あらすじ
第1巻
時は平安時代。権大納言にして近衛大将という超上流貴族・藤原丸光には、二人の妻が同日に産み落とした、双子のようにそっくりな男女二人の子供がいた。藤原涼子と名付けられた姉の方は、「沙羅双樹の姫君」という愛称で呼ばれ、文武に秀でた愛らしい若君のように、一方の藤原月光と名付けられた弟は、「睡蓮の若君」と呼ばれ、恥ずかしがり屋で臆病な深窓の姫君のように、互いに本来の性を取り違えたまま美しく成長する。やがて二人の健やかな成長ぶりが都の噂となり、遂に時の帝(のちの朱雀院)から若君の出仕を命じられた丸光は、姫君を男性として元服の儀を、若君を女性として裳着の儀をそれぞれ行う決断をする。男性として出仕することになった沙羅は、14歳にして聡明さと美しさを帝に気に入られ、侍従の位を与えられることとなり、本来の任命時期を待たず、異例の即日昇進となった。新たな日常に足を踏み入れた沙羅だったが、自分のように女性に生まれ、男性として生きる者がほかにいないことに気づく。彼女はここでようやく、自分がたった一人で大きな秘密を背負って生きていかなければならないのだということの重大さを思い知らされるのだった。
第2巻
梅壺の女御は、東宮(のちの帝)の妃という立場にありながら、入内して10年以上子に恵まれないままだった。そんな自分の地位を脅かす者として、藤原涼子(沙羅)と藤原月光(睡蓮)に対し、敵意を抱き始める。近しい者からの報告により、沙羅が女性ではないかと疑った梅壺は、それを暴こうと画策して自分の妹である四の姫と沙羅との結婚を推し進める。新年を迎え、新たな帝が立ったことにより、周囲の状況はめまぐるしい変化を見せ、沙羅も五位の侍従から近衛府の三位の中将へと昇進を果たす。それをきっかけに、いよいよ正式に四の姫との縁談が持ち込まれることとなるが、沙羅はそれが梅壺の策略によるものと知ったうえで、四の姫との結婚を決める。そして同じ頃、睡蓮に女東宮にお仕えする尚侍にどうかという話が舞い込む。最初はまったく受ける気のなかった睡蓮だったが、沙羅の覚悟を目の当たりにして考えを変え、尚侍として宮中に出仕する覚悟を決める。一方、もともと四の姫に思いを寄せていた石蕗は、沙羅と四の姫の結婚を聞いて憤慨し、代わりにずっと断られ続けている睡蓮との仲を取り持ってほしいと沙羅に申し出る。
第3巻
藤原涼子(沙羅)の同僚・石蕗は、自分が藤原月光(睡蓮)ではなく沙羅に対して特別な思いを抱いていることに気づき、相手が男性であることに戸惑いを隠せないでいた。そんな中、沙羅の妻・四の姫の姿を垣間見てしまった石蕗は、沙羅への思いを打ち消し、ごまかすために四の姫と強引に契りを交わし、我が物にしてしまう。四の姫は、夫として沙羅を愛していたが、いつまでも自分を抱こうとしないことに寂しさを感じていた。そのため、満たされない体と心の間で悩み、床に臥す日々を送ることになる。その後も石蕗との関係を続けてしまったことで愛することの意味を知り、後ろ暗いところがありながらも、体が満たされたことで心の安定が得られた頃、四の姫は左衛門からの一言により、自分の体の変化に気づく。その後、四の姫の懐妊は一気に広められ、沙羅の耳にもすぐに届くことになった。自分が女性である以上、当然身に覚えなどなかった沙羅は、四の姫に誰か思う相手がいたのだろうかと心を痛めながら、今後どのようにしたらいいのか悩み始める。そんな折、吉野へと静養に行くことになった女東宮の警護に、沙羅が志願したことで、久しぶりに睡蓮と沙羅が顔を合わせることになる。
第4巻
