あらすじ
第1巻<蛟竜の章>
戦国時代、ある負け戦の敗残兵となった山本勘助は、負傷した味方の忍者、源蔵と共に逃走する。二人はようやく国境の村にたどり着くが、落武者狩りの敵兵に見つかり、源蔵は民家に身を隠すが、勘助は敵に斬りつけられて瀕死の重傷を負う。源蔵は勘助を民家にかくまい、彼の傷の手当をする。そして源蔵は勘助を介抱する合間に、民家の主人が戦に出て留守のため、一人暮し中の人妻、おつたに催淫剤を飲ませて誘惑し、不倫関係となる。源蔵とおつたの献身的な看護の甲斐あって、勘助は右目を失明しながらも徐々に快復する。その後、敗残兵となったおつたの夫が帰還したため、勘助と源蔵はおつたの家をあとにする。(其之壱「落武者二人」)
勘助と源蔵は村外れの小屋に身を潜める。源蔵は時おり村の若い女、あやを小屋に呼び寄せて逢引きを楽しむ。ある夜、勘助は、将来出世して自分の名を天下に轟かせるという大いなる野望を源蔵に明かす。源蔵は勘助から頼まれた槍と鎧を入手する。そして源蔵とあやとの逢引き中に知人の忍者、飛び加藤が現れる。そして、飛び加藤は勘助が目論む野盗狩り計略の仲間となる。(其之弐「魔性の忍者」)
勘助は源蔵と飛び加藤を伴い、野盗狩りに出立する。六人の野盗は難なく倒すが、その直後に大勢の仲間が襲って来て、勘助達は逃走する。その時雷雨となり、飛び加藤が得意の集団催眠の幻術を使って敵を全滅させる。(其之参「野盗狩り」)
32人もの野盗を成敗した勘助達は、村の長老から歓待を受ける。その際、飛び加藤は幻術を用いて全員に乱交の幻覚を見せる。勘助一行の凄腕を恐れた長老は、勘助との約束どおり村人に命じて、彼らの活躍ぶりを近在近郷に吹聴させる。勘助達の武勇伝は尾ひれが付いて近隣に広まり、ついに供を連れた武士が勘助を訪ねて村にやって来る。(其之四「売り込み」)
第2巻<梟雄の章>
山本勘助を訪ねて来た諏訪頼継の使者、佐山信方は、勘助ら三人に仕官を依頼する。勘助はこれを快諾し、源蔵と飛び加藤を伴い、信濃に旅立つ。勘助達三人は高遠城に着き、頼継に謁見する。勘助達は、この半年間で200人もの雑兵が召し抱えられている事を知り、戦さが近い事を感じ取る。源蔵は情報収集のために、頼継の愛妾である桔梗に狙いを定める。(其之壱「仕官」)
源蔵は桔梗が住む屋敷に忍び込み、桔梗に催淫剤を溶かした茶を飲ませ、桔梗をまんまと愛欲の虜として籠絡に成功する。さらに源蔵は勘助の依頼で、戦さのための馬を買う金を桔梗から調達し、桔梗から得た情報で、頼継が上原城の諏訪頼重を倒して、諏訪一族の惣領となるという謀反を企んでいる事を知る。その夜、小笠原勢が三方から領内に攻め込んで来る。勘助は佐山の指揮下に配属され、高遠勢の参謀役となる。勘助は源蔵に敵陣の様子を探らせ、彼らが油断している事を知る。そして勘助は佐山に進言し、敵の読みの裏をかき、深夜に敵陣へ奇襲をかける。奇襲に成功した勘助は、さらに旗を無数に作らせて「見せ勢」作戦を挙行する。この計略は見事に成功し、高遠勢を大軍と思い込んだ敵は反撃を中止し、援軍を呼ぶ急使を走らせる。敵陣を探っていた源蔵は急使を襲い、援軍の加勢を阻止する。そしてその夜、高遠勢が仕組んだ多数の松明をまたしても大群と見誤った敵軍は、高遠勢の夜襲によって戦う気力失い、敗走する。かくして「見せ勢」作戦はまんまと成功し、勘助は自軍の大勝利へと導く殊勲を挙げる。(其之弐「見せ勢」)
