乾と巽 -ザバイカル戦記-

乾と巽 -ザバイカル戦記-

第一次世界大戦において、シベリアに派遣された帝国陸軍第七師団の砲兵の乾冬二と、浦潮日報の記者である巽が、ロシア軍の主導する捕虜救出作戦に従事する。一兵卒と一新聞記者の目から、ロシアの戦場を駆け抜けた男たちの生きざまを描く戦記作品。軍団同士の手柄争いや、日本とロシアのあいだに生じている温度差がリアルに描かれているのが特徴。「アフタヌーン」2018年11月号から掲載の作品。

正式名称
乾と巽 -ザバイカル戦記-
ふりがな
いぬいとたつみ ざばいかるせんき
作者
ジャンル
第一次世界大戦
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あらすじ

第一巻

1918年8月18日、チェコスロバキア軍の救出という名目で、日本軍のシベリア派遣部隊がウラジオストックに入った。これが「シベリア出兵」の第一歩である。小倉駐屯地より派遣された帝国陸軍第十二師団と、旭川駐屯地所属の帝国陸軍第七師団は、アメリカ、イギリス、フランス軍と共に北上し、ドイツ、オーストリア軍および革命派とクラエフスキーにて激突。のちにクラエフスキーの会戦と呼ばれる戦いを制し、ハバロフスクを制圧するに至る。そして8月26日、帝国陸軍第七師団の一員としてクラエフスキーの会戦にも参戦していた乾冬二は、師団長である藤井幸槌に呼び出され、六人の分隊員を率いて満州里で特殊任務にあたるように言い渡される。満州里にたどり着いた乾たちは、上官である黒木親慶と合流。さらに、グリゴリー・ミハイルヴィチ・セミョーノフの配下として、ザバイカル奪還部隊の育成を命じられる。一方、浦潮日報は、上司であった的場の犠牲によって得られた情報を基に書き上げた、クラエフスキーの会戦に関する記事の内容が、上層部によって改ざんされたことに不満を抱いていた。軍司令部の会見に参加した巽は、サディストであると恐れられているイヴァン・パーブロヴィチ・カルムイコフに対し、流ちょうなロシア語で、革命派に対する虐待について問い、カルムイコフもまた巽の臆さない態度に感心する。こうして、乾と巽のそれぞれの立場によるザバイカル戦記は幕を開けるのだった。

第二巻

乾冬二と、彼の率いる分隊員は、グリゴリー・ミハイルヴィチ・セミョーノフの指揮のもとで、革命派との戦いを続けていた。しかしある時、友軍であるロシア兵が革命派の人民を処刑しようとしたところを目の当たりにして、それを阻止すべく乱闘騒ぎを起こしてしまう。セミョーノフ将軍は乾の行動に憤りを見せつつも、今までの功績に免じて処分を下さず、「一兵卒ごときに反抗された」という事実をうやむやにするべく、乾を曹長へと昇進させる。こうしてこの場はなんとかおさまったものの、ロシアの人民は革命派を支持しているという風潮を目の当たりにした乾は、次第に自身の戦いに疑問を抱くようになる。そしてついに乾は、黒木親慶に対して自分たちを帝国陸軍に復帰させてほしいと訴えようとするが、それに対して黒木は、この現状はウラジーミル・イリイチ・レーニンによる謀略のたまものであり、彼こそが打倒せねばならない敵であると忠告する。その一方では、かつての恩師であり、あこがれの人でもあるエウゲーニャ・アンドレーエヴナ(ジェーニャ)に関する情報を入手できたことに心を躍らせていた。そして、得られた情報を基にジェーニャの邸宅を訪れるが、使用人から門前払いをされてしまう。一転して失意の底に沈む巽だったが、そんな彼に追い打ちをかけるかのように、前黒海艦隊司令長官であるアレクサンドル・コルチャーク提督に関する取材を命じられるのだった。

登場人物・キャラクター

乾 冬二 (いぬい とうじ)

