アドルフに告ぐ

アドルフに告ぐ

アドルフ・ヒットラーにユダヤ人の血が流れているという設定で、彼にまつわる秘密文書が引き起こす人々の愛憎劇を描いた。戦前、戦中の神戸とドイツを舞台に、正義の名の下に繰り返される戦いのむなしさを「アドルフ」の名を持つ3人の男たちを通して描く歴史大河ロマン。

正式名称
アドルフに告ぐ
ふりがな
あどるふにつぐ
作者
ジャンル
第二次世界大戦
レーベル
文春文庫(文藝春秋)
巻数
既刊4巻
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概要・あらすじ

ベルリンオリンピックに記者として派遣された峠草平は、ドイツ留学中の弟を何者かに殺され、その存在の証拠すら消されてしまったことに不審を抱く。探るうち、弟がナチスの秘密をつかんでいたことを知る。帰国した彼は、弟の恩師から弟が死ぬ前に恩師に送っていた文書をわたされる。それは、アドルフ・ヒットラーにユダヤ人の血が流れていることを証明する文書だった。

一方、ドイツ人と日本人の間に生まれたアドルフ・カウフマンは強制的にドイツのAHSに入学させられ、神戸で幼なじみとして育ったユダヤ人アドルフ・カミルと離ればなれになり、ナチス将校への道を歩み始める。秘密文書峠勲の恩師である女教師小城典子から峠草平の手に渡るが、特高(特別高等警察)の赤羽警部に奪われた末に再び小城典子のもとへ戻り、さらに特高の本多大佐の息子でありながらスパイとなっていた本多芳男の手に渡る。

ドイツと日本の敗戦が色濃くなる中、秘密文書を手に入れるべく命じられたのは、アドルフ・カウフマンであった。

登場人物・キャラクター

峠 草平 (とうげ そうへい)

『アドルフに告ぐ』の主人公の一人。協合通信記者。1936年(昭和11年)、ベルリンオリンピックに派遣される。Q大陸上部で学生選抜陸上大会出場経験を持つスポーツマン。オリンピック取材中に弟の峠勲を暗殺され、その死の謎を探るうち、アドルフ・ヒットラーの出自に関する秘密文書の存在を知り、ついにそれを手にするが、そのために諜報戦の渦中の人となってしまう。 ヴォルフガング・カウフマンの未亡人由季江と結婚、1子をもうける。アセチレン・ランプに撃たれ、左手に障害が残った。また、空襲で聴覚を失う。

峠 勲 (とうげ いさお)

峠草平の弟。ドイツ留学中、共産主義の学生活動家のメンバーとなっていたが、暗殺される。アドルフ・ヒットラーが失脚するほどの資料を持っていたらしいこと、荒らされた部屋、「RW」と書いたメモ、死体の指先についていた白い粉。以上の手がかりを峠草平に残すが、その後、存在の痕跡さえも消されてしまう。 白い粉は、石膏像の石膏がついた物であり、それは、秘密文書が隠されたリヒャルト・ワーグナーの石膏像であった。

アドルフ・カウフマン

『アドルフに告ぐ』の主人公のひとり。ドイツ総領事館につとめるドイツ人、ヴォルフガング・カウフマンと日本人の妻、由季江の間に生まれる。パン屋でユダヤ人のアドルフ・カミルを親友として育つ。自分の意思に反してAHSに入学させられる。次第にナチスに染まり、神戸から同胞を救うためにリトアニアへ来て、ナチスに捕まったイザーク・カミルを見かけるが、日本人の血が混じっていることに引け目を感じていたアドルフ・カウフマンは口を閉ざす。 ヒットラー・ユーゲントとなり忠誠度をためすためにユダヤ人の処刑を命ぜられ、引き出されてきたイザーク・カミルを処刑する。ユダヤ人の少女エリザ・ゲルトハイマーに恋をし、彼女をユダヤ人狩りが進むドイツから神戸へ逃がした。 スパイを捕らえた功績により、アドルフ・ヒットラー総統付き秘書見習いとなりベルグホーフの山荘でアドルフ・ヒットラーのボーイの役目をするが、そこでアドルフ・ヒットラーの秘密を知ることになる。その後、SD(ナチス親衛隊保安諜報部)の中尉となる。 日本に戻り、秘密文書を手にするが、そのときすでにアドルフ・ヒットラーはソ連軍がなだれ込むベルリンで死亡していた。ナチス崩壊後はユダヤ人によるナチス狩りをのがれ、パレスチナ解放戦線の一員となるが、イスラエル軍に入ったアドルフ・カミルに妻子を殺され、「アドルフに告ぐ」と張り紙で呼びかけ、決闘にのぞみ、撃たれて死ぬ。

