あらすじ
第1巻
大の本好きで、いつも物語の世界に浸っている綾乃は、母親からの勧めで、現在断筆中の小説家、能見啓千の身の回りの世話をする事になった。始めは乗り気でなかった綾乃だったが、啓千の自宅にある蔵書に心が躍り、すっかり啓千のもとに入り浸る日を送るようになる。そんなある日、綾乃の通う学校で司書教諭を務める宇田明が、図書館で絞殺された状態で発見される。警察といっしょに探偵として姿を現した啓千は、事件について調べていくうちに、自分の著作である「月の回転軸」がかかわっている事に気づく。(第1話)
その日、啓千に頼まれて古書店にやって来た綾乃は、そこで店番を務めていた間島綴と知り合う。彼女が読んでいたのは、小説家、都築応居(啓千のペンネーム)、唯一の恋愛小説といわれる「夏時雨の恋人」だった。間島は、恋人が自分との思い出を描いた作品なのだと綾乃に語って聞かせる。啓千が恋した女性の事を知りたくなった綾乃は、おばさんから、「夏時雨の恋人」を貸り、読破。小説の中の女性「綴」が、間島とは別人である事に気づく。真実が知りたくて、再度古書店へと足を運んだ綾乃が見たものは、火が燃え盛る店と、避難した間島の姿だった。そして、啓千は本を安全な場所へ持って行ったと語った間島の言葉を聞いた綾乃は、啓千がまだ建物の中にいる事を確信。消防隊に救助を要請する。(第2話)
いつものように啓千の家を訪れた綾乃は、そこで新しく手伝いにやって来たという男性に出会う。彼は小野寺栄と名乗り、左頬に大きな痣(あざ)のある人物だった。その日以降、身の回りの世話をするために来るようになった彼は、綾乃の起こす失敗に目くじらを立て始める。その様子を見た啓千は、栄に不審を感じ、しばらく来ないようにと綾乃を突き放す事で、綾乃の身の安全を図ろうとした。おばさんのもとを訪れた啓千は、真相を探ろうと話を聞くうちに大きな矛盾に気づき、栄のアパートに足を運ぶ。(第3話)
第2巻
北陸の能登にやって来た綾乃と能見啓千。そこで、思いがけず再会を果たしたのは、啓千の学生時代からの友人、新山大悟だった。自殺の名所といわれる鵜欄岬にほど近い宿泊先のホテル。ここは、自殺するためにやって来た人が宿泊する事で有名になっていたが、実は、人を殺めてしまった者や、殺したい人間を処分したい者がやって来るのだという事を聞かされる。宿泊客や従業員など、このホテルにいるすべての者が、その理念を理解し、殺害に加担するだけでなく、赤の他人としてアリバイを証明するなど、共謀者として存在しているのだ。そのうえで、ホテルの支配人は昔の事件を引き合いに出し、啓千のために大悟を殺し、綴を取り戻そうと、一方的に話を持ち掛ける。すべてを知った啓千は、大悟と綾乃に事情を打ち明け、大悟を逃がすために奔走する。(第4話)
警察官の兄からの依頼で、天才作家、月堂碓氷のもとを訪れた啓千と綾乃。そこで、作家、都築応居の後継者といわれる碓氷への脅迫事件が発生している事を知る。碓氷のもとに届いた脅迫状は、さまざまな本の帯やカバーを切り抜いて作られた物。啓千は、脅迫状について調べを進めていくうちに、不審な点に気づく。そんな中、碓氷のサイン会が開催される事になった。警察が見守りつつ、安全を確保しながらも、滞りなくサイン会を終えた碓氷は、散歩に出た先で、何者かによって脇腹を刺されてしまう。(第5話、第6話)
綾乃は、啓千と共に彼の出身大学の図書館に来ていた。そこで啓千は久しぶりに大学時代の友人、上野と再会を果たす。広い図書館の中で、用事を済ます啓千を1人で待っている事になった綾乃だったが、いつまで待っても啓千は帰って来ず、そのまま行方不明になってしまう。話を聞きつけた警察官と、友人の大悟も駆けつけ、いっしょに捜索を始めた綾乃は上野の噓に気づく。(第7話)
登場人物・キャラクター
綾乃 (あやの)
