あらすじ
第一部 きっかけ
浦野善治は、偶然拾ったスマートフォンに電話がかかってきたことに気づき、電話を手にする。待ち受け画面に映し出されたのは、「稲葉麻美」の文字と、男性と共に笑顔で映る女性の姿だった。自分のスマートフォンを片手に持ちながら着信に応じた善治は、電話口では紳士的な人間を演じながら、持ち主の名前が富田誠であること、誠と麻美は交際中であることなど、他愛ない会話の中からさまざまな情報を得る。そして狡猾なクラッカーの善治は、自分の端末を駆使して「稲葉麻美」のキーワード検索で得られるだけの情報を入手し、誠の端末のパスコードをいとも簡単に解除。セキュリティの甘い端末からあらゆる情報を抜き出してから、スマホ解析ソフトを使って位置情報を追えるように細工し、SNS監視ソフトを埋め込むことでSNS上での人間関係を徹底的に調べ上げる。その際、誠の端末から出てきたのは麻美の全裸の写真だった。その後、連絡のつかない誠に代わり、麻美と自由が丘の喫茶店で待ち合わせて誠のスマートフォンを返すことになったが、麻美に直接会うことを避け、カフェの店員を介してスマートフォンを返却。善治は客に紛れてこっそりと麻美の姿を確認し、彼女の美貌と美しく長い黒髪を一目で気に入り、麻美を自分のものにするべく彼女に接近を試みる。
第一部 惨殺死体
神奈川県の丹沢山地で、地中に埋められた女性の惨殺死体が相次いで発見された。遺体は全裸で下腹部がメッタ刺しにされており、捜査にあたった神奈川県警捜査一課の加賀谷学と毒島徹は、現状明らかになっている情報と、現場で得られる情報を頼りに犯人検挙につなげるべくプロファイリングを行う。そしてこの事件で重要となる被害者の共通点が、美しく長い黒髪を持つ女性であることに気づく。さらに、現場の状況を見た徹は、被害者はこれだけに留まらないかもしれないという、悪い予感を抱く。そしてこの刑事としての勘が、残念ながらあたってしまうことになる。一方の浦野善治は、自らが殺害した西野真奈美の部屋で、真奈美の遺体と共に過ごしていた。善治は丹沢山連続殺人事件の犯人で、これまでに複数の女性を自身の手で殺害し、山中に遺棄してきたが、ここへきて相次いで遺体が発見され始めたことをニュースで知り、再び動き始めることを決める。さらに善治は、富田誠のスマートフォンを経由することで、稲葉麻美の監視を行っていた。そんな中、現状疎遠となっている誠や麻美の友人になりすましてSNSで連絡を取り、自然な形で日常にかかわりを持ち、溶け込んでいく。そうとは知らない麻美は、これまで敬遠しがちだったSNSを始動させ、さまざまな人とかかわりを持ち始める。友人の堤加奈子からは、改めてSNSの危険性について聞かされ、もともと個人情報保護やセキュリティ意識の高い麻美は、表示されるたくさんの友達申請に若干の不安を抱く。しかし、加奈子からのアドバイスで、顔見知りだけに友達申請を許可することにし、少しずつSNS上での交友関係を広げていく。そんな中、誠がカード会社から身に覚えのない高額請求をされ、クレジットカード詐欺の被害に遭ったことを聞かされる。麻美は、スマートフォンを落とした次は詐欺被害かと、誠の危機意識の低さにあきれてしまう。しかしその後、加奈子のスマートフォンに麻美と誠の関係に関しての不気味なメッセージが送られて来たり、麻美のもとに誠と女性のツーショット写真が送りつけられたりと、次々にトラブルが起こり、麻美は誠に対して不信感を抱いてしまう。
第一部 ランサムウェア
稲葉麻美は、富田誠への不信感から、大学時代の元カレの武井雄哉からの友達申請を承認し、勢いに乗じて会う約束をしてしまう。実に10年ぶりに顔を合わせた雄哉の以前と変わらない姿に、当時の感情を思い出した麻美は、胸の高鳴りと同時に傷つけられた当時の悲しみを思い出し、誠に対して複雑な感情が沸き上がる。雄哉は学生時代の印象がガラッと変わり、ぐっと美しくなった麻美の姿に驚きながら、麻美をエスコートしてフレンチのお店に向かう。二人は今の現状や、共通の友人のことについて話しながら食事を楽しみ、麻美は雄哉の恋人の有無について触れ、現在フリーであることを確認。雄哉は麻美に結婚の予定を聞くも、何か訳ありげな様子の彼女に、嫌なことは忘れて久々の再会を楽しもうと声をかける。食事を終え外に出た雄哉は、麻美をホテルに誘うが、麻美はこれを拒否しようとしたところ足元がふらつき、成り行きから、雄哉にキスを許してしまう。そんな中、麻美のもとに誠から電話が入る。切羽詰まった様子の誠は、自分のスマートフォンがロック解除と引き換えに金銭を要求するランサムウェアに感染したことを明かす。スマートフォンが人質に取られた形となった誠は、お金を払うべきか悩み、唯一連絡先を知っていた麻美に公衆電話を使って泣きついてきたのだった。話を聞いた麻美が思い出したのは、大学時代の友人で、セキュリティ会社に勤務している戸部真彦の存在。ちょうどこの日、卒業以来疎遠だった真彦からコンピューターウイルスによる詐欺被害が急増していると注意喚起のメッセージをもらったばかりだったのだ。麻美は急いで真彦に連絡を取ると、出張中の真彦に代わって彼の後輩という男性が協力してくれることになった。待ち合わせ場所の喫茶店に姿を現したのは、浦野善治。この時、麻美がメッセージをやり取りした真彦は、善治がなりすました偽物のアカウントだった。善治はカツラと眼鏡で変装し、気さくな後輩を演じながら、感染したランサムウェアに対処して問題解決を図る。そうとは知らない麻美と誠は、お礼も受け取らずに対応してくれた善治に心を許して彼を信頼してしまう。
第一部 本性
