徳川の猿

徳川の猿

第11代征夷大将軍である徳川家斉の時代、町人文化の爛熟した江戸を舞台に、徳川の特殊部隊「猿」とテロリスト集団「天狗」の戦いを描く、伝奇時代劇アクション。同じく時代劇をテーマとする、さまざまな作品のオマージュネタも数多く含まれている。「月刊アクション」2019年7月号から2021年7月号にかけて掲載された作品。

正式名称
徳川の猿
ふりがな
とくがわのましら
作者
ジャンル
アクション
 
時代劇
関連商品
Amazon 楽天

あらすじ

生首の男を追って

女性剣客の鐘野鈴は父親(師範)の仇と思しき「生首の男」を討つべく江戸を訪れるが、宿泊先で遊女天狗によるテロ事件が発生し、人質にされてしまう。鈴は江戸の治安維持を担う組織「」の活躍によって解放されたが、胸を撫で下ろしたのもつかの間、猿の頭領である吉村黄金に生首の刺青が入っていることが判明する。鈴は黄金に斬り掛かるが、猿の手練れに押さえ付けられ、鈴の父親は黄金の依頼で国家転覆をもくろむテロリスト集団「天狗」の拠点を探しており、その過程で命を落としたことを告げられる。真実を知った鈴は拘束を力任せに振りほどくと、父親の死の遠因である黄金に対して、自らの仇討ちに協力するように要求する。鈴の底力に惹かれた黄金は要求を飲み、彼女を猿に迎えることを約束する。そして、先の事件で鈴の救出に一役買った猿の女戦士である、その妹である犬千代を鈴の世話役に任命するのだった。

異人の影

天狗が白昼堂々と武装蜂起し、町民を襲撃する事件が発生する。市井に溶け込んでいたたちは暴動を鎮圧することに成功するが、現場を取り仕切っていた拳闘士天狗が異人である事実に驚愕する。次いで猿たちは狐憑き事件の解決に奔走することになり、異人であり天狗の幹部である法印坊と対峙する。猿は激闘の末に法印坊を護衛していた力士天狗を打倒するが、天狗の最高戦力とされるうつろ舟の女の介入により、法印坊を捕縛するには至らなかった。その後も法印坊の暗躍は続き、猿はルタを中心とする新大陸の戦士、剣術の達人である下斗米秀之進との戦いを強いられるが、これに勝利する。さらに、猿の忍者である服部小虎の活躍により、巷を騒がせていた力士襲撃事件の犯人の魚屋心が猿として迎えられた。

大奥騒乱

吉村黄金は大奥の女性たちを阿片づけにしている怪僧、日啓(相模坊)の討伐という極秘任務を引き受け、選り抜きのを大奥に派遣する。しかし、一行は案内役の中臈(ちゅうろう)であるお眠()の裏切りによって女中たちに取り囲まれ、外で待機していた予備戦力の猿もうつろ舟の女に無力化されてしまう。「大奥の女に傷を付けた場合は罰として黄金の首を差し出す」という厳しい条件が枷となり、一行は反撃の糸口をつかめないでいたが、あとのことは気にせずに殴るというの突飛な行動により、状況の打開に成功する。やがて月は眠を蹴り倒し、日啓を殴り殺し、事態の収拾に駆けつけた徳川家斉にも拳を叩き込み、大混乱の中で事件は落着するのだった。

仇の正体

実戦で活躍できない無力感から鍛錬に励んでいた鐘野鈴のもとに、許嫁の不動が現れる。美男子の不動はの面々から持て囃されていたが、に血の匂いを嗅ぎつけられ、自らが天狗の幹部の次郎坊であること、師範を殺した張本人であることを打ち明ける。そして、鈴を天狗に勧誘するために来訪したことを明かし、再訪を誓って去っていく。身内が仇であることを知った鈴は葛藤を覚えるが、気持ちの整理もつかないうちに任務が舞い込み、盗品市で「伊能図」の購入権を賭けた試合に臨むことになる。鈴の対戦相手として現れたのは、大奥で猿を陥れただった。緒戦こそ苦戦を強いられる鈴だったが、戦いの最中にの言葉を思い出して迷いを断ち切り、辛くも勝利をおさめる。さらに鈴は魚屋心と協力して商品の強奪を試みていた天狗を退け、盗品市を管理する風魔一族に貸しを作ることに成功する。しかし、喜びもつかの間、鈴が長屋に帰還すると犬千代が倒れていた。鈴と入れ違いに現れた次郎坊が、脅迫の意味を込めて犬千代を斬ったのである。一命を取り留めた犬千代は自らの生い立ちと月との出会いについて語り始める。

最終決戦

鐘野鈴の助命嘆願によって処罰を免れたの協力者となり、天狗に関するさまざまな情報をもたらした。幕府の事実上の支配者である一橋治済が、天狗の幹部の豊前坊だと知った吉村黄金徳川家斉と連携し、豊前坊を糾弾して蟄居(ちっきょ)に追い込むことに成功する。そして、天狗が準備を進めているという飛ぶ船による江戸空襲計画を阻止するべく、天狗の本拠地を急襲する大規模作戦を立案するのだった。しかし、老中首座の水野忠成は旗本衆の動員を許可せず、猿だけで天狗の戦力を削るように要求する。御上の判断を又聞きした猿たちは憤りを隠そうともせず、冷静な黄金すら苛立ちを口にするほどだった。一方、死地に赴く覚悟を固めていた鈴はの昔語りを通して天狗の首魁(しゅかい)、太郎坊の正体が月の育ての親であることを知り、決意を新たに決戦の日を迎えるのだった。臆することなく現場に集った猿は10名ほどだったが、彼女たちはいずれも鈴と苦楽を共にしてきた歴戦の精鋭だった。こうして、幕府の存亡を賭けた最後の戦いが始まる。

登場人物・キャラクター

鐘野 鈴 (かねの すず)

父親(師範)の仇を追う、男装の女性剣客。肩に掛かる長さの黒髪を後頭部で結い上げ、黒白二色の着物にくくり袴を合わせ、真剣と木刀を差している。胸が大きいため、さらしを巻いて誤魔化している。「鐘野鈴之介」と名乗り、仇を追っていた際に遊女天狗の起こした事件に巻き込まれ、これをきっかけに特殊部隊「猿」の面々と出会い、一員となった。性格はまじめで正義感が強く、料理が得意。禁欲的で男性経験もないが、江戸に来て湯屋の虜になってしまった。武家の出身で、その剣術は吉村黄金からも高く評価されている。平山兵原の道場に出稽古に赴いた際にも門下生を圧倒するほどの技量を示しているが、相手を傷付けずに制するべきという考えが枷となり、実戦では後れを取ることが多い。特に猿に加入したばかりの頃は失禁することもあり、世話役の月から小便漏らしと馬鹿にされ、戦力外の飯炊きと認識されていた。しかし、力士天狗との戦いで窮地に陥った月を援護し、これをきっかけに名前で呼ばれるようになった。のちに気負いを捨てろという月の言葉で覚醒し、相手の後の先(ごのせん)を取る術を会得した。テロリスト集団「天狗」との最終決戦では、因縁の相手である次郎坊と立ち合っている。

(つき)

特殊部隊「猿」に所属する女戦士。盲聾啞(ろうあ)の三重苦を背負っている。グラマーだが筋肉質で、全身に傷があり、肌、瞳、体毛が白い。セミロングヘアで、袖なしミニ丈の白い着物に黒い帯を締め、フリル付きのチョーカーや手甲、脚絆(きゃはん)をつけている。犬千代とペアで行動しており、指で突くなどして彼女と意思疎通をする。性格は凶暴で同情を嫌い、つねに挑発的な態度を崩さず、戦闘中に笑みを浮かべることも少なくない。最大の娯楽は食事で、鐘野鈴の世話役になることを快諾したのも、彼女の炊事力を欲してのことである。もともとは小太刀を使っていたが、現在は得物に頼ると弱くなるとして格闘を好んでいる。箸の扱いは右手だが、サウスポースタイルに構えるのが特徴で、繰り出される打撃は相手を死に至らしめるほどの威力を秘める。また、空気の振動を頼りに周辺情報を得る術を体得しており、肌を露出するほど感度が高まるため、強敵を前にすると衣服を脱ぎ、もっこ褌(ふんどし)一丁の姿で交戦する。犬千代の支援を受けた月は最強の猿とされているが、生け捕りに失敗して報酬を貰い損ねることも多く、三味線の演奏で日銭を稼いでいる。また、不屈の精神の持ち主ながら、犬千代が傷付けられると途端に取り乱してしまう。

犬千代 (いぬちよ)