16歳の女子高校生。読書好きで、いつも本の中の世界に浸っている、まさに本の虫。二次元だけを愛し、現実に興味を持とうとしないため、母親からは将来を心配されている。そんな母親や、おばからの勧めで、親戚筋にあたる能見啓千の身の回りの世話をする事になった。啓千のもとへ出入りする事になって以降、数々の事件に遭遇。それをきっかけに啓千自身に興味を持ち始める。 基本的に啓千を特別視する事はないが、人として自分が彼の特別でありたいという意識が芽生えていく。本を読む時はいつも、座っている啓千の背中に寄りかかって読むのが基本の体勢。啓千の心の中の綴という存在について気になって仕方がない。
能見 啓千 (のうみ たかゆき)
綾乃の母親のはとこにあたる男性。小説家の都築応居として執筆活動を行っていたが、現在は断筆中。兄が警察官のため、素人探偵として警察の捜査を手伝う事もある。そのため、小説家探偵としても有名。綾乃が身の回りの世話をしに来てくれるようになってから、すっかり綾乃のペースに巻き込まれる事が多くなった。自分を特別視しない綾乃といっしょの時間を過ごすにつれ、綾乃を大切に思う気持ちが大きくなっていく。 小説家の都築応居としては、約5年間の活動期間中に長編6本を含む13作品を発表。賞を受賞するなど、その活躍は華々しいもので、彼の持つカリスマ性は断筆中の現在も健在。彼に心酔する狂信者は少なくなく、自身や自分が執筆した作品がきっかけとなって人を狂わせ、事件を起こす事が多くあり、その事実に心を痛めている。 唯一の恋愛小説、「夏時雨の恋人」を執筆後、話のモデルになった女性、綴によって斬りつけられた事件は当時メディアでも取り上げられ、世間的にも有名。それにより右手を負傷して以降、右手が不能となり、断筆中となっている。右手が不自由な事もあり、服装はいつも和服を愛用している。
おばさん
能見啓千の叔母。甥の小説家としての才能に心酔しているファンの1人。綾乃に啓千の手伝いを勧めた張本人。どんな人でも啓千の虜になるはずと、事あるごとに綾乃の様子について伺いを立ててくる。だが、綾乃が相変わらずの本の虫のままで、啓千のすごさを認めず、特別視もしない事に苛立ちを募らせている。これを理由に、今度は綾乃を啓千から引き離そうと強硬手段に出て、事件のきっかけを作ってしまう。
荒井 志摩子 (あらい しまこ)
綾乃と同じ学校に通う女子高校生。図書委員を務めており、本を読むために生きていると言うほど本が好きという点で、綾乃とは気が合う同士。おっとりとした性格だが、どこか地に足が付いていないような、ふわふわとした印象を与える。ブラジャーを身につけた日から、家では実父から体の関係を強要され続けており、学校では、司書の宇田明から関係を強要されていた。 小説家、都築応居の大ファンであり、特に彼の初単行本にあたる「月の回転軸」には深い思い入れを持っている。
宇田 明 (うだ あきら)
綾乃が通っている学校の司書教諭を務める男性。初版本や限定本の蒐集に熱かったが、重要なのは本の値段であり、読書にはまったく興味がない。本好きの優しい性格であると、一部の生徒達からは人望もあったが、図書館で亡くなっているところを、朝登校した学生によって発見された。死因は頭を後ろから殴られたあとに首を絞められた事による絞殺。 荒井志摩子と関係を持っていた事がわかっている。
間島 綴 (まじま つづり)
外国文学を主に扱っている古書店「しみず書店」の店番を務める女性。喫煙者で、いつもタバコとオイルライターを持っている。小説家の都築応居の唯一の恋愛小説「夏時雨の恋人」の中の女性「綴」は、自分がモデルであると信じている。自分との思い出を執筆した作品を、都築応居が盗作したと言って自殺した恋人の言葉を信じ、いつか都築応居を殺そうと復讐を企てていた。
能見 (のうみ)
能見啓千の父親で、元警視長。右足が不自由なため、いつも杖をついている。息子の啓千に対して、いつも公平である事、自分の中の天秤を揺らす事がないようにと言って聞かせた。また、啓千が何かを嫌う事も愛する事も禁じたうえで、彼が愛した者には悪意が向けられる事になるだろうと話した。
