H/P ホスピタルポリスの勤務日誌

H/P ホスピタルポリスの勤務日誌

元刑事の宇高竜彦、大卒の新人刑事・福士令生、そして猪突猛進の巡査・恋河内環は国立H大学病院に試験的に導入された院内警察隊に配属される。そんな三人が不特定多数の人々が昼夜を問わず出入りする、まるで一つの町のような病院施設で起きる事件を解決し、病院の健康を守るために奔走する姿を描く、医療ドラマ。「BE・LOVE」2019年6月号から2021年6月号にかけて掲載された作品。

正式名称
H/P ホスピタルポリスの勤務日誌
ふりがな
えいち ぴー ほすぴたるぽりすのきんむにっし
作者
ジャンル
医者・看護師
 
警察官・刑事・検察官
レーベル
BE LOVE KC(講談社)
巻数
既刊4巻
関連商品
Amazon 楽天

あらすじ

院内警察隊

H県警察本部の地域部長・村上衛の強い要望により、全国に先駆けて国立H大学病院に院内警察隊が設けられることとなった。そこに配属されたのは、元刑事の宇高竜彦、大卒の新人刑事・福士令生、そして思い込んだら突っ走ってしまう巡査・恋河内環の三人。それぞれがこの病院に対して苦い思い出を抱えていたが、その分、強い思い入れも抱いていた。しかし試験的なものとはいえ、院内警察隊の設置に反対する声も多くあり、今後存続していけるかどうかはこの三人の肩にかかっていた。ある日、環は巡回に行ったきり戻ってこない竜彦を捜しに院内をさまよっていると、脳神経内科の診察室から悲鳴が上がる。環が診察室へと向かうと、そこには不気味な殴り書きのような字で「松田政近 許さない 死ね」と書かれた手紙が置かれていた。外来担当の看護師は、その手紙の不気味さに不安になるが、名指しされた脳神経内科医師の松田政近は、特に意に介さない様子を見せ、こんなものは自己顕示欲の強い人物の仕業で、相手にしても犯人を喜ばせるだけとバッサリ切り捨てる。一方の環は、悪意を持った人間をそのままにしておくわけにはいかないと、捜査に乗り出そうとするが、騒ぎに気づいた患者が集まり、診察室の外はいつの間にか人だかりになってしまう。環が院内警察隊であることに気づいた政近は、無駄に騒ぎ立てようとする院内警察隊よりも、迅速に人だかりを誘導しようとしている警備員の方がよっぽどちゃんと働いてくれていると皮肉る。実は政近は、国立H大学病院内でも強い影響力を持つ院内警察隊反対派であった。環はそれに気づくと、院内警察隊初の事件で犯人を検挙し、自分たちのすごさを思い知らせてやると無駄に力んで突っ走ってしまう。

家族

院内警察隊恋河内環福士令生は、巡回中、国立H大学病院の小児科に長期入院中の木場直斗ママが激昂している姿に遭遇する。相手は直斗の担当医師である濱田一典。直斗は後腹膜にできた小児がんのため、1年前に入院していた。手術で腫瘍は摘出され、ほぼ腫瘍はなくなったが、下半身に麻痺が残っていた。ママはそれが納得いかず、直斗を退院させようとする一典の提案を受け入れようとしなかった。医師側としては、最善を尽くした結果であり、医療過誤ではないという認識だった。ただし裁判を起こし、第三者がそれを医療過誤と認めたならば謹んでわが身の処し方を考えたいと、患者や家族に真摯に向き合う姿勢を見せた。しかしこれに対してママは、ただ息子の足を治してほしいだけだと訴えることを全面的に拒否。事の進捗を聞いた宇高竜彦は、これをいったん院内警察隊に預からせてほしいと提案。環と令生は他者の意見を聞くため、総合診療科の犬飼一のもとを訪れる。手術映像などの記録に目を通した一は、医療過誤とは考えられないと語り、直斗の足の回復は難しいとの見解を示す。環と令生は、直斗の長期入院に24時間体制でサポートを続けてきたママが、その事実を頭ではわかっているのではないかと仮定し、それでも頑なに認めようとしない理由について考え始める。そこには直斗への思いと、思うようにならない夫のパパや娘の木場皆美との関係性に大きな理由があった。そして、環と令生が木場家の実情を目の当たりにすると、実は令生自身も幼い頃に急性リンパ性白血病を患い、小児病棟に長期入院した経験のある「がんサバイバー」であることを環に明かす。

レモンチーズタルトの味

恋河内環は、橘ファクトリーのレモンチーズタルトが大好き。橘ファクトリーといえば、やり手の女性社長・橘彩和子が有名で、環はこんなにおいしいものを世に生み出してくれたことにお礼が言いたいとつねづね思っていた。そんな彩和子が国立H大学病院に入院していることを知った環は、彼女に会いに病室を訪れる。彩和子は数日前、会社の非常階段から転落し、救急搬送されていた。足関節骨折で手術を受け、入院することとなったが、事故前後のことは記憶になく、体は思うように動かない状態にあった。事故に巻き込まれる形となった部下・仁川も入院中で、双方のサポートをするため、息子の橘義行と娘の石山信絵が頻繁に彩和子のもとを訪れていた。だが、彩和子と義行、信絵には親子間の確執があり、あまりいい関係とはいえなかった。強い女性の象徴のようだった彩和子は、記憶を失ったことで病状や治療にも不安を抱えており、弱々しくなってしまっていた。彩和子の個人資産は100億円以上ともいわれており、義行は弱った母親から財産を奪おうとするような者が間違っても近づくことのないよう、母親の見舞いを許可する人物のリストを作成。面会受付に提出し、リストに入っていない者からの面会は断るように指示を出していた。だが最近になって、リストに入れていないはずの見知らぬ誰かが彩和子に会いに来ていることに気づいた義行と信絵は、院内警察隊に調査を依頼する。依頼を受けた環は、福士令生と捜査を進める中で、彩和子本人が面会者リストへの追加を希望した市ヶ谷耀司の存在を知る。彩和子と耀司は互いを大切に思う関係で、二人は家族のいない時間に病室で会っていたが、ある時、義行や信絵と鉢合わせしてしまう。耀司が彩和子の財産を狙っているのではないかととがめられ、病室内は怒号が飛び交う一触即発の状況となる中、彩和子は一人になりたいと全員を病室から締め出す。だがその後、彩和子は突然何者かに後ろから首を絞められて意識を失ってしまう。

