あらすじ
翔太の入門~惜春亭銅ら壱の誕生(第1巻~第3巻)
保育園で働く関谷翔太は、子供たちと行うイベントの幅を広げるため、寄席に行く。そこで惜春亭銅楽の落語に触れた翔太は強く感動し、弟子入りを志願。銅楽には入門を許されたものの、落語という芸の世界のことをまったく知らない翔太は、自身の持つ一般常識と落語の世界の違いに戸惑い、失敗ばかりを重ねていく。それでもたゆまぬ努力を続けた翔太は、やがて師匠の銅楽より「惜春亭銅ら壱」の名を与えられ、初高座の日を迎える。
銅ら壱の前座修業~前座研鑽会(第4巻~第6巻)
見習いを終えて前座として働くようになった「惜春亭銅ら壱」こと関谷翔太は、数々の寄席を経験し、少しずつ噺家として成長していく。そんなある日、銅ら壱は走馬亭夢六という噺家と出会い、ひょんなことから夢六に稽古をつけてもらうこととなった。決意を新たに修行に励む銅ら壱は、姐弟子の惜春亭銅ら美、彼女をライバル視する加賀家ありすとともに、落語評論家である白井満の主催する前座研鑽会に招待される。
夢六の高座復帰~朝霧亭の寄席(第7巻~第8巻)
惜春亭銅楽は、一流の芸を持っていながらその素行の悪さから高座から遠ざかっていた走馬亭夢六に、自身の独演会への参加を頼む。久しぶりの高座復帰に意気込む夢六だったが、ある時、懇意にしていた居酒屋「よし乃」のおかみ佳乃が事故に遭って昏睡状態になってしまう。いつ目覚めるとも知れない佳乃を案じつつ高座に上る夢六の姿に、「惜春亭銅ら壱」こと関谷翔太は噺家のプライドを垣間見るのだった。そんな折、銅ら壱は金子梅という老齢の女性と出会い、彼女の主宰する席亭「朝霧亭」に参加することになる。
1年目落第~あや音との出会い(第9巻~第10巻)
入門してから3年が過ぎた「惜春亭銅ら壱」こと関谷翔太は、稽古をつけてくれた蕨家我生の独演会に同行するよう依頼を受けたが、飛行機で移動する際、空港の場所と時間を間違えるという失態を演じてしまう。結果的に公演には間に合ったものの、この失態に惜春亭銅楽は激怒。周囲のとりなしもありかろうじて破門は免れたものの、銅ら壱は「前座1年目」という扱いに落第させられてしまう。どうにか落語の世界に留まれたことに喜ぶ銅ら壱のもとに、再び前座研鑽会への招待が届く。勇んで前座研鑽会に参加した銅ら壱は、そこで女流噺家の井筒家あや音と出会う。
二ツ目昇進~後輩の登場(第11巻~第12巻)
「惜春亭銅ら壱」こと関谷翔太は井筒家あや音と惹かれ合うが、自身はいまだ前座修行の身、まずは修行第一と考え襟を正した生活を送っていた。やがて銅ら壱は日頃の修行の成果が認められ、ついに二ツ目に昇進し、惜春亭銅楽から「惜春亭銅ら治」の名を与えられる。席亭「朝霧亭」では惜春亭銅ら美や加賀家ありすとともに落語会を開くほどになり、少しずつ人気も出始めていた。そんな中、走馬亭夢六のもとには弟子入りを志願する若者が現れ、走馬亭小ゆめの名で夢六のもとに出入りするようになる。小ゆめの姿をかつての自分と重ねつつ、銅ら治は想いを新たに修行に励むのだった。
かつての兄弟子(第13巻)
ある日のこと、「惜春亭銅ら治」こと関谷翔太は朝霧亭での寄席で1人の客と知り合う。小さな居酒屋を営んでいたその人物・山名幸雄は、かつて「惜春亭鉄楽」の名で惜春亭銅楽のもとで修行をしていた経歴の持ち主だった。しかし、素行不良がたたって銅楽より破門を言い渡され、現在は居酒屋の店長となっていた。銅ら治にかつての自分を重ねた山名は、自身の居酒屋で寄席を開いてほしいと願い出る。直接の面識こそなかったものの、かつての兄弟子筋にあたる山名の願いに応じ、銅ら治は寄席を開くことを決意する。