SNSが何者かに乗っ取られたことで、稲葉麻美自身にも実害が生じ始めていた。さらには、恥ずかしい写真をSNSに投稿するという脅迫を受け、麻美はより一層追い詰められることになる。そこで麻美が助けを求めたのは、浦野善治だった。善治は麻美の心に寄り添うように懐に入り込み、事態を収束させて、麻美からさらなる信頼を勝ち取った。その後、バーで一人で飲んでいた麻美は、偶然にも善治と遭遇。二人はいっしょに飲みながら、話を始める。麻美がトイレに行って戻って来ると、麻美の髪の手入れの話をきっかけに、麻美しか知り得ないパスワードのことや、山本美奈代のことなど、知るはずのない善治の口から、信じられない言葉が次々と語られ始める。なぜそんなことまで善治が知っているのか、驚きと恐怖に苛(さいな)まれた麻美だったが、それを追及する間もなく、善治によって酒に仕込まれた睡眠薬の影響で麻美の意識は遠のいていく。次に麻美が目を覚ました時、麻美は下着姿でベッドに拘束され、見知らぬ場所にいた。善治の隠れ家に監禁されたことを知った麻美は、必死に抗(あらが)って助けを請おうとするが、欲しいのは麻美そのものだと善治は静かに語る。そして、善治はおもむろに黒髪でできたカツラを身に着けると、このカツラがこれまで自分が殺害してきた複数の女性たちの髪でできていることを明かす。そして麻美もいずれこの髪の一部になるのだと語った善治の目は狂気に満ちていた。その後、善治はこれから山に穴を掘りに行くために半日留守にすると麻美に語り、その場を後にする。それが自分を埋めるためのものだと知った麻美は、恐怖に震えて涙が止まらなくなる。
第二部 桐野良一と浦野善治
桐野良一は、神奈川県警生活安全部サイバー犯罪対策課に勤めている。児童ポルノや援助交際の取り締まりを主な仕事としていたが、パソコンやスマートフォンから、破壊および消去されたデータを復元するデジタルフォレンジックの腕を買われ、丹沢山連続殺人事件にかかわることになる。複数の女性遺体が発見されたこの事件は、犯人である浦野善治を逮捕し留置しているものの、いまだ解明されていないことも多くあった。中でも7番目に遺体が発見された被害女性、長谷川祥子に関することは詳細がまったく明らかになっていない状態で、善治との接点も不明のままだった。そのため、警務部長の牧田英俊は、良一に善治の私物であるパソコンのハードディスクを調べ、祥子に関するデータを探して欲しいと依頼する。良一は、一晩かけてデジタルフォレンジックを試みるも、祥子に関するデータはなく、結果としてこれが事件との矛盾を生むことになる。そこで、捜査にかかわっている毒島徹に会って話を聞いた良一は、祥子に関することにのみ黙秘を続けている善治に直接会ってみることを決意。良一は、顔を合わせた善治に自分の名前を名乗ると、善治は良一の存在を知っていたことを明かす。それは、良一がセキュリティ会社に勤務していた時に作ったアンチウイルスソフトが、ハッカーやクラッカーなどがかかわるダークウェブに大きな影響を及ぼしたことが理由だった。その後善治は、良一からの質問には素直に応じていたが、ある時自分と良一には似ている部分があると発言。その言葉に逆上し、頭に血が上った良一は怒りを顕(あらわ)にし、事件の詳細を話すよう乱暴に言葉をぶつける。しかし、話が祥子のことに及ぶと善治の態度が一変し、面倒くさそうにあくびをして、早く死刑にして欲しいとまで言い始める。困った良一が態度を改め、事件とデータの辻褄(つじつま)が合わないことを話すと、善治は突然、自分は祥子を殺していないと自供を始め、そもそも長谷川祥子という女性の存在すら知らなかったことを明かす。
第二部 新たな遺体
長谷川祥子の殺害について関与を否定した浦野善治は、その後祥子を殺害した犯人についても言及。自分にとって死体遺棄の指導者でもあったMの存在を明かし、彼がかかわっている可能性と、山中にまだ発見されていない遺体がある可能性について語った。捜査一課は、この証言をもとに丹沢山連続殺人事件の現場を再捜査し、新たに二つの白骨化した男性の遺体を発見する。捜査の結果、うち1名の身元が吉見大輔と判明し、大輔が祥子の恋人だったことが明らかとなる。さらに、桐野良一のデジタルフォレンジックによって、大輔とMのかかわりを示すメールを発見。それは、Mが祥子に危害を加えようとする内容だった。ちょうどその頃、世間をにぎわせていた事件がもう一つあった。それは、580億円仮想通貨流出事件。事件の当事者であるビットマネー社の副社長、久保田稔は、日々その対処に追われており、セキュリティのプロである森岡一に内部調査を依頼。さらに、流出した仮想通貨にマーキングし、実質換金不可能にした謎のホワイトハッカー、JK16本人に接触を試みようとしていた。この事件を引き起こしたMは、ビットマネー社の情報を不正に入手し、秘密裏に監視しており、JK16がこの事件の犯人の正体をつかみかけていることを知る。そして、稔が警察より先にJK16とコンタクトを取ろうとしていることを知ったMは、当日稔とJK16の待ち合わせ予定の場所に向かい、稔より先にJK16への接触を図る。
第二部 捜査協力
丹沢山連続殺人事件の現場付近で、また新たな女性の全裸遺体が発見された。これまでと違い、草むらに放置されたその遺体は、これまでの事件と共通する点が少なかったため、一連の犯行を意識した模倣犯である可能性が示唆されていた。しかし直後、警視庁にMと見られる者からの犯行声明が届いたことで、捜査本部は大混乱を起こしていた。Mによれば、女性遺体は有名ホワイトハッカーのJK16のもので、本名は「神宮寺紗綾子」。警察が調べたところ、彼女の身体的特徴はその遺体と一致した。警視庁はもともと、Mを580億円仮想通貨流出事件の重要参考人として追っていたが、その存在をウェブ上でしか補足できていない状況だった。行き詰った警察は、司法取引をエサに稀代の連続殺人鬼、浦野善治を捜査に協力させようとする。捜査本部長を務める斉藤清一郎は、その交渉役として善治からの信頼を得ている桐野良一を指名。良一は殺人犯に協力を請うという屈辱と怒りに震えながら、清一郎からの言葉にうなずき、善治に捜査協力を要請することを決意。良一は善治のもとを訪れ、交渉のテーブルにつく。善治は、真摯に捜査協力を依頼しようとする良一に、自分のメリットは何かと問う。すでに六人もの人間を殺している善治は、司法取引を行ったところで減刑は期待できず、死刑は免れないと思っていたのだ。良一がそれをごまかすことなく素直に伝えたことを気に入った善治は、捜査への協力を快諾する。そして善治は、Mの正体を追うにあたってネット環境を整え、有線LANのある部屋でハイスペックなパソコンを使わせて欲しいと頼む。さらに善治は、良一がまだ誰にも話していない、良一自身のとっておきの秘密を一つ教えて欲しいと要求。これを最大の条件として、捜査への協力を行うことを約束する。良一は困惑しながらも、それを承諾し、どんな秘密を打ち明ければいいのか、帰宅後頭を悩ませ始める。