真実

院内警察隊恋河内環は、国立H大学病院で起きた二年前の事件で、松田政近の恋人で看護師の加古谷千景が犯人の疑いをかけられ、自ら命を絶っていた事実を知る。当時事件を担当した宇高竜彦や、千景を慕っていた福士令生、当時のことをよく知る犬飼一三宅麻友から話を聞き、環はあらためて闇の中へと消えてしまったこの事件の真実をつき止めたい気持ちにかられるようになる。そんなある日、病院でオリンピックメダリストの垰進司と麻友の対談が行われたが、入院中の江藤大介がそれにかこつけて許可なく病院内で動画撮影を行い、インターネットの動画投稿サイトにアップロードしたことが判明。その動画は「入院してわかったメダリストと病院の秘密」と題して作成され、二年前の事件について独自に調査を行い、垰晃司と病院との関係、二年前の事件の真相が解明されていないことをセンセーショナルに取り上げるものとなっていて、中には亡くなった千景への侮辱的な言葉も含まれていた。完全に興味本位で作った動画であるにもかかわらず、人気に火が付いたことで味をしめた大介は、引き続き晃司と進司の兄弟関係にスポットを当てた動画を作成しよう意気込むが、この動画の存在に気づいた環が大介のもとを訪れてこれを阻止し、事なきを得た。大介の担当看護師・端本杏華が動画の撮影、編集に気づけなかったことについて院長・松田清政から叱責される中、病院内の意見箱には、国立H大学病院に再び災いが起こることを匂わせる怪文書が千景名義で投函される。投函された文書から関係者以外の指紋が検出されなかった点から、いたずらにしては慎重すぎることを警戒。環と令生は念のため、2年前の事件に大きくかかわったゴモラウイルスを確認することにし、ウイルスが保管されている衛生研究所へと向かう。そこで、研究員の高田澄美の協力を得て調査を進めていたところ、入院中の大介の容態が急変し、全身からの出血と意識障害を起こしたと知らせが入る。それはまぎれもなくゴモラウイルスへの感染を意味するものだった。

感染症

国立H大学病院内で、再びゴモラウイルスに感染したことによる死者が発生した。感染経路と思われる点眼薬をH市衛生研究所の高田澄美が持って逃げたことで、模範的な職員だったはずの彼女が、ゴモラウイルスを研究所から持ち出し、ばら撒いた犯人として追われることとなった。その後、一時行方不明となっていた澄美は、思いもよらない状態で発見されることになる。それは救命救急室から、三宅麻友への一本の電話で判明する。救急からのホットラインを受けたERは、市内のビジネスホテルで発生した患者の症状について麻友に相談を持ち掛けた。話を聞いた麻友は、それがゴモラウイルスによるものであると断定。恋河内環は、澄美が市中でウイルスをばらまいたのかと思い、絶望しそうになるが、その患者こそが澄美本人であることが判明する。病院側は、自分たちが迷惑を被る原因をつくった犯人を受け入れることに二の足を踏むが、結局ゴモラウイルス患者に対応できるのは国立H大学病院しかないという理由から、澄美を受け入れることとなる。さらに松田政近が、到着した澄美の診察を拒否。そして、看護師や交代の医師たちは感染の恐怖から次々に担当を辞退し始め、麻友が一人で診続ける事態となってしまう。また、澄美は30万人に一人という珍しい血液型で、輸血もままならない状態となる。どうにもならない状況に追い打ちをかけるように、澄美本人が苦しみながら死ぬことを希望する。そんな彼女を望みどおりにしてやるものかと立ち上がったのは、治療を一番最初に拒絶した政近だった。麻友と政近だけでの治療が進められる中、環は福士令生と共に事件の捜査を続けていく。調べるにつれて、今までわかっていなかった新たな事実が浮上。それは、澄美が垰晃司の娘であるということだった。さらに2年前に亡くなった犠牲者の症状と、今回の江藤大介や澄美の症状について政近は違和感を感じ始める。そしてその違和感は、犬飼一と令生の大きな手がかりにつながり、二年前の事件と、今回の事件はその真相解明に向けて大きな進展を迎えることになる。

登場人物・キャラクター

恋河内 環 (こいごうち たまき)

国立H大学病院の院内警察隊に配属された女性巡査。年齢は23歳ながら小柄で、私服だと小学生くらいに見えてしまうのが悩みの種。何事にも熱心に対応しようとする熱血漢だが、その一方で自らの考えに固執し、無鉄砲に突っ走ってしまいがちなところがある。高校時代は高校柔道48キロ級で、日本一を獲得したことがある実力者。しかし、大会前にケガをして膝を故障したことにより、国立H大学病院で治療を受けるものの柔道をあきらめる選択をせざるを得ない状況に陥った。そのため、この病院と、当時の担当医だった三宅麻友に対してはひそかにトラウマを抱えており、時折、出血を見たりすると当時の心境を思い出してパニックになることがある。交番勤務時代の経験から、人の名前と顔を覚えるのが得意。同じく院内警察隊に配属された福士令生には、後輩ながらもフォローしてもらうことが多くあり、バディーとして信頼関係を築き、礼生のことは「フク」と呼び、礼生からは「タマ先輩」と呼ばれるようになる。国立H大学病院で起きた二年前の事件について興味を持つが、奇しくもその当事者だった加古谷千景と顔立ちがよく似ている。国立H大学病院に勤める松田政近とは何かとぶつかることも多く、性格的には合わないが、自分が体調を崩した際、政近の医師としての誠実さを目の当たりにして見方が変わった。それ以来、政近のことは優秀な医師として尊敬するようになる。

福士 令生 (ふくし れお)

国立H大学病院の院内警察隊に配属された男性警察官。年齢は23歳。大学卒業後に進んだ警察学校を出たばかりの新人で、警察学校での成績は悪く、特に武道の成績は最下位だった。院内警察隊では、つっぱしり型の先輩・恋河内環に振り回されながらも、彼女のフォロー役として立ち回っている。環のことをよく理解しており、よきバディーとして信頼関係を築き、環のことを「タマ先輩」と呼び、環からは「フク」と呼ばれるようになる。実は15年前、国立H大学病院の小児病棟に約2年間入院していたことがあり、急性リンパ性白血病を患った、いわゆる「がんサバイバー」。入院治療を行った結果、血球数や細胞がほぼ正常な完全寛解という状態が長年続いているため、現在は一般的な治癒に近い状態となっている。両親は、福士令生自身の退院と同時期に離婚。まさしく木場直斗の家族と同じような状況での家庭崩壊だったため、自分の病気さえなければ両親は離婚には至らなかったと自責の念を抱いている。そのような理由で、子供の頃から自分が周りを巻き込んでしまったと感じており、早く自立したいという強い思いから、安定した公務員の中でも警察官という職業を選んだ。また骨髄移植を行った際、担当看護師となったのは加古谷千景で、治療中、心の支えでありあこがれの存在だった。そのため、二年前の事件において、千景がゴモラウイルスをばらまいたとする報道には納得できず、自分が警察官になることで、真相を知ることができるかもしれないという希望もあり、警察官への道を選ぶ理由の一つとなった。

宇高 竜彦 (うだか たつひこ)

