漫画業界をリアルに描いたコメディ
本作は妄想癖のある新人漫画家の双見を主人公にしたドタバタコメディだが、漫画業界をリアルに描いている点も大きな特徴である。漫画家の日常、漫画制作の実際、担当編集者やアシスタントとの信頼関係などがユーモアを交えて展開される。例えば、双見の初めての単行本発売のエピソードでは、担当編集、営業担当とともに書店回りをする様子が描かれる。書店員や読者との交流を通じて、漫画の仕事は一人で成立しないことを双見は実感する。担当編集や営業担当、アシスタント、監修者、書店員、そして何より読者が読んでくれて初めて成立するという、当たり前だが大切なことに気づくのだ。
女性たちの友情を描いた青春群像劇
アシスタントでツッコミ役の間は、かつて漫画編集者と面談した際、描きたいものがなく、「漫画家」という肩書が欲しかっただけの自分に気づいた。そのことで落ち込んでいたとき、双見から連絡があり、アシスタントとして働くことになった。じつは間は、双見がプロになる前からのファンであり、彼女の手伝いができることを本当に幸せに思っている。担当編集の佐藤は、恥ずかしがり屋のツンデレキャラで、普段は口にしないが、双見を「天才」だと認めている。双見の初単行本が重版になったときは、担当作の成功に「私だって嬉しい」「コミックス出る時、不安になったり緊張するのが作家だけだと思うな、馬鹿」と、顔を赤らめて言葉を絞りだした。また、アシスタント時代の先輩、梨田ありさは、連載打ち切りを宣告され、双見のところに転がり込んでくる。双見を一方的にライバル視し、酒飲みでウザ絡みする梨田は面倒なキャラである。しかし、梨田は、双見たちの様子を見て、うらやましさと同時に「連載が終わっても、また戻らないと」という気持ちになれるといい、双見に感謝の言葉を伝えた。本作は、女性同士の友情や親密な関係、それぞれが抱えている事情を描いた青春群像劇である。
作者の実体験に基づくエピソード
講談社「FRIDAYデジタル」掲載(2020年10月14日)の作者へのインタビューによれば、本作連載のきっかけは、編集側から「漫画家を主人公にした話」を提案されたことだという。また、双見のキャラクターも「自身のこれまでの経験が作中に反映されている」らしい。例えば、双見が女流棋士の角館塔子に取材する様子は、自身の著作『永世乙女の戦い方』で「取材をして漫画を描く楽しさ、漫画家と担当編集以外の人にも関わってもらって漫画を作る広がり」を知った経験が反映されている。また、本作に登場する、単行本発売前に不安が大きくなる「単行本発売前ウツ」、連日の疲れと脱稿した高揚感でハイテンションになる「脱稿ハイ」といった「漫画家あるある」も、実体験に基づいている。これら作者の実体験が、本作をリアルな「漫画家もの」にしている理由である。
登場人物・キャラクター
双見 奈々 (ふたみ なな)
少女漫画雑誌で将棋を題材とした漫画を連載している女性。年齢は25歳。今の作品が初めての連載という新人漫画家で、連載が決まるまでは滝沢のアシスタントを務めていた。人見知りで妄想癖があり、アシスタントの間瑞希からさまざまなツッコミを受けることが多い。スケジュール的に厳しくても一定のクオリティ以上に仕上げるため、担当編集者の佐藤楓から信頼されている。また取材で軽く話しただけで、その場で該当部分をネーム化したりと、佐藤や間などの取材協力者からは「天才」と評されているが、双見奈々自身は「凡人以下」と自己評価している。
間 瑞希 (はざま みずき)
新人少女漫画家の双見奈々のアシスタントを務める女性。年齢は20歳。双見からは「はーさん」と呼ばれている。姉の友人である双見は昔からの顔見知り。漫画家を目指していた時に、ツイッターにアップした漫画が出版社の目に留まり連載の話を受けたが、漫画家として描きたい物語やビジョンがないことに気づく。そして自分には漫画家の才能がないと認識し、目標を失っていた時に連載が決まった双見から連絡を受けてアシスタントとなる。面倒見がよくて常識人なため、妄想したり余計な心配をして仕事の手が止まってしまう双見に、ツッコミを入れることが多い。
佐藤 楓 (さとう かえで)
新人少女漫画家の双見奈々の担当編集を務める女性。年齢は29歳。後輩の浅倉からは「姐さん」と呼ばれている。多くの人気作家を何人も担当する敏腕編集者。双見が昔に描いた、将棋を題材とした漫画に将来性を感じ、少女漫画雑誌での連載を決める。冷静な性格で感情をあまり表に出すことはないが、作家のことを第一に考えている。
浅倉 (あさくら)
少女漫画雑誌の編集者の女性。佐藤楓の後輩。明るく率直な性格で、ネームや原稿を上げた作家はかならず褒めることを心がけている。作家を褒めることを恥ずかしがる佐藤に、褒めて作家をやる気にさせる手法を伝授する。
角館 塔子 (かくのだて とうこ)
将棋の女性棋士。段位は女流三段。年齢は20歳。双見奈々が連載する漫画の将棋に関することを監修している。双見の作品のファンでもあり、毎回作品を楽しみにしている。角館塔子の奨励会員時代の経験を少し話しただけで、新キャラクターの根幹部分のネームを作り上げた双見を「天才」と評する。
滝沢 (たきざわ)
大人気作品を連載している女性漫画家。双見奈々の師匠にあたる。双見に「漫画家になりたいアシスタントの心構え」をはじめ、さまざまなことを伝授する。連載が決まった双見を即クビにしたあと、激励して送り出した。
戸田 (とだ)
双見奈々の前担当を務めていた男性。少女漫画雑誌から少年漫画雑誌の編集部に異動する際、担当を佐藤楓に任せる。少年漫画雑誌でも純愛作品ばっかり連載させるほど、ピュアな王道恋愛漫画が大好き。悪気はないが、自分の好みではないネームを描く双見にダメ出しを繰り返す。
梨田 ありさ (なしだ ありさ)
25歳の女性漫画家。双見のアシスタント時代の先輩。酒浸りでネガティブな性格。少年誌でラブコメを連載する女性漫画家だが、打ち切りを宣告される。心を許せる双見の家に、酩酊(めいてい)状態でやってきてそのまま居着いてしまう。なお、アシスタント時代は双見を一方的にライバル視していた。
書誌情報
笑顔のたえない職場です。 11巻 講談社〈KCデラックス〉
第1巻
(2019-12-25発行、 978-4065179857)
第2巻
(2020-10-14発行、 978-4065210550)
第3巻
(2021-04-14発行、 978-4065229392)
第4巻
(2021-10-20発行、 978-4065250907)
第5巻
(2022-03-18発行、 978-4065271087)
第6巻
(2022-09-20発行、 978-4065291207)
第7巻
(2023-03-20発行、 978-4065310762)
第8巻
(2023-08-18発行、 978-4065327005)
第9巻
(2024-01-18発行、 978-4065343036)
第10巻
(2024-06-19発行、 978-4065359211)
第11巻
(2024-11-20発行、 978-4065376157)