小池 雄治 (こいけ ゆうじ)
小野寺栄を名乗り、冷たい印象を持つ男性。栄になり代わって能見啓千のもとへ手伝いにやって来た。啓千の身の回りの世話をしながら、すべてのミスを綾乃に押し付ける事で、啓千から綾乃を引き離す事に成功する。実は駆け出しの編集者で、小説家・都築応居の未発表の原稿欲しさに啓千に近づいた。本当の小野寺栄とは恋人関係にあったが、それも啓千に近づくため栄を利用しようとしての事だった。
小野寺 栄 (おのでら さかえ)
能見啓千や綾乃の遠縁にあたる女性。幼い頃事故で両親を失い、その時に負った大きな痣(あざ)が左頬にある。そのせいもあって、何かと籠りがちで、物静かな性格で本好き。特に『赤毛のアン』が好きで、主人公のアンに自分を映し見ていた。最近では小池雄治という恋人ができた。啓千の家へ身の回りの世話をしに行かないかという話があった際、断ったが、小池からの強い後押しがあり、しぶしぶ引き受ける事にした。 だがその後に殺害され、栄自身が啓千の家へ行く事はなかった。
木山 (きやま)
口ひげを蓄えた初老の男性。能見啓千の母方の親類にあたる。おばさんからの頼みで、小野寺栄を啓千の手伝いとして向かわせ、綾乃を引き離す事に加担した。以前、栄の恋人である小池雄治から、作家を紹介してほしいと頼まれた事がある。
新山 大悟 (にいやま だいご)
警察官の男性で綴の婚約者。能見啓千とは大学時代からの友人。綴が啓千を斬りつけた事件について未だに語ろうとしないため、綴自身もケガを負ったこの事件の真相を知りたいと考えている。本当は一方的な傷害ではなく、共に想い余ったうえでの心中だったのではないか、と疑っている部分がある。その関係で、啓千とは未だ確執がぬぐえない状態だが、大切な友人として啓千を思う気持ちも持ち合わせている。 体育会系で、思った事は何でも口にしてしまうところがあるが、基本的には悪気はなく、ただ無神経なだけである。小説は読まない。
綴 (つづり)
新山大悟の婚約者。大学生の頃、大悟を通して能見啓千と知り合った。彼が執筆した恋愛小説「夏時雨の恋人」で、主人公が好意を寄せる相手役に自分の名前が使用された事で、啓千自身が自分に好意を抱いていると思い込んだ。想いを募らせた彼女は、大悟との婚約を破棄し、啓千に迫ったが、それを受け入れようとしなかった啓千に逆上し、利き手の右手を斬りつけた。 その後、自らをも斬りつけ、大ケガを負ったとされている。
月堂 碓氷 (つきどう うすい)
小説家の都築応居が筆を折った直後に頭角を現し、一気に人気を博した男性作家。当初は応居の後継者ともささやかれていた。熱狂的なファンを獲得しているが、人間像や作品自体が応居に似た印象を与える事から、彼に反感を抱く応居ファンも少なくない。そのため、連載中の雑誌編集部に脅迫状や過激な手紙が届く事もよくある。さらに、つきまといや家宅侵入など、実際に事件につながる事案も少なくない状態にある。 月堂碓氷自身は、応居のファンであるものの同時に対抗意識も持っており、つねに応居を超えたいと考えている。そのため、脅迫事件解決のために、探偵として自宅を訪れた能見啓千が連れていた綾乃に興味を持ち、何かと距離を縮めようとする。
小野寺 (おのでら)
月堂碓氷の担当編集者を務める男性。編集者として初めて担当した作家が碓氷であり、誰よりも彼のファンである。世の中が碓氷を「都築応居の偽物」だと騒ぎ立てる事に苛立ち、碓氷が、応居を超えるためなら何でもしたいと考えている。
上野 (うえの)
能見啓千の大学時代の友人。大学の教授を務める男性。温和で優しい印象を持ち、学生に話す際、つい小さい子供に言い聞かせるような語り口になってしまうのがクセ。妻とのあいだに授かった娘は体が弱く、2か月前に亡くなった。その娘のためにと、啓千が語って聞かせてくれた物語の構想を軸に、執筆を再開させてほしいと啓千を拉致。強引に小説を執筆させようとする。