国立H大学病院の院内警察隊に主任として配属された初老の男性警部補。元刑事としての鋭い勘と洞察力の持ち主で、隊員のお目付け役として、暴走しがちな恋河内環や、新人警察官の福士令生を温かく見守っている。趣味はケーキ作りで、その腕はプロ級。日々さまざまな種類の手作りケーキを持参して出勤し、環や令生に振る舞っている。元刑事で、当時国立H大学病院で起きた二年前の事件を担当していた。その際、加古谷千景が犯人だろうと見込んで捜査を続けていたが、千景が自殺してしまう。松田政近との結婚話のいざこざで精神バランスを崩したかと思われたが、実際に精神科を受診し始めたのは事件後からで、自殺の原因はあきらかに事件にあった。そのため、千景を死に追いやったのは、自分たち警察なのではないかと胸を痛める。これがきっかけとなり、これ以上刑事でいることはできないと、刑事を辞職することを決めた。しかし、新たな配属先が予想もしなかった国立H大学病院だったため、複雑な心境で仕事を続けなければならなくなる。妻の宇高美冴は目の覚めるような美人で、一見不釣り合いな夫婦だが、ケーキ作りが得意な宇高竜彦と、甘いものに目がない美冴とのWin-Winの関係が成立している。

松田 政近 (まつだ まさちか)

国立H大学病院の脳神経内科に勤める医師の男性で、松田清政の息子。つねに冷静沈着でクールなため、それが冷たい印象を与えている。山内や相川かな恵の担当医で、三宅麻友とは学生時代の同級生。ある日、外来診療が終わった時、パソコンのキーボードの下から名指しで許さない、死ねとおどろおどろしい手書き文字で書かれた手紙を見つける。院内警察隊の恋河内環が事件として捜査しようと騒ぎ立てる中、犯人は自己顕示欲の強い人物に違いないとの持論を展開。相手にしても喜ばせるだけだと言って捜査を拒否した。また、松田政近自身に人間関係のトラブルはなく、担当の患者も聞き分けのいい人ばかりという認識を持っており、騒動の犯人は自分とは無関係であることを匂わせた。実は、院内警察隊という存在に反対派の立場であり、警備員の方がよっぽどきちんと仕事をこなしてくれるため、警察隊は不要との考えを持っている。政近自身の診察スタイルについて患者からの評判は上々で、診察時間がずれないこと、説明がわかりやすいことには定評がある。しかし、基本的にパソコン画面を見つめたままで、患者と向き合わないスタイルを貫いている。そのため、表向きは冷たく見えるが、医者はいつでも患者の味方というスタンスを取り、患者への愛情はしっかりと持っている。また、看護師の加古谷千景とは恋人同士だったが、松田家は代々医者の家系で、祖父母も国立H大学病院で教授をしていたこともあり、当時清政から千景との結婚を反対されていた。国立H大学病院で起きた二年前の事件を苦に、千景が自ら命を絶ったことで、自らも心を閉ざして院内の人間や、警察さえも信じることをやめてしまう。環には嫌悪感を抱いているものの、千景と似た顔立ちと、どことなく重なる人柄に気づいて困惑している。

山内 (やまうち)

国立H大学病院の脳神経内科に通院している中年女性。松田政近が担当医を務める。手の震えがひどく、もともとほかの病院に通院していたが、紹介されて国立H大学病院に通院を始めた。しかし、地域で一番の病院と聞いていたにもかかわらず、病名すらはっきりしない状況が続き、治療も成果が出ないためにつらい思いをしていた。その悩みを担当医の政近はまったく聞こうともせず、いつもパソコンばかり見て自分に背を向けているため、震える手で許さない、死ねと手紙を書いた。政近の机に手紙を置いたが、いつもこちらを見ないため、気づくことはなかった。何をしてもまったく変わらない状況に思いつめ、最終的にはナイフで政近に襲い掛かろうとしたが、震える手ではそれも叶わず、院内警察隊の恋河内環に取り押さえられてしまう。神経難病の影響による抑うつ傾向があり、診断がつかず治療も進まない状況がそれを悪化させたとして、結果病院側からは示談という形で解決することになった。

犬飼 一 (いぬかい はじめ)

国立H大学病院の総合診療科に勤める医師の男性。学生時代に実習で法医学研究室にいたことがあり、数々の遺体から教わった経験を臨床で生かすため、総合診療科への配属を希望することにした。臨床法医学を専門としており、現在も週に何日かは法医学研究室に通っている。院内警察隊に対しては好意的で、恋河内環や福士令生の捜査にも協力する姿勢を見せている。そのため、医師としての立場から助言を行ったり、捜査に参加したりすることもある。実は、村上衛とは以前から知り合いで、過去には衛から院内警察隊への協力を要請されていた。衛からは「ボウヤ」と呼ばれていた時があった。

三宅 麻友 (みやけ まゆ)

国立H大学病院の整形外科に勤める医師の女性。恋河内環が高校時代、柔道による故障で通院した際の担当医だった。病棟では、特に理学療法士の楠修也に信頼を寄せている。スポーツ整形を専門としており、その分野には非常に詳しいため、スポーツ理学療法を勉強したがっている修也から相談を受けることも多い。実は以前、陸上の長距離選手だった兄を亡くした過去がある。兄は駅伝大会の最中、ほかの選手との競り合いで転び、硬膜下血腫を起こしてしまう。兄はその大会の前にも脳しんとうを起こしていたため、頭部に再び強い衝撃を受けたことによって脳損傷を引き起こし、セカンドインパクト症候群で帰らぬ人となった。そのことから、兄を守れなかったことに責任を感じ、今後兄のような人をつくらないという強い意思のもと、医者になると決意した。そのため、スポーツ医学に携わる者として、選手を守るためにいつでも全力で対応に当たる。ある時、病棟でプロによる窃盗事件があり、三宅麻友自身もその被害者の一人となった。盗られたのはパスケースで、食堂のカードなど、職場で使うものだけが入っていたために現金被害はなかったが、兄の遺品であるお守りが入っていたため、ショックを受ける。ところが、担当患者の阿部から慕われ、ストーカー行為を受けたことがきっかけで、窃盗犯に盗まれたと思われていたパスケースが、阿部に盗まれていた事実が発覚。その後、無事パスケースを取り戻すことができた。同じ病院で働く松田政近とは、学生時代の同級生。政近には以前から思いを寄せていたが、研修中に加古谷千景と交際を始めたことを知り、二人の様子を目の当たりにしてあきらめた。しかし、政近への思いは心の奥底でくすぶり続けており、それに気づきながらも表には出さないようにしている。県のスポーツ大使として定期的に動画を配信しているオリンピックメダリスト・垰進司からの指名で、対談することになった。二人の対談は二年前の事件がからんだ者同士という観点から、注目の的となった。2年前、ゴモラウイルスの感染によって亡くなった患者と、その後同じくゴモラウイルス感染で亡くなった江藤大介は、共に自らの担当患者だった。

楠 修也 (くすのき しゅうや)