第二部 宮園直樹
桐野良一は丹沢山連続殺人事件の犯人として逮捕された連続殺人鬼の浦野善治とタッグを組み、良一の恋人、松田美乃里の手も借りて、ダークウェブ界のカリスマクラッカー、Mの正体を暴くべく追跡を始める。そして最終的に判明したのは、「宮園直樹」という名前だけだった。しかし、この名の人物は実在しないことが明らかになっており、Mが架空の人物の名前を使っている可能性が推測された。さらに善治は、Mの顔写真を手に入れるべく、神奈川県警のホームページに罠を仕掛ける。これが功を奏し、Mと思われる人物の顔写真を入手することに成功する。ちょうどその頃、神奈川県警ではMによってホームページがクラッキングされたことにより、大混乱が起こっていた。画面には3日以内に大切な家族や恋人を殺害するという、Mからの殺害予告が表示され、神奈川県警の幹部とそのすべてのサイバー担当者に警告するものだった。さらにデータは改ざんされ、このホームページを閲覧しに来た相手にマルウェアをばらまく仕様になっていて、さらなる混乱を招く。また、ランサムウェアによる被害は県警だけに留まらず、その後警視庁をはじめとした日本全国の警察ホームページにまで及ぶ。良一も善治も事の大きさに困惑する中、良一の元上司の森岡一から、ランサムウェアをまとめて復元できるというAI機能が付いたソフトの提供話が舞い込む。これで事態が収束しそうだと一安心した良一と善治だったが、この直後、良一のもとに牧田英俊から一本の電話が入る。それは、交通管制センターがクラッキングされたという報せだった。信号機がクラッキングされたことで、各所で信号系統に不具合が生じ、至るところで交通事故が多発。これにより首都圏が未曽有(みぞう)の大混乱に見舞われることになる。
関連作品
小説
本作『スマホを落としただけなのに』は、志駕晃の小説「スマホを落としただけなのに」シリーズを原作としている。原作小説版は、「『このミステリーがすごい!』大賞シリーズ」の隠し玉第1弾として、2017年4月20日に宝島社文庫より刊行され、2018年11月6日には第2弾『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』が、2020年1月9日には第3弾『スマホを落としただけなのに 戦慄するメガロポリス』が刊行されている。
実写映画
2018年11月、本作『スマホを落としただけなのに』の原作である、志駕晃の小説『スマホを落としただけなのに』の実写劇場版『スマホを落としただけなのに』が全国公開された。監督は中田秀夫、脚本は大石哲也が務めている。キャストは、稲葉麻美を北川景子、浦野善治を成田凌が演じた。また、2020年2月には、原作小説版の続編『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』の実写劇場版も公開された。キャストは、加賀谷学を千葉雄大が演じている。
舞台
2020年3月、本作『スマホを落としただけなのに』の原作である、志駕晃の小説『スマホを落としただけなのに』の舞台『スマホを落としただけなのに』が公演された。脚本・演出は横内謙介が務めている。キャストは、浦野善治を浜中文一、加賀谷学を辰巳雄大が演じるダブル主演となっており、稲葉麻美を乃木坂46の早川聖来が演じている。
登場人物・キャラクター
稲葉 麻美 (いなば あさみ) 主人公
R大学出身の会社員の女性。年齢は30歳。少々勝気な性格をしている。美しい黒髪ストレートのロングヘアで、左足の内腿(うちもも)にほくろがある。SNSは利用しているが、ほぼ放置状態。現在は祐天寺で一人暮ら... 関連ページ:稲葉 麻美
桐野 良一 (きりの りょういち)
神奈川県警生活安全部サイバー犯罪対策課の男性刑事。年齢は29歳。警察官になる前は、エンジニアとしてセキュリティ会社に勤務していた。その時代に自らが手掛けたアンチウイルスソフトの存在は、ハッカーやクラッカーなどのアンダーグラウンド界において脅威となった。そのため、桐野良一の名はその界隈では有名となっており、その筋の者から恨まれているという噂もある。元同僚だった松田美乃里と交際して2年目になり、現在の職場では交際相手を報告する義務があるため、美乃里を交際相手として申告している。しかし結婚には二の足を踏んでおり、結婚を望んでいる美乃里とはよくケンカになっている。主な業務はパソコンやスマートフォンから破壊および消去されたデータを復元するデジタルフォレンジック。中でも児童ポルノや援助交際に関する取り締まりを担当し、その能力はFBIにも一目置かれている。牧田英俊からの依頼で、浦野善治のパソコンのハードディスクをデジタルフォレンジックすることになった。これにより、パソコン内にあるフォルダの名前の付け方やアイコンの配置、メールの文章などを分析し、善治が非常に几帳面で執着心の強い人間であると判断した。その後、善治とかかわったことで、丹沢山連続殺人事件の捜査本部に編入させられる。また、善治と直接話をしたことがきっかけで、善治からは仲間意識を持たれ、強い信頼を得ることになる。事件のさらなる被害拡大を恐れた警察側が、善治に捜査協力を要請することを決め、良一がその打診役を務めることになる。善治には捜査に協力するから個人的な秘密を教えろとせがまれ、悩んだ末に、警視庁内部の事件データベースに自らのパソコンから不正に忍び込んでいる事実を打ち明けた。それ以降、善治と協力して事件解決に尽力する。