あや音との別れ(第14巻)
佳乃と所帯を持とうと決めた走馬亭夢六は、席亭「朝霧亭」まで足を運び、もう一度自分の芸を見つめ直す決心をする。その「朝霧亭」で井筒家あや音と出会った夢六は彼女に稽古をつけるが、あや音が「惜春亭銅ら治」こと関谷翔太と付き合っていることを知り、別れるように諭す。銅ら治もまた、二ツ目に昇進したとはいえまだまだ未熟な自身とあや音とでは釣り合わないと考えるようになり、別れを切り出してしまう。
NHK新人落語大賞~あや音との復縁(第15巻~第16巻)
「惜春亭銅ら治」こと関谷翔太のもとに、NHK新人落語大賞予選への出場通知が届く。姐弟子である惜春亭銅ら美や加賀家ありす、そして井筒家あや音とともにNHK新人落語大賞に出場した銅ら治は、審査の末に予選通過を果たし本選へと出場。本選での審査の結果、見事に優勝した銅ら治は、ともに新人落語大賞に臨んだあや音と再びよりを戻し、今度こそ離れないと誓う。
夢六の病気~文七元結(第17巻~第18巻)
二ツ目に昇進して2年が経った「惜春亭銅ら治」こと関谷翔太は、井筒家あや音との交際も順調、まだ修行中の身ではあるが、あや音との結婚も考えるようになっていた。そんな折、かつての自分を反省し真面目になった走馬亭夢六は、惜春亭銅楽や蕨家我生らの独演会に呼ばれるほどの人気噺家となっていた。しかし夢六は喉にポリープができ、思うように声が出なくなってしまう。あや音とともに夢六の看病をしながら、銅ら治はある決意を固めていた。それは、古典落語の大作「文七元結」を、師匠である銅楽の前で演じること。さまざまな思いを胸に、銅ら治は渾身の「文七元結」に臨む。
登場人物・キャラクター
関谷 翔太 (せきや しょうた)
惜春亭銅楽に弟子入りした男性。もともとは叔母の経営する保育園で働いていたが、寄席で銅楽の落語を聞いたことがきっかけで弟子になろうと決意する。実直で真面目な性格をしている。弟子入り当初は失敗を繰り返すものの、その生真面目な性格から同門の噺家をはじめ多くの人の心をつかんでいく。前座として「惜春亭銅ら壱」の名を与えられ、のちに二ツ目に昇進してからは新たに「惜春亭銅ら治」の名を与えられる。 前座研鑽会で知り合った井筒家あや音とは互いに芸の道を進む同志として、のちに恋仲となる。
惜春亭 銅楽 (せきしゅんてい どうらく)
惜春亭一門を率いる噺家の男性。本名は「宮脇賢二」。必要以上に弟子をとらないという昔気質の噺家で、芸の道においては妥協を許さない厳しい面を持っている。その反面、不器用ながらも弟子たちのことは常に気にかけており、体調を気遣ったり、昇進の際には祝いの言葉をかけたりと、優しく包容力のある人物。その人望により、同門はもちろん、他の一門にも惜春亭銅楽を尊敬する者は多い。
惜春亭銅ら美 (せきしゅんてい どらみ)
惜春亭銅楽の弟子で、「惜春亭銅ら壱」こと関谷翔太の姐弟子にあたる女性。本名は「清美」。中学時代に銅楽の落語を知り、その後8年かけてようやく弟子入りを認めてもらったという経緯を持つ。修行に熱心なあまり自身の体調を顧みないことも多く、高座が終わると貧血で倒れることもしばしば。女性の落語家は大成しないという通説を乗り越えようと自身の芸を磨くとともに、弟弟子である銅ら壱のことも気にかけている。