国立H大学病院で理学療法士を務める男性。汗っかき体質のため、患者に不快な思いをさせないように、いつも手袋を着用している。朴訥なタイプのために笑顔が乏しく、患者のあいだでは楠修也が担当するリハビリは厳しいと感じる人も少なくない。最近、修也を怖がる人や修也にいじめられたと訴える人、多額の借金を抱えているらしいと噂する投書が病院に相次いでいるが、そのほとんどが根拠のない噂であり、実際は上司に給料を前借りしたことがあるのみに留まっている。また、用がなくても担当する患者の病室に様子を見に行ったり、調子の悪そうな患者に対しては、個別に細やかなケアをしてあげたりするため、信頼する患者も多くいる。実は、スポーツ理学療法をもっと勉強したいとの思いから、現在留学を考えている。しかし留学費用が足りず、給料の前借りを上司に打診したことがあったが、それを聞いた入院患者・阿部に誤解され、多額の借金があると思われてしまう。さらに、スポーツ整形が専門の医師・三宅麻友には相談に乗ってもらうことが多く、阿部が麻友に執着心を抱いていることを薄々感じていたため、注視していたが、結局阿部に麻友との関係をも誤解されてしまう。

加藤 (かとう)

国立H大学病院に入院中の若い男性患者。少し前に退院した阿部とは仲がよく、自分が退院したら、いっしょに遊ぼうと約束している。実は、院内警察隊の恋河内環に恋心を抱いており、環宛てに無記名で花束を贈ったり、病院内にあるご意見箱に環への好意を毎日投書したりするなど、ひそかなアピールを繰り返し、つきまとい行為を行っている。すべては、純粋に環への好意によるものだったが、結果的に環を怖がらせることとなる。

阿部 (あべ)

少し前まで国立H大学病院に入院していた若い男性患者。現在は退院し、リハビリのために通院を続けており、入院中になかよくなった加藤の見舞いにも訪れている。病院内にあるご意見箱に楠修也に関するネガティブな投書を続けていた張本人。これは、担当医の三宅麻友に恋心を抱いていたためで、麻友と修也の仲を疑い、修也を病院から追い出そうとしてのことだった。さらに、病院内で起きた窃盗事件に便乗し、麻友のパスケースを盗んだ。その後、麻友と恋河内環が飲んだドリンク容器を盗んだことがきっかけで、すべてが明らかになる。

村上 衛 (むらかみ まもる)

H県警察本部の地域部長を務める中年男性。院内警察隊の発案者でもあり、恋河内環の大ボスにあたる。国立H大学病院に院内警察隊を設置するため、国立H大学病院になんらかのかかわりを持った宇高竜彦、福士令生、環の三人を試験的に選出した。以前、身内を国立H大学病院で亡くしていたが、その最期に納得できない思いを抱いており、真実を確かめたい思いがきっかけとなって警察官になった。犬飼一とは以前から知り合いで、隠ぺい体質のある病院の内部を動かすため、個人的に協力を要請した。環に対しては、彼女のむちゃくちゃなところに期待しており、その型にはまらないところが、二年前の事件の解決に向けて必要と考えている。

宮丸 光太 (みやまる こうた)

国立H大学病院の脳神経外科の特別室に入院中の少年で、宮丸克俊の息子。部屋で走り回って遊んでいた時、床に放っておいたお絵かきの紙で足を滑らせ、テーブルの角に頭をぶつけてしまう。検査の結果、頭蓋骨を骨折して硬膜外血腫を起こしていることが判明し、入院していた。幸い血腫は大きくならなかったため、1週間程度の様子見入院だけで退院する運びとなった。入院中は、看護師が触っただけで嫌がって暴れたり、消灯後は暗いと駄々をこねたりするなど、問題行動が多く、虚言癖やジジイババア死ねなど暴言も多かったため、ほかの入院患者から看護師宛てに苦情の嵐が来る原因をつくった。しかし、退院直前に知り合った院内警察隊の恋河内環にだけは、悪ガキぶりを発揮しながらも割と素直に接している。退院後、発熱と咳の症状で再び通院を始めるが、担当小児科医の田添によって肋骨の骨折痕が長いあいだ隠されてきたことが発覚し、父親からの虐待が公になった。さらに入院の原因となった頭蓋骨骨折も、のちに虐待によるものだと判明し、環と福士令生が自宅を訪問。屋根裏で閉じ込められていた宮丸光太を発見し、保護されることとなった。警察が大好きで、お気に入りのおもちゃはパトカーのミニカー。将来は警察官になりたい気持ちはあるものの、父親から抑圧され続けた結果、自己肯定感が低く、自分は頭が悪いから警察官になれるわけがないと思い込んでいる。

宮丸 克俊 (みやまる かつとし)

宮丸光太の父親。新興IT企業宮丸システムズの社長を務めている。周囲には理解ある父親のように振る舞っているが、かなり高圧的な態度で息子に接し、光太に頭が悪いなどと暴言を吐き続けて抑圧し、日常的に虐待していた。咳と発熱で病院を受診した際には、レントゲン写真を見て訝しむ様子を見せた小児科医・田添に対して、暗に自分がいつでも田添の立場を脅かすことができる存在であると匂わせて、宮丸克俊自身の息子への虐待を隠蔽させようとした。最終的には、田添が院内警察隊の恋河内環と犬飼一に自らの隠蔽を告白したことで、光太への虐待、さらにしつけと称してカビだらけの屋根裏部屋に光太を閉じ込めていたことが発覚。自宅を訪れた環に対して暴力を振るおうとしたため、傷害の現行犯で逮捕された。

田添 (たぞえ)

国立H大学病院で小児科に勤める医師の男性。宮丸光太の担当医を務めているが、光太の病状について疑問を持った恋河内環の依頼により、犬飼一がカルテを確認し、あるはずのレントゲン画像がないことを突っ込まれた。これにより、これまで診断のために撮影したレントゲン画像を隠蔽していることが発覚。実はこれまで撮影した画像には、肋骨の骨折痕があり、診察に訪れるたびに新しい骨折痕が増えていることに気づいていた。骨折痕は虐待によるものの疑いがあったが、宮丸克俊から、暗に田添自身の立場を脅かせる存在であることを匂わせられ、怖くなってそれについて指摘できなくなった。さらに、病院の電子カルテにハッキングし、胸部画像データを削除。のちに、光太への虐待の疑いを隠蔽していたことを告白した。

相川 かな恵 (あいかわ かなえ)

県会議員を務める女性で、独身のアラフォー美人。福祉の充実を目指すとして、住民の味方という立場を前面に押し出す形で活動を行っており、テレビ出演も多くこなすなど、世間から注目を浴びている。しかし1か月前、元彼氏の男性作家が覚せい剤取締法違反で逮捕され、自分とのつながりをほのめかす供述を行った。最近急にやつれたことや、興奮して怒りっぽくなるなど、パーティでの異様な行動も目撃されているため、相川かな恵自身にも薬物に手を染めているのではないかという疑惑の目が、警察や一般市民から向けられている。実は父親からの遺伝により、神経変性疾患であるハンチントン病を患っている。その症状は易怒性や興奮性が強くなったり、体重が減少したりするなど、覚せい剤中毒の症状と酷似しているため、誤解を受けることになってしまった。そんな中、病気が発症して国立H大学病院に入院することになるが、病状の開示を拒否したことで、警察からは逮捕逃れのための仮病ではないかと疑われてしまう。警察が躍起になって真相を探ろうとする中で、主治医の松田政近と、院内警察隊の恋河内環だけが自分を信じ、全力で守ろうとしてくれていると知り、すべてを打ち明けることを決めた。さらに、人を守ろうとする環の姿勢に感化され、失いかけていたやる気を取り戻し、自らも議員を続けることを決意する。

