祖先の地「丸神の里」へ向かう主人公
さえない大学生の南丸洋二は、手を触れずに物質にごく小さな穴を空けるという、役に立たない超能力の持ち主である。ある日、南丸は同大学の民俗学教授の丸神正美に呼び出されるが、教授は「丸神の里」に向かったあと行方不明になっていた。丸神ゼミの講師の江美早百合によると、南丸と丸神教授は「丸神の里」の豪族、丸神正頼という共通の先祖を持っているらしい。また、最近の教授は、コップや石、その他あらゆるものを、触れることなく削る能力に目覚めたという。さらに同じ時期に、「丸神の里」でカントリークラブの建設計画を進めていた男性が、頭をえぐり取られたような形で殺される事件が発生する。南丸と丸神教授のルーツ、超能力と殺人事件に関連を感じた江美と南丸は、ゼミ員とともに「丸神の里」へと向かう。
二つの超能力の謎に迫るミステリー
本作には2種類の超能力が登場する。一つは「窓の外を見る能力」と呼ばれ、「丸神の里」の大勢が共通して見る「怖い夢」のことである。もう一つは、不思議な球体を対象に当て、球と同じ容積を消失させる「手が届く能力」と呼ばれるもの。こちらは、里でもごく一部の者しか使えない。里の神官になるには両方の超能力を備えている必要があり、里の民は「手が届く者」が年々減っていることを憂えている。そもそもなぜ、里に由来する超能力が存在するのか、それが本作の大きな謎である。全国でも例を見ない、6月に行われる七夕まつり、当時日本にいないはずの「カササギ」が描かれている戦国時代の丸神家の旗、人工物のように平らな頂上をしている丸神山など、様々な違和感を手がかりに、江美と南丸たちは、少しずつ核心に近づいていく。
1000年の歴史を持つ「丸神の里」を襲う危機
「丸神の里」は、1000年以上の歴史を持つ。里の長(おさ)が代々受け継いできたのは、「外部のいかなる権力にも取り込まれてはならぬ」という教えである。過去幾度か危機はあったが、その都度、里は結束し中立を保ってきた。しかし、4年前に失踪した丸神家当主の丸神頼之は、政治家の暗殺に加担するなど、タブーを犯してしまう。頼之は里に縛られず、自由になれることを証明しようとしていた。そのため自分なりに考えを巡らせ、「実験」と称して軽飛行機や船などを消していく。そんな「丸神の里」由来の超能力を危険視した、里の外部のある勢力は「丸神の里」に武装組織を送り込む。
登場人物・キャラクター
南丸 洋二 (みなみまる ようじ)
初登場時は就職を控えた大学4年生の男子。後に清掃会社で働く。通称は「ナン丸」。サークル新技能研究会の部長を務めており、サークル内で唯一「念じることで物質にごく小さな穴を空ける」超能力を持つ。この力を就職に役立てられないか考えるものの、実用性が低く、使い道を見出せずにいた。だが、大学教授の丸神正美の失踪を調査するために訪れた「丸神の里」で、自分と同じ能力の持ち主である東丸高志に出会う。 そこで自分の超能力が「手が届く能力」と呼ばれるものであることを知り、飛躍的にその使い方に目覚めていく。明るく楽観的な性格で、丸神ゼミの学生からは「バカ殿」などと呼ばれたりもするが、じつは揺るぎない信念としっかりした考えを持っている。
東丸 幸子 (ひがしまる さちこ)
「丸神の里」の超能力を伝える東丸家の長女。ショートカットが特徴。「窓の外を見る能力」の持ち主だが、「手が届く能力」はない。幼い頃、兄である東丸高志に手が届く能力を使った虐待を受け、心と身体に深い傷を負った。現在は丸川町にある喫茶店でアルバイトをしており、たまたまそこを訪れた南丸洋二と出会う。 南丸が町のしきたりに深く関わらないよう助言するなど、他の町人と違って里に伝わる超能力や七夕祭りに対して否定的。南丸からは「さっちゃん」と呼ばれる。
江美 早百合 (えみ さゆり)
大学教授・丸神正美が主催するゼミの講師。失踪した丸神教授の消息を追うため、ゼミ生や南丸洋二を伴って丸川町を訪れる。学者肌の人間で、丸神教授の消息を調べる一方、丸神の里に伝わる超能力や七夕祭りの謎の調査を進めていく。その際、立ち入り禁止である場所へ忍び込むことも辞さない。 また見とがめられたときには謝罪しつつうまく切り抜けるなど、強引な調査に手慣れている一面を垣間見せた。丸神教授に対して密かに想いを寄せている。
多賀谷 守 (たがや まもる)
大学教授・丸神正美が主催するゼミに属する、大学4年生。丸神教授から丸神山周辺の模型を作るという依頼を40万円で受けて、制作に勤しんでいる。丸神教授が失踪した際には、敬愛する恩師を探すためと同時に、バイト代が出なくなることを危惧して南丸洋二たちと丸川町を訪れた。同行している講師の江美早百合に淡い恋心を抱いているが、表には出さない。
桜木 知子 (さくらぎ ともこ)
大学教授・丸神正美が主催するゼミに属する大学4年生。髪をアップにしてメガネをかけたインテリ風の女性。失踪した丸神教授の消息を追って、南丸洋二たちと共に丸川町を訪れる。同じゼミ生である多賀谷守とはざっくばらんな友人の間柄。
