主人公・山崎宅郎は、かつて勤めていた集英商事において、業務的にも好成績をあげ、将来を嘱望されていたビジネスマンだったが、当時の上司の業務の失敗の責任を取らされ、後始末に奔走させられた挙句、帰らぬ人となった尾崎達郎おざき・たつろうが、一部の脳細胞と顔の皮膚のみを残して全身をサイボーグ化された姿である。
人材派遣会社「NEO=SISTEM社」から依頼のあった会社に「プロジェクト責任者」の形で乗り込み、業績を上げては次の会社へと派遣されていく。
この作品でいう「派遣社員」とはそういうもので、基本「ある部門のスペシャリスト」であり、即戦力として派遣先会社に数カ月のみとどまり、業績を上げてはまた次の派遣先へ異動、というパターンが通常であり、今の「派遣社員」とは似て非なるものだということを、まず理解しておいてほしい。
彼が全てを投げ打って企業のために働くのは、ひとえに妻と娘のため。
企業側の倫理か策略かは知らないが、尾崎達郎の死は「過労死」としての労災が認められず、妻と娘には一文の金も入らない。その残された家族に少しでも多くの金を残すべく、彼は企業戦士サイボーグとしての修羅の道を歩む決意をしたのだ。
スーパージャンプにて6年にも渡って連載された。コミックは全12巻まで発売。完結。
マンガとして分析するならこのマンガは「展開がワンパターン」だと言えるかもしれない。
基本としては「山崎が業績落ち目の会社に派遣」→「新商品、新分野への移行を提案」→「計画が成功しそうな気配を察し、他社の企業戦士が現れる」→「死闘、山崎の勝利」→「エンディング」というパターン。
逆に言えばこのワンパターンの展開でよくも6年間連載を続けられたものだと思うかもしれないが、あくまでこれは作品の縦軸のみを取り出したもので、そのパターンの中に見え隠れする人間ドラマの部分、そして山崎の提案してくる商品(商売)が妙に心くすぐられる。
大概の場合、派遣先での山崎のお相手は「自分の将来に悲観的なもの」が多く、人間として弱い者たちが多い。だからか、その人たちはせっかくの山崎の提案に乗り気でなかったり、あまつさえその「企業秘密」をライバル会社に売り渡そうとしたりもする。
だが、敵企業戦士との戦いで傷つき、体の一部を破壊されても尚戦う姿に、彼らは心打たれ、命ある限り「まっとうな企業戦士」になることを誓っていく。一話一話の最後のコマ、派遣先を去っていく山崎の姿を最敬礼で見送る彼らが、その証拠だ。
しかし考えてみれば、この「敵企業戦士」というのも興味深い存在で、彼らも実は山崎と同じく、かつて「過労死」に追い込まれ、一度は死を賜った人間たちなのである。実は彼らの体が誰によってサイボーグ化されたのかは、作品の中では明らかにされていない(最後の一人を除き)。
彼らもかつては企業戦士として働き、過労死してしまった、いわば「山崎の同志」ともいうべき存在である。そんな彼らの多くは過労死によってそれまでの生き方に絶望し、不死の体として生まれ変わった以上は、かつての人としての人生に復讐してやろう、と思っているに過ぎない可哀そうな人たちだ。
それでも山崎との戦いに命をかけてしまうこと自体、まだまだエコノミックアニマルの部分を残している、といっても過言でないと思う。命を賭して山崎に挑み、必殺技を受けて爆死していく彼ら(彼女ら)にも、大いなる拍手を送りたい。
そんな、ある意味殺伐とした「YAMAZAKI」の世界に花を添えるべく、第3話から現れるのが、この物語のヒロインであり、一方の主人公である「鹿島倫子(かしま・りんこ)」。
「インター石油」という大企業の重役である父の、家庭を顧みない生き方に反発して家出をしている少女なのだが、彼女も最初は山崎の、一見他人を顧みないような仕事ぶりに父を連想し、反発する。だが、倫子もやはり、その山崎の真の生き方を目の当たりにして、自分の心の奥にあった「真心」を思い出す。
3話ラスト近くの、彼女のセリフを借りてみたい。
山崎が自分の寿命が長くはないこと、妻も娘も、サイボーグとして生き返ったという現実すら知らないことを告げる山崎に、最初はこう悪たれる。
「ハ! バッカじゃねェのあんた! きっとむこうはむこうでテキトーに楽しくやってるに決まってらァ あんたの事なんかとっくに忘れてさ あんたなんかいなくなったって 今頃きっと新しい男を作って……楽しく……」
「……そうじゃ、ないよね。そんなはず……ないよね…… ゴメンね」
大粒の涙をこぼしながら山崎に詫びるこのシーンは、倫子登場の実質第1話であればこその圧巻で、いつ読み返しても、自分は涙を禁じ得ない。
こんな倫子だからこそ、企業戦士である山崎の相方が勤まり、その存在こそが彼の救いともなっていく。『企業戦士YAMAZAKI』というこのマンガは、己の身をサイボーグと化してでも妻と娘のために生きる山崎の凄絶なまでの人生を描くと共に、鹿島倫子という、一見チャラく見えながらも、その実お人好しで誠実な、一人の少女の成長していく姿を描いた傑作であると思う。
仕事に悩みがある人、就職活動中の人にぜひとも読んでもらいたい作品である。