記憶喪失の王子と莿天城の城主、世無
記憶を失い、莿天城の近くで倒れていた少年は、城主である世無に保護された。記憶が曖昧なまま城で暮らすうちに、彼は断片的な記憶を取り戻す。それは、世話役の魔法使いの櫟江(ろうえ)から「王子」と呼ばれていたことだった。彼女に会いたい一心で城を抜け出そうとするが、世無に制止され、故国である飛国が「界変」によってすでに滅びてしまったという過酷な真実を告げられる。帰る場所を失った王子は、記憶を取り戻すため、そして世無への恩返しのために城に留まり、従者の莱魑(らいち)と共に雑用係として働き始める。そんな中、城に忍び込んだ流浪の魔法使い、子々南伎との騒動をきっかけに、王子の両目が城主の世無と同じく特殊な力を持つ「冥道眼」であることが判明する。自身に眠る力の意味を知るため、王子は世無に弟子入りを志願し、本格的な修業を受けることになる。
「魔力」と「魔法」の世界
本作の世界には、「魔力」と呼ばれる、万物の理を歪める根源的な力が存在する。そして、その魔力に法則を与え、現実に干渉する奇跡の術が「魔法」と呼ばれている。魔法の使い手は大きく二つの系統に分かれる。ひとつは、土地や生命そのものから直接魔力を引き出す「魔力持ち」。もうひとつは、魔力の結晶体である「玉」から魔力を引き出す「玉使い」。その希少性と、玉使いを遥かに凌ぐ力から、魔力持ちは古くから敬われ、時には畏怖の対象ともなってきた。さらに、魔力持ちの中でも別格の力を持つ者は「七色の魔法使い」と呼ばれている。彼らは自らが管理する土地の魔力を自在にあやつり、さらには玉を自ら作り出すなど、ほかの魔法使いには成し得ない技術を使いこなす。七色の魔法使いはそれぞれ得意とする属性を持ち、莿天城の城主、世無は、植物をあやつる魔法に長けていることから「【緑】の魔法使い」と呼ばれている。
界変と魔法使い殺しの脅威
かつて、世無をはじめとする魔法使いたちは、それぞれの領地で穏やかな日々を送っていた。しかし、世界各地で大規模な災害「界変」が発生し、魔法の恩恵によって栄えていた多くの国々が滅び去った。さらに世界を混沌に陥れたのは、界変と同時期に現れた「魔法使い殺し」と呼ばれる謎の存在である。彼らの正体や目的はいっさい明かされておらず、ただ無慈悲に魔法使いたちを狩り続けている。その凶刃は頂点に立つ「七色の魔法使い」にも及び、この10年のあいだに実に3名もの七色の魔法使いが命を落としている。莿天城でも魔法使い殺しの存在は警戒されており、世無の従者である莱魑は、世無が王子を弟子に迎えたのは、この魔法使い殺しに対抗するための戦力を育てる狙いがあるのではないかと考えている。一方で、王子の故国である飛国の滅亡にも多くの謎が残されている。界変によって滅んだとされているが、なぜ王子だけが生き延びたのか、そして滅亡に至る詳細な経緯は未だ明らかにされていない。
登場人物・キャラクター
世無 (ぜむ)
七色の魔法使いの一人。莿天城の主を務めている。「【緑】の魔法使い」として知られ、ほかの七色の魔法使いたちからは「千樹」と呼ばれている。右眼には「冥道眼」と呼ばれる特殊な力が宿っているが、ふだんは眼帯で封じている。不老不死の種族「神仙」に属しているため、本来は食事や睡眠を必要としない。しかし、精神の安定を保つために睡眠をとる習慣があり、食事にも強い関心を持っている。城の住人たちが美味しそうに食事をする様子を羨ましげに眺めることもある。十二の姿を持ち、日中は青年の姿で過ごすが、眠りにつく際には女性の姿に変わる。人前では自己中心的でひねくれた態度をとることが多いが、弱っている者を見ると放っておけない優しさも持ち合わせており、ぶっきらぼうながらも全力で助けようとする。かつて、世無自身の領地で倒れていた王子を助けたことをきっかけに、彼を正式な弟子として迎え入れ、さまざまな修行を課している。王子の両目が自分と同じ「冥道眼」であることに気づいており、その力が災いをもたらすのではないかと危惧している。
王子 (おうじ)
辺境の城、莿天城の近くに流れ着いた人間の少年。全身に傷を負い倒れていたところを、城主である世無に保護された。当初、名前をはじめほとんどの記憶を失っていたが、身につけていた衣服の紋様から、かつて「界変」によって滅んだ飛国の王子であることが判明した。聡明で礼儀正しいその少年は「王子」と呼ばれ、莿天城の住人たちからも好意を持たれている。両目には死者すら蘇らせるという「冥道眼」の力が宿っているが、師である世無からは、その力を決して解放しないよう厳しく禁じられている。双子の兄がいるが、冥道眼を持たない兄からは妬まれていた。飛国で暮らしていた頃は城の外に出ることも許されず、唯一側で世話をしてくれた魔法使いの櫟江を家族のように慕っていた。やがて櫟江が界変の際に命を落としたこと、そして自分にはもう帰る場所がないという辛い現実を思い出す。これを受け入れた王子は、世無の正式な弟子となり、莿天城で生きていくことを決意した。







