天下の悪法が施行された時代の物語
元禄年間は町人文化が花開いた一方で、天下の悪法と批判されることが多かった「生類憐れみの令」が施行されていた時代でもある。主人公の進ノ助が光圀の諸国漫遊に同行することで、百姓の過酷な生活や、身体を売る食売女が集う宿場町の様子、遊女の死体が投棄される投げ込み寺など、同時代の暗黒面が克明に描写されている。史実の光圀の長い人生に照らし合わせると、物語の舞台は彼の晩年に相当する時代設定となっており、ほかにも同時代を彩った人物として現役の将軍である綱吉や、『好色一代男』などの浮世草子で知られる井原西鶴が登場する。
代替わりを繰り返す「黄門さま」のお供たち
「黄門さま」こと光圀は、危険な世直し旅を趣味として楽しむ変わり者であり、道中の警護は「源さん」ことお庭番頭の源内(げんない)が担っている。旅の基本構成は、水戸藩士から募った「助さん」「格さん」、そして伊賀の若い娘から選出されたくノ一を加えた五人組だが、源さん以外のメンバーは戦力として機能しているとは言い難く、その命は軽視されていた。旅先で命を落とした者も多く、進ノ助が光圀の護衛を任された時点で、助さんが三人、格さんが四人、くノ一が六人殉職している。四代目の助さんに就任した進ノ助は、歴代でも最強の護衛であり、徳川に恨みを持つ刺客を返り討ちにする主戦力として期待されている。
徳弘正也の新境地となる時代劇ギャグ
従来の徳弘正也が得意とする下ネタや過度なリアクションに加え、新たな試みとして時代劇ギャグが取り入れられている点が特徴となっている。『水戸黄門』はもちろん、『旗本退屈男』『子連れ狼』『木枯らし紋次郎』『JIN-仁-』など、さまざまな新旧の時代劇のパロディが散見される。また、シャンプーハットをかぶったり、直訴状をシュレッダーで処分したりと、元禄年間の日本には存在しないアイテムを用いたギャグも頻繁に登場する。
登場人物・キャラクター
井上 進ノ助 (いのうえ しんのすけ)
浪人の青年。年齢は18歳で、人間離れした身体能力を誇り、居合の達人でもある。無益な殺生を好まないが、手加減ができない状況では人を殺(あや)めることもある。小田原藩の剣術指南役だった父から活人剣の流儀を教わり、情に厚いお人好しに成長した。しかし、父親は道場破りに敗れて切腹し、家は取り潰されてしまった。現在は裏長屋で母親と質素に暮らしている。刀剣を用いた殴られ屋のような大道芸で日銭を稼いでいたが、水戸藩が剣術指南役を募っていることを知り、仕官を志す。その後、試験を突破して剣術指南役として採用されるが、それは表向きの役職に過ぎず、手代の「助さん」として光圀の諸国漫遊に同行することになった。仕官後は月2両の給金を受け取るようになったが、先の試験で三人の子供を持つ福井藩浪人の木村定次郎を斬った責任として、赤子が成長するまで月1両を彼の妻に支払うと約束した。なお、非常に好色で、旅先でもさまざまな女性と肉体関係を持つことになる。
徳川 光圀 (とくがわ みつくに)
徳川家康の孫で、水戸藩の2代藩主を務めた老人。中納言であったことから「黄門さま」とも呼ばれる。口髭と顎髭を蓄え、刃を防げるほど頑丈な金剛杖を携行している。癇癪持ちで、退屈を嫌い騒動を好む悪癖があり、戦場で壮絶な最期を迎えることを夢見ている。名君と持て囃された時期もあったが、現在は藩のお荷物と揶揄され、3代藩主の徳川綱条からも煙たがられている。お供を引き連れての諸国漫遊が趣味で、旅先では木曽の木材問屋の隠居「国ェ門」と身分を偽っている。藩には世直し旅と主張しているが、その実態は老後の道楽に過ぎない。旅先で苦しむ者を見かけても、スリルに満ちた騒動に発展する見込みがなければ無視を決め込むため、人情家の「助さん」こと進ノ助とは意見が衝突することも多い。世直し旅は藩の機密とされているが、一行の活躍は瓦版を介して町民にまで轟いている。瓦版の黄門さまは一貫して弱者の味方として描かれており、町民からの人気は上々である。
書誌情報
黄門さま~助さんの憂鬱~ 全6巻 集英社〈ヤングジャンプコミックス〉
第1巻
(2014-02-19発行、978-4088797472)
第6巻
(2015-08-19発行、978-4088902487)