帝国陸軍第七師団に所属している青年で、階級は軍曹。生まじめな性格で、さらに視力がいいうえに柔道などの格闘技に精通しているなど、兵士として優秀な資質を持っており、その実力は師団長である藤井幸槌からも一目置かれている。一方で、敵軍の関係者とはいえ、無抵抗な人民の処刑を目の当たりにした際には、それを止めるべく乱闘騒ぎを起こすなど、正義感が強い反面、後先を考えない一面も持ち合せている。幼い頃は、家族と共に北海道の紋別郡にある上涌別村で暮らしており、おどおどした様子を見せることが多かった。しかしある日、父親である乾久作から遠く離れた人里まで酒を買うことを強いられ、向かった先で植芝盛平と出会う。そして、彼のもとで柔術を学ぶことで、たくましい体とまっすぐな性格が育まれ、現在に至る。クラエフスキーの会戦では第四大隊の砲兵として参戦しており、革命派からの奇襲を返り討ちにするなどの活躍を見せた。また、その先で戦闘に巻き込まれて窮地に陥った巽を救助した。会戦のあとはその功績を認められて満州里に向かい、グリゴリー・ミハイルヴィチ・セミョーノフならびに黒木親慶のもとで革命派を掃討する任務を任される。任務先でも八面六臂の活躍を見せるが、やがて友軍であるはずの反革命派の非道な行いを目の当たりにすることになり、次第に任務そのものに疑問を抱くようになっていく。しかし、革命派が支持されている背景にはウラジーミル・イリイチ・レーニンの工作があるという黒木の主張にも一理あると悩んでいる。のちに任務の一環として、セミョーノフと共にゾロトーイ・ログ劇場に向かうが、そこで偶然ながら巽と再会している。

(たつみ)

浦潮日報で記者を務めている青年。早稲田大学出身で、学生時代にエウゲーニャ・アンドレーエヴナ(ジェーニャ)からロシア語を教わっており、読み書きや日常会話などをほぼ完璧にこなせる。ジェーニャのことは現在に至っても深く敬愛しており、ロシアに居を構える浦潮日報に勤務しているのも、彼女の存在によるところが大きい。また、文学にも非常に詳しく、イワン・セルゲーエヴィチ・ツルゲーネフや、レフ・ニコラエヴィチ・トルストイなどの作品を愛読しており、彼らが本に込めた信念も理解している。ふだんはおとなしい性格ながら、好奇心旺盛なうえに浮き沈みが激しいところがある。クラエフスキーの会戦では、上司である的場と外出していた際、偶然ながら帝国陸軍第七師団の所有する装甲列車「東方の栄光」号を発見する。しかし、そこで革命派の襲撃に巻き込まれ、的場を失ったうえに巽自身も絶体絶命の危機に陥るが、乾冬二によって助けられた。この体験を基に記事をまとめるが、国際問題になることを恐れた和泉良之助によって記事を改ざんされてしまう。そのあとは主にロシアに関する文化などについて執筆を重ねていたが、イヴァン・パーブロヴィチ・カルムイコフの会見に赴いた際に、偶然ながらジェーニャを発見し、以後彼女の行方を捜すことに熱心になる。革命派と対立しているカルムイコフに対しては否定的な立場を取っており、堂々とロシア語で革命派に対する弾圧を問い質し、これをきっかけにカルムイコフから一目置かれるようになる。

大井 成元 (おおい しげもと)

帝国陸軍第十二師団の師団長を務めている男性で、階級は中将。小倉出身で、地元である九州地方に強い誇りを抱いている。その一方で、北海道出身の帝国陸軍第七師団に対して強い敵愾心を抱いており、彼らがクラエフスキーの会戦に参戦している事実を知るや否や激昂していた。また、第七師団の師団長である藤井幸槌からもライバル視されており、まさに犬猿の仲という間柄となっている。実在の人物である大井成元をモデルとしている。

的場 (まとば)