小笠原 (おがさわら)

刑事部薬剤銃器対策課に所属する刑事で、恋河内環とは警察学校の同期。現在、県会議員である相川かな恵の薬物疑惑についての捜査を担当している。最近のかな恵の様子の変化や状態が、覚せい剤中毒によって現れる症状によく似ていることもあり、かな恵が薬物を使用しているのではないかと疑い、その証拠をつかむため、躍起になって捜査を続けている。かな恵が国立H大学病院に入院してからは、どんな手を使ってでも情報を手に入れようと環を利用したが、うまくいかなかったため、最終的には小笠原自身がかな恵の現れる病院の屋上へ許可なく侵入し、本人に話を聞こうとした。

濱田 一典 (はまだ かずのり)

国立H大学病院で小児外科に勤める医師の男性。木場直斗の担当を務めているが、後腹膜にできた小児がんのために1年前に入院した直斗の手術を行った際、下半身に麻痺が残る状態となってしまった。直斗の麻痺を治すため、試行錯誤を繰り返すものの回復は難しく、足に関しては自分にできることはもうないと判断。入院治療を終え、外来通院への切り替えを提案したが、直斗のママがそれを受け入れようとせず、退院を拒絶。直斗の足の治療を求め、退院しないと強く詰め寄っていたため、院内では医療ミスと噂されるようになり、転院を希望する患者が出るまでになってしまう。濱田一典自身としてはこれまで誠心誠意対応に当たってきたが、それも限界に近いと感じている。直斗のことは医療過誤とは思っていないが、裁判でそう判断されれば自らの身の処し方をあらためて考えたいという思いでおり、決して逃げ腰ではない。

木場 直斗 (こば なおと)

国立H大学病院に長期入院中の幼い少年。後腹膜にできた小児がんのため、1年前から入院している。担当医の濱田一典による手術で腫瘍は摘出され、現状はほぼ消えてなくなったが、下半身に麻痺が残ってしまう。いつもいっしょにいてくれるママと、時折会いに来てくれるパパ、姉の木場皆美の笑顔が長期にわたる入院生活の心の支えになっているが、自分のせいで家族がバラバラになりつつあることを敏感に感じ取っており、自責の念を抱いている。

ママ

木場直斗と木場皆美の母親。息子の直斗が、国立H大学病院に入院してからは仕事を辞め、約1年のあいだ24時間体制で付き添い、入院生活を共にしてきた。しかし、術後に直斗の下半身に麻痺が残ってしまったことに強い違和感を抱いており、担当医師の濱田一典から退院を言い渡されたが、頑なにそれを受け入れようとせず、足を治してほしいと詰め寄っている。入院生活を始めてから、ずっと家庭を顧みずに直斗のことだけを考えて日々を送っていたため、今退院してもハンデを負った直斗と四人での生活がうまくいく気がしないという不安を抱いている。夫であるパパや、自分のことばかり主張する皆美との関係も含め、家族としてやっていく自信がなくなっている。そのため、退院について先生から話をされたものの、パパには足が治るまでまだ入院生活が続くとウソの報告をしていた。

パパ

木場直斗と木場皆美の父親。直斗が入院してからは、妻のママがつきっきりの状態となっているため、皆美と二人での暮らしを続けている。日々仕事や家事に追われているため、直斗の病状については、ママから聞く話だけになっており、足が治るまでもう少し入院生活が続くと理解していた。しかし、病院で直斗の本当の病状を聞くことになり、ママに対して自分に大事なことを相談してくれなかったと叱責した。

木場 皆美 (こば みなみ)

木場直斗の姉。直斗が入院してから、自分がないがしろにされているように感じている。特にママは直斗のことばかりかまい、自分の運動会や授業参観にも来てくれず、自分が何かを我慢しても褒めてもくれないことに不満を募らせている。現在小学5年生のため、国立H大学病院に入院している直斗への面会は許されていない状態で、直斗の病状もよくわかっていない。直斗につきっきりのママと、たまにママと顔を合わせてもケンカばかりのパパの関係の変化も敏感に感じ取っており、家族がバラバラになっていることを実感している。

橘 彩和子 (たちばな さわこ)

橘ファクトリーの社長を務める女性。年齢は59歳。30代で夫と小さな洋菓子店を立ち上げたが、その後夫が急逝し、急遽代表者となった。その後、子供二人を育てながら事業を順調に拡大させて全国規模に成長させた。特にレモンチーズタルトは人気を博している。個人資産は100億を超えると噂されており、最近では橘彩和子自身もやり手の女社長としてマスコミに取り上げられている。数日前、会社の非常階段から転落し、国立H大学病院に救急搬送された。足関節骨折で手術を受け、現在入院中。事故前後のことは記憶になく、体は思うように動かない状態で、病状や治療にも不安を抱えている。同時に入院中の部下・仁川に対しては、自らの転落に巻き込んでしまったために強い責任を感じており、仁川自身に負担がかかることのないようにと橘家総出で気遣っている。息子の橘義行や、娘の石山信絵は日々見舞いに訪れているが、親子関係はあまりいい状態ではない。特に信絵に対しては、学校卒業後すぐに家を出て行ってしまったこと、その後なんの相談もなく結婚してしまったことに、思うところがある。現在、信絵の夫の事業が苦しい状況にあり、見舞いに来ることで信絵がその見返りを求めているのではないかと考え、素直に信絵を受け入れられないでいる。以前、仕事の付き合いで訪れたバーで、酔いつぶれていた際に、バーの経営者である市ヶ谷耀司と知り合った。それ以来、互いの悩みを打ち明けられる友人として関係を深めていく。耀司との関係は誰にも話していなかったため、義行の作成した入院中の面会を許可する面会者リストには、耀司の名前がなく、のちに彼の名前を加えてほしいと面会受付に直接希望した。その後、何者かに首を絞められて殺されそうになったことがきっかけで、自分はそれほどまでに恨まれていたのかと人間不信に陥り、家族も耀司も信じることができなくなってしまう。

仁川 (じんかわ)