各地を歩いて見聞を広め、兵法書を熟読して自身の行跡を地図に残していた勘助は、大勝利にもおごらず、さらに大きな野望を見据えていた。そして勘助は、源蔵から諏訪頼継による謀反の企みを聞き、諏訪一族の内乱が近い事を感じる。一方、源蔵は武田晴信の使者が頼継を訪ねて来る事を知り、高遠城に忍び込むが、城に潜んでいた忍者に見つかって逃走する。雪道を数名の忍者に追われた源蔵は敵を倒すが、自分も重傷を負って雪の中に倒れ込む。(其之参「頼継謀心」)
源蔵を追う追手の中にいた勘助と飛び加藤は、瀕死の状態の源蔵を発見する。曲者が源蔵だった事を知った勘助は源蔵を救おうとするが、源蔵は勘助が窮地に陥る事を避けるため、助けを断って雪の夜道に姿を消し、ようやく桔梗の屋敷にたどり着く。桔梗は、重傷の源蔵を強い匂いがする薬草で手厚く看病する。翌日、頼継が桔梗を訪ねて来るが、桔梗は機転を利かして自分の腕に熱湯をかけ、薬草を塗る。桔梗の部屋には薬草の異様な匂いが立ち込め、桔梗の大火傷の痕を見た頼継がすぐに引き返した事で、源蔵は発覚を免れる。自分を救うためにあえて大火傷を負った桔梗に対し、源蔵は深い恩義を感じて男泣きする。(其之四「生きる資格」)
第3巻<戦塵の章>
源蔵の正体を佐山信方に見破られたため、飛び加藤は佐山を斬殺し、死体を氷の張った池の底に沈める。一方、仲間が殺害された事を知った諏訪頼継配下の忍者集団のお屋形・幻竜は、敵が領外の忍者である事を見抜く。やがて傷が癒えた源蔵は、武田晴信勢の動きを探るために甲斐に向けて旅立つ。飛び加藤は敵の忍者に急襲されるが、得意の身の軽さを発揮し、一人を残して敵を全滅させる。(其之壱「黒幕捜し」)
飛び加藤は一人残った敵の忍者、兵次に催眠術をかけ、敵のアジトを聞き出したあと、殺害して兵次に変装する。兵次に化けた飛び加藤は敵のアジトに赴き、幻竜を倒そうとするが、失敗して逃走する。逃げる飛び加藤を追って、大量の忍犬が放たれる。得意の幻術も忍犬には利かず、飛び加藤は忍犬に嚙まれて傷を負いながらも山本勘助の家に行き、勘助に危機が迫っている事を知らせる。勘助は急いで身支度をし、甲斐に向かう。一方、甲斐では源蔵が薬売りに化けて、武田家近辺の内偵活動を行っていた。そして晴信の屋敷に忍び込んだ源蔵は、晴信が頼継の密使と会っている現場を目撃する。そして再び諏訪に戻った源蔵は、桔梗から勘助と飛び加藤が逃走した事を知らされる。もうすぐ武田勢が高遠城に攻入る事を知っている源蔵は、恩人でもある桔梗を命にかけて守り抜く事を決意する。(其之弐「高遠脱出」)
甲斐に戻った源蔵は、薬売りをしながら情報収集を続ける。仲間から「顔に刀傷がある男」が近くにいる事を聞き出した源蔵は、民家の薪割りをして糊口をしのいでいる勘助と再会する。勘助は源蔵から「謀反を企てる頼継の黒幕は晴信」「晴信は諏訪一族の惣領家、諏訪頼重を倒したあと頼継も倒し、信濃全土を攻略する計画」という情報を得る。やがて武田勢の誇る騎馬集団3千騎と軍兵2万人の軍団が頼重の領内に侵攻する。これに呼応して頼重に反旗を翻した頼継率いる高遠軍と、諏訪下社の金刺軍が、諏訪上原城に向けて進撃を開始する。晴信の妹を妻とする頼重は、晴信の裏切りに怒って敵に夜襲をかけるが、待ち伏せていた武田勢の騎馬軍団に迎撃されて敗退する。さらに頼重は、高遠軍と金刺軍が謀反を起こして領内に進撃している事を知って激怒。頼重軍は上原城に火を放ち、桑原城に転進する。(其之参「諏訪攻略」)