惜春亭 錫楽 (せきしゅんてい すずらく)
惜春亭銅楽の弟子で、「惜春亭銅ら壱」こと関谷翔太や惜春亭銅ら美の兄弟子にあたる男性。銅ら美と組んでテレビ番組にも出演するほどの腕前の持ち主で、落語だけでなくコントなどお笑い全般に精通している。その反面、まだ二ツ目に昇進したばかりで、噺家としての仕事が少ないことを気にしている。
惜春亭 小銀 (せきしゅんてい こぎん)
惜春亭銅楽の弟子で、「惜春亭銅ら壱」こと関谷翔太や惜春亭銅ら美の兄弟子にあたる男性。若手落語家のホープと目される実力派だが、優しい性格で弟弟子のことも親身になって気にかけている。家庭を持っているが現在は円満な状態ではなく、妻とは離婚調停中のため別居して暮らしている。
惜春亭 志ん銅 (せきしゅんてい しんどう)
惜春亭銅楽の弟子で、「惜春亭銅ら壱」こと関谷翔太や惜春亭銅ら美の兄弟子にあたる男性。地味ながら堅実な腕前の持ち主で、同じ一門の惜春亭小銀とともに定期的に落語会を開催している。面倒見の良い性格から、噺家たちの中には稽古をつけて欲しいと願い出る者も多い。
井筒家 あや音 (いづつや あやね)
「惜春亭銅ら壱」こと関谷翔太が前座研鑽会で出会った女性の噺家。まだ前座ながら自身のラジオ番組を持っており、噺家としての腕前も相当なもの。初めて会った時から銅ら壱の「声」に惹かれ、その後も積極的なアプローチで距離を縮め、やがて恋仲となる。
走馬亭 夢六 (そうまてい ゆめろく)
「惜春亭銅ら壱」こと関谷翔太が前座修行時代に出会った噺家の男性。妻や子供と別居しており酒浸りの日々を送っているが、落語に対する愛は本物。噺家としての技術も一流で、その芸は惜春亭銅楽をはじめ多くの噺家の認めるところである。銅楽からの信望も厚く、銅ら壱とは別門ながら、彼を気に入って稽古をつけることになる。
走馬亭 小ゆめ (そうまてい こゆめ)
走馬亭夢六の噺家としての腕前に惚れ、弟子入りを志願した男性。本名は「葛西隆一」。大柄な体格をしているが性格は小心で、前座仕事でも失敗することも多い。それでも落語と夢六に対する情熱は本物で、夢六もそんな走馬亭小ゆめを気にかけている。
南風亭 せん坊 (なんぷうていせんぼう)
「惜春亭銅ら壱」こと関谷翔太が初めての高座仕事の際に出会った青年。本名は「武田」。惜春亭銅楽を尊敬し、本当は弟子になりたかったものの、銅ら壱が銅楽の弟子になったことに不満を感じている。その一方で銅ら壱をライバルと認め、互いに意識し合う存在となる。落語の世界に不慣れな銅ら壱に着物のたたみ方を教えるなど、親切な一面もある。
加賀谷 ありす (かがや ありす)
噺家の女性。同じく女性の噺家である惜春亭銅ら美をライバル視し、何かと意識して張り合っているが、同時に噺家仲間として気にかけている。艶っぽい落語を得意としており、男性ファンも多い。銅ら美と同時に二ツ目に昇進し、ともに芸の道を進むことを望みつつも蹴落とそうと考える、少々面倒くさい性格。
蕨家 我生 (わらびや がしょう)
惜春亭銅楽と並ぶ噺家の師匠の男性。ともに落語の世界を生き抜いてきた戦友である銅楽の依頼により、「惜春亭銅ら壱」こと関谷翔太に稽古をつける。娘の上杉志穂が銅ら壱にナンパされたと知っても寛大な対応をとる、弟子の失態を必要以上に責めたりしないなど、懐の深い性格で、弟子からの人望も厚い。