石蕗と四の姫の密通を確信した藤原涼子(沙羅)は、石蕗を呼び出して問いただすが、言い争ううちに石蕗が沙羅への思いを打ち明ける形となり、はずみで胸に触れてしまう。それにより、石蕗は親友だと思っていた沙羅が、実は女性なのでないかという疑念を持ち始める。それ以降、絶交を言い渡すことで石蕗との接触を絶っていた沙羅だったが、作文会に参加した際、式部卿の宮の策略により、倒れた沙羅を石蕗が介抱することになった。沙羅の性別を確かめたい衝動を抑えられない石蕗は、沙羅の服を脱がして本当の姿を確認。同時に、沙羅への気持ちがあふれ出し、二人は契りを交わす。男としての自分が死んでしまったとショックを受けた沙羅は、すべてを後悔して乳母あぐりのもとへと姿を隠す。身を焦がすほどの沙羅への思いに突き動かされ、ようやく沙羅の居場所を見つけた石蕗はあぐりのもとを訪ね、沙羅への愛を語るが、石蕗の言葉が沙羅の心に響くことはなかった。そんな中、沙羅のもとへと届けられた一通の手紙が、沙羅をもう一度男性として生きていくために奮い立たせるきっかけとなる。それは、帝からの文だった。
第5巻
再び自分を奮い立たせ、男として仕事に邁進する藤原涼子(沙羅)に降りかかったのは、妻・四の姫の二人目懐妊の報告と、自分の懐妊の兆候だった。あぐりのもとを訪ね、妊娠について詳しく話を聞いたところ、自身に訪れていた変化は、明らかな妊娠の兆しにほかならなかった。石蕗の子を宿したことがわかり、沙羅はすべてに絶望し、死をも意識し始める。そして川に身を沈めようと向かった吉野で、沙羅は吉野の宮に助けられることになる。改めて、出産に向けて生きることを決めたものの、実際に助けが必要と考えた沙羅は、あぐりにだけ真実を打ち明け、出産に向けて宮中を去る日を迎えるために、密かに準備を始める。宮中で行われる花の宴を最後に、夜の闇に紛れて姿を消そうとした沙羅を待っていたのは、なにも知らされていないはずの石蕗だった。石蕗は生まれて来る子のため、沙羅が安全に姿を消すことに協力して彼女と共に、父親の別邸があるという宇治へと向かう。一方、藤原月光(睡蓮)は女東宮への思いを胸に秘めていたが、女東宮の睡蓮への態度が少しずつ変化していく中で、彼女への思いを抑えきれなくなっていく。
第6巻
藤原涼子(沙羅)が姿を消して都が騒然とする中、藤原月光(睡蓮)は、女東宮への気持ちを抑えきれず、思わず彼女を抱きしめてしまう。これにより自分が紛れもない男であるということを再認識した睡蓮は、女東宮と距離を置こうとする。そんな折、両親からの呼び出しを受け、実家へと戻った睡蓮を待っていたのは、帝のもとへの入内の話だった。帝の妃になることだけは、どうあってもできないことだと絶望する両親を前に、睡蓮は女東宮のもとを去り、男性の姿に戻る決意をする。そして、男装の沙羅とそっくりの姿になった睡蓮は、男性として最初の一歩を踏み出し、姿を消した沙羅を探す旅に出る。一方、宇治へと向かった沙羅は、石蕗とともに女性として穏やかな時間を過ごしていた。美しい女性の姿となった沙羅を前に、石蕗は至れり尽くせり、自分好みに仕上がった沙羅にべったりの状態だった。そんな中石蕗は、届けられた文により、四の姫の不貞が父親・藤原角光に知られ、勘当されてしまったことを知る。身重にもかかわらず、家を追い出された四の姫が、左衛門の家に身を寄せていることがわかり、石蕗は沙羅のもとを離れて四の姫のもとへと向かう。
第7巻
宇治へと身を寄せていた藤原涼子(沙羅)は、産気づくも結局死産となってしまう。沙羅は今後を悲観し、海に身を投じようとするが、そんな彼女の前に姿を現したのは、沙羅をずっと探し続けていた弟・藤原月光(睡蓮)だった。互いの身を案じていた二人は、ようやく再会を果たすことになった。これにより、冷静になった沙羅は、子を失ったことで石蕗ときっぱり別れることを決意。睡蓮と二人で吉野へと向かい、吉野の宮のもとに身を置くことを決めた。当初は、二人とも出家する覚悟を決めていたが、帝が吉野の宮を訪ねて来たことにより、沙羅と睡蓮の心境が変化。二人は互いの立場を入れ替え、宮中に帰ることを決意する。一方その頃、都では女東宮の周りで不穏な動きが見え始めていた。睡蓮が不在となっていたあいだ、尚侍が空位となった状態が続いていたことを受け、右大臣である藤原角光は自分の娘、三の姫を尚侍にと女東宮に直々に推挙した。しかし、睡蓮の帰りを待つ女東宮がそれを断ったことで、少しずつ女東宮への不満を口にする者が増え、怖れていたことが現実となる。女東宮を引きずり下ろそうと画策した者により、寝所に不審者が侵入して彼女を襲おうとしたのだ。幸い、事件は未遂で済んだものの、この責任を問われた東宮の関係者たちは一掃され、女東宮は心を閉ざしてしまう。