高遠と金刺の連合軍は、頼重を追って桑原城を取り囲む。譜代の臣までが逃げ出し、城の中にはわずか20人の家来のみとなった頼重は、団結できずに敵に寝返った諏訪一族の愚行を嘆き、討ち死を覚悟する。ところが、晴信は頼重に使者を送り、意外にも和睦を申し入れる。使者は頼重に、今回の出陣は頼継の換言により頼重が謀反を企てていると聞き及んだ結果である事を伝え、詫びとして頼継を討つために武田軍が兵を貸す事を提案する。頼重は和睦を受け入れ、一時甲斐に向かう事を了承する。ところが、甲斐に着いた頼重は晴信の家臣から切腹を申し渡されて驚愕する。そして謀られた自分の運命を悔やみながら切腹して、27歳の生涯を閉じる。わずか22歳にして、これだけの作戦行動を見事に成功させた晴信という人物の器の大きさに、勘助は強い関心を抱く。その後、信濃領は西部が頼継、東部を晴信が治める事となった。諏訪一族の惣領の座どころか、領地の半分を晴信に奪われてしまった頼継は、晴信の策略にまんまと嵌められた事を恨み、幻竜に晴信の暗殺を命じる。源蔵は桔梗から得た情報で、頼継が晴信を暗殺するため刺客を放った事を知り、それを勘助に知らせるため甲斐へと走る。(其之四「頼重自刃」)
第4巻<鳴動の章>
山本勘助は源蔵から武田晴信の暗殺計画を知らされ、自分が刺客を倒して晴信を救う事を決意する。源蔵は薬売りの仲間と同じ宿に泊まった二人の旅の僧侶が、実は変装した二人の男が刺客だと見破る。ある夜、晴信は道中を二人の刺客に襲われ、家来は斬殺され、自身も絶体絶命の危機に陥る。とその時、勘助が刺客の前に立ちはだかる。勘助は源蔵の毒吹き矢の助けを借りて二人の刺客を倒す。晴信は、命の恩人となった勘助を好待遇にて武田家に仕官する約束をする。しかし、半月も過ぎて音沙汰がない事をいぶかった源蔵は、勘助の静止を振り切り、探りを入れるために晴信が住む館に忍び込む。だが、館の屋根裏に張り込んでいた警備の忍者に見つかってしまい、源蔵は周りを取り囲まれてしまう。(其之壱「刺客」)
武田家の忍者や家来達に追われた源蔵は、間一髪ところで逃走に成功する。翌日、晴信は勘助の素性調査を依頼していた板垣信方から、勘助の過去の経歴を聞く。晴信は、勘助がかつて今川義元の客分だった事を知り、自分なら勘助を使いこなせると確信する。そして勘助のもとに使者を送り、屋敷と家来50人を与えて仕官する事を伝える。勘助は、武田家の仕官を好機として、自分の旗印を大地に駆け巡らせるという大志を抱く。(其之弐「武田家仕官」)
仕官が決まって豪華な屋敷の主となった勘助は、源蔵と二人でささやかな祝杯を交わす。勘助は新調の着物を着用し、右目には小銭の眼帯をはめて晴信に謁見する。晴信から信濃攻略の是非を問われた勘助は、自身の識見を披露し、晴信を感心させて信頼を得る事となる。そして勘助もまた晴信の度量の広さを知り、気持ちを新たにする。一方、飛び加藤は各地を放浪しながら集団催眠を使い、手品まがいの見世物で小銭を稼ぐ、という荒れた生活を続けていた。そしてある雪の日、久しぶりに高遠の桔梗のもとを訪れた源蔵は、諏訪頼継が上原城に向かって出陣した事を知る。源蔵は緊急事態を知らせるために上原城にいる板垣のもとへと走るが、その途上で、周辺を警備していた頼継配下の忍者達に襲われる。危機一髪のところに偶然居合わせた飛び加藤が現れ、得意の幻術で敵を一網打尽にする。(其之参「放浪の忍者」)
上原城に着いた源蔵は、頼継勢が城に向かっている事を板垣に告げ、甲斐の勘助のもとへ向かう。源蔵から経緯を聞いた勘助は「掎角の計」の作戦を立案し、源蔵を再び上原城に向かわせる。そして勘助は、晴信に上原城の現状を報告する。晴信は勘助の作戦に同意したものの、自分の指示なしに動いた勘助を叱責する。しかし、勘助が立てた「掎角の計」は源蔵の活躍もあって成功し、頼継勢に深刻な打撃を与える。(其之四「掎角の計」)