浦潮日報で記者を務めている男性で、巽の上司。洞察力に優れており、巽と共に取材へ赴いていたところで発見した装甲列車「東方の栄光」号を即座に帝国陸軍第七師団の物であることを見抜き、日本軍のシベリア出兵の目的が、チェコスロバキア軍の救出ではないことを推測する。これを記事にすべく、所持していたカメラで装甲列車を撮影するが、その最中に発生した革命派の攻撃に巻き込まれ、銃撃を受けて死亡した。的場が死に際に所持していたカメラは巽の手によって浦潮日報に持ち帰られ、彼がクラエフスキーの会戦に関する記事を執筆する際に活用されたが、その記事は浦潮日報の上層部によって、帝国陸軍第七師団と革命軍が接触した事実を隠蔽されてしまうという、巽にとって甚だ不本意な結果となった。

藤井 幸槌 (ふじい こうつち)

帝国陸軍第七師団の師団長を務めている男性で、階級は中将。帝国陸軍第十二師団の大井成元とは犬猿の仲で、クラエフスキーの会戦に勝利して以降、第十二師団が破竹の進撃を果たしている中、ロシア軍より借り受けていた装甲列車「東方の栄光」号を返却するために進軍を停止させられたことに、憤りを見せている。また、その関係から列車の返却を命じたドミトリィ・ホールワットのことも快く思っておらず、陰口を叩く事も多い。乾冬二に対しては、クラエフスキーの会戦における活躍ぶりから一目置いており、彼に満州里における特殊任務を命じている。のちに満州里に入り、塩谷武次が問題を起こしたことを理由に日本軍義勇隊を解散させ、帝国陸軍第七師団の大半をザバイカル戦線へと派遣した。実在の人物である藤井幸槌をモデルとしている。

荒木 貞夫 (あらき さだお)

ウラジオストック特務機関のトップを務めている男性で、階級は大佐。クラエフスキーの会戦のあと、ドミトリィ・ホールワットに装甲列車「東方の栄光」号を返還する藤井幸槌に同行した。ホールワットに顎で使われたと感じて憤慨する藤井に対して、ホールワットの重要性を説くなど、冷静な性格と大局的な視野を持ち併せており、のちに陸軍大臣や文部大臣など、重要な役職を賜っている。実在の人物である荒木貞夫をモデルとしている。

ドミトリィ・ホールワット

東支鉄道庁の長官を務めている男性。皇帝ニコライ二世を深く敬愛しており、彼から賜った装甲列車「東方の栄光」号に対して「伴侶」と呼ぶほどの深い思い入れを抱いている。ニコライ二世が没してからは「東方の栄光」号を形見であると考えており、帝国陸軍第七師団より返還された際には、師団のシンボルをペイントされたことに難色を示した。戦闘の指揮を執っていた藤井幸槌を一方的に呼びつけたため、彼から不満を抱かれている。実在の人物であるホールワットをモデルとしている。

グリゴリー・ミハイルヴィチ・セミョーノフ

ザバイカル・コサックの頭領を務めているロシア人の男性。豪放磊落な性格で、能力さえ高ければ人種を問わず厚遇するなど、懐の広さを見せることが多い。知略に長ける黒木親慶のことは、軍の同僚としてだけではなく友人として接することも多く、出会い頭にみごとな立ち回りを演じた乾冬二に対しても、一目見ただけで気に入り、「自分にも柔術の技をかけてみてほしい」とはしゃぐほどだった。一方で、ザバイカル地方の奪還を阻む革命派のことを強く敵視しており、彼らを排除することに心血を注いでいる。そのため、乾が徐々に革命派に共感していくことを快く思っていないが、彼が兵士として活躍を見せるため、その葛藤に悩むことも多い。実在の人物であるグリゴリー・ミハイルヴィチ・セミョーノフをモデルとしている。

和泉 良之助 (いずみ りょうのすけ)

浦潮日報の編集長を務めている男性。取材や執筆などに対して慎重な対応を見せることが多く、巽が的場の犠牲のもとに執筆したクラエフスキーの会戦についての記事を、国際問題に発展する可能性があるとして改ざんを指示している。また、これに対して抗議に訪れた巽に対して理詰めで認めさせるなど、よくも悪くも現実的な性格をしている。一方で、巽の記者としての実力は高く評価しており、彼のためのコーナー枠を設けたり、反革命派の大物であるイヴァン・パーブロヴィチ・カルムイコフの取材を任せたりしている。また、的場が亡くなったことに対しても心を痛めるなど、良識的な面も持ち合わせている。実在の人物である和泉良之助をモデルとしている。