特殊部隊「猿」に所属する少女。薄紅色のショートヘアにジグザグ模様の布を巻き、頭巾のある袖のない膝上丈の白い着物に紅色の帯を締めている。また手甲、脚絆(きゃはん)を身につけ、黒ぬりの厚底下駄をはいている。ふてぶてしい性格で、服部小虎とは口喧嘩が絶えない。他人との意思の疎通が困難な月とタッグを組んで行動しており、指の動きから月の思考を読み取って他者に伝達する通訳のような役目を担っている。有事には首から下げた太鼓を一対のバチで叩き、空気を震わせて月に周囲の情報を伝達する。月が勢い余って捕縛対象を殺してしまうことも多く、家賃の支払いに苦しんでいる。そのため、平時は月と路上演奏を行うなどして糊口(ここう)を凌いでおり、吉村黄金から鐘野鈴の世話役に任命された際には、家賃を折半できると喜んでいた。のちに鈴を信頼し、謀殺された疑いのある10代将軍で徳川家治の長男である徳川家基の孫にあたること、病の父親を助けようとしなかった幕府を恨んでいること、親を亡くしてから旅芸人の一座に在籍していたこと、テロリスト集団「天狗」に捕まって幽閉生活を強いられていたこと、幽閉生活の果てに月と姉妹の契りを結んだことを打ち明ける。

吉村 黄金 (よしむら こがね)

特殊部隊「猿」の猿回し(頭領)の男性。眼鏡を掛け、癖のない長い黒髪をなびかせ、目尻に紅をさして、右肩には美女の生首の刺青が入っている。常用の着物とジャケットは共に白地に桜の柄が入っている。その出で立ちから市井においては女性と認識されており、美貌を武器に大物を垂らし込み、芝居小屋の囃子方から猿の頭目に成り上がったと噂されている。しかし、実際は勘定奉行の遠山景晋の息子で、本名を「遠山景元」、通称を「金四郎」という。ふだん使いの「吉村黄金」は芸名で、身内のあいだでは「黄金(きん)」の愛称で親しまれている。性格は冷静沈着にして大胆不敵。基本的には猿への指図を担っているが、状況によって自ら現場に足を運ぶこともある。「伊能図」の回収を請け負った際には男性の姿で盗品市へと赴き、鐘野鈴から同一人物とは思えないと評された。徳川家斉から高く評価されている一方で、鳥居耀蔵からは煙たがられ、景晋からは放蕩無頼と評されている。遊び人らしく行きつけの妓楼(ぎろう)もあるが、専ら密談の場として活用している。なお、鈴が追っていた「生首の男」に該当するが、師範を斬ったのは別人である。実在の人物、遠山景元がモデル。

ゼニ

特殊部隊「猿」に所属する女性。眉尻が二股に分かれており、寛永通寳(つうほう)を眼帯のように使って右目を覆っている。短めのポニーテールの髪型で、褌(ふんどし)の前垂れが覗くほど丈の短いノースリーブの着物を着用し、その上から袖を通さずに羽織を羽織っている。姐御肌の性格で、藤江梅蘭からも姉のように慕われている。目明かしとして平時から犯罪捜査に奔走しており、捕縛には至っていないが、巷を騒がす鼠小僧の正体を把握している。寛永通寳を射出する拳銃型の武器と十手で武装し、射撃精度と反応速度は超人の域に達している。遊女天狗が旅籠を占拠した事件では、笠野に向けて放たれた銃弾を射出した寛永通寳で弾くという神業を披露した。また、拳闘士天狗との戦闘では銃を向けられていた鐘野鈴を屋根の上からの狙撃で救出するなど、猿でも珍しい遠距離攻撃の使い手として活躍している。ルタの率いる新大陸の戦士たちに襲撃された際には大通りで敵を引きつける役目を担い、味方を路地裏へ逃がすことに成功しているが、引き換えに毒矢を受けて負傷してしまった。テロリスト集団「天狗」との最終決戦ではルタとの雪辱戦が実現している。

(うしお)

特殊部隊「猿」に所属する女性。毛先に向かうほど赤みを増す白髪の持ち主。内巻きのミディアムショートヘアで、着物に羽織を合わせている。つねにほほ笑んでおり、言葉つがいも丁寧だが、その優しげな雰囲気に反して喧嘩っ早く、月とは一触即発の関係にある。平山兵原の秘蔵っ子で、四方八方から射られた矢を刀で払うほどの技巧を誇り、有事には女子プロレスラー風の衣装に着替えて悪を討つ。この状態の潮は、天竺から来た正義の味方「獅子丸」という設定が適用され、ぶっきらぼうな口調となる。周囲からはセンスを疑われているが、当人は奇襲を受けた際にも着替えてから反撃するほど気に入っている。背後からの攻撃も辞さない非情な性格だが、親のいない子供に孤児として育った自らの境遇を重ねて励ましの言葉を贈るなど、人間性を捨て去ったわけではない。同門の下斗米秀之進の行動が問題になった際には討伐の意向を示すものの、慕う相手を斬ることへの迷いを見透かされ、討伐の担当者を決闘で決める事態へと発展した。この際、武装を禁じられた状態で月と引き分けているが、月も脱衣と犬千代による援護を禁じられていた。「風雲・獅子丸」と改名して臨んだテロリスト集団「天狗」との最終決戦では僧正坊と対決し、必殺技「疾風返し」を披露した。

藤江 梅蘭 (ふじえ ばいらん)

特殊部隊「猿」に所属する女性。ショートカットの髪型で、眉毛は太く短く、丈の短い袖なし上衣とスパッツ風の半股引を着用している。柔術が得意で、相手を失神させる術に長けている。殺害が目的の場合は、好物の団子の串を急所に突き刺す手法を用いる。深川で治療屋を営んでおり、生傷が絶えない月をはじめ、猿の面々の治療を担うことも少なくない。平時は鍼術や整体で日銭を稼いでいる。主な客層は老人で、料金は20文。路上にゴザをしいて施術を行うこともあり、気立てのよさから近所の老人に慕われている。お見合いを勧められることもあるが、当人は乗り気ではない。また、騒動が起こると隣人が駆け込んでくるほど頼られており、狐憑きが発生した際には個人的に出動し、乱心した女性を絞め落としている。女性の治療屋という肩書きを生かして大奥の任務にも参加しているが、眠の催眠剣法に幻惑され、窮地に陥っている。この際、月に蹴り飛ばされて致命傷を回避するものの、負傷が響いて相模坊にも敗北してしまった。ただし、相模坊からは素晴らしい技量の持ち主と称えられている。テロリスト集団「天狗」との最終決戦では、左徳坊と対戦している。

服部 小虎 (はっとり ことら)

特殊部隊「猿」に所属する少女。千草色の髪を黒いリボンでビッグテールにまとめている。気分を害すると二言目には「殺すぞ」と威嚇する短気な性格で、月と犬千代を「暴力姉妹」とくくって目の敵にしている。暴言から口喧嘩に発展することも多いが、鐘野鈴の心労を察するなど、気遣いもできる。また、鈴と不動(次郎坊)の肉体関係の有無を赤面しつつも問いただすなど、耳年増なところがある。伊賀同心の頭として徳川家を支えた「服部半蔵」の九代目に該当するが、現在は改易によって没落しており、生業としていた湯屋「喜字乃湯」の経営権すら失い、長屋で暮らしている。盗賊に身を落としたこともあったが、吉村黄金に技量を買われ、猿として働くことになった。権利を失った現在も平時は喜字乃湯で働いており、番台から湯女まで幅広い業務をこなしている。有事には露出の多い朱色の忍装束に着替えて出動し、浴びせ蹴りなどの骨法を駆使して悪漢を討つ。なお、服部家の再興を志しているために手柄の主張が激しく、力士襲撃事件が発生した際には単独で魚屋心を打倒し、野望の嚆矢(こうし)として麾下(きか)に加えている。テロリスト集団「天狗」との最終決戦では、陀羅尼坊と交戦している。

モモ

服部小虎が飼いならしている忍犬ならぬ忍モモンガ。小動物とは思えない知能を秘めており、テロリスト集団「天狗」が旅籠「讃岐屋」を占拠した際には、屋根裏に潜んだ小虎の指示で遊女天狗の用意した爆薬の導火線を刃物を使って切断し、江戸が火の海と化す最悪の事態を未然に防いでいる。小虎が魚屋心と交戦した際には、自主的に心の耳に嚙み付いてスキを生み出し、小虎を絶体絶命の窮地から救ってみせた。また、大奥に潜入した際には罠にはめられた鐘野鈴らの状況を外に伝える伝令役を担うなど、さまざまな場面で猿の任務に貢献している。

魚屋 心 (さかなや しん)

魚を取り扱う棒手振(ぼてふ)りの女性。身の丈は六尺(約180センチ)あり、筋肉質で赤銅色の肌を持ち、臀部に三日月型の小さな傷痕がある。ショートカットの髪型で、諸肌を脱いで腹掛けと褌(ふんどし)を露出した大胆な出で立ちをしている。男勝りな性格で、夜な夜な町に繰り出しては男性力士に野良相撲を挑んでいた。体格で勝る相手に正面からぶつかって勝利をおさめるほどの実力を有しており、四股を踏むような動作で放つ踏み付けは、屈強な力士を容易に失神させる威力がある。力士への仕打ちは同居人の加奈に乱暴を働いた力士を懲らしめる目的で行っていたものだが、襲撃時に装着していた河童の面をテロリスト集団「天狗」の面と誤認され、特殊部隊「猿」に追われる立場となってしまう。やがて服部小虎に敗北して御用となるが、小虎の助命嘆願によって猿への加入を許された。この際、心が罪を重ねることがあれば服部家の再興資金で賠償し、命も差し出すという小虎の誓いに感動し、彼女を慕うようになった。加入後はうつろ舟の女に堀に落とされた小虎、ゼニ、潮を救出するなど活躍している。また、盗品市の任務で戦うことになった前鬼坊とライバル関係になり、天狗との最終決戦では再戦が叶っている。

