作品の概要
基本情報
泥ノ田犬彦の初連載作品。
要旨と舞台設定
現代日本の高校を舞台に、「普通」の生活に馴染めない二人の男子高校生の友情と成長を描いた物語。ドロップアウト気味で周囲からヤンキー扱いされている小林大和と、変わり者の転校生、宇野啓介の出会いから始まり、宇宙飛行士を目指す宇野に影響を受け、小林が徐々に自分なりの生き方を見つけていく過程を中心に展開される。学校やアルバイト先といった日常的な場所での些細な出来事の積み重ねによって物語が構成されている。
ストーリー展開
物語は、小林と宇野の「普通のことができない」という共通点を持つ二人の交流を軸に進行する。勉強もアルバイトも続かない小林は、宇宙飛行士という明確な目標を持つ宇野との出会いにより、自身の将来について考え始める。宇野もまた周囲から「変わり者」と見られがちな存在だが、小林との友情を通じて自分の居場所を見つけていく。二人の関係は互いの欠けた部分を補い合う形で発展し、それぞれが抱える生きづらさを乗り越えていく過程が描かれる。
ジャンル的特徴と位置づけ
本作は、社会適応に困難を抱える若者の内面描写と、多様な生き方の肯定をテーマとした青春漫画で、現実的な悩みや挫折を抱える登場人物たちの等身大の姿が描写される。
作品固有の表現技法と特徴
作中では、宇宙開発の専門用語を日常会話に織り交ぜた独特の比喩表現が特徴的に用いられている。宇野が持ち歩く手帳は「テザー(係留ロープ)」と呼ばれ、人間関係のつながりを暗示するモチーフとして機能し、宇宙空間における物理現象が登場人物たちの心理状態や関係性の変化を表現する役割を果たしている。また、緩急を織り交ぜた会話劇と繊細な心理描写のバランスにより、登場人物たちの内面の変化が丁寧に描写されている。
世界観の構築と設定
作品世界は現代日本の高校を基盤としつつ、宇宙開発の歴史や科学技術が重要な要素として組み込まれている。物語内で描かれる「宇宙」は、物理的な空間としてだけでなく、個人の認知の広がりや可能性の象徴としても機能している。登場人物たちが抱える「普通」という概念の相対化と、それぞれが持つ固有の価値観や生き方の多様性が、宇宙という無限の広がりを持つ空間のメタファーを通じて表現されている。
連載状況
講談社「&Sofa」2023年6月26日から連載。
受賞歴
2024年「マンガ大賞2024」大賞。
2024年「このマンガがすごい!2025」オトコ編第1位。
2025年「全国書店員が選んだおすすめコミック2025」第3位。
「普通」ができない二人の生きづらさ
主人公の一人、宇野啓介は傍(はた)から見るとかなりの変わり者。他人とのコミュニケーションが苦手で、人と同じようにふつうの生活をするため、日常のルールがびっしりと書き込まれたノートをつねに持ち歩いている。記憶力は抜群ながら人が怒っている声、大きな音や椅子の鳴る音が苦手で、よくパニックになっている。この行動が学校生活を送るうえで悪目立ちしがちで、何かとトラブルに巻き込まれることが多い。一方の小林大和は何をやっても長続きせず、みんなが当たり前のようにやれることができずに苛立ちを覚えていた。また根暗で人とうまく話すことができない天文部の美川昴など、各々が抱えている生きづらさを丁寧に描いたヒューマンドラマで、お互いが共感し合って不器用ながらも少しずつ自分と向き合い成長していく。
三人の成長を支える天文部
小林大和と宇野啓介が、友達として信頼関係を深めていくきっかけとなったのが部活動だった。宇野が強い興味を持つ宇宙に関して、気兼ねなく話せる場所があればと考えた小林は、宇野に天文部への入部を勧める。しかし天文部は部員数の減少によって、もうすぐ廃部の危機にあることを知った小林は、宇野と共に天文部に入部することを決める。天文部には宇野とは違った意味で、人とのコミュニケーションを苦手とする部長の美川昴がおり、彼もまた日常に生きづらさを感じている一人だった。さらに定年退職を間近に控えた顧問の井ノ上は、そんな彼らを温かい目で見守る中、三人は紆余(うよ)曲折の末に互いの苦手なことを理解し合い、少しずつ距離感を縮めていく。そんな彼らにとって、天文部がなくてはならない居場所となっていく。