ヴォルフガング・カウフマン

ドイツ総領事館勤めの外交官。神戸在住15年のドイツ人。アドルフ・カウフマンの父。妻は日本人由季江。ユダヤ人であるアドルフ・カミルと息子がつきあうことを禁じる。秘密文書を手に入れるため、芸者絹子を殺害するが、文書の入手には失敗。肺炎で死亡する直前、妻の由季江に問いただされ、自分の罪を認める。

由季江 (ゆきえ)

ドイツ総領事館につとめるドイツ人、ヴォルフガング・カウフマンの妻。夫に秘密があることをしり、探るうちに芸者絹子の殺人を知ってしまう。後、未亡人となって、偶然出会った峠草平に心惹かれるようになる。特高(特別高等警察)の本多大佐と旧知の仲で、ヴォルフガング・カウフマンと結婚する以前から、思いを寄せられている。 本多芳男の葬儀の場で峠草平に再会し、一緒にドイツ料理の店を始め、後に結婚して国籍も日本へ戻す。帰国したアドルフ・カウフマンはそれを受け入れず、また、由季江もナチス色にそまった息子の行いを許せず親子の縁を切る。神戸の空襲で頭を打ち、植物人間となるが、その状態で身ごもっていた峠草平との子供を産み、その後、死亡。 子供は由季江から1文字をとって「由」(ゆう)と名付けられた。

アドルフ・カミル

『アドルフに告ぐ』の主人公のひとり。神戸でパン屋ブルーメンを営むユダヤ人一家の少年。アドルフ・カウフマンの親友。12歳となったとき、小城典子から秘密文書を渡される。秘密文書はその後、本多大佐の息子、本多芳男に預けられるが、秘密文書を追ってきたアドルフ・カウフマンは、アドルフ・カミル、小城典子、峠草平を、赤羽警部(すでに警部ではなかったが)を使って拷問にかける。 神戸の空襲で母を失い、その後、イスラエル軍兵士となり、パレスチナ解放戦線に加わったアドルフ・カウフマンと決闘して射殺し、父の敵を討つ。

イザーク・カミル

神戸でパン屋ブルーメンを営むユダヤ人。アドルフ・カミルの父。ヒットラーがポーランドに侵攻し、リトアニアへと逃れたユダヤ人の学生たち500人を救出して神戸を連れてこようとリトアニアへ旅立つ。リトアニアでスリに遭いパスポートを奪われたため、ドイツから逃亡してきたユダヤ人としてとらえられ、ヒットラー・ユーゲントとなったアドルフ・カウフマンに射殺される。

アドルフ・ヒットラー

画学生からナチスの総統となる。敗戦色が強まると同時に疑心暗鬼にさいなまれ支離滅裂となる。アドルフ・カウフマンを総統付き秘書見習いとし、ベルグホーフの山荘に勤務させる。自分にユダヤ人の血が流れていることを証明する秘密文書を奪うことをアセチレン・ランプに命じる。 敗戦が決定的となり、エヴァ・ブラウンと供に自決しようとするが、将校の命を受けたアセチレン・ランプにより射殺される。遺体は遺言通りガソリンをかけて焼かれた。歴史上の実在の人物、アドルフ・ヒットラーがモデル。

エヴァ・ブラウン

アドルフ・ヒットラーが唯一心を許す恋人。敗戦が決定的となる中、アドルフ・ヒットラーと結婚。アドルフ・ヒットラーの自決に当たって、先に毒を飲んで死ぬ。アドルフ・ヒットラーの遺言により、2人の遺体はガソリンをかけて焼かれる。歴史上の実在の人物、エヴァ・アンナ・パウラ・ブラウンがモデル。

アセチレン・ランプ

ゲシュタポ情報部極東主任。峠草平が弟の峠勲から何か秘密をつかんだかを探りだそうと拷問する。娘を自殺に追い込んだ峠草平と秘密文書を追って来日。峠草平を尾行し、秘密文書を手に入れるため、無人島で仁川警部を殺害するが、秘密文書は風に飛ばされ手に入らなかった。 ドイツに戻った後、自分が果たせなかった仕事を日本出身のアドルフ・カウフマンに命じ、日本へと向かわせた。

本多大佐 (ほんだたいさ)