富田 誠 (とみた まこと)
ヨドラシカメラ勤務の男性。年齢は31歳。H大学出身。噓をつくことが苦手で単純な性格をしている。血液型はB型。稲葉麻美と交際して約1年になり、1か月ほど前にプロポーズして麻美から返事を待っている。スマートフォンを失くしたり、クレジットカード詐欺にあったりと何かと頼りない人物で、麻美には頭が上がらない。麻美からは脇の甘さを指摘されたり、ほかの女性との関係をきつく問い質(ただ)されることもあるが、麻美を裏切るような真似はいっさいしていないにもかかわらず、何かと信用されていない。一方で、麻美が武井雄哉とキスしている写真を目の当たりにした時には、強引にキスされたという麻美の話を疑うことなく信じた。麻美に対する思いは強く、麻美が浦野善治に監禁された際には、麻美からの連絡を受け、スマートフォンの位置情報を頼りに居場所を突き止めた。その際、麻美が自殺した本当の「稲葉麻美」である山本美奈代に成り代わっているという事実を知り、過去に出演したAVを目にすることになる。しかし、その後も麻美に対する思いは変わらず、のちに結婚して麻美とのあいだに子供を設けた。生年月日は1986年12月4日。
浦野 善治 (うらの よしはる)
富田誠のスマートフォンを偶然拾った男性。ガラガラのハスキーボイスの持ち主で、左目の上あたりの額に傷跡がある。誠がスマートフォンの待ち受け画面にしていた稲葉麻美を気に入り、麻美を自分のものにしようと画策... 関連ページ:浦野 善治
加賀谷 学 (かがや まなぶ)
神奈川県警捜査一課で巡査部長を務める男性。がっしりした体格の体育会系。毒島徹と共に丹沢山連続殺人事件を担当している。まだ若いながら、徹からの的確な指示で最終的には浦野善治を検挙した。
毒島 徹 (ぶすじま とおる)
神奈川県警南北署捜査一課で警部補を務める男性。穏やかな性格で、眼鏡をかけている。母親が美術教師だったこともあり、絵を描くのが得意で、犯人の似顔絵を描いて成果を出している。父親は3年前にがんで、母親は半年前に脳卒中で他界した。母親からは頻繁に電話がかかって来ていたが、捜査で忙しくて睡眠時間も取れない日々を送っていたため、母親からの連絡をないがしろにしていた。しかしその後、母親が孤独死したことを知り、今でもそのことに心を痛めている。同じく捜査一課の巡査部長である加賀谷学と共に丹沢山連続殺人事件を担当している。犯罪や犯人に関する勘が鋭く、特にプロファイリング能力に長け、事件の細かな物的証拠から犯人のプロファイルを行うことで、犯人の人物像を割り出して逮捕につなげている。また偽造された免許証から、写真が加工されていることに気づき、得意の似顔絵を描いて浦野善治まで辿り着いた。その頃、稲葉麻美が監禁されたことで富田誠から警察に通報が入り、善治の居場所が特定された。学と共に現場に乗り込み、善治が誠と麻美を殺害しようとしたことで、殺人未遂の現行犯で逮捕した。
山田 宏 (やまだ ひろし)
H大学出身の男性。大学卒業後は関東テレビに入社した。富田誠とは同期生だが、大学を卒業して以来連絡は取っておらず、同級生たちからの印象も薄い。SNSを利用していなかったため、そこに目を付けた浦野善治によってSNSアカウントを作成され、山田宏本人になりすまされた。
堤 加奈子 (つつみ かなこ)
R大学出身の会社員の女性。年齢は30歳。稲葉麻美と仲がいい。SNSにはまっており、食事はすべて写真に収めてSNSに投稿している。その頻度は高く、SNS上でつながっている友達は300人を超え、みんなの共感を得ることに生きがいを感じている。一方で、SNSの危険性はある程度認識しており、危機管理意識も高い。大学の先輩である武井雄哉を通じて、SNSで知り合った手塚康之介からデートを申し込まれ、会ったその日にホテルに誘われた。ふつうの男性は会ったその日にホテルに誘わないと全力で拒否したところ、康之介から何回会ったらホテルに誘ってもいいのかと質問されたため、3回と答えた。しかし実際は、2回目で体を許すことになり、康之介が変わり者であることを理解したうえで交際することを決めた。
武井 雄哉 (たけい ゆうや)
R大学出身の男性。M商事に勤務している。年齢は33歳。大学時代、「山本美奈代」だった現在の稲葉麻美と交際していたが、就職活動の忙しさから別れた。しかし、その後も別れたくないと食い下がる麻美に嫌悪感を顕にし、最終的には遊びだったという暴言を吐き麻美を傷つけた。それ以来、約10年麻美とは疎遠になっていたが、麻美がSNSの投稿を頻繁にするようになったことをきっかけに、再び交流が始まった。実はすでに結婚しており、これを秘密にして麻美を食事に誘って、強引にキスをせまり麻美を困らせる。のちに自分の行動について謝罪するが、その際、当時交際していた美奈代が自殺した経緯やAVに出演していた噂、当時美奈代が自分の子を身ごもっていたことを知ることになる。だがその後、麻美にキスをせまった時の写真が、麻美のアカウントから流出し、悪口を投稿されたことに立腹。すぐに麻美に連絡を取り、画像の消去と文章の訂正を求め、応じなければ法的措置を取ると強気に出た。その際、武井雄哉自身が結婚していることが知られることになり、麻美以外の女性とも逢瀬を重ねていることが明らかとなる。
手塚 康之介 (てづか こうのすけ)