(みん)

テロリスト集団「天狗」に所属する女性。長崎の遊女とオランダ人のあいだに生まれたハーフで、日本人とは目と髪の色が異なる。セミロングヘアで、和洋折衷の着物風ドレスを着ている。出自を理由に虐められ、両親を恨んでいたが、相模坊と出会って愛を知り、親に感謝していると発言できるまでになった。特殊部隊「猿」の面々が大奥に潜入した際には、中臈(ちゅうろう)の「お眠」という表の顔を利用して猿を誘引し、得意の催眠剣法で藤江梅蘭を負傷させた。月との対決では犬千代を幻惑して優位に立ち、手傷を負わせているが、鐘野鈴の蠟燭の火を消す作戦によって視界を奪われ、敗北を喫している。相模坊の死後は伯耆坊の部下となり、盗品市で鈴と対戦している。この際、緒戦から鈴を圧倒するものの、結果として逆転され、猿に捕縛されてしまう。しかし、悪心の持ち主ではないと鈴に認められて猿の協力者となり、猿に天狗の機密情報をもたらした。猿が天狗の本拠地を襲撃した際には伯耆坊と戦うことになり、自分と同じ不幸を背負わせたくないとして堕胎した過去が明らかになった。なお、盗品市で再登場した際には口元に二条の傷が刻まれ、髪型もミディアムショートに変化していた。

風魔 小太郎 (ふうま こたろう)

関東一の武装盗賊へと変じた風魔一族の頭領。つぶらな瞳の少女で、前髪に楓の葉を模した髪飾りをつけており、巫女装束にフリル付きの前掛けを合わせたような形状の服を着ている。伝統の名前である「風魔小太郎」を継承しているが、少女の姿では軽んじられるという考えから替え玉の頭領を用意し、小太郎自身は頭領の意志を伝達する小間使いのような立ち位置として動いている。吉村黄金には替え玉を看破されているが、小太郎も黄金の正体が遠山景元であることを言い当てるなど、互いに正体を把握して牽制する形となっている。盗品市で商品を持ち去ろうとした前鬼坊に拘束されているが、鐘野鈴によって救われている。この際、伯耆坊に向けて苦無を投擲(とうてき)するものの、瞬時に姿を消す謎の能力によって回避され、仕留めるには至らなかった。のちに盗品市からテロリスト集団「天狗」を追い払ってくれた特殊部隊「猿」への恩返しとして、風魔一族を動員して猿の援護を行っている。実在の人物、風魔小太郎がモデル。

鼠小僧 (ねずみこぞう)

武家屋敷専門の盗賊の女性。ツートーンカラーヘアで、前髪を右半分だけ下ろし、残りは後頭部でお団子にしている。また胸元や腹部、脚部を剥き出した身軽な服装をしている。変装と諜報が得意だが、人を小馬鹿にして「チチチ」と笑う悪癖がある。世間的には男性と思われており、当人もそれを利用して盗みを働いているが、ゼニには「寧々」という名前まで知られている。高橋景保の屋敷から国家機密に等しい「伊能図」の写しを盗み出すなどすご腕だが、この時はあろうことか異人も出入りする盗品市に伊能図を流し、特殊部隊「猿」が出動する事態を招いてしまった。のちに風魔小太郎の口ききで猿を支援することになり、テロリスト集団「天狗」の本拠地に乗り込む猿の精鋭を先導する大役を担った。事前に潜入して見取り図や変装用の天狗の面を用意するなど貢献の度合いは高く、その活躍は忍者の服部小虎が嫉妬するほどだったが、あくまで支援が任務だと割り切っており、猿の面々が激闘を繰り広げているあいだも徹底して逃げ回っていた。実在の人物、鼠小僧がモデル。

師範 (しはん)

鐘野鈴の父親。切れ長の目をした総髪の男性で、相手の先を取る能力に長けている。武士階級にあり、道場の師範を務めていたが、自ら厨房に立って料理をすることも多かった。「正しきことは迷わずなせ」が口癖で、遠縁の不動(のちの次郎坊)を引き取って鈴と共に育て上げるなど、自らも信念に基づいた行動を心掛けていた。しかし、何者かに背後から斬られ、帰らぬ人となってしまう。その亡骸がにぎり締めていたテロリスト集団「天狗」の面の裏側に「江戸」「生首の男」などの言葉が確認できたことから、鈴は「生首の男」こそ父親の仇と推測し、仇討ちをなすべく江戸を訪れることになった。のちに吉村黄金から依頼を受けて天狗の拠点を探っていたこと、鈴の婿養子として正式に家に迎える予定だった不動に斬られたこと、師範としての教えが皮肉にも不動をまちがった方向へ進めてしまったことが判明する。

平山 兵原 (ひらやま へいげん)

女人禁制の道場「兵聖閣(へいせいかく)」の道場主にして、ロシアとの対決を見越して潮を育てた老齢の男性。小柄で丸顔だが眼光鋭く威厳があり、口髭を蓄え、わずかに残った白髪を丁髷(ちょんまげ)にしている。喧嘩っ早く、口癖は「べらぼうめ」。攘夷を主張する過激派で、和睦を決めた幕閣を腑抜けとさげすんでいる。平時には具足をつけて路上に繰り出し、異国の脅威を語って若者の発奮をうながしている。気分を害すると身の丈ほどの日本刀を振り回す悪癖があり、演説にヤジを飛ばしてきた町人を斬ろうとしたこともあるが、潮に制されて未遂に終わっている。特殊部隊「猿」に協力しているが、中風を患っているため、実戦は潮に任せている。潮の能力には絶対の自信を覗かせており、ほかの猿は不要とまで言い切っている。門下の下斗米秀之進がテロリスト集団「天狗」に身を落とした際には、非情にも秀之進を慕っていた潮に殺害を命じた。これには潮を人間兵器として完成させるための試練の意味が込められていたが、結果として同門対決は実現しなかった。なお、兵聖閣に女性の潮が所属している点に関しては、兵器である潮に性別はないから掟には抵触しないと言い張っている。実在の人物、平山行蔵がモデル。

徳川 家斉 (とくがわ いえなり)

第11代征夷大将軍。月代(さかやき)を剃って髷(まげ)を結い、八字髭と顎髭を蓄えた老齢の男性。首回りと袖口にファーの付いた羽織に袖を通し、鎖状の首飾りを提げている。実権のないお飾り将軍と自嘲し、これまでどおりにやっていれば天下泰平と気楽に構える一方で、不測の事態を警戒して特殊部隊「猿」を支援している。素性の怪しい女性の多い猿を重用するなど実力主義を体現しているが、金銭感覚には問題があり、吉村黄金から増員分の支度金を要請された際には、300両もの大金を二つ返事で用意し、鳥居耀蔵から苦言を呈されている。また、非常に好色で、大広間に数十人の全裸の美女を並べたり、美女による女相撲を堪能したりと、享楽の限りを尽くしている。子供も50人にせまる勢いでつくっているが、大奥の内情には口を出さない主義を貫いており、日啓(相模坊)の暗躍を察しながら、女中の捌け口になればよしと放置していた。日啓が討たれた際には大奥の女を殴ったとして月に刃を向けているが、大奥の腐敗を見過ごしてしまった事実を恥じ、月に自らを殴らせることでケジメとした。実父の一橋治済がテロリスト集団「天狗」の幹部である豊前坊だと判明した際には、猿と協力して蟄居(ちっきょ)に追い込んでいる。実在の人物、徳川家斉がモデル。

水野 忠成 (みずの ただあきら)

老中首座を務める老齢の男性。官名は「出羽守」。白髪で目が細く、月代(さかやき)を剃って髷(まげ)を結っている。幕政を担う重要人物ながら、多額の賄賂で懐を潤しているとの噂があり、水野忠成を悪名高き「田沼意次」に例えた短歌が町民のあいだで流行している。また、貨幣改鋳(かいちゅう)に頼りきった経済政策で物価の高騰を招いたとして、鳥居耀蔵から蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われている。遊女天狗に至っては忠成を奸物(かんぶつ)と評し、大身旗本の子息を人質に切腹を要求したほどである。しかし、徳川家斉からは信頼されており、テロリスト集団「天狗」の背後に異人が存在する事実が漏れることのないよう、情報統制を任されていた。有事の対応を任されることも多く、下斗米秀之進が大名家の金蔵を破った際には特殊部隊「猿」を動かし、奉行所と連携して討伐するように指図している。また、天狗の江戸空襲計画が明らかになった際には、敗北すれば幕府の威信がゆらぐとして旗本衆の動員を断固として拒止し、吉村黄金と猿に対応を一任した。なお、家斉の好色には理解を示しており、美女たちに女相撲をさせた際には、憤慨する鳥居をよそに興奮気味で行司を務め、取り組みを盛り上げてみせた。実在の人物、水野忠成がモデル。

中野 碩翁 (なかの せきおう)