第8巻
右大将として宮中に戻った藤原月光(睡蓮)は、娘と復縁させたい藤原角光にしつこく追われ、もともと藤原涼子(沙羅)の妻であった四の姫との今後をはっきりさせようと、四の姫のもとを訪れた。睡蓮は彼女に離縁を言い渡し、子供たちの父親である石蕗といっしょになることを勧めるが、四の姫はこれを断固として拒絶。身も心も本当の夫婦になり、もう一度やり直したいと、睡蓮を押し倒す強硬手段に出る。一方、尚侍として宮中に戻った沙羅は、三の姫が帝のもとへの入内を目論んでいることを知り、胸中穏やかではなかった。沙羅は、自分が帝のもとへ入内する気はないと言いきったものの、三の姫が帝の話をするたび、その胸はずきずきと痛み、いつまでも晴れないもやもやに苛まれていた。そんな中、十日夜の宴の際に帝が女東宮の船へとやって来た。沙羅と三の姫は、女東宮の指示により、酒と餅で帝をもてなそうとするが、沙羅が餅を帝のもとへ運ぼうとした時、強風と強い波によって船が大きく揺れる。よろめいた沙羅は、抱きしめられる形となって帝と見つめ合う。翌日、宮中では沙羅と帝の噂話でもちきりになった。三の姫は、その時の様子に入内する気がないと言っていた沙羅に裏切られたと、その胸の内を吐露。自分を認める気があるなら、女として正々堂々争いたいと沙羅に打ち明ける。
第9巻
藤原涼子(沙羅)は、病に伏した女東宮を元気づけたいと考え、藤原月光(睡蓮)を屋敷内に手引きし、二人を合わせようとする。しかし、女東宮のもとへと忍んで来た睡蓮を三の姫が見つけた事で、予想以上の大事になってしまう。それは、あっという間に都中に知れ渡った。東宮のもとへと忍び込もうとした睡蓮も、手引きしようとした沙羅も責任を問われることになるが、帝の温情によって職を辞して一旦都を離れ、しばらく蟄居することになった。一方、藤原角光は、沙羅と睡蓮が帝からの寵愛を切られたとみるやいなや、四の姫に沙羅と離縁するように言う。有益な相手との縁談を持ち掛けられ、自分の子供たちのためにならとその再婚話を受け入れた四の姫だったが、輿入れの段になって子供たちと引き離され、別々に行動することに違和感を感じ始める。その頃、石蕗は出向先の主から話を聞き、四の姫が再婚することを知る。嫌な予感に駆られ、調べてみれば、四の姫の再婚相手は子供を引き取らないということが判明。このままでは母子が引き離されてしまうと考えた石蕗は、意を決して四の姫を奪還。夫婦になって子供たちを育てていきたいと、覚悟を持って四の姫に申し出る。
第10巻
東宮の位に女性が立っていることへの反発から逃れるため、また病気がちな女東宮の負担を軽減させるために、彼女は東宮の位を辞すこととなり、新たに男性の東宮が立てられることとなった。宮中では、後継者選びが始まる中、都を離れていた藤原涼子(沙羅)は、帝の尚侍として宮中に戻ることになる。そこは、沙羅が心配していた通り、新しい後継者をめぐってさまざまな陰謀が渦巻く場所となっていた。東宮候補として、まだあどけない少年の弓弦親王を担ぎ出して来たのは、高僧の銀覚と式部卿の宮だった。沙羅は、彼らの陰謀を明確なものにするため、帝と共に作戦を練りつつ戦い挑んでいく。同時に、沙羅は帝の尚侍という立場が、帝との距離感が近い役職であることに戸惑いつつ、一度はあきらめた恋心に翻弄されながら少しずつ帝との絆を深めていく。一方で、宮中の内情を知った吉野の宮は、そこに銀覚の名を見つけて青ざめる。吉野の宮自身が、以前陥れられ、隠棲するに至った理由を作った銀覚に、二度と同じ悲劇を起こされてはならないと奮起。芦屋の浜で蟄居している藤原月光(睡蓮)のもとを訪れると、そこには、すっかり男らしさを取り戻した睡蓮の姿があった。吉野の宮は、睡蓮の著しい変化に驚きつつ、彼に今すぐ都に戻るように勧める。