珠子 (たまこ)

浦潮日報で事務を務めている若い女性。年相応のロマンチストな一面を持っており、巽から勧められた本を読んでは、逐一感動していたことを彼に明かしている。思ったことをはっきりと口にする強気な性格で、巽や和泉良之助を翻弄させることもある。しかし、巽に声を掛けてきたイヴァン・パーブロヴィチ・カルムイコフを見た時は、さすがに委縮していた。巽の影響で演劇に強い興味を抱くようになり、ついにはゾロ・トーイ劇場のチケットを自ら購入し、巽をやや強引に誘ったりもしていた。

黒木 親慶 (くろき ちかよし)

グリゴリー・ミハイルヴィチ・セミョーノフの参謀を務めている青年で、階級は大尉。セミョーノフからは軍の同僚としてだけでなく、一人の友人として厚遇されている。指揮や作戦立案などの能力に秀でており、日本人やロシア人問わず、多くの仲間たちから頼りにされている。一方で、悪性の胃腸病を患っており、酷いときには一日に40回以上トイレに通うこともある。クラエフスキーの会戦で活躍した乾冬二と、彼の部下六名の指揮を執ることになり、着任して早々から、塩谷武次ら日本人義勇隊の暴走を止めるために共闘するなどして、絆を深めていく。立場上、大局的な見地から物事を把握することを重要視しており、友軍である反革命派が、革命派の人員やその支持者に対する暴虐をある程度見逃すことも止むなしと考えている。そのため、反革命派の行いに反感を募らせる乾とは、次第に意見が対立するようになる。一方で、革命派が支持される背景にはウラジーミル・イリイチ・レーニンによる情報操作が関係していることを見抜いており、さらに彼の野望が実現すれば、日本が危機に陥る可能性が非常に高くなると考えている。実在の人物である黒木親慶をモデルとしている。

瀬尾 (せお)

ザバイカル戦線で、黒木親慶の部下を務めている男性。知識が豊富で、乾冬二率いる分隊が戦闘に巻き込まれた際には、黒木の指示によって、所有している兵器や施設などを一通り説明する役割を担った。その際に、乾の独断で迫撃砲を持ち出されそうになって困惑するが、彼とその部下がこれを的確に活用したことで難を逃れたため、困惑を深める一方で感心する様子を見せた。のちに黒木からの命令によって乾の教育をサポートすることになり、彼がロシア語を学ぶ手助けを行っている。実在の人物である瀬尾栄太郎をモデルとしている。

塩谷 武次 (しおのや たけじ)

日本人義勇隊に所属している青年。かつて黒木親慶の部下として活動しており、彼の優れた能力に、今でも非常にコンプレックスを抱いている。同じ反革命派に助力している志那(中国)軍を敵視しており、彼らをザバイカル戦線の兵舎から排除し、日本軍のみで占有しようと独断で動き始める。しかし、これを察知した黒木から説得を受けたことでコンプレックスが爆発。彼に対して、日本軍と反革命派のみザバイカルを奪取し、日本軍の精強さを知らしめたいのは同じはずだと主張し、なおも攻撃を続けようとする。だが、その際に志那軍からの反撃を受け、死亡した。実在の人物である塩谷武次をモデルとしている。

イヴァン・パーブロヴィチ・カルムイコフ

ウスリーコサックの頭領を務めているロシア人の男性。尊大かつ冷酷な性格をしており、とりわけ革命派に対しては顕著に現れる。彼らを「ばい菌」と称しており、捕虜に過酷な拷問をした末、自らの手で殺害している。そのためサディストとして広く恐れられており、巽からは一目見るなり「血の臭いがする人」と心中で評されている。フランスやイギリス、アメリカに強い不信感を抱いており、反革命派の同志たり得るのは日本軍だけと言っているが、内心では日本人のことも見下している。また、同じ反革命派であるグリゴリー・ミハイルヴィチ・セミョーノフのこともあまり快く思っていない。一方で、記者会見の時に巽が流ちょうなロシア語で、捕虜殺害に関する質問を臆せず投げかけた際には尊大な姿勢こそ崩さないものの、ほかの日本人に気づかれないようにロシア語で「お前はほかの日本人とは違う」と称賛した。後日、再会した時も彼の執筆する記事を期待するなど、能力が高かったり度胸があったりする人間に対しては人種問わず高く評価する傾向にある。のちに日本に赴き、荒木貞夫や田島正武と会談を行った。実在の人物であるカルムイコフをモデルとしている。

