あらすじ
藝大生の妻
小説家の二宮夫は、主にミステリー小説を執筆するアラサーの男性。自宅マンションの小さな部屋で今日も原稿を執筆していると、同じ部屋では二宮妻が大きなゾウガメの木彫りを彫り続けており、ノミを打つ音がうるさくて執筆に集中できないでいた。妻は東京藝術大学に通う、現役の藝大生。ある夜、深夜に目覚めた夫は、洗面所で自分の顔の型を取る妻を見て驚愕する。課題の全身像を作るために、自分の体で型を取っていたのだ。妻の日々の不可思議な行動を見て、藝大生に興味を持った夫は、東京藝術大学への潜入取材を決意する。
潜入取材開始
二宮妻の通う東京藝術大学への潜入取材をするため、二宮夫は妻と共に東京藝大上野キャンパスへ向かう。そこは通路を挟んで二つの校門が向かい合っており、「音校」と呼ばれる音楽学部と、「美校」と呼ばれる美術学部に分かれていた。音校の方からはかすかに楽器の音が聞こえてくる。ドコドコドコという音を聞いた夫は、打楽器かなと妻に尋ねると、ゴリラのドラミングではないかと応じる。実は東京藝術大学は、上野動物園とフェンス一つで区切られているだけで隣接していたのだ。上野には博物館や美術館などの文化施設が多く、藝大生は学生証を見せれば無料で入場できるのだが、上野動物園にだけは入場できないという。その原因は、過去に藝大生が校舎から釣り糸を垂らして動物園のペンギンを一本釣りして飼おうとしたとか、鹿を捕まえて食べてしまったとか、さまざまな噂が広まっていた。夫はこれらの真実を探るため、藝大生に質問を投げ掛ける。
音楽学部と楽器
二宮夫と二宮妻は、東京藝術大学の「音校」と呼ばれる音楽学部で学生たちに話を聞く。学生たちが使う楽器には、やはり高価なものが多く、トイレに行くあいだに数千万円もするヴァイオリンを預かってくれと頼まれたりして、ストレスが絶えないらしい。過去には盗難もあり、大胆にも業者を装って堂々とピアノを盗んでいった強者もいるという。東京藝術大学で一番高価な楽器がなんなのか気になった夫が調べてみると、それは奏楽堂にあるパイプオルガンだと判明。約5千本のパイプから構成された、その巨大で荘厳なパイプオルガンの値段は「億」は下らないという。また、音楽学部の学生たちは演奏時の衣装などにもお金がかかり、同じ東京藝術大学でも美術学部の学生とはまた違った気苦労があることを知るのだった。
口笛世界大会チャンピオン
二宮夫は、取材のために藝大生に「最近すごいと思った人」は誰なのかを聞いて回る。そこで話題となった青柳という男子学生は、楽器ではなく口笛で東京藝術大学に合格したという。音楽環境創造科の面接試験でヴィットリオ・モンティの「チャルダッシュ」という曲を口笛で演奏して合格したのだ。青柳は口笛をクラシック音楽に取り入れ、ほかの楽器と対等に競い合えるようにしたいという夢を持っていた。もともとホルンやヴァイオリンを習っていた青柳は、レッスンの帰り道にその日習った曲を兄たちと口笛で吹くようになり、それがきっかけでハマったという。口笛の世界大会があることをインターネットで知ると、さまざまなテクニックを独自にマスターし、口笛世界大会のグランドチャンピオンを獲得したのだ。しかし青柳は、卒業後は学校の先生になるという。二宮夫はすべての藝大生が必ずしもプロ奏者やアーティストを目指しているわけではないことを知る。
ブラジャーウーマン
二宮夫は東京藝術大学のキャンパスで、ブラジャーウーマンを見て驚愕する。それはブラジャーをアイマスクのようにかぶり、上半身は裸でニップレスを付けた女性だった。その正体は「立花」という油画専攻の藝大生で、美しい女性だった。立花によると、「ブラジャーウーマン」は悪の組織「ランジェリー軍団」と日々戦う正義の味方であり、立花はあくまでブラジャーウーマンのマネージャーという立場にあるという。もともとブラジャーウーマンは、立花が高校生の時に描いたアメコミのような漫画のキャラクターであり、パフォーマンスアートに興味を持つ立花は「憑依」をテーマにこの活動を行っていたのだった。ブラジャーウーマンは藝大生に人気で、キャンパスでブラジャーウーマンを見かけるといっしょに記念写真を撮る藝大生も多い。また、バイセクシャルでもある立花は共感覚の持ち主で、幼い頃から人や香り、文字などに色がついて見えるという。自分自身が作品となり、自分の生き方や人生を作品にする立花は、今日もブラジャーウーマンとして世界に美と愛を啓蒙するのだった。
それから
二宮夫の東京藝術大学への潜入取材から数年が経ち、取材の内容をまとめた著書「最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常」は好評を得ていた。当時取材に応じてくれた藝大生たちもほとんど卒業し、各方面で活躍していた。一方の二宮妻は、在学中に出産。東京藝術大学を卒業したあとは小学校で子供たちに美術を教えている。そんな中、妻はこれまで多忙で結婚指輪をしていないことを気にしていた。早速休日に銀座にでも買いに行こうかと提案する夫だったが、妻は指輪の材料となる原型を取り出す。作れるものは自分で作る主義の妻は、結婚指輪も自分で作ってしまう。
関連作品
ノンフィクション
本作『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』の原作であるノンフィクション『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』が、2016年に二宮敦人の著作で新潮社から刊行された。「芸術界の東大」ともいわれる東京藝術大学の全学科を完全踏破した探訪記となっており、漫画に未収録のエピソードも多数収録されている。
登場人物・キャラクター
二宮夫 (にのみやおっと)
ミステリーやホラー小説を執筆して生計を立てているアラサーの男性作家。眼鏡をかけている。小説家になる前はIT企業に勤めていた。東京藝術大学に通う二宮妻と結婚し、都内にある家賃6万円の小さなアパートで暮らしている。家でも創作活動を行う妻を見て藝大生に興味を持ち、東京藝術大学への潜入取材を敢行する。芸術には縁が薄いが、大学生の時に競技ダンスをしていた経験がある。原作となるノンフィクション『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』の作者で実在の人物、二宮敦人がモデル。
二宮妻 (にのみやつま)
東京藝術大学に通う女性。小説家の二宮夫とは出会ってから3日目で二宮妻からプロポーズして結婚し、在学中に出産した。育児をしながら東京藝術大学に通っている。都内にある家賃6万円の小さなアパートで二宮夫と暮らしており、課題提出のために自宅で彫刻をしたり、自分の体の型を取ったりと、創作活動に勤しんでいる。美容師をしている母親と、芸術に理解のある父親のもとでのびのびと育った。自分で作れる物は自分で作るをモットーにしており、自宅で使っている食器には手作りのものも多い。誕生日プレゼントは、二宮夫からわたあめ機をもらった。
クレジット
- 原作
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二宮 敦人