徳川家斉の側近を務める老齢の男性。福耳で目が細く、白髪頭の頭頂部が禿げ上がっている。家斉の寵愛を受けているお美代の方の養父で、現在の立場を維持するには美代の存在が必要不可欠と考えている。美代が気鬱の病を発症すると、中野碩翁自身の立場がゆらぐことを恐れ、藁(わら)にもすがる心境で日啓(相模坊)に美代の治療を委任した。しかし、これをきっかけに大奥の腐敗が加速してしまい、自らの過ちを悟ることになった。その後、大奥の状況が明るみに出れば処罰は免れないと考え、水野忠邦を介して吉村黄金に日啓の討伐を依頼した。この計画は家斉に筒抜けだったが、家斉が「大奥の事件は日啓の存在を黙認していた自分にも責任がある」と認めたことで、不問となっている。実在の人物、中野清茂がモデル。

水野 忠邦 (みずの ただくに)

寺社奉行を務める男性。官名は「左近衛将監」。細面で目が鋭く、月代(さかやき)を剃って髷(まげ)を結っている。幕府の放漫財政、異国の動向を憂いており、今後は海防に注力しなければ日本に明日はないと考えている。状況を変えるには自ら老中首座になって舵取りするしかないとして、同様の危機意識を抱いていた鳥居耀蔵に将来的な協力を要請した。また、中野碩翁を出世の糸口にして成り上がろうと企んでおり、彼に恩を売る目的で吉村黄金を呼び出し、中野が危険視していた日啓(相模坊)の討伐を託した。この際、黄金に対して首を覚悟で任務に臨むように念を押している。のちに黄金の子飼いの特殊部隊「猿」が大奥の女たちを殴打したことを問題視して刃を抜き放つまでに至ったが、問答の末に黄金を有用な人材と評価し、老中になった暁には命を捧げて協力するように約束させた。実在の人物、水野忠邦がモデル。

鳥居 耀蔵 (とりい ようぞう)

徳川家斉の側近を務める若い男性。三白眼で、月代(さかやき)を剃って髷(まげ)を結っている。林大学頭述斎の息子であり、大名と学者の血を継ぐ名門武士として名を馳せている。不正を許せない生まじめな性格で、幕府の財政状況について家斉に真正面から物申すほど肝が据わっているが、家斉からは頭が固すぎると評されている。多額の賄賂を受け取っていると噂されている水野忠成、中野碩翁を嫌っており、いずれ自らが立身出世し、穢(けが)れた人間を上層部から排除することで国を変えたいと考えている。上覧相撲の話が持ち上がった際には、諸外国の脅威や財政難を放置して相撲に興じようという上層部に対して怒り心頭に発し、樹木への八つ当たりまで行っている。この場面を水野忠邦に見咎められ、たしなめられているが、これをきっかけに同じ問題意識を抱えた憂国の士として意気投合することになり、忠邦への協力を約束した。得体の知れない女と見て吉村黄金のことも嫌っていたが、のちに忠邦の出世を後押しする目的で、日啓(相模坊)の討伐を頼み込んでいる。実在の人物、鳥居耀蔵がモデル。

遠山 景晋 (とおやま かげみち)

幕府の勘定奉行を務める中年の男性。顔立ちは武骨で目が細く、月代(さかやき)を剃って髷(まげ)を結っている。吉村黄金の父親ながら、その容貌は美形の黄金とは似ても似つかない。また、桜柄のジャケットという傾いた姿で登城する黄金とは違って常識をわきまえており、裃(かみしも)姿で登城している。他者に黄金の人となりを説明する際には「放蕩無頼のたわけ者」という謙遜を通り越して悪口に等しい表現を使用しているが、当人とすれ違った際に体調をうかがう程度には親しい間柄である。また、黄金との血縁関係も特に秘しているわけではなく、関係を問われた際には、あっさりと親子であることを明かしている。実在の人物、遠山景晋がモデル。

高橋 景保 (たかはし かげやす)

幕府の天文方を務める中年の男性。目が細く、頰が痩けており、月代(さかやき)を剃って髷(まげ)を結っている。伊能忠敬の仕事を引き継いで「伊能図」を完成させた人物であり、幕府が管理している原本とは別に伊能図の写しを私有していた。しかし、巷間を騒がす武家屋敷専門の盗賊である鼠小僧に伊能図の写しを盗まれてしまう。のちに伊能図の写しを幕府に秘密で取り返したいとの考えから、吉村黄金に奪還を依頼した。実在の人物、高橋景保がモデル。

高島 喜平 (たかしま きへい)

長崎町年寄を務める男性。月代(さかやき)を剃って髷(まげ)を結い、眼鏡を掛けている。砲術の心得があり、水野忠邦の命令でテロリスト集団「天狗」との最終決戦に臨む特殊部隊「猿」の助っ人となった。天狗の本拠地に砲弾を命中させるなど活躍しているが、当人は計算どおりに着弾したことに驚愕していた。また、伽藍坊の部隊が本陣まで押し寄せた際には、思わず悲鳴を上げるなど弱気な本性を露呈させている。実在の人物、高島秋帆がモデル。

お美代の方 (おみよのかた)

中野碩翁の娘。前髪を切りそろえたロングヘアにしている。徳川家斉のお気に入りとして寵愛を受ける一方で、同時期に大奥に入って中臈(ちゅうろう)となった女官からは妬まれ、殺意すら抱かれている。ある日、お美代の方自身の食事に毒を盛られ、毒見役が死亡するという事件が発生し、これをきっかけに気鬱の病を発症し、大奥にこもりがちになってしまった。その後、日啓(相模坊)に魅せられ、彼の持ち込んだ阿片によって薬づけとなってしまうが、特殊部隊「猿」の活躍によって日啓の呪縛から解放された。日啓になびいていたが、家斉への好意も偽りではなく、月が家斉を殴打した際には、月に平手打ちを食らわせている。また、家斉が49人目となる子供を別の女性に産ませたと聞いた際には、祝福の言葉とは裏腹に、表情に悋気(りんき)を滲ませていた。実在の人物、専行院がモデル。

浦尾 (うらお)

大奥で働く熟年の女性。ほうれい線が濃く、頰が痩けており、殿上眉を描いている。大奥を取り仕切る御年寄の地位にあり、特殊部隊「猿」の面々が目通りをした際には、十把一絡げに下賤の者と批判し、鐘野鈴を怯えさせた。しかし、これは形式上の発言に過ぎず、鳥居耀蔵と中野碩翁の推挙であれば断れないとして、結果的に大奥への立ち入りを許可している。この際、月は浦尾から「忘れられない臭い」を感じ取っている。のちに日啓(相模坊)の性的な魅力に陥落し、阿片中毒にされていたことが判明した。

(こん)

大奥で女中として働く少女。小柄な体型で、下がり眉と垂れ目で右目の端に泣きぼくろがある。気が弱く動作も鈍いが、仕事は丁寧で正確と評価されている。町人の出であることを理由に、菊と彼女の取りまきから虐めを受けていた。そんな折、日啓(相模坊)と出会い、愛し合うことで身分の差を超越した「平らかな世」を実現するという彼の語る思想に同調するようになった。やがて女中として大奥に潜入していた鐘野鈴の優しさに触れて好意を抱き、鈴を愛の輪に加えて愛し合いたいという理由で、鈴を拘束する手伝いをした。この際、半狂乱になって鈴に刃を向けているが、日啓が月に過剰な暴力を振るう姿を見て幻滅し、正気を取り戻している。鈴が大奥を去ると、勇気を振りしぼって菊を殴打し、結果として女中の仕事を解雇されてしまった。しかし、当人は大いに満足しており、のちに江戸の町内で鈴と再会し、実家の料理屋に特殊部隊「猿」の面々を招くことになった。

(きく)

大奥で女中として働く少女。大番組頭の柳沢付与力の娘という立場を笠に着て、数人の取りまきを従え、職場で高圧的な態度を取っていた。特に町人の出身である紺に対しては辛辣で、草履を放り投げて拾いに行かせるなどの虐めを行っていた。大奥に潜入していた鐘野鈴や眠に一喝されても態度を改めることはなかったが、のちに紺に反撃され、鉄拳制裁を加えられることになった。

笠野 (かさの)

北町奉行所の町方役人を務める陣笠姿の男性。愚痴っぽい性格で、神出鬼没のテロリスト集団「天狗」が巻き起こす事件に手を焼いている。吉村黄金が美貌で大物を籠絡して現在の地位を得たという噂を真に受けており、黄金が率いる特殊部隊「猿」の力に頼ることを快く思っていない。そのため、凶悪事件が発生した際には猿ではなく火付盗賊改方にすがりたいと考えているが、意に反して猿と現場でかち合ってしまうことが多い。旅籠「讃岐屋」が遊女天狗に占拠された際には、天狗の構成員に屋根上から鉄砲を撃ち込まれているが、同席していたゼニが銃弾を撃ち落としたことで、九死に一生を得ている。肥後屋又兵衛が拳闘士天狗に襲撃された際にも出動しているが、いずれも猿に手柄を奪われる結果となっている。狐憑き事件の際には手柄を焦って行動した結果、うつろ舟の女と遭遇してしまい、部下もろとも散々に蹴散らされてしまった。猿が下斗米秀之進を罠にはめた際には自ら現場に赴いて指揮を執り、猿と連携の上で下斗米を捕縛することに成功した。なお、帯刀しているが刀を抜く場面はない。