第11巻
芦屋で蟄居中の藤原月光(睡蓮)は、銀覚が帝や女東宮を呪い、数々の陰謀を企てていることを知り、鞍馬山の寺に忍び込む。そして、とうとう呪詛の証拠となる鬼の骸骨と、名前の書かれた人形を手に入れるが、追手がかかり逃げる途中で谷へと転落。睡蓮はその後行方知れずとなってしまう。しかし証拠の品は、睡蓮から従者に託され、吉野の宮を経て無事都の藤原涼子(沙羅)のもとへと届けられる。そして、女東宮が東宮として最後の勤めとなる儀式・大祓で、すべてを祓い、清めたことで陰謀の種は消えてなくなった。首謀者である銀覚は、吉野の宮によってその身を拘束され、密かに流刑に処することとなった。すべてのしがらみから解放された女東宮は、一人の女性として大切な睡蓮を探しに行く決意をし、三の姫と吉野の宮と共に山へと向かう。睡蓮が落ちたと思われる谷までやって来た一行は、その高さに絶望するが、それでも希望を捨てずに生きていることを信じて探し始める。女東宮が小さな祠に祈りをささげた時、不思議な光が辺りを包み込み、睡蓮の居場所を示すように一本の巨木が浮かび上がる。女東宮が導かれるように向かうと、巨木の根元にある社の中に睡蓮の姿を発見。二人は生きて再会できたことを喜び合い、互いの思いを確認するように契りを交わす。
第12巻
帝は、今尚侍として務めている睡蓮こと藤原涼子(沙羅)は、かつて帝の右大将として傍にいた男性・沙羅なのではないかと疑念を抱き始めた。そこに追い打ちをかけるように、梅壺の女御が沙羅と藤原月光(睡蓮)の入れ替わりを確信。沙羅の肩にあるはずの傷について帝に切々と説き、二人のみならず、左大臣家すべてを罰してほしいと懇願する。同じ頃、宮中のみならず都全体を不穏な空気が覆い始めていた。それは流刑に処された銀覚が、流された先で帝を取り巻くすべての者たちへの呪詛を続け、復讐を目論んでいたからだった。そして同時に、銀覚の弟子である幻覚が人知れず都で立ち回り、藤原角光をはじめ、都の民の心に入り込んでいた。そして、それは弓弦親王にまで及び、魔のものによってあやつられた弓弦親王は、帝を手にかけようと宮中を突き進んでいく。式部卿の宮の手柄により、最悪の事態は免れたものの、現状を察した吉野の宮は自らの命をもって、銀覚に呪詛返しをして銀覚を倒すことを決断する。
第13巻
銀覚の呪詛を、吉野の宮が呪詛返しによって打ち破り、亡き者にすることに成功したものの、その反動は大きく、吉野の宮は昏倒してしまう。恩人の銀覚を失ったことを悟った幻覚は、怒りに狂って藤原角光の館に火を放ち、梅壺の女御を引き連れて帝への復讐を果たそうと動き出す。藤原涼子(沙羅)の前に姿を現した幻覚は、沙羅を殺そうと首を絞めるが、沙羅から刀での反撃を受け致命傷を負ったため、宮中に火を放つ。業火の中、宮中は大混乱に陥り、今自分がすべきことを考えた沙羅は手にした装束を身にまとい、再び男装の右大将となって人々を導いていく。そうして帝を護りながら到着した場所で、藤原月光(睡蓮)が合流。ついに沙羅と睡蓮は、二人が同じ右大将の姿で、同時に帝の前に姿を現すことになる。二人の姿を目の当たりにした帝は、すべてを理解すると共に、すべてを許した。そして、沙羅への思いが留まるところを知らない帝は、改めて沙羅を自分の女御にすることを決め、沙羅のふるさとである左大臣家へと足を運ぶ。そして、沙羅は帝と一夜を共にし、最後の秘密を明かす。
登場人物・キャラクター
藤原 涼子 (ふじわら の すずしこ)