東丸 高志 (ひがしまる たかし)
丸神の里に伝わる超能力を伝える東丸家の長男。「物体に穴を空ける」超能力である手が届く能力の持ち主。元神官である丸神頼之ほどではないが、能力の使用に長けており、南丸洋二に正しい「使い方」を指南した。短気でプライドが高く、お調子者で皮肉屋と、非常に扱いにくい人物で、丸川町の住人からも厄介者扱いされている。 丸神の里に縛られることを嫌い、能力の有効活用を目指して町を出て行った。
東丸 隆三 (ひがしまる りゅうぞう)
東丸幸子や東丸高志の大叔父にあたる老人。手が届く能力と窓の外を見る能力の両方を持ち、丸神の里を治める長や、丸神正美や丸神頼之より前に神官を務めていた。高齢のため現在は床に伏せっていることが多い。神官として能力を使いすぎたためか、人間離れした外見に変貌しつつある。
亜紀 (あき)
南丸洋二が部長を務める新技能開拓研究会の女性会員。クールかつサバサバした性格で、常にキャップをかぶっている。南丸とは仲が良く、彼が持つ超能力の存在も信じているが、実用性については懐疑的。
浅野 (あさの)
南丸洋二が部長を務める新技能開拓研究会の男子会員。自分の可能性を開花させるため同サークルに入会したが、南丸の超能力を何の役にも立たないと非難。同じ不満を持つ者たちと共に脱会してしまう。
早野 源一郎 (はやの げんいちろう)
丸川町の町議を務める中年男性。表向きは丸川町民の代表者だが、真の長である丸神一族には敬意を持って接している。そのため、調査のために訪れた南丸洋二が丸神の血を引く者だとわかると、それまでの態度を変えて協力的になった。
丸神 正美 (まるかみ まさみ)
南丸洋二の在籍する大学の教授で「丸神ゼミ」の講師を務めている。学内の掲示板で南丸を呼び出していたが、彼と面会する前に自分の祖先が住んでいた丸川町を訪れ、失踪する。南丸以上に手が届く能力の使い方に秀でており、より大きな物体に穴を空けたり消失させたりできる。さらに窓の外を見る能力も合わせ持つ。 非常に聡明な学者肌の人間で、独自の調査により丸神の里に伝わる七夕の祭の真実に辿り着いた。同じゼミの講師である江美早百合とは、教師と教え子のような関係で、強い信頼関係で結ばれている。
丸神 頼之 (まるかみ よりゆき)
丸神正美と同様に手が届く能力と窓の外を見る能力を合わせ持つ、丸神の里の神官だった男。「穴を空ける球体」を瞬時にいくつも出現させるなど、能力の巧緻さにかけては他の追随を許さない。しかし、超能力を使いすぎた影響か、身体は人間とはかけ離れた宇宙人のようなものに変貌した。そのため、真夏でも帽子やコート、マスクなどで姿を隠している。 丸神の里の神官として将来を嘱望されていたが、町に住む多くの者が共通して見る「奇妙な夢」の呪縛から逃れるため、4年前に町を出た。
場所
丸川町 (まるかわちょう)
『七夕の国』に登場する自治体。A県黒嶺郡にある小さな町。この町を含む一帯は丸神の里と呼ばれる土地で、代々手が届く能力と窓の外を見る能力の能力者を輩出してきた。丸神山と七つ峰と呼ばれる山があり、この土地周辺の縮尺模型を作った多賀谷守は、その造形に人工的意図を感じている。
イベント・出来事
七夕祭り (たなばたまつり)
『七夕の国』に登場する祭り。丸神の里で行われる。通常の七夕とは異なり、毎年夏至をはさんだ7日間に行われる。祭期間中は丸神山の山頂で神官が取り仕切る独自の儀式が行われ、部外者は立ち入り禁止となる。この祭は約1000年もの間、途切れることなく続けられてきた。
その他キーワード
窓の外を見る能力 (まどのそとをみるのうりょく)
『七夕の国』に登場する超能力。丸神の里に住む多くの者が共通してこの力を持つ。内容は「得体の知れない恐い夢を見る」というもの。この「夢」のせいで里の者たちは丸神の里に縛り付けられ、丸上山一帯の地形を守るようし向けられている。
手が届く能力 (てがとどくのうりょく)
『七夕の国』に登場する超能力。念じることで窓の外と呼ばれる奇妙な模様の球体を作り出し、窓の外が触れた物体は球体の大きさと同等の容積が削り取られて消失する。この力の持ち主は丸神の里出身者に限られ、それ以外の人間はどんなに訓練しようと身に付かない。かつてこの力を持つ者は数多く存在したようだが、作中の時代で確認されているのは南丸を含めて5人。 数度の使用では身体に影響はないが、幾度も使用を重ねると徐々に外見が宇宙人のように変貌してしまう。
書誌情報
七夕の国 全4巻 小学館〈ビッグ コミックス〉
第1巻
(1997-06-01発行、 978-4091845412)
第2巻
(1998-03-01発行、 978-4091845429)
第3巻
(1998-09-01発行、 978-4091845436)
第4巻
(1999-02-01発行、 978-4091845443)