長井 正純 (ながい まさのぶ)

火付盗賊改方の長官を務める中年男性。右目に縦向きの刀傷があり、陣笠をかぶっている。部下を率いてテロリスト集団「天狗」の隠れ家を強襲し、牢屋に捕われていた幼い犬千代を救出した。また、となりの牢屋に捕われていた薬師坊が暴れ始めると、部下に鎮圧を指示した。この際、部下に斬り捨てを許可し、自らも刀の柄に手を掛けている。しかし、結果として犬千代の助命懇願を聞き入れて刀を抜かずに薬師坊と交戦し、無傷で生け捕りにしてみせた。

肥後屋 又兵衛 (ひごや またべえ)

米問屋の主人で、口髭を蓄えた中年の男性。株仲間を取り仕切る大物として知られている。毎年、一万両もの大金を幕府におさめており、その見返りとして米の相場を支配する権利を得ていた。米の値段を不当につり上げているとして町民の不評を買う一方で、娘からは慕われていた。しかし、身内と連れ立って通りを闊歩(かっぽ)していたところを拳闘士天狗たちに襲撃され、鉄砲で眉間を撃ち抜かれて死亡した。この時、娘も命を狙われているが、鐘野鈴によって救われ、生き永らえている。のちに肥後屋又兵衛の娘は呉服屋の奉公人となり、鈴と再会した際に肥後屋を再興するという夢を笑顔で語っている。彼女の存在は鈴の目に日々を懸命に生きる町民の代表として映り、鈴がテロリスト集団「天狗」と戦う動機の一つになった。

藤岡屋 由蔵 (ふじおかや よしぞう)

大名家を相手に商売をしている情報屋の男性。垂れ目で、月代(さかやき)を剃って髷(まげ)を結っている。高額な席料の支払いを要求される盗品市の競り売りに参加して「伊能図」の落札を狙うものの、吉村黄金と伯耆坊の争いに入っていけず、落札を断念した。その後、テロリスト集団「天狗」の起こした騒動に巻き込まれるなど災難が続いている。しかし、転んでもただでは起きない粘り強い性格で、鐘野鈴と眠の決闘、伯耆坊の鬼火などのセンセーショナルな情報を得られたことに満足し、笑顔すら浮かべて去っていった。実在の人物、須藤由蔵がモデル。

加奈 (かな)

魚屋心と長屋で同居している茶屋娘。前髪を額の中央で左右に分け、後ろ髪を布で一つに束ねている。湯屋で心の拭き残しを気に掛けるなど面倒見のいい性格をしている。端巌(ずいがん)、泰竜山(たいりゅうざん)、飛雄山(ひゆうざん)などの力士に凌辱され、奉行所に訴えを無視されても気丈に振る舞っていた。しかし、心が力士襲撃という凶行に及び、結果として服部小虎に捕縛されてしまった際には堪えきれず滂沱(ぼうだ)の涙を流している。一貫して特殊部隊「猿」の活動には関与していないが、猿の面々が紺の実家の料理屋に集まった際には、お友達枠として同席している。

太郎坊 (たろうぼう)

テロリスト集団「天狗」の首魁(しゅかい)を務める謎の人物。伸縮する絡繰りの腕を持ち、梵天風の羽織紐が付いた服を着ている。禍々しい紋様が描かれた天狗の面で頭部をすっぽりと覆い隠しているため、その容貌はうかがい知れない。徳川幕府を打倒して「平らかな世」を作ることを目的に活動しており、異国の人間とも手を組んでいる。身内に対しても容赦のない性格で、異国との協力体制に関して幹部の薬師坊と揉めた際には、うつろ舟の女との決闘の場を設けて痛め付け、薬物で三重苦の状態に追い込んで見せしめとした。なお、崇徳天皇の呪詛を彷彿とさせるスローガンを掲げており、その内容を伝え聞いた水野忠成は炎に巻かれて死んだはずのある男を想起している。のちに月の口から自身の育ての親が太郎坊の正体であると語られた。

次郎坊 (じろうぼう)

テロリスト集団「天狗」の幹部である十二天狗の男性。オールバックの髪型をしており、男前と評される整った顔立ちで、右目の下に泣きぼくろが二つ並んでいる。暗躍時には烏天狗の面をつけるが、平時は眼鏡を掛けて前髪を下ろしているため、まったく印象が異なる。武器は日本刀で、相手の先を取る動きを極めており、犬千代の援護を得た全裸の月を素手で手玉に取るほどの実力を有している。その正体は鐘野鈴の遠縁であり、許嫁でもある「不動」。幼少期に両親を失い、鈴の父親である師範に育てられた人物である。当時は武術が苦手で、切腹を申し付けられた悪人の息子として近所の子供に虐められていた。そんな時、助けてくれたのが鈴であり、彼女のことを姉のように慕っている。長じてからは師範に協力して天狗を追っていたが、太郎坊の思想に同調し、恩を仇で返すように師範を背後から斬り付けた。これは「正しきことは迷わずなせ」という教えに従った結果である。のちに真実を告げた上で鈴を天狗に勧誘するものの失敗し、犬千代を襲撃して鈴に脅しを掛けるという強引な手段にも訴えている。しかし、結果として鈴を翻意させることはできず、天狗の本拠地で鈴と黒白をつけることになった。

法印坊 (ほういんぼう)

テロリスト集団「天狗」の幹部である十二天狗の少年。青みを帯びた灰色の髪の異人で、ワイシャツに膝上丈のハーフパンツをはき、白いロングコートを着用し、リボンタイとペスト医師風のマスクをつけている。本名は「ジェームズ・モリアーティ」。トーマス・ラッフルズからは「ジム」の愛称で呼ばれている。怜悧(れいり)ながら他人を実験動物ととらえる酷薄な性格で、ラッフルズは「彼が不在のロンドンは治安がよくなる」という旨の発言をしている。日本を蛮国と侮っていたが、江戸の活気と町民の質を目の当たりにして評価を改めることになった。しかし、幕府のせいで進歩が滞っているとも分析しており、手を打たないとオランダの食い物になるだけだと断言している。組織内では参謀的な役割を担っており、読売屋の地下に研究室を設置して狐憑き事件の糸を引いていた。この際、研究室に乗り込んできた月たちに力士天狗をけしかけるものの、彼女の敗北を受けて逃走している。ルタを中心とする新大陸の戦士の試験運用、下斗米秀之進や風魔小太郎の勧誘など、兵力の強化にも奔走している。天狗の切り札となる飛ぶ船の建造を提案したのも法印坊である。

相模坊 (さがみぼう)

テロリスト集団「天狗」の幹部である十二天狗の男性。腕と見紛うほどの巨根を有する黒髪の異人。わし鼻で目は落ちくぼみ、顎髭をぼうぼうと生やしている。ロシア戦役の被害を目の当たりにして信仰が歪み、ロシア正教会から破門された過去を持つ。「愛」ですべての魂を平らかにすることを目的としており、その手段として阿片に注目している。その熱の入れようは、芥子の原産地であるベンガルまで赴き、自ら実りを確かめねば気が済まないほどである。お美代の方の病に託けて「日啓」として大奥に潜入し、女性を次々と心服させて大奥の支配者となった。当人は「愛」の秘儀で女性を癒したと豪語しているが、これは阿片を用いた性行為であり、やがて危険人物と見なされ、特殊部隊「猿」に狙われる立場となった。猿と交戦した際には寝技の応酬を制して藤江梅蘭を絞め落とす寸前まで追い込んでいる。しかし、相模坊との戦いを念頭に鍛錬していた月には寝技が通用せず、左目を潰された段階で打撃を解禁するものの、結果として股間をにぎり潰された上で殴り殺された。だが、相模坊の死を察したトーマス・ラッフルズは「いつか再び現れる」と予言している。なお、当時は「グレゴリオ」と名乗っていた。

伯耆坊 (ほうきぼう)

テロリスト集団「天狗」の幹部である十二天狗の女性。眼鏡を掛けた異人で、フード付きドレスを身につけ、編み上げブーツをはいている。折り畳みナイフで武装して、暗躍時にはペスト医師風のマスクをつけることもある。鬼火を発生させたり、瞬時に姿を消したりすることが可能で、その神秘性から魔女や妖術使いに例えられているが、燐を用いるなど、超常の力ではなく仕掛けがある。法印坊からは「モルガン」と呼ばれており、霧のロンドンについて語り合う場面がある。見知らぬ花を思わず摘み取るなど好奇心旺盛で、盗品市に潜入した際には「衆鱗図」や「雪華図説」を彷彿とさせる珍しい図鑑に興味津々だった。可憐な外見に反して意地が悪く、「伊能図」の購入権を賭けた決闘に眠を送り出した際には、戦意喪失しても降参を許さず、死ぬまで戦わせようとした。そればかりか、自分の命令で毒蛇と戦って死亡したトイプードルを引き合いに眠を罵るなど、悪辣な本性を垣間見せている。また、眠の敗北を承(う)けて前鬼坊と共に伊能図の強奪を試みるものの、特殊部隊「猿」の妨害によって断念している。しかし、本命である飛ぶ船の情報は如才なく入手していた。天狗の本拠地が襲撃された際には、組織を裏切った眠に幻覚による精神攻撃を仕掛けている。