エウゲーニャ・アンドレーエヴナ

トルベツキー家と呼ばれる良家に連なる血筋を持つロシア人の女性。巽の大学時代における恩師の一人でもある。彼がロシア語を熱心に学んでいたのはエウゲーニャ・アンドレーエヴナの存在によるところが大きく、巽が早稲田大学を卒業した際には、いつかロシアに会いに行くと言われている。現在は家族と共に革命派に属しており、同志であるクラスノシチョーコフの家族をアメリカに避難させる手助けをするなど、精力的に活動を続けている。一方で、革命派のリーダーであるウラジーミル・イリイチ・レーニンのやり方には完全に賛同しているわけではなく、特にブルジョワに対する憎悪をあおるやり方には、はっきりと嫌悪感を示している。

タマラ

ザバイカル・コサックの装甲列車「ザバイカルの栄光」号で料理係を務めている、ロシア人の女性。豪胆ながら面倒見がよく、乾冬二とその部下たちがつまみ食いに来た際も、厳しく注意しつつも味見を勧めていた。黒木親慶が胃腸病を患っていることも理解しており、彼のために特製の味噌汁を用意している。戦争に関しては否定的な考えを持っているが、兵隊たちのことを気遣う気持ちは強く、料理も上手なために多くの兵士たちから慕われている。乾たちも例外ではなく、タマラの肝の太さや、彼女の作る料理に幾度も助けられている。自身の作る料理を大切にしており、反革命派との戦闘に巻き込まれて、シチューの鍋が破損してしまった際には、戦争を忌避するような発言を行っている。

ウンゲルン・フォン・シュテルンベルク

ザバイカル・コサックの一員であるロシア人の男性で、グリゴリー・ミハイルヴィチ・セミョーノフの副官にあたる。セミョーノフとは異なる意味で堂々としており、戦場においてはためらいなく、無抵抗な人すらも容赦なく手にかけている。また、外国人を見下しており、それは友軍である日本兵に対しても例外ではない。一方で、乾冬二と彼の率いる分隊の実力は認めており、憎まれ口を叩きながらも彼らを頼りにすることも多い。実在の人物であるロマン・フョードロヴィチ・フォン・ウンゲルン・シュテルンベルクをモデルとしている。

セルゲイ・ラゾ

ザバイカル州人民委員会の軍事委員長を務めている、ロシア人の男性。革命派きっての優秀な指揮官で、迅速な進軍を得意としている。目下の対抗勢力であるザバイカル・コサックを一度はザバイカルの大地から駆逐しており、さらに、彼らのチタ奪還を遮るためにオノン川に架かっている鉄橋を崩落させている。ザバイカル・コサックの頭領であるグリゴリー・ミハイルヴィチ・セミョーノフに対しては、一度勝利したという実績もあり「薄毛のブタ野郎」と見下している。一方で、反革命派に助力しているチェコスロバキア軍や日本軍を脅威ととらえており、指揮下の兵士たちに対しても、彼らに注意するように呼び掛けている。実在の人物であるセルゲイ・ラゾをモデルとしている。

クラスノシチョーコフ

革命派の重鎮の一人に数えられている、ロシア人の青年。トルベツキー家と深いかかわりがあり、エウゲーニャ・アンドレーエヴナ(ジェーニャ)とも協力関係にある。基本的には利他的で、反革命派の暴虐からできる限り仲間や家族が巻き込まれないよう、手段を尽くしている。その反面、革命派の筆頭であるウラジーミル・イリイチ・レーニンを過剰に信頼している節があり、その点を巡ってはジェーニャと意見を異にしている。トルベツキー家の協力で家族を無事に海外に脱出させることに成功し、クラスノシチョーコフ自身も、ジェーニャによって、漁場の調査技師に扮して監視から抜け出すように取り計らわれた。実在の人物であるアレクサンドル・ミハイロヴィチ・クラスノシチョーコフをモデルとしている。