超難関校T大学出身の男性。以前は大手のM商事に勤務していたが、現在は弁護士として活躍中。周囲からは変人として認識されている。友人の武井雄哉を介して、SNSで堤加奈子と知り合い、デートに誘った。自分が変わっていることを自覚しており、加奈子との1回目のデートで、結婚を前提に付き合うのでホテルに行いかないかと直球で打診。加奈子からは、ふつうの男性は会ったその日にホテルに誘わないと言われたため、何回会ったらホテルに誘ってもいいのかと質問した。答えは3回だったが、結局2回目で体の関係を持つことに成功し、交際へと発展することとなった。
小柳 守 (こやなぎ まもる)
ヨドラシカメラの人事部に所属する男性。同じ会社に勤める富田誠とは、顔見知りの関係。映画好きキャラクターを前面に押し出し、SNSで映画に関する投稿をしていた稲葉麻美にコメントを送ったことがきっかけで、SNS上でつながった。コメントに対するレスポンスも早く、最終的に麻美と同じ祐天寺に引っ越したと報告したことで、ストーカーと位置づけされ、麻美を怖がらせた。その後も誠に麻美と武井雄哉のキス写真を送り、麻美と雄哉が結婚するというデマを流していた。しかし実は浦野善治により、SNSアカウントを乗っ取られたことで小柳守になりすまされ、勝手にやり取りされたもので、守自身はSNSにまったくかかわっていなかった。
山本 美奈代 (やまもと みなよ)
R大学出身の女性。自殺により亡くなる。大学で知り合った稲葉麻美とは親友で、顔立ちや背格好も似ていたことから、周囲からはよく双子の姉妹みたいと言われていた。本名は「稲葉麻美」。物心ついた頃から両親がよくケンカをしており、幼い頃はピアノだけが唯一の楽しみだった。父親が海外への単身赴任でほとんど家にいない中、母親の喜ぶ顔見たさに練習に励んでいたが、母親は自分に関心を示すことなく、寂しい幼少期を過ごした。5歳の時に妹の稲葉咲良が生まれ、自分を慕う咲良を非常にかわいがっていた。その後も母親が自分に無関心だったため、高校卒業後はアルバイトで貯めたお金を手に単身上京。自力で大学に進学して学費と生活費を稼ぐため、アルバイトを掛け持ちする日々を送った。そんな中、麻美と出会って家庭環境が似ていたこともあり、互いに共感を覚えて心の支えとなる。大学卒業後は麻美とルームシェアを始め、穏やかな日々が続くと思われた矢先、突如自宅に訪ねて来た麻美の父親から、麻美と勘違いされ暴力を振るわれる。その際受けた傷で右耳が聞こえにくくなり、ピアノ講師のアルバイトができなくなってしまう。しかし父親の訪問を含め、耳が不自由になったことは麻美に伝えることはなかった。次の仕事が決まるまで、一時的に鳥取の実家に帰省することにしたが、そこで自分が母親の本当の娘ではなかったことを知る。このショックから難聴と幻聴に苛まれるようになり、うつ病を発症。仕事も続かず、医療費で貯金も尽きた頃、麻美から金銭の援助を受けて通院を続け、なんとか立ち直ることができた。しかしその直後、AV出演が公になったことで自暴自棄になった麻美が自宅で自殺を図ろうとしているところに遭遇。麻美から感情をぶつけられたことに加え、麻美を追い込んだのはすべて自分のせいだと思い詰めた末に、もともと黒髪でロングのストレートヘアだった髪を切って茶髪に染め、麻美の保険証を持ち出して電車に飛び込んで自殺した。自分が「山本美奈代」として死ぬことで、今後「稲葉麻美」としての人生を歩んでもらおうと考えてのことで、自分の分まで幸せになって欲しいという美奈代なりの感謝と謝罪だった。表向きは、AV出演が表ざたになったことで受けた誹謗中傷に悩まされ、それを苦に自殺したとされている。
稲葉 咲良 (いなば さくら)
山本美奈代の5歳年下の妹。美奈代を慕い、幼少時代から姉の弾くピアノを聞いては喜んでいた。母親から溺愛されていたが、同時に母親が姉に強くあたることを目の当たりにしてきたため、心を痛めていた。現在は結婚し、2児の母親となっている。
戸部 真彦 (とべ まさひこ)
R大学出身の男性。稲葉麻美とは同期生。東西セキュリティに勤務しており、コンピューターウイルスによる詐欺が横行しているため、SNSで麻美に注意喚起するために連絡を取った。その後もスマートフォンの乗っ取り被害の報告で麻美と連絡を取ったり、自分の後輩の浦野善治を紹介したりした。しかしこれらは、すべて善治がSNSアカウントを乗っ取り、戸部真彦になりすまして行ったことで、真彦本人はまったくかかわっていない。
宮本 まゆ (みやもと まゆ)
丹沢山連続殺人事件で浦野善治に殺害された最初の被害者の女性。黒髪のストレートロングヘアで、ぽっちゃりとした体型をしている。福岡出身で、小田原に在住。神奈川でデリヘル嬢として働いていたが、2年前に忽然(こつぜん)と姿を消してしまう。デリヘル店の店長を務めていた恋人とは、婚約もしていた。最近殺人事件の報道を知った店長から捜索願が出されたことで身元が明るみになった。2年前、善治は「山田太郎」と名乗って宮本まゆの客だった。まゆをママと呼んで甘える善治を、弟のようだとかわいがっていたが、ある日自分を呼んでおきながら金がないと言った善治に、気持ち悪いマザコン野郎と暴言を吐いた。その約半年後、言葉巧みに善治から誘い出されて1か月にわたって監禁され、最終的には下腹部をめった刺しにされて殺害された。
まゆの母 (まゆのはは)
宮本まゆの母親。福岡在住で、まゆとはスマートフォンで連絡を取り合っている。警察からまゆが事件に巻き込まれた可能性があるとの連絡を受けるが、娘とは電話でもやり取りをしていたことから、警察の連絡をいたずらと決めつけ、まゆの死を信じなかった。
池上 聡子 (いけがみ さとこ)
丹沢山連続殺人事件で浦野善治に殺害された2番目の被害者の女性。年齢は23歳。北海道出身で、豊島区に在住。ぱっつん前髪の黒髪をストレートロングヘアにしている。デリヘル嬢として働いていた。
笹塚 チヒロ (ささづか ちひろ)
