記憶喪失から始まる恋愛物語
南サヤカが抱える記憶障害は、本作の重要なテーマとなっている。10年来の思い人である鷺沢亮介に告白し、振られたことをきっかけに、サヤカは自分を変えようと決意し、地味な外見から脱却することを目指す。その結果、後輩の町田翔平と交際を始め、同居をすることになる。しかし、椅子から落ちた衝撃で記憶障害を発症し、最近の記憶を失ってしまう。サヤカの記憶は、亮介とデートの約束をした前日で止まっており、それ以降の記憶は完全に抜け落ちていた。そのため、翔平のことはただの生意気な後輩としか認識できず、周囲から「最近お洒落になった」と言われたり、友人から「彼氏はどうなった?」と尋ねられたりするたびに、理解が追いつかず混乱している。しかし、翔平との生活を続けるうちに、記憶の断片が徐々に蘇り、まるでパズルのピースが埋まっていくかのように過去の出来事がつながっていく。そして、失われた記憶の中に翔平の優しさや気遣いを見いだし、彼を好きだったこと、そして今の自分も再び彼に惹かれていることに気づく。記憶の空白を埋める過程で、サヤカが自分自身と向き合い、翔平への新たな思いを育む姿が、本作の見どころとなっている。
鷺沢亮介と南サヤカの心の距離が生み出す葛藤
デザイナーの亮介は、爽やかで人懐っこい性格と端正な容姿を持ち、誰からも愛される存在。しかし、恋愛に関してはどこかつかみどころのない一面がある。サヤカにとって、亮介は大学時代からの特別な存在であり、共通の趣味や価値観を通じて築かれた絆は彼女の心に深く根付いている。しかし、亮介にとってサヤカは気の置けない友人であり、彼女の10年にわたる一途な思いにはまったく気づいていない。物語では、亮介の友人としての気安さと、サヤカが秘めた深い情熱が交錯し、二人のあいだに生まれる微妙な心の距離感が見どころとなる。サヤカは記憶障害を抱え、過去の自分と向き合う中で、亮介との関係にも新たな波紋が広がる。亮介自身も、彼女の変化や揺れる心を通じて初めて自分の本音と向き合うことになり、一度は断ったサヤカへの思いを再考する。だが、翔平とサヤカの絆を知った時、彼は自己犠牲的な選択をし、サヤカの幸せを優先する姿が切なく描かれる。この届かない思いと手放す優しさのあいだで揺れる亮介の内面が、物語に深みを与えている。
謎の青年が引き起こす混乱とその背後に潜む真実
サヤカの前に突然現れた青年・伊賀ジュンヤは、ミステリアスな雰囲気と大胆な行動でサヤカの日常を揺るがすキーパーソンとなる。ジュンヤはサヤカに「以前、バーで出会って一夜を共にした」と告げ、記憶を失った彼女を動揺させる。彼の言葉や態度、そして提示される証拠は非常に具体的で、サヤカは自分の知らない過去に悩み、怯えながらも真相を探る。ジュンヤの登場以降、記憶障害という不安定な状態にあるサヤカは、彼によって自己のアイデンティティを疑い、葛藤し、自分自身を見つめ直す姿が描かれる。しかし、物語が進むにつれて、ジュンヤの行動の裏には意外な真実が隠されていることが明らかになる。実は彼はゲイであり、女性に対する恋愛感情をまったく持っていなかった。すべては翔平の元恋人で幼なじみの小笠原キョーコのため、ジュンヤが自分勝手に行動し、サヤカと翔平の関係を引き裂こうとしていたのだ。虚実が入り混じる混乱を乗り越えるサヤカと翔平の絆が、物語の大きな見せ場となり、結果的にジュンヤの存在は二人の愛を深めるきっかけとして重要な役割を果たす。
登場人物・キャラクター
南 サヤカ (みなみ さやか)
IT企業に勤務する女性。年齢は30歳。黒髪を後ろで束ね、眼鏡をかけた地味な外見をしている。生真面目で仕事熱心だが、控えめで目立たない性格の持ち主。業務能力は高く、周囲からの信頼も厚いが、これまで男性と交際した経験がなく、それが最大のコンプレックスとなっている。一方で、大学時代のゼミ仲間であるデザイナー・鷺沢亮介に対して10年間一途に思いを寄せており、ある日、彼の失恋をきっかけに念願の初デートの約束を取り付ける。しかし、翌朝目覚めると、最近の記憶を完全に失っていた上に、会社の後輩・町田翔平と同居しているという衝撃的な事実を告げられる。同居に至るまでの経緯をまったく思い出せず戸惑うサヤカは、翔平の言葉を疑うものの、彼の「かわいいと思ったから付き合った」というひょうひょうとした中にも真剣さが滲む説明に流され、ルームシェアという形で同居を続けることを決意する。一つ屋根の下で過ごすうちに、会社では見えなかった翔平の優しさに触れ、少しずつ彼に惹かれていく。しかし、長年思い続けてきた亮介への気持ちも断ち切れず、失われた記憶を探る中で、自分の本当の気持ちに向き合うことになる。
町田 翔平 (まちだ しょうへい)
IT企業に勤務する営業マンの青年。マッシュショートヘアでスタイルが良い。仕事をきっちりこなし同僚からも頼りにされているが、プライベートではひょうひょうとしており、時には人に対して厳しい一面も見せる。女性からの人気は高いものの、気持ちが冷めるとすぐに別れを告げるなど、ドライな性格をしている。先輩の南サヤカとは、たまに無神経な発言を交わす程度の希薄な関係だったが、失恋を機に自分を変えようとする彼女の姿に惹かれ、告白して同居生活を始めることになる。ふつうの恋人同士として穏やかな日常を送っていたが、サヤカが椅子から落ちた際に記憶障害を発症し、同居していたことすら忘れてしまう。しかし、町田翔平は無理に記憶を取り戻させようとはせず、彼女のペースに合わせて、つかず離れずの距離感でサポートしている。サヤカが鷺沢亮介を思い続けていることも知っており、彼女の気持ちがどこに向かうのか、最終的な判断はサヤカに委ねるスタンスを取っている。ふだんは軽妙な態度とポーカーフェイスを崩さないが、時折見せる思いやりと誠実さが、サヤカの心を揺り動かしていく。