ウラジーミル・イリイチ・レーニン

ポルシェビキ党の党首を務めているロシア人の男性。革命派における事実上のトップに君臨している。人心を掌握する術に長けており、人民の望みを鋭く察知し、彼らが満足するように迅速に取り計らっている。そのため、多くの人民から強く支持されており、クラスノシチョーコフもウラジーミル・イリイチ・レーニンに強く心酔している。一方で、黒木親慶からは「悪魔的な頭脳を持つ男」と称されており、一連の計らいもポルシェビキ党による支配のための布石に過ぎないと見られている。また、ブルジョワの排除や、文化の破壊なども進めているため、エウゲーニャ・アンドレーエヴナやミハイル・ダビドゥフなどといった、革命派に近しい人物からも難色を示されている。実在の人物であるウラジーミル・イリイチ・レーニンをモデルとしている。

乾 久作 (いぬい きゅうさく)

乾冬二の父親で、北海道で家族と共に暮らしている。酒乱の気があり、一度酒を飲むと家族に対して理不尽な言動を取ることが多い。息子の冬二に対しては特に顕著で、酒が切れたという理由で、雪の降りしきる真夜中に遠くの村まで買いに行くようせまることもある。一方で、酒から離れた場所においては理解ある父親としての顔を見せることも多く、冬二が立身出世のために柔道を習いたいと申し出た時は快諾している。弟である乾久太郎が戦争で手柄を立てたことにコンプレックスを抱いており、冬二が彼以上に活躍することを望んでいる。

乾 久太郎 (いぬい きゅうたろう)

乾久作の弟。過去の戦争では乃木希典のもとで戦い、そこで右目を負傷したものの、大きな手柄を立てたことで現在も順風満帆の生活を送っている。ただし、かつての栄光に執着している面が見受けられ、冬の夜に軍服をまとって馬を走らせているなど、はたから見ると奇行といえる行動を取ることもある。久作からはコンプレックスを抱かれており、乾冬二がそのとばっちりを食っている。また、乾久太郎自身も久作以外の家族を蔑ろにしているような様子を見せることが多い。

植芝 盛平 (うえしば もりへい)

北海道の紋別郡で、村人たちのまとめ役をしている男性。面倒見のいい性格で、多くの人たちから慕われている。乾久作の命令によって酒を買いに訪れた乾冬二を温かく迎えて、自身のみじめさに涙する彼を励ました。さらに自分のもとで柔道を習うように勧めて、彼を心身ともに鍛え上げた。現在の乾の強さは植芝盛平の指導によるところが大きく、乾からは現在も強く尊敬されている。実在の人物である植芝盛平をモデルとしている。

田中 義一 (たなか ぎいち)

日本陸軍の参謀本部で、次長を務めている男性。参謀総長を皇族が務めているという事実から、田中義一自身は自分こそが事実上の参謀本部のトップであると主張している。自分の命令を聞かずに進軍を続けている帝国陸軍第七師団と、その団長である藤井幸槌に強い憤りを抱いており、山縣有朋に対してその不満を訴えようとしていた。しかし、その主張を認めようとする前に、逆に山縣に言いくるめられてしまう。実在の人物である田中義一をモデルとしている。

山縣 有朋 (やまがた ありとも)

明治維新の立役者の一人として知られている男性で、現在は元老の立場にある。日本を強国に押し上げたいという野望を抱いており、ロシアの大地を取りつつ中国をけん制することで、それを実現させようと考えている。田中義一とは同郷の仲で、同じ志を抱いているものの、彼の諸外国に対する弱腰な姿勢には難色を示しており、帝国陸軍第七師団などがほぼ独断で進軍したことに対しても容認してみせるなど、方針に対して意見が対立することもあった。一方で、奥羽出身である原敬に陸軍大臣を任せることには強く反対しており、次の大臣には田中こそがふさわしいと断言している。実在の人物である山縣有朋をモデルとしている。

