寿命と引き換えに購入できる不思議な力を秘めた「妄想燐寸」
リンが販売する「妄想燐寸」は、火を灯しているあいだに思い描いた妄想を具現化する力がある。火が消えても妄想は持続するが、キャンセルしたい場合は新しい妄想燐寸を擦って妄想を上書きする必要がある。一箱50本入りで、箱の表面には脳と桃を合成したような絵が描かれている。側面には「東京都千代田区神田秋葉町1-24-1 アカリビル2階 燐寸少女(株)」と記載されているが、この住所は連載の初期とは町名や番地が異なる。また、「妄想用であって願望用ではない」という旨の注意書きが添えられている。リンによれば、妄想と願望の違いは覚悟の差にあり、妄想は願望の一端に過ぎず、想像力が足りず具体性も欠けているという。たとえば、妄想燐寸の購入者の中には「地球上すべての女にモテたい」といった危険な妄想に耽(ふけ)り、悲劇的な結末を迎えた者も存在する。一方で、妄想という火種をきっかけに自らの願望に火を灯すことに成功し、何かを手にした者も少数ながら存在する。妄想の内容によっては事実上の不老不死も実現可能だが、妄想で妄想燐寸の数を増やすことはできない。これをリンは「商売だから」と説明している。妄想燐寸は店舗でも販売しているが、ふらりと現れたリンに妄想燐寸を押しつけられるパターンが多い。対価として要求されるのは金銭ではなく寿命で、一年に対して一箱というレートで取り引きされ、領収証も発行される。不老不死の肉体を得たあとで寿命と引き換えに妄想燐寸を購入する裏技も考えられるが、こちらは実行した者が存在せず、リンがそれを許容するかどうかは不明。また、あくまで燐寸であるために湿気に弱く、取り扱いには細心の注意が求められる。
リンと同様にさまざまな時空に現れる謎の商人たち
リン以外にも神出鬼没の商人が存在し、それぞれ異なるアイテムを取り扱っている。特に、和服姿の少女・チムはリンのライバル的な人物で、秋葉原の路地裏に店舗を構えており、商品を売り歩くこともある。彼女が販売する和ろうそく「夢幻灯」は、深層心理の声を輝かせて本当の願いを叶えるという代物で、心の上澄みを照らして妄想を具現化する「妄想燐寸」とは似て非なるアイテムとして描かれている。また、妄想燐寸が「変わっていく心が見たい」というリンの思想に合致したアイテムであるのに対して、夢幻灯は「変わらぬ心が見たい」というチムの思想に合致したアイテムになっている。これは「気まぐれにゆらぐのが妄想」「決してゆらがないのが本心」という作中での言葉の定義からも読み取ることができる。なお、複数の商人が特定の人物にそれぞれ別の商品を売りつけるエピソードも用意されている。
押し売り同然に手渡された商品に翻弄される者たち
リンをはじめとする怪しげな商人に不思議な商品を押しつけられる者たちこそ、本作の真の主人公であるといえる。商品を買わされるキャラクターは老若男女問わずさまざまで、動物や岩が不思議な商品を使用するエピソードも用意されている。また、月刊UMA編集部の赤坂保(あかさかたもつ)、少年探偵の端然乱歩(たんぜんらんぽ)など、複数のエピソードに登場する名物キャラクターも存在している。特定の人物が妄想を具現化する「妄想燐寸」と、本心からの願いを叶える「夢幻灯」を同時に使用したり、二人の人物がそれぞれの妄想燐寸を使用して妄想が衝突したりと、読者を飽きさせない工夫が随所に凝らされている。
登場人物・キャラクター
リン
妄想を具現化する「妄想燐寸」を売り歩く神出鬼没の幼女。赤い瞳と白い体毛を持つ。おさげ髪に燐寸を交差させた意匠の髪飾りをつけて、リボン付きのエプロンドレスを着用し、バスケットを持っている。口調こそ丁寧だが、お決まりの宣伝文句や試供品を用いての実演販売によって、有無を言わせず商品を売りつける押しの強さがある。秋葉原にある燐寸専門店「燐寸少女(マッチショウジョ)」の店主でもあり、店舗でも妄想燐寸を販売している。店は住居も兼ねており、来客があれば妄想燐寸の力で珈琲を淹れることもある。自らの食事も妄想燐寸で具現化しているが、店の定休日である水曜日は妄想も休みと決めているため、妄想燐寸を擦らずに簡素な食事を取る。ただし、危機に直面すると定休日でも妄想燐寸を擦ることがあり、悪漢を豚に変えて難を逃れる場面も描かれている。無表情で物憂げながら洞察力に優れ、妄想燐寸を購入した人々の行く末を見守り、教訓めいた言葉を投げ掛けることも多い。さまざまな時代や場所に現れているが、その容姿はつねに幼女であり、実年齢は不明。21世紀のインターネット掲示板では、妄想を叶えてくれる都市伝説「燐寸少女」として噂になっている。
水母 楽 (くらげ らく)
アルバイト経験の豊富なフリーターで、眼鏡を掛けている青年。年齢は21歳。ビルの三階から転落しても打撲程度で済むほど頑健で、料理が得意。好物はチョコレートで、蟹アレルギーを持つ。幼少期に両親を失い親戚中をたらい回しにされながらも、さまざまな家族と過ごせて楽しかったと笑顔で振り返るほどの前向きな性格の持ち主。また、人命救助のために高校受験をあきらめたほどのお人よしでもある。長じてからも美人局や誤認逮捕、交通事故などさまざまな不幸に見舞われている。生活は貧しく、保険料すら支払っていないので、ケガをしても病院に頼ることができない。現在は借金の連帯保証人になったことが災いして、金銭トラブルの渦中にある。ある日、借金の件で命を狙われて瀕死の重傷を負うも、妄想を具現化する「妄想燐寸」の力で復活。その姿は海月(くらげ)のような謎の生物に変貌していたが、当人は満足げで、リンに「ドM」と評された。その後は新入社員の「クラゲさん」としてリンの店に住み込みで働くことになり、分裂や足の伸長など、謎の生物ならではの能力を生かして家事全般を担うようになった。リンが妄想燐寸を売り歩く際には、助手として同行している。
書誌情報
燐寸少女 全6巻 KADOKAWA〈カドカワコミックス・エース〉
第1巻
(2014-10-31発行、 978-4041022306)
第6巻
(2018-02-02発行、 978-4041061985)