第5巻<雄略の章>
雪の中、上原城では両軍のにらみ合いが続いていた。源蔵は敵陣への夜襲と見せかけてすぐに退却する、というじらし戦法を幾度も決行し、敵兵を疲弊させる。そして敵側が油断したところを見計らって一気呵成に夜襲をかけ、備蓄されていた敵側の食料を焼き払う事に成功する。かくて諏訪頼継勢は、なすすべもなく甚大な犠牲だけ払って高遠に退却する。そして、作戦成功の報を聞いた甲斐の武田晴信は、雪解けと同時に高遠攻略の先陣を切る事を山本勘助に命令する。勘助は源蔵に牝馬を数多く集めておくよう依頼し、春を待つ。やがて春になり、勘助を先陣とする甲州軍団が出陣する。兵の後方には約50頭もの牝馬が続いていた。(其之壱「甲州軍団」)
源蔵は桔梗を救うために一足先に高遠へ向かう。しかし、途上で幻竜率いる忍者集団に見つかり、その場は逃走に成功するが、危機を悟った源蔵は桔梗の屋敷に急行し、侍女のさくらを伴って三人で高遠を脱出する。源蔵は山中で甲州軍団を待ち伏せしている敵の騎馬軍団500騎を発見する。源蔵は桔梗とさくらを洞窟に隠れさせ、高遠に向かって来る甲州軍団と落ち合うために、来た道を戻る。しかし、その途上でまたもや幻竜に発見される。源蔵は、大勢の忍者に襲われて瀕死の重傷を負いながらも甲州軍団に合流し、勘助に敵の伏兵が待ち伏せしている事を知らせる。勘助率いる先陣部隊は、人数では劣勢ながらも敵兵に攻撃を仕掛ける。両軍が激突すると、敵の騎馬部隊の牡馬は甲州軍団の牝馬に興奮して暴れ出す。敵軍がバラバラになった時に、甲州軍団の本隊が駆けつけ、敵軍を一網打尽にする。馬の交尾期を見据えて多数の牝馬を用意した勘助の作戦が見事にはまり、勘助率いる先陣部隊は高遠軍の第一陣を突破する。(其之弐「勘助先陣」)
山中の洞穴に隠れていた桔梗とさくらは、高遠軍の敗残兵に発見され、陵辱されて殺害されてしまう。変わり果てた桔梗の姿を見た源蔵は慟哭し、重傷の身体を奮い起こして彼女の墓を一人で掘る。そして高遠城を目指して進撃する勘助の先陣部隊の前に、農民に変装した幻竜が現れて源蔵を襲う。重傷の源蔵はまたも傷を負わされるが、勘助に救われて命を取り留め、幻竜は逃走する。敗北を予見した頼継は、側近らと共に高遠城を落ちのびる。高遠城に入った晴信は、高遠城を信濃全土攻略の拠点とするため、難攻不落の城にすべく勘助に城の改築を命じる。晴信は藤沢頼親を討つために箕輪城に向かい、その間勘助は、のちに「勘助郭」と呼ばれる高遠城の大規模な増築に着手する。(其之参「源蔵慟哭」)
勘助郭の工事現場で、石垣が崩れ落ちるなど不審な事故が相次ぐ。傷が癒えた源蔵は事故現場を観察し、工事の妨害をするために、敵の間者が人夫に紛れ込んでいると睨む。そしてその間者は敵が放った忍者である事をつきとめ、夜中に間者を追跡するが、大量の忍犬に取り囲まれる。源蔵は辺り一帯に火を放ち、その火に気づいた勘助が家来と共に駆けつける。そこに間者に指示を出していた幻竜が現れ、源蔵を襲うが、源蔵は間一髪で幻竜を殺害する事に成功する。(其之四「勘助郭」)
第6巻<風火の章>
追手から逃れた敵側の忍者は、何食わぬ顔で人夫に変装し、工事現場に舞い戻る。そして、ほかの人夫達に睡眠薬入りの酒を飲ませ、闇夜にまぎれて工事現場の足場を崩すための工作を行う。それに気づいた山本勘助と源蔵は、逃げる敵を追い詰める。源蔵の毒煙で敵の動きを止め、勘助の合図で一斉に放たれた弓矢の雨で、ついに敵の息の根を止める。これで城作りの邪魔者がいなくなり、信濃全土の制覇に近付いた事に勘助は安堵する。(其之壱「忍者刈り」)