丹沢山連続殺人事件で浦野善治に殺害された3番目の被害者の女性。年齢は29歳。広島出身で、港区に在住。商社に勤務していた。黒髪をストレートロングヘアにしている。チヒロの両親に対し、母親の治療費としてお金を振り込んでいたのは笹塚チヒロになりすました善治で、チヒロ本人はまったく関与していない。
チヒロの両親 (ちひろのりょうしん)
地方に住む笹塚チヒロの両親。母親が病で床に伏しているため、父親が自宅で面倒を見ている。東京で暮らすチヒロとはここ2年ほどまともに話をしていない状態が続いており、娘を心配している。寝ている時間帯に留守番電話が入っていたり、海外出張時の写真が送られてくることもあったため、仕事の邪魔になっては悪いと、チヒロの両親からは連絡していなかった。チヒロからは、母親の治療費として定期的に20万円ほどのお金が振り込まれている。
猪俣 明日香 (いのまた あすか)
丹沢山連続殺人事件で浦野善治に殺害された4番目のに被害者の女性。年齢は26歳で、杉並区に在住。黒髪をストレートロングヘアにしている。
西野 真奈美 (にしの まなみ)
丹沢山連続殺人事件で、浦野善治に殺害された5番目の被害者の女性。山形出身で中野区に在住。アパレルメーカーに勤務していた。黒髪ストレートロングヘアで、おでこを出している。口元にほくろがある。実家にいる真奈美の父に酒を送ったり、連絡を取っているのは西野真奈美になりすました善治で、真奈美本人はまったく関与していない。善治に約28日間監禁され殺害された。
真奈美の父 (まなみのちち)
西野真奈美の父親。山形で一人暮らしをしている。妻に先立たれ、孤独感から現在アルコール依存症を患い、肝臓も壊している。真奈美には時おりSNSを利用して連絡を取っているが、電話では話をしていなかった。
井畑 麻未子 (いばた まみこ)
丹沢山連続殺人事件で浦野善治に殺害された6番目の被害者の女性。年齢は28歳。富山出身で、練馬区に在住。飲食店に勤務していた。殺害された後は被害者の中で唯一丹沢に埋められずに、手足と動体、頭部が切り離されてバラバラな状態で発見された。黒髪をストレートロングヘアにしている。
長谷川 祥子 (はせがわ しょうこ)
丹沢山連続殺人事件で、7番目の被害者の女性。現場から発見されたが、長谷川祥子に関しては、しばらくなんの情報もない状態が続いた。その後に明らかになったのは、高知県出身のOLで死亡推定時期は発見の3、4年前という情報で、第1の被害者である宮本まゆよりも前に殺された可能性があるというもの。また、殺害される2か月前の写真で確認する限り、ウェーブのかかった茶髪のセミロングヘアで、この事件の被害者に共通する黒髪でストレートロングヘアは当てはまらなかった。のちに逮捕された浦野善治からの供述により、祥子はMに殺害された可能性が浮上。さらにその後、吉見大輔の遺体が発見されたことにより、大輔との交際関係が明らかになった。桐野良一の捜査によって、祥子のスマートフォンがMに乗っ取られ、遠隔操作されていた形跡が発見され、脅迫を受けていたことが判明する。
吉見 大輔 (よしみ だいすけ)
丹沢山連続殺人事件の現場から、白骨遺体となって8番目に発見された男性。失踪当時の年齢は30歳。長谷川祥子とは恋人関係にあり、プログラマーとして彼女と同じ会社に勤めていた。3年前に突然退職するとのメールが会社に届いて以降、いっさいの消息がつかめず、捜索願が出されていた。失踪後もスマートフォンは見つかっておらず、最後の位置情報は事件現場近くの鮎川パーキングエリアだった。祥子のスマートフォンも同じ場所で位置情報が途絶えていることから、二人とも殺害された前後にその場所でスマートフォンが捨てられた可能性が高いと考えられている。吉見大輔の遺(のこ)したパソコンからは、桐野良一のデジタルフォレンジックによってMとのメールのやり取りが発見された。大輔はダークウェブでMと知り合い、コンピューターウイルスの制作を請け負ったことが判明。その後、Mの正体を暴こうとしたことが相手に伝わり、交際していた祥子がターゲットにされ、スマートフォンを乗っ取られて脅迫され、間接的に攻撃を受けることになる。
松田 美乃里 (まつだ みのり)
セキュリティ会社に勤務する女性。年齢は24歳。韓流男性アイドルグループ「番団青年団」の大ファンで、友人の山下優香とは、アイドルや恋愛の話でよく盛り上がっている。もともと同じ職場の同僚だった桐野良一と交際を始め、今年で2年目になる。しかし良一が、急に警察に転職してからというもの、思うように二人の時間が取れない状況が続いている。良一との結婚を強く望んでいるが、何かと二の足を踏む良一とは結婚の話になるとケンカばかりしている。何を考えているかわからず、とらえどころのない良一に魅力を感じていた一方で、距離感も感じ始めており、このまま捨てられてしまうのではないかと危機感を抱いている。ある時、良一から頼まれて入院中の桐野真奈美の見舞いに行くことになり、その後も何かと世話をしている。さらに、良一が捜査にかかわっている事件で、Mから良一への脅迫メールが松田美乃里に届いたことをきっかけに、美乃里自身に危険が及ぶ可能性があるとして、警視庁警備部の西山がボディーガードに付くことになった。また、美乃里自身のスマートフォンがウイルスに感染していることが判明。Mが遠隔操作できる状況にあることがわかったため、良一からもう1台スマートフォンを借り、なりすましに惑わされないように2台のスマートフォンを駆使して良一と連絡を取り合うこととなる。また捜査協力の一環として、良一から個人的なブログの開設を求められ、本の感想などを中心とした「美乃里のOL日記」を開始した。
牧田 英俊 (まきた ひでとし)
神奈川県警で警務部長を務める男性。桐野良一の上司にあたる。逮捕された連続殺人鬼、浦野善治のパソコンのハードディスクを良一に託し、消去されたデータがないか、デジタルフォレンジックを依頼した。丹沢山連続殺人事件の被害者とされている長谷川祥子に関するデータを探すように頼んだが、思うような成果が得られなかったため、良一に毒島徹に会いに行くように指示した。その後、事件のさらなる被害拡大を恐れ、善治に捜査協力を要請することを斉藤清一郎に提案した。
