あらすじ
第1巻
体が徐々に変化し、やがて人格が失われる不治の病である変身病。半田は、この病に侵されて徐々にパンダ化が進行中だった。そんな半田は、高校時代の先輩の竹林から声を掛けられ、現在は竹林探偵事務所で探偵見習として働いている。変身病にかかわる案件専門のこの探偵事務所には、日々さまざまな依頼が舞い込んできていた。そんなある日、スリを繰り返し、盗んだ金で日々を送っていた16歳の渡ナオコは、盗んだ物の中に自分自身のことが事細かく書かれているノートを見つける。それは、探偵として依頼を受けた半田と竹林が、ナオコの身辺調査をした内容をメモした大事なノートだった。よりによって調査対象者本人に盗まれてしまったことで、ナオコに調査がバレてしまったことに二人は頭を抱えるが、そんな彼らにナオコの方から接触してくる。複雑な家庭事情を持つナオコの過去と、実は変身病で鳥化が進行しつつあるという現在の悩みを打ち明ける。そんなさまざまな事情が明かされていく中、ナオコは調査を依頼した依頼者が、幼い頃に生き別れた自分のパパであることを知る。ナオコは、当初こそそんな父親に反発して逃げようとするが、いっしょに暮らしたいというパパの思いが、ウソ偽りない本心からのものであることを知り、彼のもとで温かい日常を取り戻す。だが、それはパパのある一言で再び壊れてしまうこととなる。(第1話。ほか、4エピソード収録)
登場人物・キャラクター
半田 (はんだ)
変身病を患う男性。種類はジャイアントパンダ。病気発覚から1年で、髪の毛に耳のような突起ができ、目の周りもパンダ同様に黒くなった。もともと教職に就いていたが、病気が発覚して解雇になった際に、同じ高校の先輩だった竹林から声を掛けられ、竹林探偵事務所で助手として働くことになった。しかし、アルバイト待遇のうえ、時給も安く、サービス残業ばかりで苦しい日々を送っている。調査対象者につい感情移入しすぎるところがあり、依頼者に怒りの感情を持つことも少なくない。そのため、竹林からはよけいなことをするなとよくたしなめられている。のちに、平安英二を捕獲する際に起きたトラブルで、自らの中に降って湧いた、人間としての自分とは明確に違う感覚や感情を自覚。この時の、怒りではなく静かながらはっきりとした殺意を覚えた自分が怖くなり、探偵事務所を辞める決断をする。しかし、初葉アヤとの出会いが後ろ向きな考え方を変え、すべてを竹林に打ち明けて相談した結果、探偵を続けることに決めた。竹林や泊木など、周囲の人々からはその外見もあり、「パンダ」と呼ばれている。
竹林 (たけばやし)
竹林探偵事務所を営む男性。半田は同じ高校の後輩にあたり、病気で教職を解雇された半田に声を掛け、彼を助手として雇い、いっしょに働くことになった。感情を表に出さないタイプで、血も涙もないように振る舞っているが、実は以前、付き合っていた彼女が蝶になる変身病を患い、病気を苦にして自殺してしまった。最期まで彼女を支えるつもりでいたが、彼女を死なせたことに責任を感じ、ずっと自分を責め続けている。彼女の死後、探偵事務所を開いて現在に至る。足が悪く、いつも杖をついている。実は変身病を患っているが、詳細は不明。クラシック音楽には多少造詣があり、ピアノを弾くことができるが、あまりうまくはない。猟銃免許を持っており、今後の自分自身に不安を抱えて探偵をやめようとした半田に対し、何かあったら銃で撃つから安心しろと説得した。
渡 ナオコ (わたり なおこ)
中学卒業と同時に家出した16歳の女の子。現在はネットカフェや友人宅などを転々としていて、住所は不定の状態。スリを働き、盗んだ金で生活している。竹林探偵事務所に彼女の身辺調査依頼があり、半田と竹林から尾行され、調べられていた。スリで盗んだ物の中に自分のことがメモされた半田の手帳を発見し、自分の調査を依頼した相手が母親なのではないかと期待するが、違うことがわかって落胆する。実は4歳の時、両親が離婚して親権を持つ母親に引き取られたが、その後まもなく、母親が再婚。義父とのあいだに弟が生まれ、四人で暮らしていた。家族は円満に見えたが、父方の実家に帰省する際には同行せず、まだ10歳の子が一人で留守番するなど、円満でない状況もかいま見られた。そのため、母親からの愛情を欲している。10歳の時に変身病を発症しており、現在は胴部に種別不明の鳥との混合が見られる状態となっている。相手に質問を重ね、瞬間に浮かんだ微表情から本心を読み取ることに長けている。そのうえ視力が鳥並みにいいため、持ち前の洞察力が飛躍的に向上し、人のウソを見破る能力に結び付いた。