時は流れ、信濃伊那地方の豪族を押さえ込んだ武田晴信は、北信濃の豪族、村上義清が属城とする砥石城の攻略に、4000人の兵を伴って向かう。だが、現地では8000人もの村上の軍勢が待ち受けていた。勘助は一旦退却する事を晴信に進言するが、晴信は聞き入れず、強引に兵を出撃させる。しかし、多勢に無勢で戦局は一気に悪化し、勘助は一か八かの戦法を選択して、少数の騎馬隊を率いて背後から敵陣に突っ込む。そして、勘助らが敵陣を撹乱している間隙を突いて本隊が突撃する。勘助の働きで形勢は逆転し、村上勢は退却する。しかしながら、数多くの兵を失った武田勢は砥石城攻略を中止し、甲斐に引き上げる事となった。(其之弐「北信の強豪」)
天文15年の夏、甲斐は自然災害と飢饉に見舞われ、晴信は信濃攻略よりも領地の立て直しに追われていた。ところが、信濃で村上義清が豪族達と連合を組む、という情報を得た晴信は、勘助の制止も聞き入れず、武田軍団は北信濃への進撃を開始する。北信濃の上田原で武田軍団は村上勢と決戦。第一陣を率いる板垣信方は討ち死にし、第二陣も突破され劣勢となり、ついには晴信と義清との大将同士の一騎討ちとなる。両武将の決闘は決着がつかず、晴信は上原城に退却を余儀なくされる。捲土重来を図る晴信に応えるために、勘助は源蔵に信濃の豪族の動きを探る事を命じ、源蔵は深志城に忍び込む。そして源蔵は、豪族達が同盟を結んで打倒武田の兵を挙げる密談をしている事を知る。(其之参「存亡の危機」)
勘助は、信濃の「小笠原」「村上」「仁科」「藤沢」らの反武田勢力が手を結び、挙兵の準備を始めている事を源蔵からの情報で知る。晴信から対応策を問われた勘助は、今は反撃に出ず守りに徹するべきだと意見する。元来まとまりのない信濃の豪族達ゆえ、時が経てば必ず仲間割れをするとの判断でもあった。以前、勘助の忠告を聞かずに手痛い目に遭った晴信は、今度は勘助の言う通りに出陣を控え、敵の襲来に備えて守りを固める。天文17年4月に信濃連合軍は下諏訪を攻め込み、集落を焼き払って進撃する。勘助は信濃連合軍の動きを探るために源蔵に命じて敵陣に潜入させる。源蔵は小笠原と仁科が下諏訪の領有で対立し、両勢共に兵を引き上げた事を知り、勘助にその旨を報告する。勘助は信濃随一の豪族、小笠原長時を第一の標的とする事を晴信に提言する。こうして、天文17年7月に武田軍団は反撃の兵を集結させ、塩尻峠に布陣を張る。ここで勘助は陣を張ったその翌日の未明に、敵陣へ奇襲をかける作戦を立てる。敵の意表をついた奇襲攻撃は見事に成功し、わずか数時間で小笠原軍は壊滅状態となる。勢いに乗る武田軍は勘助の指揮のもと、直ちに反武田勢力に襲いかかり、9月までに13もの城を落城させる。そして、残るはただ一人、晴信に苦杯をなめさせた義清のみとなり、武田軍はいよいよ北信濃攻略に向けて出陣する。(其之四「決戦 塩尻峠」)
武田軍対村上軍との戦闘は長引くが、晴信に味方する真田幸隆によって砥石城が落城し、村上義清はのちに上杉謙信となる越後の長尾景虎のもとに逃れる。勘助は敵の動向を探るために源蔵を越後に走らせる。越後で放浪生活をしていた飛び加藤は、幻術の腕を買われて長尾家に仕官する。それを知った源蔵は飛びの加藤と戦う事を決意し、愛人の小夜に勘助への手紙を託す。そして源蔵は飛び加藤と対決するが惜敗し、ついに激動続きだった数奇な一生の幕を閉じる。策略を講じて甲斐の勘助のもとを訪れた飛び加藤だったが、すでに源蔵からの手紙で事のいっさいを事前に知っていた勘助は、鉄砲隊による発砲で飛び加藤の息の根を止める。勘助は苦楽を共にした盟友の死を偲び、源蔵の位牌を抱いて戦場に出る事を決意。その後、武田と上杉は宿命の戦いを繰り広げる事になる。(其之五「信濃制覇」)
