史実をベースに描かれる江戸の人情譚(たん)
本作の主人公は、「首斬り雪成」の異名を持つ死刑執行人。代々続く処刑人の家系に生まれた雪成は、日々の鍛錬を怠らない父の姿を誇りに思っていた。父の跡を継ぐことを当然のように受け入れた雪成だったが、死体に触れる「穢(けが)れ」の職業として人々から忌避され、やがて心を閉ざしてしまう。江戸時代には、将軍家の刀剣の試し切りを行う「御様御用(おためしごよう)」を本業とし、兼業として斬首刑の首討ちをした死刑執行人が実在していた。本作はこうした史実をベースにしたフィクションであり、孤高の処刑人を主人公に、やむを得ず犯罪に手を染めた者の事情や遺族の心情を細やかに描いた人情譚である。
火消し衆や同心との関わり
本作は、エピソードごとに完結する連作シリーズだが、複数話に渡って登場するキャラクターもいる。火事の現場で出会った誠士郎は、火消し衆「は組」の一員。明るくさっぱりとした性格で周囲から慕われており、人々から恐れられ避けられる雪成にも偏見なく接する。噂に聞いていた「首斬り」のイメージとは異なり、隠れた優しさを持つ雪成の友人になろうとする。南町奉行所の同心である立花勘之助は、優しい笑顔の下に残忍な本性を隠している曲者(くせもの)。秩序を守ることに徹底しており、違反者を「猿」呼ばわりし、非道な仕打ちを平気で行う一面を持つ。過ちを悔いる姿勢に理解を示し「罪人も人間」と言う雪成に、「救いようがないほど甘い」とつぶやく立花は対照的な存在である。本作は、これらの人物との関わりや様々なエピソードを通じて、人間の「生と死」「罪と罰」を丁寧に描く。
本作誕生のきっかけとテーマ
雑誌「anan」公式サイトに掲載された作者インタビューによれば、「孤独な人を描きたい」と考えていた作者が江戸時代を調べていた際、「処刑人」という職業を知り、このキャラクターを生かせる設定だと思ったことが本作誕生のきっかけだという。また、「穢れ」の職業として差別や偏見にさらされる雪成については、世襲だが仕事に誇りを持っているため「かわいそうな人として描かないように」気をつけていると述べる。そして本作のテーマについては「無知による偏見、他人の間違いを糾弾する風潮など、現代人が共感しやすいテーマを意識的に入れ込んでいます」と言い「互いを知ることで生じるズレも含め丁寧に描きたい」としている。
登場人物・キャラクター
藤田 雪成 (ふじた ゆきなり)
将軍家の刀剣の試し切りを行う「御様御用」を稼業とする藤田家の八代目当主。鈴ヶ原牢屋敷で首討ち役を務める死刑執行人で「首斬り雪成」の異名で人々に恐れられている。色白で細身、総髪の小柄な青年で、千代丸という名の異国の犬を連れ歩く。剣の腕は凄(すさ)まじく、首の皮一枚を残して斬ることにより、首を膝に抱く形となる「抱き首」という技を若くして習得していた。「穢れ」の職業として、幼い頃から人々から避けられていたため、いつしか心を閉ざしてしまう。冷淡に見えるが、実際は情に厚く、他人の痛みに敏感である。
立花 勘之助 (たちばな かんのすけ)
南町奉行所の定町廻(じょうまちまわ)り同心。岡っ引きの熊吉を従えている。常に笑顔を絶やさないが、罪人に対しては容赦がなく、ひどい拷問を行うことも多い。強引な手口で下手人を召し捕り、次々と手柄をあげることから同僚からは嫌われている。