パパ
渡ナオコの父親。ナオコが4歳の時に妻と離婚。親権は妻側に決まったため、ナオコとは彼女が小学生の時を最後に会っていない。小さい頃のナオコの写真を財布に大切にしまい込み、ナオコを案じていた。竹林探偵事務所に身辺調査を依頼した張本人で、ナオコといっしょに暮らしたいと考えている。
川島 (かわしま)
ウエノ動物園の園長を務める元男性。変身病により、現在は完全なるメジロの姿になってしまった。しかし、彼はかなり特殊なケースで、病気の進行が大脳を侵す手前で足踏みしている状態。かろうじて思考は人間をとどめており、この状態で2年間が経過している。言葉は鳥の鳴き声として発されるが、それを泊木が日本語に通訳することで、意思の疎通を図っている。
泊木 (とまりぎ)
ウエノ動物園園長である川島の鳥語通訳謙秘書を務める女性。小鳥の川島を頭に乗せて笑顔で話す姿は、まるで自分でしゃべっているように見えるが、実際は頭上の鳥の鳴き声を日本語に変えて通訳しているだけである。川島の代わりに話すときには元気いっぱいで明るいが、泊木自身はかなりシャイで控えめな性格の持ち主。獣医師免許を持っているため、麻酔を扱うことができる。
太巻 常代 (ふとまき つねよ)
変身病により、ビルマニシキヘビになってしまった夫を自宅で飼育していた女性。水槽を掃除しているスキに逃げ出してしまった夫の行方を捜している。ウエノ動物園を通して失踪人捜索を依頼し、竹林探偵事務所に捜してもらうことになった。ニシキヘビになった夫を捜すのは、変身病の夫を飼育することで年金に割り増し手当がつくため。
九慈 健司 (くじ けんじ)
水泳選手の男性で、年齢は20歳。志尾みちおとは幼なじみの親友で、「才能の九慈、努力の志尾」といつも比較されてきたライバル関係。日本選手権400メートル個人メドレーで、世界記録を更新するなど、輝かしい実績を持つ。オリンピックの目標は、出場四種目すべてで金メダルを取ること。竹林探偵事務所が志尾からの依頼で調査している調査対象者。この調査により、変身病を患っていることが発覚。種類はオキゴンドウだった。幼い頃は水恐怖症で、水に入ることすら怖がっていたが、志尾の特訓のおかげで水に慣れ、ぐんぐん成長していった。しかし、オリンピックを目前に変身病が公になり、五輪代表から除名された。幼い頃、海から特別な声が聞こえ、海が呼んでいるという感覚があった。それは頭がしびれるような、胸が切ないような感覚で、それが海を怖がる理由だった。
志尾 みちお (しお みちお)
水泳選手の男性。九慈健司とは幼なじみの親友で、「才能の九慈、努力の志尾」といつも比較されてきたライバル関係。幼い頃、水中の九慈にイルカのしっぽを見た気がして、疑惑をはっきりさせるために竹林探偵事務所に調査を依頼した。調査の結果、予想どおり九慈の変身病が発覚したため、告発。五輪代表だった九慈はそれによって除名処分となり、自分が代表としての期待を一身に受けることになるが、結果は銅メダルに終わった。いつも前を泳いでいた九慈がいなくなって初めて、九慈の存在に頼っていた自分に気づく。
平安 英二 (へいあん えいじ)