特高(特別高等警察)の大佐。満州建国の右翼の黒幕、加味又造のもとで働き、憲兵隊に入る。由季江と旧知の仲で、彼女がヴォルフガング・カウフマンと結婚する以前から、思いを寄せており、未亡人となった彼女が峠草平に惹かれているのを苦々しく思っている。息子がスパイだと知ると、彼を射殺し、自殺として報告する。 敗戦を知ると由季江に最後のお別れをした後、割腹自殺した。

本多 芳男 (ほんだ よしお)

本多大佐の息子。幼年期を父と共に満州国で過ごし、そこで見た日本人の傍若無人さに反感を抱き、ソ連のスパイ、ラムゼイ(リヒャルト・ゾルゲ)の手下となる。芸者となった叔母の絹子の墓参りを欠かさず、墓で待ち伏せていたアドルフ・カミルと出会う。アドルフ・カミルが峠草平と彼を引き合わせた際に、仁川三重子と出会い、恋に落ちる。 また、そのときに小城典子から、秘密文書を預かるが、それを渡す前にラムゼイは逮捕され、彼にも捕縛の手が伸びる。逮捕の直前、父の本多大佐によって射殺され、その死は自殺として扱われた。

赤羽警部 (あかばねけいぶ)

特高(特別高等警察)の刑事。執拗に峠草平が隠し持つ秘密文書を追い、ついに文書を手に入れるが負傷して人事不省となる。意識を取り戻すと、文書を持ってその内容と価値を問いただすため小城典子を拉致し、彼女の郷里に向かう。小城家では家にアカ(共産主義者)がいるといわれないように、無人島に赤羽警部と小城典子を幽閉する。 アセチレン・ランプが峠草平を追って島にたどり着いた際、海に転落。その後、脳に異常をきたし、脳病院に入院中に免職となるが、彼の意識のなかではいまだに特高の警部であり、アドルフ・カウフマンにいわれるがまま、峠草平を厳しく尋問する。 空襲により死亡。

小城 典子 (おぎ のりこ)

峠勲の小学校時代の恩師。また、パン屋のアドルフ・カミルの教師でもある。反戦詩を書いたためにアカ(共産主義者)とされ、特高(特別高等警察)から目をつけられることになる。峠勲から送られてきた秘密文書を兄の峠草平に渡す。

絹子 (きぬこ)

有馬温泉の芸者置屋芳菊の芸者。峠勲が殺される半年前、彼と同じく指先に白い粉をつけた彼女の死体が発見された。かつて宝塚歌劇学校を受験するほどの無類の音楽好き。日本の侵略戦争に反対し、中国共産党のスパイとなり、ポーランドの骨董屋からリヒャルト・ワーグナーの石膏像を手に入れる。 そのためにヴォルフガング・カウフマンに殺されて石膏像を奪われるが、秘密文書を隠した像ではなかった。本名は本多幸といい、特高(特別高等警察)の本多大佐の妹。

仁川警部 (にかわけいぶ)

親身に話を聞きじっくりと自白を引き出す尋問から「ほとけの仁川」と呼ばれる。放火と赤羽警部への暴行容疑で逮捕された峠草平の無実を証明する。峠草平とともに、秘密文書を持って失踪した赤羽警部を追うが、峠草平を追ってきたアセチレン・ランプの銃弾に倒れる。

仁川 三重子 (にかわ みえこ)

仁川警部の娘。峠草平に思いを寄せるが、後にソ連のスパイ、ラムゼイ(リヒャルト・ゾルゲ)につながる本多芳男と出会い、将来を誓う仲になる。ラムゼイが逮捕され、本多芳男が自殺したと知らされると、その痛手から旅に出てしまう。その後、峠草平がお桂の店を訪ね、そこで働く仁川三重子と再会する。

エリザ・ゲルトハイマー

ヒットラー・ユーゲントとなったアドルフ・カウフマンが恋したユダヤ人の少女。ユダヤ人が次々に収容所へ送られる中、アドルフ・カウフマンの手引きで日本へ亡命し、アドルフ・カミルの元へ身を寄せ、二人は婚約する。しかし、秘密文書を追ってやってきたアドルフ・カウフマンは彼女がアドルフ・カミルと婚約したことに激怒し、強姦する。 戦後は、アドルフ・カミルとともにイスラエルへ渡る。

リヒャルト・ゾルゲ

ドイツのフランクフルター・ツァイツンク新聞社特派員。その実はソ連情報部の第1級のスパイ、リヒャルト・ゾルゲ。アドルフ・ヒットラーの秘密文書を手に入れる直前に逮捕される。モデルは歴史上の人物、リヒャルト・ゾルゲ。