活発で運動神経が良く、幼い頃から使用人の男の子と元気に外で遊び回ってた女の子。成人前にも関わらず、当時帝であった朱雀院より、清涼殿・殿上の間への出入りを許された五位の位を授かり、14歳で男として元服する。弟の藤原月光の名を借りて出仕した後は、沙羅双樹の君と呼ばれる。 帝のお気に入りとして注目を集めたため、石蕗にライバル視されるが、見目の美しさを気に入られ、親友付き合いをすることになる。
藤原 月光 (ふじわら の つきみつ)
実の父とすら滅多に言葉を交わすことがない極度の恥ずかしがり屋で、女の子と雛遊びや貝合わせをするのが大好きだった男の子。男性と顔を合わせることが苦手なため、姉の藤原涼子の名を借り、14歳で女として裳着の儀をすませる。退位した朱雀院に請われたことがきっかけとなり、自分と同じく、本来の性と異なる立場となった女東宮の力になろうと、尚侍として出仕する決意をする。
藤原 丸光 (ふじわら の まるみつ)
『とりかえ・ばや』の登場人物で、藤原涼子と藤原月光の実父。本来の性をとりちがえたように成長する娘と息子には、なにかの呪いがかけられているのではと疑い、鞍馬詣でをさせて悪い縁を祓おうと試みるが、逆に天狗に扮した盗賊に二人を奪われそうになったため断念した。以来、事の成り行きを天に任せている。人当たりが良く宮中政治に長けており、実父や兄に弱みを見せるわけにはいかないと、沙羅双樹と睡蓮の入れ替わりも秘密にしている。
藤原 角光 (ふじわら の かくみつ)
藤原丸光の兄であり、藤原涼子と藤原月光の伯父にあたる。4人の娘がおり、一の姫は朱雀院に、二の姫は帝の女御に入内させているが、どちらも男御子に恵まれないため、自身の出世に響くのではと焦っている。沙羅双樹の君と睡蓮の評判を嫉む二の姫にそそのかされ、沙羅双樹の君と四の姫の結婚話を強引に進める。
石蕗 (つわぶき)
帝の従兄弟で、眉目秀麗で武芸に秀でた、16歳の青年武官。当初は、藤原涼子こと沙羅双樹が、宮廷で働く女性士官・女房たちの人気を集めていることにライバル心を抱いていたが、その見目麗しさに態度を変え、強引に親友として付き合い始める。色好みで惚れっぽく、美女の噂を聞けば文を送る浮気者と有名で、結婚前の藤原角光の四の姫にも文を送っていた。 しかし角光に文を握り潰されたため恋は成就せず、沙羅双樹と瓜二つと噂の睡蓮への文を取り次ぐよう、再三、沙羅双樹に詰め寄っていた。恐るべき本能の持ち主で、無意識ながらも沙羅双樹の本当の性を嗅ぎつけてしまう。
梅壺の女御 (うめつぼのにょうご)
右大臣、藤原角光の二の姫であり、藤原涼子と藤原月光の従姉にあたる女性。帝が元服し、東宮となった際に入内し、10年以上仕えているが、未だ子宝に恵まれず、肩身の狭い思いをしている。そのため、帝のみならず上皇・朱雀院や、実父までもがお気に入りの沙羅双樹と睡蓮に嫉妬し、なんとかして二人の出世を挫こうと画策する。
帝 (みかど)
『とりかえ・ばや』の登場人物で、先帝であり現上皇・朱雀院の弟にあたる現在の帝。藤原涼子こと沙羅双樹の君の明るい笑顔が気に入っており、特に目をかけて重用している。民のことを第一に考え、天災や飢饉が続く国をより良くしようと努めており、跡継ぎを得て国に平安をもたらすため、女東宮の尚侍である藤原月光こと睡蓮に興味を抱き、入内を望むようになる。
女東宮 (おんなとうぐう)
先帝・朱雀院の実娘で、朱雀院にも帝にも跡継ぎの男児がいないことから、東宮として擁立された。小柄で丸顔のかわいらしい顔立ちで、すぐに顔が真っ赤になるため、女東宮を良く思わない者から、南天の東宮というあだ名をつけられてしまった。尚侍として出仕した藤原月光こと睡蓮が美しく聡明で、物語の趣味も合うことから、深い信頼を寄せて常に側に置き、重用する。
朱雀院 (すざくいん)