橘ファクトリーで仕入れ部門の部長を務める男性。社長の橘彩和子が会社の非常階段から転落した際、巻き込まれていっしょに落ちて負傷した。幸い、植え込みに落ちたために手首の骨折だけで済んだが、現在は国立H大学病院に入院中。事情を聞きに来た院内警察隊の恋河内環には、自分がケガをしてしまったことで、彩和子とその家族に気を遣わせてしまっていることを心苦しく感じていると、申し訳なさそうに話した。しかし実際は、会社の人気商品のレモンチーズタルトの製造に使用していた小麦粉を、許可なく質の劣る安いものに変え、発生した差額を着服していた。それを彩和子に気づかれたことで、逆上して非常階段から彩和子を突き落とそうとしたが、仁川自身も巻き込まれ、いっしょに転落したというのが真相である。彩和子はその時の記憶を失ったため、ラッキーと思っていたが、いつ思い出すかわからない危険をはらんでいるため、再び彩和子の記憶が戻る前に彼女の殺害を画策し、病室に忍び込んで首を絞めた。

橘 義行 (たちばな よしゆき)

橘ファクトリーで専務を務めている男性。橘彩和子の息子で、入院中の母親のベッドサイドに、知らないうちに簡易的なゴミ箱やタオル掛けを設置し、彩和子のお気に入りの飲み物を冷蔵庫にストックしていった見知らぬ面会者に強い警戒心を抱いている。院内警察隊の恋河内環や福士令生に対し、その人物の特定を依頼した。彩和子は強い影響力を持つ立場の人間であると認識しており、母親の見舞いを許可する人物のリストを作成。面会受付に提出し、リストに入っていない人の面会は断るように指示を出している。それもすべて彩和子が入院してから、すっかり弱々しくなっていることを心配しているためだが、一方で市ヶ谷耀司が弱った母親に近づき、財産を奪おうとしているのではないかと、お金のことについて強い懸念を抱いている。幼い頃から母親には一度も褒められた記憶がなく、いつも強くてパーフェクトでいることを求められてきた。現在は、会社で何かと彩和子と比べられており、彩和子にはかなわない凡庸な息子と思われていることがつらいと感じている。彩和子に積年の恨みを抱き、妹・石山信絵と自分を放っておいたツケを払うべきで、母親の財産は自分たち兄妹に受け取る権利があると考えている。

石山 信絵 (いしやま のぶえ)

橘彩和子の娘。日々かいがいしく入院中の彩和子の見舞いに訪れているが、母娘仲はあまりよくない。学校を卒業してすぐに家を出て、その後なんの相談もなく結婚した。夫の事業は現在苦しい状況にあり、彩和子からは、見舞いに訪れることでその見返りを期待しているのではないかと思われている。幼い頃から母親には一度も褒められた記憶がなく、いつも強くてパーフェクトでいることを求められてきた。母親が彩和子でなければもっと自分を好きになり、素直に生きられていたと、彩和子に積年の恨みを抱いている。兄・橘義行と自分を放っておいたツケを払うべきで、母親の財産は自分たち兄妹に受け取る権利があると考えている。

市ヶ谷 耀司 (いちがや ようじ)

国立H大学病院に入院中の橘彩和子の見舞いに来た男性。もともとは橘義行の作成した面会者リストには入っていなかったが、彩和子の希望により、のちに加えられた。バーを経営しており、以前仕事の付き合いで店にやって来た彩和子と知り合った。それ以来、互いの悩みを打ち明けられる友人として関係を深めていった。彩和子には、入院中不自由がないようにとベッドサイドに簡易的なゴミ箱やタオル掛けを設置し、彩和子のお気に入りの飲み物を冷蔵庫にストックした。その後、彩和子の見舞いに来ていた際に、息子の義行や娘の石山信絵と鉢合わせし、彩和子の財産を狙っていると誤解されることになる。さらに、彩和子が何者かに首を絞められてからは市ヶ谷耀司自身も疑われ、彩和子にも信じてもらえないことに心を痛めている。

宇高 美冴 (うだか みさえ)

宇高竜彦の妻で、目の覚めるような美女。甘いものに目がなく、特に橘ファクトリーのレモンチーズタルトが大好き。竜彦にチーズタルトを買ってきてほしいと頼んだが、家に持って帰ってくるまで待つことができず、夫の職場である国立H大学病院まで受け取りに来た。その際、橘ファクトリーの袋を持って帰る途中で、市ヶ谷耀司から声をかけられた。

本條 (ほんじょう)

国立H大学病院の病棟で看護師を務める男性。虫垂炎で入院した恋河内環と、田室光子の担当看護師となった。自らが男性であることを理由に、女性の患者から敬遠されないようにと、もし何かあれば女性の看護師に変わることもできるとあらかじめ患者には伝えるようにしている。生真面目な性格で、医療に携わる者として感染症対策には余念がない。ある時、光子の孫・莉奈のおなかに特徴的な手術痕があるのを目にする。それが脾臓摘出手術を受けたことによるものだと気づき、免疫機能が低下しがちな状況にあると察し、莉奈にマスクを渡したり、消毒の仕方を懇切丁寧にレクチャーしたりした。しかしそれが光子から、莉奈に気があると誤解を受けることにつながり、担当看護師を外れてほしいと言われてしまう。その後、感染症で倒れた莉奈が命を取り留める一助となったために誤解も解け、再び担当看護師に復帰することとなる。

田室 光子 (たむろ みつこ)

国立H大学病院に入院中の女性。虫垂炎で入院中の恋河内環と同室になり、つらそうな環に話しかけたことがきっかけで親しくなった。仕事で忙しい子供たちの代わりに、孫の莉奈がよく見舞いに来てくれることを何よりも嬉しく思っている。担当看護師は本條で、看護師とはいえ男性に体を触れられることには抵抗を感じている。そんなある日、本條の莉奈への視線が気になり始め、さらに莉奈にマスクを手渡したり、消毒の仕方をレクチャーしたりする本條の様子に不快感を感じて逆上する。本條を担当から外すように希望したものの、それによって逆恨みされるのではないかと心配になり、院内警察隊の環に捜査を依頼した。

莉奈 (りな)

田室光子の孫。国立H大学病院に入院中の光子の見舞いによく訪れている。女子校育ちで人見知りのため、病室にたくさん人がいるだけで緊張してしまうが、祖母と同室に入院中の恋河内環とは、次第に親しくなる。大の猫好きだが、小さい頃に体が弱かったこともあり、飼うことは許されていない。そのため、見舞いがてら国立H大学病院に住み着いている猫たちと遊ぶのを日々の楽しみとしている。ある時、光子の担当看護師である本條におなかを見られたことで、恥ずかしい思いをして顔を合わせづらくなる。後日、見舞いに訪れた際には本條からマスクを渡され、つけ方などをレクチャーされた。それを目にした光子が必要以上に莉奈に接する本條に逆上し、担当看護師を変える要望を出す事態となった。実は幼い頃、腹腔鏡による脾臓摘出手術を受けたことがあり、免疫機能が低下している。その後、病院の猫に嚙まれたことで感染症にかかり、命の危険にさらされるが、その際に本條の機転によって命を救われることになる。

加古谷 千景 (かこたに ちかげ)