中島 正武 (なかじま まさたけ)

ウラジオストック派遣陸軍の参謀を務めている男性で、階級は少将。以前はハルビンの特務機関長の座に就いていた。ウラジオストックに荒木貞夫およびイヴァン・パーブロヴィチ・カルムイコフを招き、今後の革命派に対する戦略と、それに伴う人事などを語る。さらに、ドミトリィ・ホールワットやグリゴリー・ミハイルヴィチ・セミョーノフ、アレクサンドル・コルチャークなどの招集を宣言し、カルムイコフに沿海州を束ねるように指示を下すが、その一方で、反革命派に日本軍やチェコスロバキア軍との連携を乱させないようにと釘を刺した。実在の人物である中島正武をモデルとしている。

アレクサンドル・コルチャーク

日露戦争において黒海艦隊の司令官を務めていたロシア人の男性。現時点におけるロシア情勢の要と評されている存在で、浦潮日報などのマスコミからも高い注目を浴びている。革命派における主要人物の一人として、中島正武の指示によってウラジオストックに入る。その際に、かつて東方を占領するべく開かれた港が、現在は日本による占領状態にあることを皮肉っていた。実在の人物であるアレクサンドル・ヴァシーリエヴィチ・コルチャークをモデルとしている。

ラドラ・ガイダ

チェコスロバキア軍の総司令官を務めているチェコ人の男性で、階級は少将。シベリアにおける全戦線に強い影響を及ぼしており、黒木親慶からも高い評価を受けているが、グリゴリー・ミハイルヴィチ・セミョーノフからは嫌われている。ラドラ・ガイダ自身も、日本軍に対しては好意的な一方で、セミョーノフのことは取るに足らない存在であると認識している。セミョーノフや黒木、乾冬二がウラジオストックに向かう途中停車したニコリスク駅で鉢合わせることになるが、互いに嫌い合っているために顔を合わせることはなかった。実在の人物であるルドルフ・ゲイドルをモデルとしている。

ミハイル・ダヴィドフ

ボリショイ劇場きっての名優とうたわれている、ロシア人の青年。その容貌と演技力から特に女性から絶大な人気を誇っており、日本人である珠子からも高く評価されている。反革命派の協力者であるエウゲーニャ・アンドレーエヴナ(ジェーニャ)と懇意にしているが、演劇を始めとした文化の概念が、ブルジョワジーを感じさせるという意味でポルシェビキ党に排除されている現状に強く憤っており、必然的にウラジーミル・イリイチ・レーニンに対しても悪印象を抱いている。そのうえで、現在の政治にかかわることを危険視もしており、ジェーニャに対して政治の世界から離れるように忠告した。実在の人物であるミハイル・ダヴィドフをモデルとしている。

集団・組織

帝国陸軍第七師団 (ていこくりくぐんだいしちしだん)

日本帝国陸軍の一師団。「熊」という異名を持ち、旭川駐屯地からロシアに派遣されてきた。ドミトリィ・ホールワットの許可のもと、東志那鉄道から装甲列車「東方の栄光」号を運用しており、クラエフスキーの会戦においては多くの団員が奮闘し、戦果を挙げている。特に砲兵である乾冬二の活躍は目覚ましく、師団長である藤井幸槌からも注目されるほど。クラエフスキーの会戦が終結すると、藤井の指揮によってほぼ全軍がザバイカル戦線に攻め上がり、クラエフスキー以上の進撃を見せている。しかし、藤井をライバル視している大井成元や、独断専行を苦々しく思っている田中義一など、彼らを快く思わない軍人や政治家も多い。実在の組織である大日本帝国陸軍第七師団をモデルとしている。

帝国陸軍第十二師団 (ていこくりくぐんだいじゅうにしだん)