前鬼坊 (ぜんきぼう)

テロリスト集団「天狗」の幹部である十二天狗の女性。金髪碧眼、筋骨隆々で、左肩には碇のタトゥーが入っている。頭にバンダナを巻き、胸を布で覆ったラフな姿で行動しているが、エポレット付きのコートを着ることもある。海賊として知られるラフィット家の娘であり、伯耆坊からは野蛮と評されているが、険悪な仲ではなく、親しげに「ジェニー」と呼ばれる場面もある。また、巾着切り(スリ)の一味に鉄砲で狙われていた魚屋心を救出するなど、他人に対する面倒見のよさも持ち合わせている。盗品市で行われた競り売りの直後には怪力を誇る心と互角の勝負を繰り広げ、高い膂力(りょくりょく)を示すとともに、ライバルのような関係になった。天狗の本拠地が特殊部隊「猿」に襲撃された際には、カトラスを片手に部下を率いて弾幕を張り、藤江梅蘭を負傷させている。しかし、心の姿を発見すると指揮を放棄し、嬉々として格闘戦を始めてしまった。

僧正坊 (そうじょうぼう)

テロリスト集団「天狗」の幹部である十二天狗の男性。虎柄の髪を後ろに流して後頭部でくくり、刀の鍔を眼帯の代わりにして右目を覆っている。剥き出しの左目は昼間の猫のように瞳孔が細い。和服と洋服を組み合わせた和洋折衷の出で立ちで、直槍と日本刀で武装している。かつて、うつろ舟の女と共に旅芸人の一座を襲撃し、幼かった犬千代を拉致したことがある。後年、天狗の本拠地が特殊部隊「猿」に襲撃された際には、左目の露出した覆面をかぶり、虎柄の具足を身につけ、「霞返しの僧正坊」と名乗って潮と交戦した。この際、槍を用いて繰り出す必殺技「霞返し」を披露している。

左徳坊 (さとくぼう)

テロリスト集団「天狗」の幹部である十二天狗の男性。明るい髪色の異人で、ツーブロックマッシュルームカットの髪型にしており、白衣を着ている。処刑人の一族に生まれ、家業を継ぐことを拒んで出奔し、医者として働く道を選択した。天狗の組織内では軍医のような役割を担っており、天狗の本拠地が特殊部隊「猿」に襲撃された際には味方のみならず、天狗の構成員に撃たれて負傷した藤江梅蘭の治療にも取り組んでいる。これは人を救うのに敵も味方もないという信念に基づいた行動である。一方で、助かる見込みのない患者を問答無用で絞め殺すなど、過激な面も持ち合わせており、自らの技量を確かめたいとして、梅蘭に絞め技の勝負を仕掛けた。なお、殺人の手段として首絞めを選んでいるのは、絞めには愛と温もりがあるという独自の考えによるもの。逆に父親が人道的と評価していたギロチンについては、罪人の感じる恐怖を考慮していないとして、否定的な考えを示していた。

陀羅尼坊 (だらにぼう)

テロリスト集団「天狗」の幹部である十二天狗の一人。明るい色の髪を肩に掛かる程度まで伸ばした異人で、眉毛がない。三本の爪が生えた手甲鉤のような武器を両手に取り付けており、近接戦闘を得意としている。また、顔の下半分をガスマスクのような器具で覆っている。器具から伸びたチューブは腰に取り付けた小型のボンベにつながっており、自在に炎を噴き出すことができる。その正体はイギリス人に呼ばれた罪人であり、常人離れした身のこなしから「バネ足の陀羅尼坊」の二つ名を有している。天狗の本拠地が特殊部隊「猿」に襲撃された際には防衛にあたり、服部小虎と戦いを繰り広げた。この際、小虎から「異国の忍者」と評されている。

東光坊 (とうこうぼう)

テロリスト集団「天狗」の幹部である十二天狗の女性。長髪を後頭部でくくり、マスクで顔の下半分を覆い隠している。雪の結晶の柄が入った袖なしのチャイナドレスを着用しており、よく鍛えられた二の腕と太腿が露出している。天狗の本拠地が特殊部隊「猿」に襲撃された際には守備隊を率いて風魔一族の陽動部隊を迎撃した。この際、鉄砲で武装していながら、格闘戦にも応じている。

伽藍坊 (がらんぼう)

テロリスト集団「天狗」の幹部である十二天狗の男性。褐色の肌で頭にターバンを巻き、烏天狗のようなデザインの仮面をつけている。また、ストールのような肩布を掛けており、湾曲した刀剣で武装している。天狗の本拠地が特殊部隊「猿」に襲撃された際には、伽藍坊自身と近しい装いの部下を率いて敵の本陣まで攻め込み、敵の総大将である吉村黄金と切り結んでいる。部下の中には、かつて最強の猿である月を苦しめた力士天狗の姿もあった。

豊前坊 (ぶぜんぼう)

テロリスト集団「天狗」の幹部である十二天狗の老爺。禿頭で後頭部が出っ張っており、福耳を有している。その正体は、将軍家や御三家に跡取りを補填する役目を担う御三卿の一橋家の二代目にして、征夷大将軍の徳川家斉の実父である一橋治済。田沼意次や松平定信を失脚に追い込み、幕府の実権を掌握するに至った人物である。しかし、権力を求める気持ちは人一倍強く、従一位という極めて高い位を賜りながら、満ち足りていない。特に徳川に連なる人間として最も優秀な自分が将軍の座に就けないことに強く憤っており、天狗に協力することで幕府の枠組みを破壊し、名実ともに権力の頂点に君臨しようと企んでいた。「子作りが将軍の務めであり、それ以外は考える必要がない」「徳川家康でも家斉ほどの子宝には恵まれなかった。ゆえに家斉こそ真の名将軍」という論理展開で家斉を持ち上げ、政治の場から遠ざけていたが、天狗から離反した眠によって正体が露見し、家斉から蟄居(ちっきょ)を言い渡されてしまった。実在の人物、徳川治済がモデル。

薬師坊 (やくしぼう)

テロリスト集団「天狗」の幹部である十二天狗の女性。ショートカットの髪型で、褐色の肌を持ち、筋肉質な体つきをしている。小太刀の扱いに長け、二刀流を得意としている。身内からも剣術に長けた猛者と評価されていたが、異国の力に頼ることを許せず、天狗の首魁(しゅかい)の太郎坊と対立する。やがて意見を通すべく異国の代表のうつろ舟の女と決闘するものの惨敗を喫し、弱ったところを相模坊に犯されてしまう。その後、薬品で目と耳と喉を潰され、見せしめとして牢屋で生かされることになった。この頃には肌、瞳、体毛から色味が失われ、体は傷だらけになり、別人のような外見になっていた。牢番からも廃人と見なされていたが、その精神は屈しておらず、監視の目を盗んで体を鍛え続けていた。また、となりの牢屋に捕われていた犬千代と壁を叩き合って絆を育み、二人にしか理解できない独自のコミュニケーション手段を獲得する。やがて火付盗賊改方によって牢屋から解き放たれるが、敵と味方の区別ができず無差別に暴れ、あやうく斬り捨てられる状況に陥ってしまう。しかし、犬千代の嘆願を聞き入れた長井正純によって救われ、薬師坊の名前を捨て、新たな人生を歩み始めることになった。

トーマス・ラッフルズ

テロリスト集団「天狗」に協力する異人の男性。わし鼻で顎鬚を生やし、長髪を首の後ろで一本にくくっている。日本を価値が高騰する可能性を秘めた国家として高く評価しているが、今以上に進歩するには革命が必要とも考えており、そのための投資として、国家転覆をもくろむ太郎坊への支援を行っている。かつて、船乗りの父親から聞いた昔話を真に受けてアジアの森を彷徨(さまよ)ったことがあり、冒険の果てにジャワの遺跡にたどり着き、昔話に登場する空の民との接触を成し遂げるに至った。現在はイギリス帝国東インド会社ベンクレーン副総督の地位にあり、休暇を利用して江戸に滞在している。狐憑き事件までは天狗の活動を見届けていたが、休暇が終わったとして法印坊に後事を託し、日本を去った。この際、法印坊に戦力としてうつろ舟の女を預けている。また、シンガポールへと帰還する途中でベンガルに立ち寄り、相模坊と面会してロザリオを受け取っている。のちにロザリオの滑落から海の彼方にいる相模坊の死を察し、将来的に彼が転生するであろうことを予言してみせた。この頃には激しく咳き込むようになっており、自らの命が長くないことを悟っていた。実在の人物、トーマス・ラッフルズがモデル。

うつろ舟の女 (うつろぶねのおんな)

