男子が好きな男子の物語
男子高校生の熱海高汰は、自らの恋愛対象が男子ということを自覚しているが、作中にはほとんど恋愛描写はない。相手のちょっとした仕草で簡単に好きになってしまう惚れっぽい熱海の恋は、いつも成果が出ないまま終わってしまうが、どんな相手との出会いも熱海自身に小さな変化をもたらしていく。男子を好きになる男子の物語ながら、BLというジャンルのくくりに単純には当てはまらないところに、本作の不思議な魅力がある。
かたくなな熱海高汰の気持ちの変化
イケメンながら天然な熱海高汰は足立晴を好きになったことをきっかけに、人とのかかわり合いが増えていく。そして熱海にとって足立は、恋愛対象から親しい友達へと変化し、まるで家族同様の不思議な存在となる。熱海は、足立を介して親しくなった国島やクラスメートの辻、となりのクラスの楠本など、さまざまな人と交友関係が広がっていく。熱海は好きになった相手だけでなく、苦手意識を持った相手ですらも自分自身に何らかの気づきを与えてくれることを悟り、かたくなな熱海の心に少しずつ変化が表れる。
静かに流れる時間
熱海高汰をはじめとする高校生たちの日常は、特に大きな事件やトラブルが起きるわけでもなく、変化といえば学校行事くらいのもので、退屈でありふれた日々を送っている。現実と同じように、あえて描かなくてもいいような友達との些細な会話が繰り返され、優しい関西弁によって時間が穏やかに流れていく。友達との会話やそれぞれの頭の中で考える言葉は、どこか哲学的で文学的でもあり、あたかも実在するかのような既視感のある等身大の高校生男子の姿が描かれている。
登場人物・キャラクター
熱海 高汰 (あたみ こうた)
とある高校に通う1年生の男子。生真面目で実直な性格の持ち主。人の多い場所が苦手で、休み時間には教室を離れて体育館裏に行くことが多い。考え事を始めると周囲の音がまったく耳に届かなくなる。一人っ子で、現在は父親と二人で暮らしている。恋愛対象は男性で、非常に惚れっぽくそれでいて移り気な一面を持つ。女子からの人気が高く、毎日のように告白されているが、好意の波を荒立てることなく穏やかに収めることに尽力している。自分がモテる理由は容姿がいいからだけだと考えており、「僕の顔がいいばっかりに」と一人嘆くこともある。そんな中、体育館裏で偶然知り合った一年先輩の足立晴に惹かれるようになる。実は中学時代に初めて好きになった相手に気持ちを打ち明けたが、自分の気持ちを否定されてしまったため、それ以来人からの好意をうまく受け取れなくなってしまっていた。そんな自分の消化できない気持ちを、足立に相談を持ち掛けた流れで告白するが、断られてしまう。だが、足立が自分の気持ちに向き合ってくれたため、モヤモヤすることなく、彼の言葉を素直に受け入れることができた。それからも足立との付き合いは変わらず時には彼に恋愛相談をしたり、足立の家族に歓迎されたりしながら信頼関係を築いており、金曜日には食事をごちそうになることが増えていく。実父との関係は悪くはないが、必要なこと以外を話さないほどコミュニケーションは最小限で、父親の意を察して会話に少々疲れを感じている。
足立 晴 (あだち はる)
熱海高汰と同じ学校に通う2年生の男子。休み時間に体育館裏にいることが多く、そこで偶然熱海と顔を合わせて以来、なんとなくなかよくしている。両親と姉の四人家族だが、現在父親が単身赴任中のため、三人で暮らしている。基本的に飾らない家族関係で、いつでも他人の訪問を歓迎する和気あいあいとした家庭環境にある。読書好きで、穏やかな性格の持ち主。一見、何も考えていないように見えるが、人を不快にさせない気遣いができる。熱海が父子家庭であることを知り、自宅に招いて家族といっしょに食事をした帰り道、熱海の恋愛相談に乗った流れで告白されることになる。一瞬驚いたものの、きちんと熱海の気持ちに向き合ったうえ、自分にも好きな人がいるからときっぱり断った。それからも熱海とは変わらない付き合いが続いており、金曜日には熱海が家にやって来て食事を共にしている。クラスメートの女子・諏訪に思いを寄せている。
書誌情報
いやはや熱海くん 3巻 KADOKAWA〈ハルタコミックス〉
第1巻
(2023-01-14発行、 978-4047373372)
第2巻
(2023-10-14発行、 978-4047374720)
第3巻
(2024-08-09発行、 978-4047379558)