M (えむ)
3年ほど前にダークウェブ界で有名だった有能なクラッカーの男性。Mを頂点とするクラッカーの犯罪者ネットワークが実在したという噂もあるほど、カリスマ性がある。4年ほど前、100億円の仮想通貨流出事件が起こった際には、この事件にもかかわっていたという噂があったが、ここ数年はダークウェブ上にも現れていない。浦野善治の指導者ともいえる存在で、マルウェアを闇マーケットで入手する方法や、ネットバンキングで不正に金を引き出す方法、丹沢山に死体を埋める方法など、あらゆることを教えていた。ある時、松田美乃里のスマートフォンに遠隔操作ウイルスを仕込み、無料Wifiに似せて作ったダミーのWifiを利用させることで、スマートフォンをいつでも覗き見できる状態にして、個人情報や交友関係を把握して盗聴もできるようにした。その過程で、美乃里と交際中の桐野良一をターゲットにして最新型遠隔操作ウイルスを送りつけたが、一度も引っかからなかったことから、良一に興味を持ちマークしている。丹沢山連続殺人事件においては、その被害者の一人とされていた長谷川祥子が、善治ではなくMに殺された可能性が、善治の話から浮上することになった。その後、吉見大輔と男性一人の遺体が発見されたことで、この殺人事件と密接にかかわっていることが判明。さらに、Mが関与する580億円仮想通貨流出事件では、ビットマネー社のホームページに不正アクセスするためのバックドアを設置。会社の情報をすべて監視できる状態にしていた。また、この事件で警察やビットマネー社と手を組もうとしたJK16の殺害を秘密裏に外国人に依頼し、丹沢の草むらに遺体を遺棄した。遺体が発見された直後、警察宛に犯行声明のメールを送信したことで、事件の重要参考人として追われることになる。のちに、ネット上で罠をしかけた良一と善治により、IPアドレスから「宮園直樹」という名前と顔写真がMの候補者として挙げられた。しかし、この名前の人物は存在せず、偽名であることが明かされており、その人物像はいまだ謎に包まれている。自室の机の引き出しには、拳銃を隠し持っている。
JK16 (じぇいけーしっくすてぃーん)
ホワイトハッカーを自称する謎の人物。580億円仮想通貨流出事件では、犯人が別の口座に細かく仮想通貨を分散させたことで、これ以上の追跡が不可能かと絶望視される中、「流出した仮想通貨580億円のすべてをマーキングした」とSNSで発表。これで犯人側は、実質現金化が不可能となったため、救世主として崇(あが)められる存在となった。しかし、その人物像はベールに包まれており、名前のJKから天才美少女ハッカーの女子高校生らしい、自宅警備員16年という意味のオッサンらしいなど、ネット上ではさまざまな憶測が流れている。実際は都内に住む女性プログラマーの神宮寺紗綾子で、年齢は27歳。事件に対して警察から連携の要請があり、同時にビットマネー社の副社長を務める久保田稔からも協力要請の打診があった。稔と会うことになっていたホテルに向かった際、警察官に扮したMの策略に引っ掛かり、殺害されてしまう。その2日後、丹沢の草むらに全裸の遺体となって発見されることになる。死因は窒息死で、膣内からは複数のDNA型の精子が検出された。その際、JK16を誘拐した車が盗難車と判明し、さらに実行犯が3名のイラク人男性であることがわかった。JK16の死後、自宅からは私物のパソコンやスマートフォンは発見されなかった。職場のパソコンを警察が調べたものの、そこにはJK16としての活動の痕跡はなく、Mに関する手がかりも残されていなかった。正義感と警戒心が強く、お金で動くタイプではない。
山下 優香 (やました ゆうか)
松田美乃里の友達の女性。大手保険会社に勤務している。年齢は24歳。韓流男性アイドルグループ「番団青年団」のファンで、美乃里と共に入手困難なライブのチケットを獲得するため躍起になっている。美乃里とは、恋愛話で盛り上がることも多く、美乃里と桐野良一の恋愛関係も心配しつつ見守っている。
森岡 一 (もりおか はじめ)
セキュリティ会社で社長を務める男性。桐野良一の元上司。ランサムウェアの対策ソフトの関連で、警察を訪れることがあり、特にサイバー事件を扱う生活安全部の部長とは面識がある。良一には自社に戻ってきて欲しいと思っている。セキュリティの専門家としてMの存在も知っており、時おり特命通信を利用してダークウェブのきわどい掲示板に書き込みをしていたこともあり、以前はM本人の書き込みを目にしたこともあった。またビットマネー社からは、580億円仮想通貨流出事件をきっかけに仕事の依頼を受けるようになり、内部調査に協力することになる。自社の社員、松田美乃里のことを気にかけている。
丹羽 秀一 (にわ しゅういち)
久保田稔と共に仮想通貨を扱うビットマネー社を運営している男性。創業者兼社長で、年齢は20代。会社の資本金は1億円で、社員数は81人。580億円仮想通貨流出事件が起こり、経営破たんの恐れもある状態となったことで、丹羽秀一自身の個人情報がネット上にさらされてしまう。
久保田 稔 (くぼた みのる)
丹羽秀一と共に仮想通貨を扱うビットマネー社を運営している男性。副社長を務めており、年齢は30代。目黒区在住で肩まで届くロングヘアの持ち主。事実上会社の舵取り役を担っている。580億円仮想通貨流出事件が起こり、経営破たんの恐れもある状態となったことで、久保田稔自身の個人情報がネット上にさらされてしまう。この事件をきっかけに、森岡一に仕事を依頼。事件の犯人を外部の凄腕クラッカーであると推測した上で、社員の中にその犯人と内通していた者がいると予想し、その内通者を見つけ出すため、一に調査を頼んだ。また、ホワイトハッカーを自称するJK16についてもひそかに調査を行い、問題解決に向けて協力を要請しようと考え、接触を試みていた。