変身病を患う男性で、種類はギガンテウスオオツノシカ。山中を住処とし、時々里に姿を現す日々を送っており、人の頭に角の生えた姿から「セントサマ」と呼ばれている。下半身はシカの様相を呈しているが、食性に変化が表れていないため、植物を食べてもおいしく感じない。腹を満たそうと食べ物を探しに民家に入った際、変身過程だった姿を見た家主に驚かれて逃げたが、その途中、取り押さえようとした警官を突き飛ばし、ケガを負わせた。日常的に窃盗や傷害を繰り返しているため、危険と判断され、猟銃免許を持つ竹林と獣医師免許を持つ泊木に捕獲されそうになったところを、半田の一声で危険を察し、降参した。自分の行いを素直に反省し、おとなしく従う様子を見せたが、山を下りようと打診されたとたん、態度が豹変。皆殺しを匂わせる発言で脅しにかかったため、結局捕獲されて収監されるに至った。妻とは離婚し、もともと営んでいた仕事も5年前に倒産。金銭トラブルにより、親戚縁者とは断絶状態となっていた。
初葉 アヤ (はつは あや)
11歳の女の子で、ショートボブヘアにしている。2歳から変身病を患っており、種類はフジバカマ。2歳からピアノを始め、PTNAピアノコンペティションでD級金賞を獲得。CDデビューもしており、「ピアノの天才少女」と評されている。現在は祖母と母親との三人暮らし。ある日竹林探偵事務所を訪れ、半田に自分を守ってほしいと依頼。1か月後にせまるピアノのソロ・リサイタルを中止にすることを要求した。物静かな印象ながら頑固な性格で、頭のてっぺんから葉っぱが生えている。ピアノという世界で神童として永らえ、さらに病気という点で特別扱いされているという見方をする人は多く、彼女を妬む者は少なからず存在する。彼女の演奏は子供とは思えない力強さがあり、演奏すると自分と周囲に植物が発生。初葉アヤ自身は、極限まで演奏に集中したとき、「ピアノと指を残して世界が消える」という感覚を持っている。さらに、その状態から戻ったとき、植物化が進行していると感じるため、リサイタルなどで長く演奏すると、戻ってこられなくなるのではないかと危機感を覚えている。また、練習後はいつも濃い目のレモネードを飲むことに決めている。
初葉 瑞江 (はつは みずえ)
初葉アヤの母親。WEBデザイン会社を経営する傍ら、アヤのマネジメントすべてを取り仕切っている。眼鏡を掛けてツンとした立ち居振る舞いから、冷たい印象を与える。1か月後にせまるアヤのソロ・リサイタルでの爆破予告を受け、事前になんの相談もなく、探偵を雇ってしまったアヤに不満を抱いている。アヤの日々の練習後、濃い目のレモネードを用意したり、1日の終わりにマッサージをしてあげたりするなど、怖い印象ながらも献身的な様子もかいま見られ、単純に親として娘のドレス姿を喜ぶなど、親子関係は盤石なものとなっている。ずっと二人三脚でやって来たため、娘への期待や信頼は大きい。
場所
ウエノ動物園 (うえのどうぶつえん)
川島が園長を務める動物園。園内に変身病の相談センターがあり、変身病患者の情報を広く収集および管理している。必要に応じて探偵をあっせんすることもある。専門のカウンセラーも常駐しており、不安を持った患者の相談窓口となっている。
その他キーワード
変身病 (へんしんびょう)
人間が、さまざまな動物や植物に変化してしまう病気で、正しくは「特発性多発性染色体変容」と呼ばれる。体の変化は末端から中枢へと移行し、最終的には人格が失われ、完全に別の生物へと変容する。種類はパンダ、鳥、ヘビ、蝶や草花などさまざまで、特に決まりはない。病気の進行は個人差が大きく、完全に変身を遂げるまでに20年以上かかる場合もあれば、数年のこともあるが、残念ながら治癒の報告はない。特殊な例として、川島のように病気の進行が大脳を侵す手前で足踏みしている状態となり、かろうじて思考は人間をとどめている場合もある。世にいう未確認謎生物であるUMAの正体は、この病を患った患者であることが多く、変身過程の患者がカンちがいされて報告されるケースが多く発生している。また、まれに犯罪傾向を示す患者が存在するが、これは著しく向上した身体能力によって社会性や倫理観を低下させたことによるもので、危険なものとして扱われる。植物化する患者は、精神的にも肉体的にもタフになることが多い。それは植物や藻類、一部の微生物だけが持つ能力の恩恵、光合成の影響を受けるからだといわれている。