病弱なため帝位を退き新・上皇となった人物で、現在の帝の兄であり、女東宮の実父。在位中、14歳になった藤原涼子こと沙羅双樹の君の噂を聞き、成人前に清涼殿・殿上の間への出入りができる五位の位を授け、出仕を促した。右大臣・藤原角光の一の姫・麗景殿の女御を妃としているが、跡継ぎの男御子には恵まれなかった。
四の姫 (しのひめ)
右大臣・藤原角光の四の姫で、藤原涼子こと沙羅双樹の君の妻。生まれた時から帝の妃になるべく、美しく完璧な女性になるように育てられていたが、先に入内した2人の姉が子宝に恵まれなかったことから、入内の話が流れてしまっていた。生まれながらにある額のアザを取ろうと怪しい薬に手を出した結果、大きな傷を負ったことをとても気にしている。
左衛門 (さえもん)
藤原涼子こと沙羅双樹の君の妻となった、右大臣・藤原角光の四の姫に仕えている女房。父が左衛門尉であることから、左衛門と呼ばれている。四の姫の乳母の子で、幼い頃から四の姫と一緒に過ごしており、陰に日向に四の姫を支えている。
式部卿の宮 (しきぶきょうのみや)
妖艶な雰囲気を漂わせた帝の義兄にあたる男性。宮中での名うての男色家と噂の人物。凛々しくて美しい石蕗を気に入っている。石蕗が藤原涼子こと沙羅双樹の君に恋慕の情を抱いていることを男色家として歓迎し、二人の仲が深まるように仕向ける。
吉野の宮 (よしののみや)
先々帝の第三皇子で、先帝・朱雀院との後継者争いに巻き込まれて公での生活に嫌気がさし、吉野の離宮に引き籠もってしまった男性。遣唐使として留学した経験があり、様々な学問や陰陽道、天文学、夢解き、人相見などにも通じている。女東宮の行幸に随伴した藤原涼子こと沙羅双樹の君と、藤原月光こと睡蓮と遭遇し、すぐに二人が性を取り違えていることを見抜いた。 二人に尋常ならざる混乱した運命と幸運を見て取り、困ったことがあったら自分を頼るように伝える。
天狗 (てんぐ)
『とりかえ・ばや』で、藤原涼子と藤原月光が性別を取り違えた呪いの象徴として登場する、架空の存在。朱雀院が帝位を退くきっかけとなった日食の際に沙羅双樹の夢に現れ、本物の男にしてやる代わりに日輪を食う瞬間を目に焼きつけるよう言い渡す。しかし、当時まだ東宮であった帝の祈りに阻まれて目的を達せなかったため、沙羅双樹と睡蓮の呪いも解かれることがなかった。
あぐり
藤原涼子(沙羅)を育てた乳母。沙羅が男子として宮中に出仕し始めたあとも、月に5日程度沙羅を預かり、彼女の生理のあいだだけ、静養という名目で沙羅を預かっている。沙羅と石蕗の間に間違いがあった際も、しばらくのあいだ沙羅が身を寄せていたが、会いに来た石蕗が沙羅と四の姫の双方に手を出したことを知るや否や、二度と来るなと追い返した。
麗景殿 (れいけいでん)
藤原角光の娘。梅壺の女御と三の姫、四の姫は妹にあたる。姉妹の中では最も穏やかな人柄。当時の帝(のちの朱雀院)の妃として入内したが、帝が病弱だったこともあり、子に恵まれなかった。
十良光 (とらみつ)
あぐりの息子。藤原涼子(沙羅)、藤原月光とは乳兄弟であり、幼い頃からいっしょに育った。沙羅の懐妊の際には、宮中を去るまでの準備や脱出の際の手助けをする。また、紗羅が宇治に移り住んでからもなにかと協力するなど、彼女のよき理解者。
十良子 (とらこ)
あぐりの娘。藤原涼子(沙羅)、藤原月光とは乳兄弟であり、幼い頃からいっしょに育った。沙羅の懐妊の際には、宮中を去るまでの準備や脱出の際の手助けをする。また、紗羅が宇治に移り住んでからもなにかと協力するなど、彼女のよき理解者。
三の姫 (さんのひめ)