お桂 (おけい)

若狭の追ヶ浜にある居酒屋の女将。鉄火場の元締めの娘。夫が出征し戦死したと知らされても居酒屋を構えて待ち続ける。怪我をして現れ、警察に追われる峠草平をかくまい、思いを寄せるようになる。

米山 (よねやま)

兵庫県警察本部捜査1課長。峠勲が殺される半年前、同じく指先に白い粉をつけた有馬温泉の芸者絹子の死体が発見された事件を担当。峠草平の大学の先輩に当たる。事件の犯人としてヴォルフガング・カウフマンに迫るが、外交官特権に阻まれ、さらに上からの圧力によって異動となる。

ローザ・ランプ

峠勲が残したメモ「R・W」が示す名前だといってリンダ・ウェーバーと名乗り、兄の峠草平に近づく、峠勲の元恋人でアセチレン・ランプの娘。協力するふりをしてその動きを探る。BDM(ドイツ女子青年団)団員。峠勲を密告したのが自分だと峠草平に告白し、投身自殺。

小城 辰造 (おぎ たつぞう)

小城典子の兄。妹の小城典子が、赤羽警部に伴われて郷里に戻ると、家にアカ(共産主義者)がいると言われないように、無人島に赤羽警部と小城典子を幽閉する。

ユーリ・ノルシュテイン

ユダヤ人の世界的名バイオリニスト。ポーランド、ワルシャワ郊外からブッヘンヴァルト収容所までの道のりを歩かされるユダヤ人の行進の中にあって、モーツァルトの軍隊行進曲を弾けと命じられるが、それに対して自作の「独裁者のための葬送行進曲」を弾いたために、行進の指揮を執っていたアドルフ・カウフマンに射殺される。 その曲は、アドルフ・カウフマンにとりつき、彼を寝られなくする。

ゲルハルト・ミッシュ

ドイツ総領事館に勤めるヴォルフガング・カウフマンの同僚。アドルフ・ヒットラーの秘密を暴露するメモを見つけたアドルフ・カウフマン少年を問い詰め、誰が書いたのかを探り出そうとする。少年を捕まえようとして橋から落ちて死亡。

マルテ・シュメルツ

ローザ・ランプの元同級生。彼女の出現でリンダ・ウェーバーがローザ・ランプの偽名であることが露見する。

クルト・シュメルツ男爵 (くるとしゅめるつだんしゃく)

ナチス高官。マルテ・シュメルツの夫。ワグネリアン(ドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーの音楽に心酔している人々)。屋敷に招いた峠草平に、大音量でレコードを聴かせ、峠勲が残したメモ「R・W」が「リヒャルト・ワーグナー」であり、死体の指先についた白い粉が、リヒャルト・ワーグナーの石膏像ではないかというヒント与える。

集団・組織

AHS (えーえいちえす)

『アドルフに告ぐ』に登場する学校。アドルフ・ヒットラー・シューレ。ヒットラー・ユーゲントのエリート校。ナチスの幹部を養成する学校。神戸で育ったアドルフ・カウフマンが強制的に入学させられる。

SD (えすでぃー)

『アドルフに告ぐ』に登場する組織。ナチス親衛隊保安諜報部。この部署に配属されたアドルフ・カウフマンは若くして頭角を現していく。

その他キーワード

リヒャルト・ワーグナーの石膏像 (りひゃるとわーぐなーのせっこうぞう)

『アドルフに告ぐ』に登場する石膏像。ユダヤ人彫刻家キリルによって作られた5点セットの石膏像。これに関わったため、峠勲はベルリンで暗殺された。その中の一つだけが、土台に空洞があり秘密文書が埋め込まれている。その像を持っていたがために、芸者絹子はドイツ人ヴォルフガング・カウフマンに殺害されて石膏像を奪われた。

秘密文書 (ひみつぶんしょ)

『アドルフに告ぐ』に登場する書類。峠勲が持っていたリヒャルト・ワーグナーの石膏像に隠されていたもので、アドルフ・ヒットラーにユダヤ人の血が流れていることを証明する文書。アドルフ・ヒットラーの出生届と、母親がユダヤ人である義父にあてた手紙からなる。アドルフ・ヒットラーにはユダヤ人の血が4分の1流れていることになる。

書誌情報

アドルフに告ぐ 4巻 文藝春秋〈文春文庫〉

第1巻

(2009-01-09発行、 978-4167757014)

第3巻

(2009-02-10発行、 978-4167757038)

第4巻

(2009-02-10発行、 978-4167757045)

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