テロリスト集団「天狗」に協力する異人の女性。金髪碧眼で、胸元に赤いリボンをあしらった老竹色のコートを着て、編み上げブーツをはいている。トーマス・ラッフルズに従い、天狗の戦闘員として活動していた。ラッフルズが日本を離れたあとは法印坊の側近として江戸にとどまることになった。戦闘スタイルは主に格闘だが、鉄砲やボウガンなどの飛び道具を使うこともあり、言葉を発することなく、淡々と敵を仕留めていく。「最強の猿」と評される月を一瞬で戦闘不能に追い込むほどの実力者で、笠野の部隊を瞬時に壊滅させるなど、並の同心では束になっても敵わない。ゼニ、服部小虎、潮を同時に相手取った際にも圧倒している。鐘野鈴に至っては、うつろ舟の女の挙動を目で追うことすらできず、初めて遭遇した際には恐怖のあまり失禁している。過去には薬師坊を相手に素手で完勝しており、名実ともに天狗の誇る最高戦力である。その正体は空の民が生き神として祀っていた「星の世界からうつろ舟に乗って来た娘」とされている。しかし、ラッフルズは宇宙人説を否定しており、空の民が誘拐した子供や漂流者に脳外科手術を施して作り上げた存在ではないかと予想している。

遊女天狗 (ゆうじょてんぐ)

テロリスト集団「天狗」に所属する遊女。島田髷(まげ)のような髪型で、十数本もの簪(かんざし)を挿して華やかな着物を着ている。また、右目の周囲が露出した烏天狗の面をかぶり、煙管を片手に紫煙を燻らせている。太郎坊の思想に同調しており、徳川の世を終わらせるべく、刀剣や鉄砲で武装した転び芸者たちを率いて旅籠「讃岐屋」を占拠し、大身旗本の部屋住みを人質に水野忠成に切腹をせまった。この際、偶然にも讃岐屋に宿泊していた鐘野鈴、連続遊女絞殺犯を追って讃岐屋に滞在していた月と犬千代を拘束している。しかし、切り札の爆薬をモモに無効化され、拘束を脱した月の強烈な蹴りを顔面に浴びて絶命した。

拳闘士天狗 (ぴゅじりすとてんぐ)

テロリスト集団「天狗」に所属する異人の男性。甚平姿で頭に手拭いを巻き、阿多福の面をかぶっている。日本語を話せるが、関西弁のような言葉づかいで、変わった訛りと評されている。拳闘士(ピュジリスト)を自称しており、ロンドンの賭け試合でチャンピオンになるほどの実力者だったが、試合中に対戦相手をあやめてしまい、国を追われた過去を持つ。同志のジャックからはボクサー崩れと揶揄されている。お面売りとして江戸の町内に潜伏していた際に鐘野鈴と出会い、雑談に興じる中で鈴の言葉に感じ入り、彼女がのちの暴動に巻き込まれずに済むよう、烏天狗の面を差し出した。時が来ると阿多福の面から烏天狗の面につけ替えて正体を現し、肥後屋又兵衛を射殺した。また、幕府を支える町民も敵であると主張し、同志と共に町民の虐殺を実行した。この際、太郎坊の「罪人に殺された者は神の憐れみで天国に行ける」「大勢を殺して天国に送れば、神はお前の罪を赦す」という旨の言葉にすがって暴挙に及んだことを告白している。特殊部隊「猿」との戦闘においては徒手空拳で鈴を圧倒するものの、衣服を脱ぎ捨て半裸になった月の強烈な膝蹴りを受けて絶命した。

力士天狗 (りきしてんぐ)

テロリスト集団「天狗」に所属する異人の女性で、インド出身の力士。褐色の肌で、右目が露出したペスト医師風の仮面をしている。非常に大柄な体型で、跪いた状態でも法印坊より大きい。体重は300ポンド(約136キロ)もあり、法印坊の見立てによれば130ポンド(約59キロ)未満である月の体重を大きく上回っている。狐憑き事件の際に法印坊の護衛を務め、特殊部隊「猿」の面々を迎撃した。この際、質量差を生かした接近戦で月を圧倒し、鯖折りのように締め上げて意識を飛ばす寸前まで追い込んでいる。しかし、鐘野鈴のフライングヘッドバットを受けて月の脱出を許してしまい、衣服を脱ぎ捨て半裸となった月の苛烈なる連続攻撃を受けて敗北した。この戦いで右目を負傷している。天狗の本拠地が猿に襲撃された際には、伽藍坊の配下として登場し、猿の本陣に奇襲を仕掛けている。この時は右目に眼帯をつけており、仮面も布製の覆面につけ替えていた。

ルタ

テロリスト集団「天狗」に協力する異人の女性。褐色の肌で、後ろ髪を三つ編みにしている。また、頭にはバンダナを巻き、袖なしミニ丈の着物を着用し、ショートブーツをはいている。新大陸の先住民で、イギリスやフランスとは同盟関係にあり、アメリカとは敵対関係にある。弓矢、短刀、格闘など幅広い戦闘技術を身につけているが、卑怯な行いをすれば精霊に見放されるという思想から、正々堂々とした戦いを好む。仲間と共に特殊部隊「猿」の面々を襲撃した際には、ジャックの命令に逆らって奇襲を拒み、鏑矢による警告を行った上で戦闘を開始した。この際、仲間と共に射た毒矢でゼニを負傷させ、高い身体能力と射撃能力を兼ね備えた強敵と認められている。その後、半裸の月と徒手空拳で善戦するものの、シャイニンングウィザード風の膝蹴りを受けて敗北した。しかし、丸腰の月に合わせて素手で勝負を挑んだこと、奇襲による一方的な殺戮を行わなかったことを理由に見逃されている。天狗の本拠地が猿に襲撃された際には単独で猿の精鋭を迎撃し、前例と同じく鏑矢による警告後に狙撃を行っている。その後、雪辱に燃えるゼニとのサシの勝負に応じている。

ジャック

テロリスト集団「天狗」に所属する異人の男性。甚平姿で、ヘッドギア型の天狗の面をつけている。肥後屋又兵衛を襲撃した際、月に鼻と顎を砕かれながらも、命からがら逃走した。これをきっかけに月を恨むようになり、彼女を殺すだけでなく、死体を陵辱したいという歪んだ願望を抱くに至った。のちに法印坊からルタを中心とする新大陸先住民の戦士たちを預かり、月を含む特殊部隊「猿」の面々を襲撃した。しかし、下卑(げび)た性格が災いしてルタと反目し、法印坊にも見捨てられて孤立してしまう。その後、自暴自棄に陥り、犬千代を人質にして月の太股を撃ち抜いているが、鐘野鈴の奇襲によって人質を失い、月に殴り殺されてしまった。

下斗米 秀之進 (しもとまい ひでのしん)

東北の大名である南部家に仕えた壮年の男性。総髪で顎髭を生やし、九曜紋の羽織に袖を通している。かつて平山兵原のもとで塾頭を務めた実力者で、幼い潮に白鞘の短刀を贈るとともに「一振りの刀のように、純粋な目的を持って生きる美しい人になって欲しい」という旨の言葉を託し、彼女の人格形成に大きな影響を与えた。南部家の家来の家筋である津軽寧親が南部家と同格の官位を得ると、これを南部家の面目を潰す行為ととらえ、襲撃を企てた。講釈では寧親を討ち果たしたことになっており、「文政の大石内蔵助」と囃されているが、実際は仕留め損なっている。しかし、壮心已(や)まず「相馬大作」と改名して江戸に潜伏し、再起の刻をうかがっていた。やがて実力を見込まれてテロリスト集団「天狗」に加入し、わずか三名で大名家の金蔵を破るなど活躍する。しかし、これをきっかけに特殊部隊「猿」が動き、月と対決することになった。この際、平山から餞別として受け取っていた三尺八寸(約117センチ)の長刀を振るい、月に次々と斬撃を浴びせるものの、刃を折られて敗北。小塚原の刑場で処刑された。のちに、潮に渡していた文の内容から、天狗の内情を探っていたことが判明する。実在の人物、相馬大作がモデル。

黒田 棺 (くろだ ひつぎ)

珠を養育していた拝み屋の女性。垂れ目で、左右の頰に二本ずつ線があり、殿上眉を描いている。日頃から貧者への施しや孤児への教育を行っていたこともあり、民衆から慕われていたが、信奉者が増えすぎて御上から危険視されるようになってしまう。やがて酒井にキリシタンの疑いを掛けられて火炙りの刑となり、「平らかな世」の訪れを願いながら炎の中に消えていった。なお、自ら「天狗」と名乗り、酒井からは「女天狗」と呼ばれていた。

大島 高政 (おおしま たかまさ)

黒田棺の火炙りを見届けた壮年の男性。月代(さかやき)を剃り、髷(まげ)を結っている。「学問の家」と称される大島家の主で、通称を「兵九郎」という。不正を見過ごせないまじめな性格で、言葉づかいも丁寧だが、身内と話す際には上方の訛りが出てしまう。捕縛された棺の無実を酒井に訴えるものの、火炙りを阻止することができず、棺が面倒を見ていた孤児の珠を引き取り、大島家で養育することを決意した。のちに、関西に赴任している武士が無尽講で私腹を肥やしている事実を将軍に訴えるべく、告発文書を江戸に送付する。しかし、これをきっかけに自刃を言い渡される事態に陥り、自ら屋敷に火を放ち、炎の中に消えていった。この際、自らが天狗と化したことを高らかに宣言するとともに、崇徳天皇の呪詛を彷彿とさせる呪いの文言を口にしている。

志保 (しほ)