藤原角光の娘。梅壺の女御と麗景殿、四の姫の姉妹にあたる美少女。おとなしく、落ち着いた雰囲気を漂わせて、殊勝に振る舞っているが、実はかなりの切れ者。もともと宇治の山奥で育ったため、幼い頃はかなりやんちゃだった。そのため、「猿」と呼ばれていたこともあった。14歳の時に母親を亡くし、父親のもとに引き取られることになったが、姉や義母が無関心な中、行儀作法を学んでいた。女東宮の尚侍が不在となった時期、角光の強引なやり口で尚侍にと推挙された。藤原月光(睡蓮)となって戻った藤原涼子(沙羅)とは、初めのうちは火花を散らすが、互いに女東宮を護るという大義のもと、共に協力して役割を果たすことになる。帝の女官となって男の子を産み、帝と女東宮の役に立ちたいと願い、これに関しても沙羅とはよきライバル関係を築きたがるものの、沙羅の方にその気がないため、基本的に一方通行の状態だった。しかし、女東宮の聡明さと人柄に惹かれ、尚侍として彼女の傍にいることを強く望むようになった頃、吉野の宮と知り合い、彼に思いを寄せるようになる。のちに、銀覚への呪詛返しにより昏倒した吉野の宮を介抱。火の海となった都から救い出し、吉野の宮の恩人となる。女東宮と吉野の宮からは、「五節の尚侍」と呼ばれている。
銀覚 (ぎんかく)
女東宮に代わる新たな東宮として、弓弦親王を担ぎ上げた高僧。霊林寺の寺務を統括する別当を務めている。鞍馬山の寺では、藤原涼子(沙羅)に渡すための御供米に女東宮の病を重くする呪いをかけた悪僧。帝の尚侍として傍で寵愛を受けている沙羅が帝の子を産むことは、弓弦親王の立場を危うくすることに直結するため、つねに沙羅の動向を注視し、あわよくば亡き者にしようと企んでいる。もともと、何代か前の帝の種につらなる門跡寺院の跡取りであり、宋で密教の修行もしたことがある。当時、吉野の宮が遣唐使として唐時代の皇帝に大事にされていたことを羨んでいたこともあり、帝の父親である安楽帝の頃、吉野の宮と東宮の座を争った際は、より腹黒い方法を使い、吉野の宮を失脚させた。以前、まだ幼かった幻覚を保護し、自分の弟子として育てた。
弓弦親王 (ゆづるしんのう)
式部卿の宮から推挙され、女東宮に代わり、新たな東宮として候補となった少年。三代前の帝である京極帝の第8王子・貞頼親王の息子にあたり、大きな後ろ盾となった式部卿の宮とはいとこ同士。親王宣下を受けていなかったため、それまでは「弓弦王」と呼ばれていた。田舎暮らしだったため、まだあどけなく、礼儀のなっていないところがあるが、東宮候補として参内してからは帝王学を学びながら、少しずつ変化していく。のちに、幻覚の力で魔のものが取り憑き、帝の命を脅かすことになる。
幻覚 (げんかく)
西寺のお坊さん。朱雀院の病を払ったことで名を上げ、藤原角光の家にも出入りするようになった。幼い頃に両親を亡くし、人買いに売り飛ばされそうになったところ、銀覚に助けられてそのまま弟子になったという過去がある。今では銀覚がこの世でただ一人の家族と考えており、恩人に報いるためなら命をも捨てる覚悟ができている。のちに、弓弦親王に魔を取り憑かせ、帝を亡き者にしようとあやつる。
書誌情報
とりかえ・ばや 13巻 小学館〈フラワーコミックス α〉
第1巻
(2013-03-08発行、 978-4091350770)
第2巻
(2013-06-10発行、 978-4091353405)
第3巻
(2013-12-10発行、 978-4091355881)
第4巻
(2014-04-10発行、 978-4091361080)
第5巻
(2014-09-10発行、 978-4091362469)
第6巻
(2015-02-10発行、 978-4091368058)
第7巻
(2015-07-10発行、 978-4091374325)
第8巻
(2015-12-10発行、 978-4091377746)
第9巻
(2016-05-10発行、 978-4091383976)
第10巻
(2016-10-07発行、 978-4091386779)
第11巻
(2017-03-10発行、 978-4091388988)
第12巻
(2017-08-10発行、 978-4091394262)
第13巻
(2018-02-09発行、 978-4098700349)