陰謀と欲望が渦巻く王宮を舞台に、「影武者」として生きる少年の波瀾万丈の人生を描いたロマン・サーガ。王国・ゼントレンには、「王位継承権を持つ者たちにはそれぞれ影武者が付く」というしきたりがあった。王位継承権3位であった王女・エリザベスの影武者となる人物を探しに、従者であるウィリアム・セシルは町の小劇場を訪れ、エリザベスそっくりな少女を見つける。しかし、少女は実は「ロバート」と名乗る身寄りのない少年であることが発覚する。
ウィリアムはロバートに、病弱な彼の弟の面倒をみることと引き換えに影武者になることを持ちかける。当初は難色を示していたが、弟と自らの身を案じたことから影武者になることを決意した。そして王が亡くなり、国の情勢は急転する。エリザベスの弟が王位に就くも毒殺され、彼女の腹違いの姉・メアリ王女は自分こそが次のゼントレン王だと主張し、あの手この手で彼女を追い詰めてゆく。エリザベスは幾度となく命の危機を迎えるが、ロバートと共に協力し合う中で、強い絆が芽生えるのであった。中世ヨーロッパを思わせる激動の時代を影武者として生き抜いたロバートの運命が、スピード感溢れるタッチで描かれている。どんでん返しのクライマックスにも要注目だ。
春雷をきっかけに、特異体質となってしまった5人の男子高校生が巻き起こす学生生活を描いた青春群像劇。男子校である私立雨谷(あまがい)学園の入学式に、山野井葉月(やまのいはづき)は参列していた。入学式を終えて帰る途中、携帯をなくしたことに気づき、学校に捜しに戻ったところを雨に降られてしまう。一方、同じ新入生である如月冬馬(きさらぎとうま)、五郎丸淳太(ごろうまるじゅんた)、左近司円(さこんじまどか)、真城悠介(まきゆうすけ)の4人も雨で校舎に取り残されていた。突然校舎に雷が落ち、気がつくと彼らの身体に変化が起こっていた。
偶然居合わせた葉月たちは、雷が原因で雨が降ると身体が女性化するという体質を身につけていた。彼らは事情を知った寮監のはからいで学生寮に入寮し、女性の身体でいるうちは隣接する女子校に登校することに。葉月は「月子」と名乗り、女子校で知り合った北条明日美(ほうじょうあすみ)と仲良くなる。少しずつ異性として意識してゆくことになるが、素性を明かせず月子の従兄弟として葉月の姿で彼女に近づいてゆく。しかし、明日美の兄・北条琢磨(たくま)が彼らの寮長であることが発覚。月子は琢磨から恋心を寄せられてしまう。一方で冬馬たちもまた、それぞれの恋の渦に巻き込まれてゆくのであった。女性化をきっかけに恋を知り、男として成長してゆく5人が瑞々しく描かれている。爽やかな読後感を与えてくれる作品だ。
寺院を舞台に、そこに住む極彩色の髪の子たちの日常と成長を描いたファンタジー。人里離れたとある山奥に、色で溢れた寺「極彩の家」があった。そこには色とりどりの髪を持った子どもたちが住んでいる。その中でも、特に天藍(てんらん)の青は美しく、髪を奉納する「色奉の儀」の大役をいつも司るほどだった。ある日、極彩の家に新しい子どもがやってくると聞いて天藍たちは色めき立つ。そんな彼らの前に現れたのは、漆黒の髪を持つ烏羽(からすば)であった。
寺の子の中でも漆黒の髪の烏羽は希少であり、物珍しい目で見られていた。今まで人里離れた家に住み黒髪を守ってきたが、理由あってここに連れてこられたのである。当初は着物の着方やしきたりがわからず逃げ出そうとする烏羽であったが、偶然会った先輩・紅(くれない)の手ほどきを受け寺に戻ることに。一方、天藍は烏羽がさっそく色奉の儀の大役を任されると聞き、嫉妬心を抱いていた。しかし、心を通わせるうちに二人はかけがえのない親友となってゆく。子どもたちには性別がなく、その髪が顔料の元であるという突飛な設定だが、彼らが暮らす極彩の家の和洋入り乱れた独特の空間と相まっている。紅をはじめ登場人物が皆優しく、彼らに見守られながら成長してゆく烏羽も微笑ましい。
吸血鬼の国に嫁ぐことになった王女の数奇な運命を描いたダークファンタジー。とある半島にある小国・ゴルトフルーエは北方の国・ロートフェルゼの侵攻を受けていた。このままでは国が持たないと思った王は、娘である王女・エイラに政略結婚のため敵国の王子・アロルドの元へ嫁ぐよう命じる。アロルドの肖像画を見てその美しさに一目惚れするエイラだったが、彼女を不吉な噂が襲う。なんと、歴代ロートフェルゼへ嫁いだ娘は、入城後忽然と姿を消していたのであった。
不信感を抱いたエイラは、飼い猫の姿をした獣人・ロロンをお供にロートフェルゼへ向かう。アロルドが優しいイケメンであることに安心するエイラだが、違和感を拭えずにいた。実は、ロートフェルゼの一族は吸血鬼であり、しかもアロルドは異性の血を受け付けない「偏食」であることが発覚する。しかし、二人は互いを受け入れることを決意し、儀式で血を飲み合うことに。翌朝エイラが目を覚ますと、彼女の身体は男性になっていた。二人とロロンだけが共有する秘密だったが、それを知る者が現れたことにより運命の歯車が回り始める。ヴァンパイヤに嫁いだ姫が男性化してしまうという衝撃の設定もさることながら、エイラがどのように女性としての身体を取り戻すのか、展開から目が離せない。
とある郵便局を舞台に、局員たちとそこに立ち寄る人々が織りなすヒューマンストーリー。主人公・山城芽依(やましろめい)は「公園前郵便局」に異動でやってきた郵便局員である。芽依は初出勤の道すがら、局前のポストに手紙を投函する女子高生を見かけ、かつての自分自身と重ね合わせていた。実はこのポストには、ラブレターを投函すると恋が成就するという言い伝えがあったのだ。女子高生を見守る芽依だったが、彼女の前にもう一人、物陰に隠れて佇む男性の姿があった。
芽依は前に立つ男性に不信感を抱くが、同僚・八木和文(やぎかずふみ)であることが判明する。芽依は過去にラブレターが原因で失恋したことがトラウマで、ラブレターに関する話の中で八木に思わず強い口調で言い返してしまう。その後、件の女子高生が投函した手紙を取り戻しにやってくる。留学する先輩に急いで手紙を書いたのに切手を貼り忘れたという彼女に、八木は手紙を書き直すよう助言し、無事に思いは成就したのであった。芽依は八木に昼間の態度を謝罪し、個性的な同僚たちに見守られながら成長してゆく。手紙が織りなすアナログな空間にそれぞれのエピソードが溶け込み、ほっこりとした読後感を与えてくれる。局員たちの名前が、童謡「やぎさんゆうびん」の歌詞にちなんでいるのも面白い。