ふるぎぬや紋様帳

ある日、インテリアコーディネーターの伊都子は、20年前に亡くなった祖母が遺した着物を大量に受け取る。着物に興味がない伊都子は、処分のために、事務所所長に紹介された骨董屋に向かうが、途中で道に迷ってしまう。そこに数匹の猫が現れ、伊都子は導かれるように、着流しの美青年が店主を務める古着屋にたどり着く。店にいた美しい女性は、「これはあなたが着るべきもの」だとして、一枚の着物を伊都子に着付ける。すると、その着物を着た祖母が、祖父と初めて会った時の思い出が伊都子の頭に浮かんできた。伊都子は、結局その着物を持ち帰るが、その店は所長に紹介された骨董屋ではなかったことが判明。後に、伊都子はその店に行こうとするが、店名も行き方もわからない。しかし、その後も必要性が生じたときは、なぜかその店「ふるぎぬや」に導かれ、たびたび不思議な体験をすることになる。

伊都子が初めて「ふるぎぬや」を訪れて以来、不思議とアンティーク着物がらみの案件が増えていく。猫と二人暮らしをする高齢の未亡人の依頼を受けた際は、アールデコ調の花柄の着物を屏風か額にしてほしいと頼まれる。高齢女性が着るには色が明るく、シミもあるためだったが、伊都子はなぜか気乗りがしない。すると夫人の飼い猫、みいちゃんに導かれ、伊都子は着物を手に「ふるぎぬや」を訪ねることになる。店番の美女、白妙によると、「夫人は本当はこの着物が着たいのだ」と、みいちゃんが言っているらしい。地色の杏子色に葡萄（ぶどう）染めをかけて深い色にし、裾に向かってぼかせば、夫人の年齢に合った着物になるし、シミも隠れるという。そこで、夫人の許可をとらずに、出入りの悉皆屋（しっかいや、着物に関するすべてのメンテナンスをするプロ）に頼んで着物を染め直すことになった。着物に思い入れがあった夫人は、勝手に色を変えたことに激怒するが、着物を羽織ったとたん、亡き夫との思い出がまざまざと蘇（よみがえ）り、染め直してくれたことに感謝する。本作は、細やかな筆致で描かれた着物の美しさ、着物に関する専門知識と人間ドラマ、怪異が融合した和風ファンタジーである。

「ふるぎぬや」は、店を訪ねる理由が生じたときにしかたどり着けない不思議な古着屋である。着物姿の美青年、青砥貴久が店主であり、白妙という妖艶な美女が店番を務めている。青砥は古着の出張買取なども行う普通の人間のようだが、何十年も前に亡くなった民俗学者と瓜二つで、謎の多い人物。伊都子の古着に関心を持つ白妙は、白河露考というダンディな文豪と深い縁がある「人ならぬ者」である。また、「ふるぎぬや」に出入りする悉皆屋は、店に来るときは人間の姿をしているが、その正体はカワウソだった。そんな「ふるぎぬや」をめぐる多くの謎は、物語が進むにつれ次第に明らかになっていく。