上杉 志穂 (うえすぎ しほ)
蕨家我生の一人娘で女子大学生。「惜春亭銅ら壱」こと関谷翔太の高座で初めて笑った客で、以降、銅ら壱に強く意識されるようになった。上杉志穂もまた、銅ら壱のことを異性として意識しており、銅ら壱が井筒家あや音に惹かれていると知ると複雑な感情を見せる。
白井 満 (しらい みつる)
落語評論家の男性。的確な評論をするものの、芸の未熟な噺家に対しては辛辣な意見をぶつけることも多く、噺家たちの間での評判が分かれている人物。評論家だけあって、落語に対しての見る目は確かなものがある。
佳乃 (よしの)
走馬亭夢六が常連として通う居酒屋「よし乃」のおかみ。家族はなく、1人で「よし乃」を切り盛りしている女性。もともと、夢六は常連客の1人にすぎなかったが、家族と別れ独居生活を送る夢六を気にかけ、やがて互いにかけがえのない存在になっていく。
金子 梅 (かねこ うめ)
「朝霧亭」という小さな席亭でおかみを務める女性。白井満とともに前座研鑽会を開いており、前座修行中の噺家を育てることを生き甲斐としている。金子梅のアドバイスで大成した噺家も多く、惜春亭銅楽や走馬亭夢六もかつて世話になったことがある。
山名 幸雄 (やまな ゆきお)
居酒屋「まんだら」を営む男性。かつて「惜春亭鉄楽」の名で惜春亭銅楽のもとで修行をしていた元噺家。自身の芸に増長するあまり、遅刻や無断欠席をするなど、素行が乱れて破門となった過去を持つ。店での得意料理は噺家修行時代に身につけた「おから」。
場所
朝霧亭 (あさぎりてい)
金子梅が主宰する50席ほどの小さな席亭で、定期的に落語会を開催している。落語会のプログラムは事前にインターネットで告知し、人気の噺家が出演する際には即満席となる。駅から遠い立地にあることから一般的な知名度は低いものの、落語ファンの間では穴場的な存在として知られている。
イベント・出来事
前座研鑽会 (ぜんざけんさんかい)
落語評論家の白井満が主催する前座の勉強会。毎年白井が選んだ4人の前座の噺家を集め、金子梅ら審査員の前で高座を打たせるというもので、優秀な噺家には「白井大賞」として金一封が贈られる。
その他キーワード
前座 (ぜんざ)
噺家の地位の1つで、落語会などで最初に出演する者を指す。自身の高座の出番以外はその落語会における雑用や他の噺家の世話、太鼓などの出囃子を担当する。基本的に職業ではないため定期的な収入はなく、主な収入源は師匠などから受け取る小遣いのみとなる。
二ツ目 (ふたつめ)
噺家の地位の1つで、前座の1つ上。前座時代の働きや噺家としての技術によって審議され、昇進が決定される。二ツ目に昇進することで自分の名前の入った手拭いを配ったり、テレビ出演など落語以外の仕事をすることもできるようになる。落語会に出演する際には来場した客の数に応じた出演料も受け取れるため、多くの噺家がまずは二ツ目に昇進することを目標としている。
文七元結 (ぶんしちもっとい)
落語の噺の1つ。落語によくある滑稽噺ではなく、人情噺に分類される。数ある噺の中でも特に登場人物が多いこと、時間が長いことから難題の1つとされている。「惜春亭銅ら壱」こと関谷翔太はこの噺の内容に魅了され、いつか自分自身だけの「文七元結」を演じることを目標としている。
クレジット
- 落語監修
-
柳家三三