大島高政の妻。右目の下と右の口元にほくろがあり、日本髪を結っている。明るい性格で、言葉づかいには上方の訛りがある。不器用ながら正義感の強い高政に惚れ込んでおり、彼が珠を養育する決断をした際には、笑顔で珠を迎え入れた。また、高政が無尽講に関する告発を考えていると明かした際にも、笑顔で危険を伴う決断の後押しをしている。しかし、夫のすべてを肯定するわけではなく、高政が珠に琴の稽古を推奨した際には古いと一蹴し、今時の楽器として三味線の手解きを行っている。高政が屋敷に火を放った際には、酒井を斬ろうと血気に逸(はや)る珠を制し、屋敷から逃げて生き延びるように涙ながらに言い聞かせた。

(たま)

黒田棺が養育していた孤児。棺が火炙りにされたことで自暴自棄になり、日本刀を持ち出して酒井を殺そうとしたが、大島高政に阻止され、大島家に引き取られた。初めは食事を拒むなど大島家の人間を拒絶していたが、次第に打ち解けて志保から読み書きや三味線を習ったり、大島家の住み込みである勘一(かんいち)を相手に剣術の稽古をしたりと、充実した日々を送るようになった。のちに酒井によって大島家が取り囲まれると、再び復讐の念に駆られたが、志保の判断で裏口から逃がされることになった。なお、褐色の肌とショートカットの髪型で、血気盛んな性格が相まって少年のような印象だが、実際は女の子である。志保も風呂で体を見るまでは男の子とカンちがいしていた。

酒井 (さかい)

罪人の捕縛や処刑を任されている壮年の男性。目は切れ長で陣笠をかぶり、非情な性格をしている。黒田棺の語る身分制度のない「平らかな世」を邪な思想と判断し、棺にキリシタンの嫌疑をかけて火炙りの刑に処した。処刑の直前に大島高政から「棺は西洋の文化を説いたが、キリシタンではない」という旨の陳情を受けているが、秩序の敵を処分できるなら理由はなんでもよいとして、訴えを無視している。のちに高政が記した無尽講の告発文書をにぎり潰し、高政に「女天狗の一味」なる濡れ衣を着せ、自刃するように言い渡した。また、手勢を率いて高政の屋敷を取り囲んだ際に大島家の住み込みである勘一(かんいち)を斬り、同じく住み込みの宮(みや)を手下に斬らせている。

集団・組織

(ましら)

江戸の治安維持を担う特殊部隊。吉村黄金の指示に従って情報収集から暗殺、暴徒の鎮圧まで幅広い任務に従事している。女所帯に見えるため、町方同心からの評判は芳しくなく、「黄金が大物を誑かして成立した組織」「女子供のお遊びに過ぎない」などさまざまな陰口を叩かれている。しかし、スポンサーの徳川家斉からは臨機応変に動かせる部隊として高く評価されており、幕府の高官から重要な任務を依頼されることも少なくない。なお、華々しい活躍が描かれているのは女性メンバーばかりだが、平山兵原や師範など男性の協力者も存在している。

天狗 (てんぐ)

世直しを企むテロリスト集団。徳川が支配する世の中を終わらせ、首魁(しゅかい)の太郎坊の望む「平らかな世」を実現するべく暗躍している。群衆に潜んで支度を進めた上で一斉に蜂起するのが常套手段となっており、笠野のような町方役人を翻弄している。異国への協力を取り付けており、銃火器などの各種武装を豊富に取りそろえている。首魁から末端の構成員に至るまで、烏天狗を彷彿とさせる嘴(くちばし)の突き出た面を装着しており、これが天狗のシンボルとなっている。片目が露出したもの、ペストマスク風のもの、ヘッドギアと一体化したものなど、面のデザインには数種類が存在しているが、傾向として異人の天狗はペストマスク風の面をかぶっていることが多い。12人の幹部は十二天狗と呼ばれ、その多くが高い戦闘能力、もしくは特殊技能を有している。また、本来の名前を捨て去り、次郎坊や法印坊など、「天狗」としての名前を与えられている。構成員にも強力な駒がそろっており、拳闘士天狗、力士天狗は脱げば脱ぐほど強くなる最強の猿である月と真正面から交戦し、脱衣させるほど善戦している。しかし、人員は一枚岩ではなく、薬師坊のように異人との協力体制に異を唱えて太郎坊と対立した例もある。

風魔一族 (ふうまいちぞく)

かつて北条氏に仕えていた乱破の一族。テロリスト集団「天狗」と同じく徳川幕府の体制転覆を望んでいる。現在は雌伏(しふく)しており、盗品市を管理する関東一の武装盗賊と認識されている。その動員力は軍勢に例えられるほど高く、任務で風魔一族と揉めたことのある月、犬千代、ゼニ、服部小虎など一部の猿は復讐される恐れがあるとして、一族との接触を避けている。志を同じくする集団として、天狗から幾度も同盟の誘いを受けているが、天狗の構成員を盗品市への出入り禁止にするなど、応じる気配はない。そればかりか、猿が天狗の本拠地を攻撃した際には、猿の援軍として参戦し、天狗を攻撃している。これは盗品市で天狗の起こした騒動の鎮圧に動いた猿への恩返しであり、節義を重んじるという一族の掟に従った結果である。

空の民 (そらのたみ)

トーマス・ラッフルズが父親に聞かされた昔話に登場する集団。飛行技術を有していたとされており、伯耆坊が盗品市で手に入れた「船員レミュエル・ガリヴァーによる空の民の古都における船の記録」という書物にも記述がある。なお、ラッフルズはジャワの遺跡を探索した際に「空の民の最後の生き残り」と称する老人と遭遇し、うつろ舟の女を託されている。老人によれば、彼女は「星の世界からうつろ舟に乗って来た娘」であるらしいが、真相は不明。

場所

盗品市 (とうひんいち)

深川の奥にある非合法な市場。盗品の売買が主となるため、出入りする人間の多くはお面などのかぶり物で顔を覆い、素性を隠している。巾着切り(スリ)が出現するなど治安は悪いが、軍勢に等しい武力を誇る風魔一族が仕切っていることから、奉行所も手出しができない。目玉商品は競り売りの形で販売されるが、参加するには高額な席料を支払わなければならない。また、規定の金額に達しても競合が続く場合、代表者による剣の試合が行われ、勝者に商品を購入する権利が与えられる仕組みとなっている。鐘野鈴は吉村黄金の代理人として剣の試合に出場し、伯耆坊の代理人である眠と「伊能図」の購入権を賭けて戦うことになった。

その他キーワード

伊能図 (いのうず)

伊能忠敬を中心とする人員が作成した日本の測量図。正式名称は「大日本沿海輿地全図」。極めて精度の高い地図で、原本は幕府が厳重に保管しているが、高橋景保が私蔵していた写しが鼠小僧に盗まれ、風魔一族が取り仕切る盗品市に流れる事態となった。その稀少性と重要性から競り売りの大トリを飾る目玉商品として出品され、吉村黄金、伯耆坊、藤岡屋由蔵、とある大名家の隠居らが落札を求めて競り合うことになった。結果として競売では決着が付かず、購入権を賭けた剣の試合にまでもつれ込んでいる。

飛ぶ船 (とぶふね)

テロリスト集団「天狗」の本拠地において秘密裏に建造されていた飛行船。かつて空の民が乗っていたという「うつろ舟」を再現したもので、トーマス・ラッフルズが訪れたジャワの遺跡には壁画も残されていたが、実物は現存しておらず、理論だけの存在となっていた。しかし、調査資料を読んだ法印坊が再現可能と判断し、造船の計画がスタートした。盗品市で伯耆坊が手に入れた書物「船員レミュエル・ガリヴァーによる空の民の古都における船の記録」も飛ぶ船を再現するヒントとして求められたものである。なお、完成の暁には江戸を上空から爆撃する大規模作戦の展開が予定されている。この計画を知った特殊部隊「猿」は空襲を阻止するべく、決死の覚悟で天狗の本拠地を襲撃することになった。

催眠剣法 (さいみんけんぽう)

眠が得意とする特殊技能。円を描くように刀身を動かすことで相手を幻惑し、スキを生じさせて斬る必殺技。催眠術の達人である伯耆坊からはチャチな技と見下されているが、大奥で特殊部隊「猿」と戦った際には藤江梅蘭を幻惑して必殺の状況を作り出すことに成功している。しかし、月の横槍によって阻まれ、討ち取るには至らなかった。また、幻惑するためには刀身の動きを見せる必要があるため、盲目の月には通用しなかったが、月をサポートしていた犬千代を幻惑し、月の戦力を削ることには成功している。盗品市で鐘野鈴と戦った際にも催眠剣法を披露しているが、戦闘中に覚醒した鈴には通用しなかった。

平らかな世 (たいらかなよ)

テロリスト集団「天狗」の首魁(しゅかい)の太郎坊が提唱する、理想の国家の在り方。身分の差がない平等な世の中を意味しており、徳川幕府を打倒することで「平らかな世」が実現できるとして、天狗はテロ行為を繰り返している。なお、太郎坊が活動を始める以前から思想としては存在しており、黒田棺や大島高政も「平らかな世」を夢見ていた。

SHARE
EC
Amazon
logo