喜ばしいことに前作からさほど時を置かずして「人生負組」先生の最新作がやってまいりました。
時に前作『笑うカドにはお稲荷さん』は日常ギャグ作品（奇妙な同居人が日常に織り交ざる『ドラえもん』などの「エブリデイ・マジック」方式）でした。今作もまた、神様が登場するギャグ作品でありますが……？
打って変わって今回は同じくギャグを基調に据えてもストーリー仕立て、ド迫力バトルも盛り込んでいます。
そんなわけでいきなり主人公がトラックにはねられる衝撃の開幕からして、ご理解いただけるかと存じます。
なによりタイトルから読者諸氏もご明察の通り、本作は「異世界転生」が作品の前提に置いています。
が、ここからやってくるのは一見おなじみのジャンルを逆手に取った読者の度肝を抜くダイナミックな展開です。今回作者は持ち味を活かしながらも王道路線に乗せて、より万人向けに仕立てたのかもしれません。
ではまず、言っておきたいこととして。
開始十ページも経たないうちに彼岸の方にぶっ飛ばされる女子高生「五十嵐からし」が主人公というのはフェイクです。……いや、読んだ人なら一発でわかるんですけど衝撃を共有しておきたいので綴っておきました。
からしの方も日常ギャグ作品の主人公を務められそうな逸材ですし、次巻収録予定の話の中で見事な勢いでボケ倒してくれる一幕があったりするのですが、今は一回休み中といったところですね。
この場合は十年前に涅槃へ旅立って以降、神の世界で暴れていた両親の方が主役を務めるというのがポイントでしょう。タイトルからわかっていても、まさかの親世代が主人公というのは意表を突かれたのでは？
その上で出オチに留まらず、圧倒的な勢いで作品を牽引してくれるのだから頼もしいところです。
そんなわけで武将みたいな喋りの大時代的な母（一人称：「我」）と軟派でゆるくて時々ウザいけど決めるところは決める父のふたりが神の魔手によりモンスター跋扈し悪政はびこるファンタジー異世界に飛ばされる。
――というのがスタート地点です。
で、特に説明なく、だけど絵力でこの夫妻がやたら強いってことを読者が再確認したのもつかの間でした。
この夫妻、普通に話を進めようという天の配剤に逆らうべく、超高頻度で主に妻の方から不条理な暴力を（いや……、武力……か？）予想外の相手へと見舞っていきます。
というか、裏表紙にある通りにだいたい暴力でなんとかなっちゃいそうな殺伐としたムードが支配的なのですが、さもありなんといったところでしょう。考えるな、感じろというヤツですよ、とどのつまりは。
ただ、あまりに御母堂が堂々としているので暴力に爽やかさや感動さえ覚えてしまうのが不思議でした。
付属して女神から派遣された、夫妻にツッコミを入れる嫌味なマスコット（もしくは畜生）枠をこれまた積極的にボコって溜飲を下げたりテンポを整えたりするのはシュールギャグのお約束というヤツなのでしょうか。
まぁそんなこんなで暴力が全面にまぶされてますが、意外やそれが功を奏して軽快に話が進んでいくのです。
同時に、予想外過ぎる方向に話が飛ばないよう夫がブレーキをかけることで均衡を取るのですが。
さしずめ、バトル満載な異世界冒険譚は気心知れあった夫婦の共同作業でお送りしますといった風情です。
女神の下に囚われた（？）娘御を救わんと効率最優先で驀進する母親と、そんな妻のストッパーとして困窮した民草を見過ごせない父親。夫婦がそれぞれスタンスの違いを示しながら話を進めているのも面白いです。
話が停滞しそうになったら妻がバイオレンスを即座に投げ込んでくれます。夫のお人好しな振る舞いも、妻のシビアな観点を加わることで嘘くさくなく、地に足の着いたものへと昇華されます。……巧みですね。
先述したバトル、アクションシーンのクオリティも高いです。
前作同様ゆるいコマがガチでゆるくて省略化がはなはだしい一方で、ギャグからの切り返しがスピーディーでした。きわめて速やかにシリアスを展開してくる辺りに連載を積み重ねた漫画家の凄みを感じます。
そう、ごんぶとの線を活かした、迫力あるダイナミックな大立ち回りに私は実に魅了されたのです。
加えて、ピントはズレてても夫一筋、恋する乙女であることは変わりなく要所でデレてくれる妻君の表情もまた絶品であったと申し上げておきます。
ただ、一応気になった点もなくはなかったので念のために挙げておきましょう。
ここ一巻ではお約束の展開に寄りかかり過ぎたのか、前提がわかりづらい話運び（領主が亜人をけしかけたくだりなど）があったりもしました。全体からすれば少々の瑕疵なので、先々読んでいけば忘れましたけどね。
少々のマイナスは圧倒的なプラスで打ち消せばよいのです。
さて、ここでいったん一区切り。
繰り返すようですが、今回はダイナミックさが全面に打ち出されています。
さしずめアクションとバイオレンス・ギャグの勢いですべてを押し流そうとされているようです。
その一方で、ストーリー漫画らしく伏線の仕込みに余念がないとも感じたので今後が見逃せないわけですが。
なお、物語の大目標は愛娘を神の懐から奪還するというものだと早々に提示されています。
さしあたって世直しの旅に挑むという中目標もありますし、わかりやすくていいと思いましたね。
それでいて、さりげなく謎も盛り込んでいますし先を読ませる吸引力は十分備えているはずです。
そんなわけで、とりあえず私が伏線と見込んだ謎としましては――。
夫婦が異世界に飛ばされるにあたり肉体は現地人の男女のものを間借りする形になっていますが、その肉体の元々の持ち主は何者なのか？ 中の魂がどこに行ったのかも謎として挙げられます。
そもそもこの主人公夫婦はなんやねん！？ というのは野暮なツッコミなのかもしれませんが、現状本名が出ていないのも気になるところですね。案外きっちり設定を作ってそうなので今後に期待したいところです。
あと、母御の恨みを買ってしまった、たぶん真面目に職務をこなしていただけの女神が白か黒かについても気になるところです。
女神個人が信頼できると仮定しても、夫妻の異世界での冒険に際して色々ときな臭い背景を見え隠れさせて、（読者の）葛藤を誘い先を読めなくさせるのがテクニカルだと感じました。話のフックにもなりますしね。
と。あとは私見を少々並べてからレビューを〆ることにしますね。
作品の看板である妻はさしずめ暴力ヒロインLV99って感じで、猛々しい印象の方が那由他の先まで先行します。なので巨乳がガチで嬉しくないかもしれませんが、少なからず好感が持てました。
武芸者なので戦闘自体には真摯で、なおかつ求道的に向き合っているギャップがいいのかもしれません。
それと、この夫婦はめちゃくちゃ強いんですが、異世界にはまだ見ぬ強者どもがあふれていて、決して安穏とはしていられないというバランスのとり方もいいですね。
性格を抜きにすれば、夫の方が妻より強いというのも妻の暴走を抑止する上でいい工夫だと思います。
まとめるに、癖は強いかもしれませんが勢いでなんとかできる範疇に収めていました。
この漫画は力業だけでなく、もしや心技体兼ね揃えた逸材なのでは？ と愚考する次第であります。
とまれ、私がいくら言葉を尽くそうと限界はありますね。ここはひとつ、理屈抜きで実際に漫画を読んでみるのが一番です。一目瞭然で面白さがわかると思うのでぜひとも読んでみてください。
緩急の切り替えがすさまじいのに、通しで読んでいくとなぜだか調和していて完成度が高いのですよ。
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