桐野 真奈美 (きりの まなみ)
桐野良一の母親。体調不良から、検査のため入院することになった。その際、忙しい良一の代わりに見舞いに来てくれた松田美乃里を温かく迎え入れた。検査では、胃に小さながんが見つかったが、早期発見により内視鏡で取ることができたため、大事には至らなかった。夫である良一の父を亡くし、女手一つで良一を育て上げた。良一が学生の頃から、親子の会話は必要最低限だったため、良一が警察に転職後、事件の捜査本部に編入させられたことを知らなかった。退院後、立ちくらみにより駅で階段を踏み外して落下し、救急車で運ばれる事態が発生。足を骨折して簡単な手術を受け、駆け付けた美乃里には、良一への口止めをお願いした。
良一の父 (りょういちのちち)
桐野良一の亡き父親。元警察官で、警視庁の公安部に所属していた。生真面目で典型的な仕事人間で、仕事一辺倒で家庭を顧みることはなく、忙しさのあまり滅多に家に帰って来ることはなかった。最終的には良一が小学生の時に事件に巻き込まれて殉職した。しかし、その詳細は身内にも知らされていないままとなっている。
斉藤 清一郎 (さいとう せいいちろう)
神奈川県警捜査一課で捜査本部長を務める男性。丹沢山連続殺人事件において、捜査本部の陣頭指揮を執っている。一連の遺体発見に伴って、犯人の浦野善治が逮捕されたが、不可解な点も多く、その後も続々と新たな遺体が発見された。新たな容疑者としてMの存在が浮上したこともあり、牧田英俊からの提案で、不本意ではあるものの善治を捜査に協力させることを決定した。善治が信頼を寄せている桐野良一を、その専任担当者として任せることを決めた。
西山 (にしやま)
神奈川県警警備部に所属する男性。優しい性格で、大柄な体型をしている。Mから脅迫を受けた松田美乃里を護衛することになり、ボディーガードとして行動を共にすることになった。のちに写真でMの顔を知ったことがきっかけで、美乃里と行動中にMを発見。美乃里を一人で逃がし、Mの確保に動いた。逃げようとしたMを追いかけるが途中で反撃を受け、結局取り逃がしてしまう。
その他キーワード
丹沢山連続殺人事件 (たんざわさんれんぞくさつじんじけん)
神奈川県丹沢山地で、複数の遺体が発見された事件。現場は林道から谷を降りて約800メートル下ったあたりで、遺体は地中に埋められていた。死後3か月から1年程度が経過した遺体の頭蓋骨を鹿が掘り起こし、それを山菜を取りに来た70歳代の女性が発見した。この時発見された遺体は全裸で埋められており、下腹部がメッタ刺しにされていて、遺留品などは見つからなかった。最終的に、宮本まゆ、池上聡子、笹塚チヒロ、猪俣明日香、西野真奈美の、いずれも女性ばかり五人の遺体が現場付近で発見されることとなった。また、六人目の被害者である井畑麻未子は唯一、殺害後丹沢に埋められずに手足と動体、頭部が切り離されバラバラにされた状態で発見された。合計六人の被害者はすべて長くてきれいな黒髪の持ち主という共通点があるが、7番目に発見された長谷川祥子の遺体はこれに当てはまらず、彼女に関するデータは皆無となっている。のちに犯人として浦野善治が逮捕されたが、祥子に関してのみ黙秘を貫いた。その後、善治の話から祥子が、Mに殺された可能性が浮上。ほかにも遺体が埋まっているかもしれないという疑惑のもと、調査を続けると、新たに男性二人の白骨遺体が発見されることになった。二人の男性遺体はいずれも下着のみを着用した状態で、遺留品はなし。ほかの女性遺体とは違い、下腹部にメッタ刺しの痕跡はなく、胸部に血痕が認められた。死因は心臓を鋭利な刃物で刺されたためと考えられている。さらに、丹沢で新たな女性の全裸遺体が発見されることになるが、これはもともとの事件現場からはかなり離れた場所で、なおかつ草むらに放置されたまま埋められてもいなかったことから、模倣犯である可能性も浮上したが、直後にMによる犯行声明のメールが届いたことにより、その遺体の身元はJK16であることが判明した。
580億円仮想通貨流出事件 (ごひゃくはちじゅうおくえんかそうつうかりゅうしゅつじけん)
ビットマネー社で扱う仮想通貨が約580億円分流出した事件。犯人は流出した仮想通貨を別の口座に細かく分散させ、複雑な操作で何度も取引を繰り返しており、一時的にこれ以上の追跡は不可能とされる危機的状態に陥った。しかし、JK16を名乗るホワイトハッカーにより、流出した仮想通貨すべてにマーキングがなされ、仮想通貨580億円分の現金化は実質不可能な状況となった。この事件において、警視庁は100人規模の捜査本部を設置。民間にも要請して、分散した仮想通貨を追跡した。ただ、暗号化された上に海外のサーバーを複数経由しており、犯人の特定は非常に難しい状況だった。また、ビットマネー社は顧客の現金引き出しを停止したものの、その損害は大きく経営破たんの恐れもある状態となった。手口としては、ビットマネー社のホームページにある中途採用の募集ページに送られた電子履歴書に仕込まれたウイルスによるもので、犯人はこれを利用してサーバーに侵入したと見られている。会社として、アンチウイルスソフトは最新のものを使用していたが、犯人の方が一枚上手だったため、被害が及ぶこととなった。犯人は外部の凄腕クラッカーだろうと見込まれているが、久保田稔は内通者がいる可能性を不安視し、社内スタッフの個人的なパソコンやネットワークについて、森岡一に調査を依頼したが、結局内通者はいなかった。この事件によって、ビットマネー社の社長の丹羽秀一と、副社長の稔の個人情報がネット上にさらされ、大量の誹謗中傷コメントが寄せられることになった。警察はこの事件の重要参考人として、Mを追っている。
クレジット
- 原作
-
志駕 晃