楽しく生きるために奮闘する友情物語
小林大和が宇野啓介から影響を受けたように、二人の関係性は周囲にも影響を与えるようになる。小林の友人である朔はチャラ男で、人ができないことを嘲笑したり、誰かの努力を陰でバカにするような素振りを見せていた。宇野が仕事のルーティンを書き込んだノートを見て笑ったり、小林が日常のルールを書き込んだノートを捨てるなど問題行動も少なくなかった。しかし宇野の影響で、挑戦や努力を避けてきた小林が自分を変えようと行動する姿に感銘を受け、朔も少しずつ考え方を改めていく。また天文部の美川昴は、ヤンキーの小林に対して偏見を抱いていたが、宇野と小林の関係性を目の当たりにして心境にも変化が訪れる。このように、小林が宇野に刺激を受けたように、小林の明るく前向きに生きようとする誠実さが周囲に影響を与えていくこととなる。
登場人物・キャラクター
小林 大和 (こばやし やまと)
とある高校に通う2年生の男子。金髪のヤンキーで、目つきが悪く言葉遣いも荒いため、周囲に威圧感を与えがち。小学生時代に算数でつまづいて以来、学校が苦手な場所になった。できない自分を認めることができず、日常生活では生きづらさを感じている。アルバイトも仕事が覚えられず、間違えて怒られるたびに辞めることを繰り返していた。ある日、「普通」のことが苦手な転校生の宇野啓介に助けられたことをきっかけに親しくなり、宇野が日常のルールや困った時の対処法を細かく記したノートを肌身離さず持ち歩いていることを知る。そして宇野と共に過ごす日々の中で自分を見つめ直し、辞めることを繰り返してきたアルバイトでも、ノートにやることを書き込んで真摯に仕事に向き合うようになり、仕事の中に楽しさを見出していく。見た目のせいで誤解されがちだが、根っこにある誠実さと優しさで徐々に周囲の理解も得るようになる。
宇野 啓介 (うの けいすけ)
小林大和の高校に転校して来た2年生の男子。人とはちょっと違うところが目立ち、声が大きすぎたり、夢中になりすぎると周りが見えなくなることがある。名前を知らない人との会話やたくさんのことを同時に行ったり、臨機応変に対応することを苦手にしている。また基本的な部分で「普通のこと」が苦手で、知らない人がたくさんいる場所には特に苦手意識を持っている。通常生活でも失敗が多いため、日常を送る上での支えとなる小さいノートを持ち歩いている。ノートには朝起きたらすることからバスの乗り方、間違った行動をしてしまった時の対処法まで、さまざまなことが書き込まれている。このノートの存在が宇野啓介にとって生きるための命綱となっており、宇宙飛行士が宇宙空間で船外活動を行う際に使用するテザーにたとえて説明されている。これまで幾度となくノートを捨てられるなどの嫌がらせを受け友達は一人もいなかった。しかしクラスメイトとなった小林大和と親しくなり、友達として信頼関係を築いていく。苦手なものが多い一方で記憶することは得意で、写真名簿を見ただけでクラスメイト全員の名前を覚えた。また宇宙に非常に興味があり、天文部に入部して顧問の先生や部員と新たな人間関係を構築していく。
書誌情報
君と宇宙を歩くために 5巻 講談社〈アフタヌーンKC〉
第1巻
(2023-11-22発行、978-4065334874)
第2巻
(2024-05-22発行、978-4065353882)
第3巻
(2024-10-22発行、978-4065372005)
第4巻
(2025-04-23発行、978-4065391525)
第5巻
(2025-10-23発行、978-4065411650)