国立H大学病院で看護師を務めていた女性で、松田政近の元恋人。早くに両親を亡くし、苦労の多い人生を送ってきた。顔立ちは恋河内環と似ている。小児科や臨床検査部、整形外科とさまざまな医療科を経ており、患者に希望を与えるだけでなく、強い責任感を持った看護師として信頼されている。そんな中、国立H大学病院で立て続けに患者が不審死する二年前の事件が起こった。警察の捜査が入るほどの大事件となったが、亡くなったのが全員自分が担当する患者だったため、不審死の責任が自分にあるのではないかと噂されるようになった。それが原因で精神バランスを崩して精神科に通院するようになり、のちにそこでもらった向精神薬を大量に服用し、自ら命を絶って帰らぬ人となった。政近とは結婚を約束していたが、政近が院長・松田清政の息子で、将来的に大きな職責を担う可能性が高い立場にあることを理由に清政から結婚を反対されていた。

垰 進司 (たお しんじ)

有名アスリートの中年男性。現役時代は陸上4×100メートルリレーで、メダルを獲得したことがあるオリンピックメダリスト。県のスポーツ大使として定期的に動画を配信しており、近々配信分として国立H大学病院の三宅麻友を相手に対談を行うことにした。双子の兄・垰晃司は、現役時代に共にリレーでメダルを獲得した関係でもある。2年前、海外で骨折した晃司に入院および手術を勧めたが、国立H大学病院に入院中に晃司が亡くなったため、国立H大学病院とはわだかまりが残っている。学生時代から兄弟で同じ短距離界にいたが、国内ではつねに晃司が一位で、自分は兄の背中を追う立場だった。学校卒業後はハリー電機に入社したが、世間では垰進司が入社できたのはスター選手である晃司のおかげだと考えられていた。その後、努力の末に自らが日本一へと昇り詰めるが、その時は晃司が重度の肉離れに苦しみ、長期離脱していた時だった。そのため進司の活躍は兄の不在によるものだと陰口を叩かれ、その後に兄弟共にオリンピックでメダルを獲得しても、その評価が変わることはなかった。引退後も兄は陸連の理事となり、進司とのポジションには格差があった。そんな経緯もあり、晃司に対して複雑な心境を抱いていたに違いないとの声や、死んだ兄との兄弟関係を美化する者だけでなく、揶揄する者も存在する。血液型は30万人に一人といわれる非常に珍しいボンベイ型。幼なじみで同級生の高田歩美とは、兄と共に非常に仲がよかった。以前から血圧が高く、降圧剤を常用している。

垰 晃司 (たお こうじ)

垰進司の双子の兄。現役時代は進司と共に陸上4×100メートルリレーで、メダルを獲得したオリンピックメダリスト。地元では英雄的な存在で、日本記録保持者のスター選手だったが、重度の肉離れに苦しめられてオリンピック出場も絶望視された時があった。だが、国立H大学病院の整形外科で手術を受け、厳しいリハビリの末に再びメダルを獲得した。しかし、2年前に渡航先のM国で骨折。進司からの勧めもあって帰国し、国立H大学病院の整形外科に入院して手術を受けることになったが、その入院中にゴモラウイルスに感染して帰らぬ人となった。二年前の事件の直接的な関係者であり、表向きの死因は不明のままとなっている。選手時代は、ハリー電機に所属していた。血液型は30万人に一人といわれる非常に珍しいボンベイ型。幼なじみで同級生の高田歩美とは、学生時代に交際していた。大学在籍時に歩美が急に姿を消してしまうものの、それ以降もずっと彼女を思って生涯独身を貫いた。

松田 清政 (まつだ きよまさ)

松田政近の父親。国立H大学病院の院長を務めている。院内警察隊を立ち上げようとしている村上衛に賛同し、設立に全面的に協力した。かつて国立H大学病院が不祥事を起こし、人事が一新された際には、松田清政自身が中心となってクリーンなイメージへと変えていった。二年前の事件のあった当時、息子と交際中だった加古谷千景が、一介の看護師であるという理由で、将来重要なポストに就く可能性が高い政近との結婚に反対した。政近の結婚相手には、優秀で話題性もある三宅麻友がいいと考えている。

江藤 大介 (えとう だいすけ)

国立H大学病院の整形外科に入院中の男性。「えとー」という名でインターネットの動画投稿サイトに自作の動画をアップロードしている。もともとは動画撮影中に画面に夢中となり、階段から転落した際に肘を骨折して手術を受けた。その入院中、「入院してわかったメダリストと病院の秘密」と題して病院側に許可なく撮影を行い、三宅麻友と垰進司の対談をきっかけに二年前の事件について独自に調査を開始した。垰晃司と病院との関係や、二年前の事件の真相が解明されていないことをセンセーショナルに取り上げた。中には、亡くなった加古谷千景への侮辱的な言葉も含まれていたが、興味本位で作った動画であるにもかかわらず、超人気動画となる。これに味をしめた江藤大介は、続けて晃司と進司の兄弟関係にスポットを当てた動画を作成しようとしたが、院内警察隊の恋河内環に追及され、断念することになった。その後、入院中に急変し、全身からの出血や意識障害を起こしたため、検査を実施した結果、ゴモラウイルスに感染していることが判明。医師による懸命な処置が行われたが、亡くなる。ドライアイだったため、点眼薬を利用していたが、それが感染源となったことが判明している。

高田 澄美 (たかだ すみ)

H市衛生研究所のウイルス科で研究員を務める女性。年齢は35歳で、生真面目で模範的な人物。母親・高田歩美がシングルマザーで自らを産み、数年前に病気で他界したため、現在は一人暮らしをしている。研究所に保管されているゴモラウイルスを確認に来た恋河内環と福士令生に協力し、二人からの質問に応じた。二年前の事件のことを知っており、研究所によく立ち入っていた加古谷千景とは仲がよかった。同世代で境遇が似ている千景を友人と思って慕っていたため、事件が起きたことは今でも信じられない思いを抱いている。だが、ゴモラウイルスを千景が持ち去ったとしても、彼女が亡くなったあとも発見されていないことを心配している様子を見せた。国立H大学病院にもよく足を運んでおり、江藤大介がゴモラウイルスに感染した際には、PCR検査実施のために尽力した。その後、環と共に感染源確認のための捜査に同行したが、大介の私物をチェックした際、感染源となる点眼薬をこっそり奪い去った。その後も高田澄美自身のかばんに入れて点眼薬を持ち歩き、うっかり荷物を落としたことで環に発見され、そのまま逃走。一時的に行方不明となるが、後日市内のビジネスホテルでゴモラウイルスに感染し、全身から出血して意識障害を起こした状態で発見され、国立H大学病院に運び込まれた。しかし、血液型が30万人に一人といわれる非常に珍しいボンベイ型だったこともあり、治療は難航を極めた。実は垰晃司の娘で、歩美が亡くなる前、父親のことを聞かされており、2年前に自分が晃司の娘であることを垰進司に打ち明けていた。