登場人物・キャラクター
山本 勘助 (やまもと かんすけ)
天に駆け昇る咬龍の如く、その名を天下に轟かせる事を夢見る武士の青年。戦さで傷付き片目を失った事から「隻眼の竜」とも称される。勉学に勤しみ書物から得た知識を兵法に生かす行動力を持つ。日本各地の土地の特徴を暗記している。実在の人物、山本勘助がモデル。
源蔵 (げんぞう)
身が軽く腕の立つ一匹狼の忍者の男性。戦場で負傷したところを救われた山本勘助に恩義を感じて親友となり、以後はつねに行動を共にする。薬草に詳しく、自分で調合して医薬や毒薬、火薬、催淫剤などを作る能力を持つ。背が低く冴えない容姿だが、精力絶倫で女性には優しく義理堅い性格。
おつた
山本勘助と源蔵が隠れ場所とした村の民家の美しく若い人妻。夫は雑兵として戦場に駆り出されており、一人暮らしをしている。源蔵と不倫関係となり彼と共に重傷を負った勘助を献身的に看護する。
飛び加藤 (とびかとう)
各地を放浪して歩く忍者の男性。樹々を素早く飛び移る敏捷な跳躍力があり、集団催眠を使った幻術を得意としている。冷血でニヒルな性格だが、いつの日か仕官して出世するという現実的な野望も持っている。放浪中は幻術を使った手品まがいの大道芸で小銭を稼ぐ。
あや
源蔵の愛人となった村の娘。源蔵の性的技巧にすっかり籠絡されており、愛する源蔵のもとへ足しげく通う。源蔵の頼みなら何でも言う事を聞く従順な性格。山本勘助の出世のために槍と鎧を用意する。
長老 (ちょうろう)
山本勘助が住む村の長老の男性。村一番の大金持ちで大邸宅に住んでいる。村の有力者で村人に指図して思いどおりに動かす事ができる老人。勘助達を利用して野盗軍団を退治したいと考えている。
佐山 信方 (さやま のぶかた)
諏訪頼継の家臣を務めている。頼継からの信頼が厚い中年男性で、頼継の意向を受けて山本勘助を召し抱えるために使者として勘助と面会する。戦さの際には先陣を切って出撃する勇敢な人物。
諏訪 頼継 (すわ よしつぐ)
信濃国の豪族の一人で、高遠城の城主を務めている。諏訪一族の一員ながら武田晴信と内通し、一族の惣領、諏訪頼重に刃向かい、信濃全域の支配を目指している。権力欲が強く短気な性格の持ち主。実在の人物、諏訪頼継がモデル。
桔梗 (ききょう)
諏訪頼継の愛妾。すらりとした体型の美人で、北の館と呼ばれる屋敷に居住している。源蔵の愛人となり、高遠城内の動きなどの極秘情報を提供する役目を担う。愛する男性のためには身体を傷付ける事もいとわない芯の強さを持つ。
幻竜 (げんりゅう)
諏訪頼継に仕える忍者軍団の頭領を務めている男性。冷徹な性格で、諏訪地方各地の忍者衆を束ねるリーダー的存在。禿げ上がった頭に鋭い目つきの老人だが、動きはすばやく的確な判断力を持つ。
武田 晴信 (たけだ はるのぶ)
甲斐国の領主を務めている男性。まだ20歳前半という若者ながら、甲斐の豪族達をまとめて国を治める。山本勘助の実力を買って軍師として重用する。人望が篤く、洞察力と決断力に優れ、天下統一の足がかりとして諏訪全域の征服を目論む。実在の人物、武田信玄がモデル。
