蛮族側のファンタジー世界
本作は、西洋風のファンタジー世界に存在する王国に仕える姫騎士が、未開の地に住む蛮族の族長に捕らえられたところから物語が始まる。作中の描写やファンタジー設定の多くは自然と密接に結びついた民族的な要素が色濃く、独特の雰囲気を醸し出している。例えば、人が亡くなると、自然から授かった命を自然に返すために竜に弔ってもらう「竜葬」の儀式が行われる。また、人々の大きな後悔や悲嘆から生まれる負の感情は、邑(むら)を脅かす脅威である「トコヨマドイ」として描かれている。ヴァイキング文化を彷彿とさせる一方で、独自の言語や死生観には和のテイストとファンタジーが融合しており、時にはSF要素も加わるその世界観は、本作の大きな特徴ともなっている。
蛮族と姫騎士の異文化婚姻譚
イルドレン王国の辺境伯家の末娘でありながら、卓越した剣技を誇る姫騎士のセラフィーナ・ド・ラヴィラントは、戦争の最中に蛮族の族長、ヴェーオルとの一騎討ちに敗れ、彼の虜囚となってしまう。しかし、彼女を待ち受けていたのは、辱めとは真逆の真摯な求婚だった。本作は、ファンタジー作品における姫騎士の定番を覆すようなストーリーが展開される。作中では異なる価値観を持つ二人の男女が互いの文化や伝統を乗り越え、愛を育む姿が描かれている。
恥じらいのない異文化の生活
本作の舞台は、文化的に洗練されていない辺境の邑ということもあり、温泉を除いて風呂の文化が根付いていない。そのため、セラフィーナをはじめとするヒロインたちの水浴びシーンが描かれているが、邑の女性たちは男性に対する価値観の違いから、男性たちの視線に臆することはない。このため、セラフィーナが戸惑うほどのあからさまなシーンや、時には水浴び中にヴェーオルと遭遇するという、いわゆる定番のセクシーシーンが展開される。ただし、これは単なる刺激的な描写ではなく、文化の違いや価値観、そして二人の関係性を表現するための重要な要素となっている。
登場人物・キャラクター
セラフィーナ・ド・ラヴィラント
イルドレン王国の姫騎士で、ラヴィラント辺境伯領前領主の末子。年齢は26歳。女性でありながら、幼い頃から騎士道一筋の道を歩んできた変わり者。イルドレン王国最強の筆頭騎士で、第十七次東方征伐の軍を率いる第一騎士団長でもある。7年間にわたって東征を死守してきたが、最終的に野戦からの撤退戦となって敗北。セラフィーナ・ド・ラヴィラント自身も殿軍を務めた末、ヴェーオルとの一騎打ちに敗れて虜囚となった。一時は拷問や処刑を覚悟するものの、ヴェーオルが自分を捕らえた目的が彼らの伝統的な嫁取りであったと判明し、なし崩し的に彼から求婚される。当初はヴェーオルを嫌悪していたが、ヴェーオルの端正な外見や、騎士としてのセラフィーナ自身を認めてくれたことや、湖畔の邑(おおざと)に住まう人々や諸部族連盟と交流する中で、次第に心許すようになる。騎士甲冑に象徴的な水晶兜を着用していたため、敵方である東方の戦士からは「水晶兜」の名で呼ばれていた。また、戦友からは「氷のラヴィラント」と称されるほど、冷徹な女性だった。ヴェーオルに捕らえられてからは、彼に「セラ」と愛称で呼ばれるようになり、人柄も柔らかなものとなっていく。一方で、真(まこと)の竜や妖精(テフュー)らからは「イルドレン」と呼ばれるが、これは王国の名前とはまた別の意味を持っており、多くの謎を残している。
ヴェーオル
イルドレン王国東方に存在する諸部族連合の次期大族長である青年。正式なフルネームは「大族長“隻眼”のウルダインが嫡子“雷声”のヴェーオル」で、幼名を「ヴィオ」。妖精(テフュー)の大長であるヴェフメークからは「次期大族長(オークフィム)」と呼ばれる。大族長が代々継承する竜鎧を身にまとう髭面の偉丈夫。その外見と威風から年齢より上に見られるが、実際は18歳。髭を剃ると年相応の幼さを残しながらも、野性味のある美しい容貌をしている。イルドレン王国が肥沃な土地を求めて派遣した東征軍との戦争に参戦し、戦場で剣を交えたセラフィーナ・ド・ラヴィラントの剣に惚れ込む。そして、一騎打ちの末にセラフィーナを破ると、一族の慣例にのっとり、彼女を嫁とするために自らの家へとさらって求婚した。当初こそセラフィーナに抵抗される日が続いたが、彼女の騎士としての矜恃や力を真摯に受け入れ、紳士的に接するうちに心を通わせるようになっていく。母親は元イルドレン王国の第一王女であるウィスタレシア・ド・イルドレン。イルドレン王家はセラフィーナの実家であるラヴィラント辺境伯家と血を交わすことが度々あったため、セラフィーナとヴェーオルは遠戚関係にあたる。
書誌情報
姫騎士は蛮族の嫁 8巻 講談社〈KCデラックス〉
第1巻
(2021-06-09発行、 978-4065227510)
第2巻
(2021-11-09発行、 978-4065259382)
第3巻
(2022-04-08発行、 978-4065275177)
第4巻
(2022-09-09発行、 978-4065290637)
第5巻
(2023-03-09発行、 978-4065305225)
第6巻
(2023-08-08発行、 978-4065325988)
第7巻
(2024-02-08発行、 978-4065341636)
第8巻
(2024-10-08発行、 978-4065370179)