念のうちに朽ち果てたことに気づかないまま、東出雲との戦闘で傷つき伏した加茂呂を殺害し、素戔嗚を名乗っていた。呪者としての能力が異常なほど高く、念で八岐大蛇や亡霊兵を産み出し、出雲に災厄をもたらした。 モデルは日本神話の神。

比那 (ひな)

甕智彦の乳母の娘。幼いころから慕っていた甕智彦を追い、単身で西出雲へと乗り込んできた気丈夫。行動は大胆だが、性格は万事控え目。甕智彦との間に設けた一子を、東出雲で里子に出している。

忌部 剡弐 (いんべ せんじ)

忌部家の現当主忌部親露の次男。霊的不感症の体質で、家族の中では浮いた存在。忌部家の在り方に疑問を感じ、布椎闇己と七地健生が紀斐神社に向かった際に、心配して蒿を訪ね、親しくなった。以来、布椎家に対して何かと助け船を出していた。だが、闇己の抹殺を目論む母親の隆子に暗示をかけられ、神剣・草薙が発する尋常ならざる気を防ぐための生きた結界として操られてしまう。

集団・組織

布椎一統

『八雲立つ』に登場する組織。真名志がたてた神への誓約で、50歳以上は生きられない運命を背負わされた一族。宗主に至っては、神に命を返すため、神和祭で首を撥ねられていた。そのため結束が異常なまでに固く、血族の秘密は厳重に伏されている。布椎蒿の母親は血族ではないという理由で、出雲関連の情報から遠ざけられるほど。 なお血族のほかに、手厚い保護と引き替えに、布椎家の行事を優先させる盟約を交わした義縁者もいる。七地健生夕香兄妹は、のちに正式な義縁者となった。

忌部家

『八雲立つ』に登場する組織。断絶した紀埜家の巫覡復興を悲願にし、120年間、宮司として紀斐神社を守ってきた。目的は、熊野の巫覡の存在を世界に知らしめること。そのために、古代神「砂鉄大神」を神降ろしし、布椎家より先に念の昇華を行おうと画策している。その下準備として、各地で念を活性化させる呪詛を行い、道返神社から神剣を盗み出した。 さらに、紀埜五十鈴の器となる巫覡探しと平行して、「神魂昇華会」を組織し、儀式を大々的なイベントにするために、有力者や資金を集めている。

場所

禁域 (きんいき)

古代出雲で神門と呼ばれた地のことで、素戔嗚の怨念を封じた結界が張られている。島根県の山奥にある架空の村維鈇谷村にある道返神社が、50年前まで、7振りの神剣を御神体にして代々守っていた。禁域では、布椎一統の宗主が49歳の年に、代替わりの儀式神和祭も執り行われてきた。

紀斐神社 (きひじんじゃ)

熊野の山地にある「入ラズ森」の禍神を結界で封じてきた歴史を持つ。120年間途絶えているが、その神事暗闇祭は村から犠牲を出すという血なまぐさいもの。紀埜家断絶後は、最後の犠牲の血を含ませた布で結界を守っていた。また、本殿には、強力な気を放つ神剣草薙が、犠牲の血の結界で封じられていた。

(ば)

生物が放出するエネルギーが集まりやすい場所のこと。道返神社の禁域も場の一つ。神降ろしを行う巫覡は生きた場。布椎闇己たち現代の巫覡は、ネルギーの集合体を気と呼び、その気を寄りつかせて神降ろしと同様の儀式を行う。霊も気の一種だが、負のエネルギーである怨念や怨霊の類は念と呼び、区別している。 負の巫覡は、この念を寄りつかせることが可能。

次元の穴 (じげんのあな)

出雲で「入らず山」と呼ばれる忌み地に開いた空間の亀裂のこと。同様の穴は、熊野の「入ラズ森」にも存在し、二つの地を空間の通路「黄泉平良坂」が結んでいる。次元の穴は巫覡の天敵といえる存在で、気を吸い取る性質を持つが、「聖」と「不浄」の両極を嫌う。そのためか、光の波動を放つ七地健生は、気を取られることなく活動できる。

その他キーワード

アカクサ

『八雲立つ』に登場する麻薬の一種。考古学者だった葛城姉妹の曾祖父が南米から持ち帰ったものが根付き、瀬戸内海の斎島で群生した。南米では「神の赤い草」あるいは「ロハ」と呼ばれ、乾燥後、お茶や香として使うと強烈な幻覚作用を起こす。その株を布椎闇己の代役で顕斎儀の祭主となった眞前が譲り受け、熊野の紀斐神社で密かに栽培。 香として信者獲得に使用された。

神剣 (しんけん)

『八雲立つ』に登場する霊力を宿した剣。甕智彦が神蛇山で鍛えた8振りを指す。迦具土・水蛇・建御雷・山祗・沫那美・狭土の6振りは、真名志の神問いの儀式用に打たれたもの。残る2振り草薙と天叢雲は、素戔嗚の怨念昇華のために生み出された特別な神剣で、強い意思を持った魂が宿っている。 なお、三種の神器の一つ天叢雲(草薙)は大和に献上するために甕智彦が鍛えた同銘の別剣。

続編

八雲立つ 灼 (やくもたつ あらた)

樹なつみの代表作『八雲立つ』の続編。現代日本が舞台ながら、人間と神のあいだに立つ半神人の巫覡(シャーマン)や、強力な霊力を秘めた神剣など、日本神話をモチーフとした古代のアイテムや伝説が登場する。そんな... 関連ページ:八雲立つ 灼

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