諏訪 頼重 (すわ よりしげ)
諏訪一族の惣領家の当主。上原城を居城とする男性。武田家と和睦し、武田晴信の妹である禰々を妻としている。諏訪の豪族達が領地争いに明け暮れ、一向に団結しない事を腹立たしく思っている。実在の人物、諏訪頼重がモデル。
板垣 信方 (いたがき のぶかた)
武田晴信の家臣。上原城の城代を務めている男性。晴信が最も信頼する武将の一人で、山本勘助を武田家に仕官させる際に、勘助の素性を詳しく調べて晴信に報告する。戦さの際には第一陣の大将となって兵を鼓舞する勇敢な性格。実在の人物、板垣信方がモデル。
村上 義清 (むらかみ よしきよ)
北信濃地方の豪族の領袖。葛尾城の城主で、砥石城を属城とする男性。普段はほかの豪族達とは不仲だが、打倒武田家のために協力して兵を挙げる反武田勢力の急先鋒的存在。武田勢との戦闘では武田晴信と一騎討ちをする。実在の人物、村上義清がモデル。
小笠原 長時 (おがさわら ながとき)
信濃随一の豪族、小笠原氏の当主。林城の城主を務めている男性。村上義清の呼びかけにより武田家打倒のために兵を挙げるが、肝心の戦闘中に仲間割れして退却するという、大きな失敗を犯す。実在の人物、小笠原長時がモデル。
集団・組織
武田家 (たけだけ)
甲斐国(現在の山梨県一帯)を領地とする武家の名家。平安時代末期から継承されてきた家柄で、戦国時代には武田晴信(のちの武田信玄)によって信濃国にまで領地を拡大し、天下にその家名を轟かせた。
諏訪一族 (すわいちぞく)
信濃国(現在の長野県一帯)を領地とする武家の名門一族。戦国時代には諏訪頼重が一族の惣領であった。しかし、頼重は信濃の豪族達をまとめきれず、武田家と同盟を結んだ諏訪頼継に謀反を起こされるなど混乱を招く。
場所
勘助郭 (かんすけくるわ)
武田晴信の命令を受けた山本勘助が、大規模な増改築工事によって建て直した改築後の高遠城の俗称。元は諏訪頼継の居城だったが、勘助の見事な設計で見違えるような難攻不落の城に生まれ変わった事から「勘助郭」と呼ばれるようになった。
その他キーワード
ヨヒンベ
源蔵が女性から情報を得る目的で、頻繁に用いる催淫剤。遠い外国から交易船で輸入された貴重な薬。ヨヒンベを飲めば、男性は老人でも20代の若者のように精力絶倫となる。女性に飲ませるとたちまち身体が火照ってきて、男性なしではいられないほど、なすがままの淫乱になる。
咬竜 (こうりゅう)
古代中国に伝わる架空の動物。沼の底に潜み、力をたくわえて天に昇る機会をうかがっている巨大な竜。ひとたび時期が訪れれば、雲を呼び風を起こして一気に天までかけ昇るという伝説がある。出世欲に燃える山本勘助が目標とする存在。
見せ勢 (みせぜい)
自軍を大軍勢に見せかける戦法。昔の戦さにおいて用いられたもので、夜間に長い棒に何本もくくりつけた松明を行進させ、軍勢が移動していると見せかけるなど、敵を撹乱するためにも用いられる。山本勘助は、着物やムシロで作った急ごしらえの旗を自陣内に立てて見せ勢とした。
乱派 (らっぱ)
「忍者」の別称。東日本エリアで使われる事が多く、主に諏訪の忍者衆がこの呼称を用いる。西日本では「透波」と呼称される事が多い。ほかに「突破」などと呼ばれる事もある。
掎角の計 (きかくのけい)
山本勘助が諏訪頼継勢と戦った際に用いた戦法。敵陣を前後から挑発し、つねに後方から敵を叩くという、戦地での奇襲戦術の一つ。その名は鹿を捕えるさまを表しており、「掎」は「足を取る」、「角」は「角を取る」という意味。