端本 杏華 (はしもと きょうか)

国立H大学病院の病棟に勤務する女性。江藤大介の担当看護師を務めている。大介が病院内のことについて許可なく動画を撮影し、インターネットにアップロードしたことについて、担当看護師として対処できなかったことを、院長・松田清政から厳しく叱責された。その後、大介がゴモラウイルスに感染して死に至ったため、担当看護師である自分が世間から疑いの目を向けられることになる。その後、松田政近からの勧めもあり、看護師を辞めようと決め、病院に置いてあった私物をすべてまとめて帰宅した。二年前の事件の時も同じ職場で働いており、尊敬する先輩で慕っていた加古谷千景が犯人扱いされていたことについて強い違和感を覚え、反発心を抱いている。

長沼 永一 (ながぬま えいいち)

国立H大学病院の整形外科で、江藤大介と同室に入院中の老齢な男性。胸腰椎の椎体圧迫骨折で、コルセットをしている。大介が動画の投稿を指摘され、データを消すようにせまられた中、恋河内環に奪われたスマートフォンを取り返し、逃げようとして長沼永一とぶつかった。その後も、ゴモラウイルスの感染に関して病院内でさまざまな噂がささやかれていることを心配し、院内警察隊に話を聞きに来るなど何かと気になっているそぶりを見せる。実は、以前ハリー電機の陸上部でコーチを務めていたことがあり、垰晃司、垰進司兄弟のこともよく知っており、二年前の事件においてもキーマンとなる人物。

高田 歩美 (たかだ ふみ)

高田澄美の母親。もともと垰晃司、垰進司とは幼なじみの同級生で仲もよく、晃司と交際をしていた。35年前、妊娠が発覚したが、赤ちゃんの父親である晃司が大学に在学中であり、陸上選手としてさらなる高みを目指していたため、晃司の将来を縛るようなことはできないと考え、妊娠の事実を告げることなく晃司の前から姿を消した。その後出産し、シングルマザーとして澄美を女手一つで育て上げた。しかし数年前、病にかかり、これまで誰にも打ち明けず、心に秘めていた晃司に対する思いを澄美に打ち明けたあと、この世を去った。

集団・組織

院内警察隊 (いんないけいさつたい)

病院内に設置された交番の名称。不特定多数の人々が昼夜を問わず出入りする病院は、まるで一つの町のようでもある。鉄道に鉄道警察が、国際空港に空港警備隊があるように、病院内にも警察が必要という強い考えを持ったH県警察本部の地域部長・村上衛と、それに賛同した国立H大学病院院長・松田清政により、全国に先駆けて国立H大学病院に試験的に院内警察隊が設けられた。院内警察隊を知ってもらうための啓発ポスターがあり、キャッチフレーズである「病院の健康は私たちが守ります!」という言葉とともに、凛々しく敬礼する恋河内環の姿が描かれている。基本的に院内を巡回する際は、患者に不安を与えないようにするため、私服で行うことが決められている。10年前、脳神経外科で大きな事件が起こり、それ以来院内警察隊の構想が持ち上がったが、なかなか形にすることができないままだった。そしてさらに二年前の事件が起こったことで、ようやく現実化する運びとなった。院内警察隊が設置されてから、入院病棟で起きたいくつかの事件をきっかけに、人の出入りをチェックするための面会受付カウンターを作ることが提案された。面会時には受付表に記入してもらい、確認後に面会証を渡す形を取ることになった。

その他キーワード

二年前の事件 (にねんまえのじけん)

国立H大学病院で2年前に起きた事件。立て続けに患者が不審死したもので、警察の捜査が入るほどの大事件となった。ある日、術後の容態が安定していたはずの患者が三人続けて急変し、多臓器で出血性梗塞が見られるという全身の出血症状で死亡。その様子は、10年前に同じく国立H大学病院で患者が発生したゴモラウイルスによる感染症に酷似しており、検査の結果、陽性であることが判明した。ゴモラウイルスは、H市の衛生研究所にあり、そこに出入り可能な看護師・加古谷千景の存在がクローズアップされた。さらに、亡くなったのが千景が担当する患者だったため、患者にウイルスを投与する機会もあり、院長から結婚を反対されていることによる病院への恨みという動機も疑われた。そのため、警察だけでなく近隣住民からも犯人扱いされることになり、仕事仲間からも不審死の責任が千景にあるのではないかと噂されるようになった。その結果、精神バランスを崩した千景は、のちに自ら命を絶って帰らぬ人となったが、その後も確固たる証拠は発見されず、事件の真相は明らかにならないままとなっている。

ゴモラウイルス

重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルスの突然変異体。感染すると全身に出血症状を発し、致死率が高い。10年ほど前に、山中の別荘にこもっていた男性が激しい出血症状で国立H大学病院に運び込まれて急死。解剖した法医学研究室の准教授が、SFTSウイルスの突然変異による新型感染症と見破り、何とかこの一例だけで食い止めることができた。媒介するのはマダニで、ヒトからヒトへの感染力は低く、飛沫など通常の接触で感染することはほとんどない。ただし、体液を介しての感染例は少なからずあり、血液に直接触れるなどのケースにおいては感染することがわかっている。また、このウイルスは最初の一例しか感染の報告がなく、ウイルスそのものはH市衛生研究所にのみ保管されている。そのため、このウイルスに感染させるには、何者かが衛生研究所から持ち出し、意図的に患者の血液に入れるなど、人の意思が介在する必要がある。その後、国立H大学病院において、垰晃司を含む計三名の患者が感染し、全員が死亡することとなった。それから2年という時間を経て、国立H大学病院で再び江藤大介が感染者となる。このウイルスは重篤になると、発汗によって大量の塩分が失われて低ナトリウム血症を起こし、体表面に塩が浮き出ることから、旧約聖書で神が堕落した都市ゴモラを滅ぼした時、塩の柱になってしまった人の話になぞらえて「ゴモラウイルス」の名が付けられた。

マルスマネ熱ウイルス (まるすまねねつういるす)

海外のM国のみで流行したウイルス感染症。日本国内での感染報告例はまだないが、ヒトからヒトへは接触や飛沫などで感染するため、容易に感染が広がる。症状は発熱や下痢などで、一般的には軽症で治る患者が多く、無症状の場合も少なくない。ただし、高齢の場合や基礎疾患があったり、免疫機能が抑制されたりした状態で感染すると重篤化する傾向にある。血小板が著しく低下して体中から出血し、多臓器不全を起こして死に至ることもある。中枢神経症状としては、意識レベルの低下が長引き、活動低下傾向に陥る。全体的な症状がゴモラウイルスとよく似ているが、低ナトリウム血症の報告はない。

書誌情報

H/P ホスピタルポリスの勤務日誌 4巻 講談社〈BE LOVE KC〉

第3巻

(2020-09-11発行、 978-4065206966)

第4巻

(2021-02-12発行、 978-4065222508)

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