日本帝国陸軍の一師団で、小倉駐屯地からロシアに派遣されてきた。クラエフスキーの会戦においては、アメリカやイギリス、フランス軍と共に北上し、ドイツ、オーストリア軍を加えた革命派と戦った。しかし、帝国陸軍第七師団が参戦していることが判明すると、上層部の手柄争いに巻き込まれてしまう。実在の組織である「大日本帝国陸軍第十二師団」をモデルとしている。

革命派 (かくめいは)

第一次世界大戦下におけるロシアで隆盛した勢力。ウラジーミル・イリイチ・レーニンが率いるポルシェビキ党が中核を成しており、ほかにもセルゲイ・ラゾやアレクサンドル・コルチャークなど、名だたる名将が所属している。民衆からも大きな支持を集めているが、黒木親慶が言うには、この現象はレーニンの情報操作によるもので、日本の味方たり得ないという見方が有力視されている。

日本人義勇隊 (にほんじんぎゆうたい)

帝国陸軍第七師団に先駆けて、満州里の兵舎に滞在している日本人部隊。中国の軍と非常に関係が悪く、乾冬二が満州里に入った夜に、不満を爆発させて中国軍が滞在している兵舎を襲撃するという暴挙に出る。しかし、中国側の反撃によって死者を出したうえに、乾の砲撃によってそれ以上の戦闘が困難になったために兵を退いた。この事件はすぐに第七師団の団長であった藤井幸槌の耳に入り、「軍の威信を傷つけた」という理由で解散させられるが、もとより藤井からは捨て石以上の役割を期待されておらず、厄介払いされたというのが真相であった。

浦潮日報 (うらじおにっぽう)

巽が所属している日本の出版社。和泉良之助が編集長を務めており、ロシアのウラジオストックに本拠を構えている。広い情報網が張り巡らされ、巽が知りたがっていたエウゲーニャ・アンドレーエヴナの所在もつかむことができたほど。ふだんは、国際問題などに発展しないように慎重な取材や執筆を旨としているが、巽の優れた能力や行動力が周知されてからは、イヴァン・パーブロヴィチ・カルムイコフやアレクサンドル・コルチャークなどの大物への取材を彼に任せることも増えている。実在する会社である浦潮日報をモデルとしている。

その他キーワード

「東方の栄光」号 (とうほうのえいこうごう)

ロシアの東志那鉄道が所有している装甲列車。長官であるドミトリィ・ホールワットが、皇帝ニコライ二世から下賜されたもので、ホールワット自身はこれを忠誠の証と考え、大切にしている。クラエフスキーの会戦においては、ホールワットの許可のもとで帝国陸軍第七師団に貸し与えられ、彼らが大きな戦果を挙げた一助となった。しかしその際に、第七師団の団員の独断によって、第七師団の異名である「熊」のペイントを施されており、これに対してはホールワットも難色を示していた。

「ザバイカルの栄光」号 (ざばいかるのえいこうごう)

グリゴリー・ミハイルヴィチ・セミョーノフの部隊が本拠地として利用している装甲列車。「東方の栄光」号と比較すると外見がみすぼらしく、性能も大きく劣っている。特に砲台は乾冬二の部下から「犬小屋」と揶揄されるような珍妙な外見をしており、反革命派から奇襲を受けた際には、砲台の不備によって兵士に犠牲が出たほど。一方で、乾たちからは次第に愛着を抱かれるようになり、彼らが遠征から帰還した時に「ザバイカルの栄光」号を見た際には懐かしがる様子を見せていた。

クラエフスキーの会戦 (くらえふすきーのかいせん)

「シベリア出兵」史上最大の正面決戦といわれている戦闘。帝国陸軍第十二師団ならびに帝国陸軍第七師団がシベリアに派遣され、フランスやイギリス、アメリカ軍と共に北上。ドイツ、オーストリア軍と、革命派からなる大軍と激突した。日本軍は攻勢を強めて、革命派の軍を北へ圧迫。後退する他国の部隊と入れ替わるようにクラエフスキーを目指し、8月24日の午前2時より夜襲攻撃を敢行。さらに午前4時、工兵を含む特別部隊がウスリー川に架かっていた鉄橋を爆破したことで装甲列車の退路を断ち、これを奪取したことが決定打となり、大勝という結果をもぎ取った。

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