ルーザーズ ~日本初の週刊青年漫画誌の誕生~

ルーザーズ ~日本初の週刊青年漫画誌の誕生~

日本初の週刊青年漫画誌となった「週刊漫画アクション」初代編集長である清水文人の視点から描いた創刊秘話。「漫画アクション」2017年7/18号から2019年6/4号にかけて掲載された作品。「このマンガがすごい !2019」(宝島社)オトコ編第7位、「THE BEST MANGA 2019 このマンガを読め!」第3位にランクインしたほか、「ブロスコミックアワード2018」コミックアワード神9選抜入りを果たした。コミックス第1巻の巻末には、モンキー・パンチと加藤輝彦のインタビュー、第2巻の巻末にはバロン吉元のインタビューが収録されている。

正式名称
ルーザーズ ~日本初の週刊青年漫画誌の誕生~
ふりがな
るーざーず にほんはつのしゅうかんせいねんまんがしのたんじょう
作者
ジャンル
ヒューマンドラマ
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あらすじ

1965年、双葉社で大人向けの隔週漫画誌「漫画ストーリー」の編集長を務める清水文人は、新しい漫画を生み出そうと悩んでいた。当時、漫画はまだ子供の読み物であり、「漫画ストーリー」に代表される大人向け漫画誌に掲載される漫画は、社会や政治を揶揄した軽いタッチの短い風刺漫画のみだった。ある日、清水は会社に送られてきた、ある同人誌の表紙絵に心を奪われる。清水は3か月悩んだ末、ついにその同人誌の作者である加藤一彦に連絡を取り、執筆を依頼する。いくつかの読み切りを経て読者の人気を確信した清水は、加藤に「モンキー・パンチ」というペンネームを強引につけ、売り出していく。さらに、のちに清水が「バロン吉元」と名づける吉元正の絵柄に目をつけると、長編ストーリー漫画だけで構成した増刊を企画。苦労の末、1967年4月27日に「増刊漫画ストーリー アクション特集号」として発売される。モンキー・パンチによるスタイリッシュな表紙は若者の注目を集め、書店での売り切れが続出。そして清水は失敗したら会社を辞めると社長に直談判し、まったく新しい週刊青年漫画誌を創刊することを決める。新たなスタッフも加わり、3か月という短い準備期間で編集作業を進めて発売日がせまる中、清水は忙しさのあまりに肝心のモンキー・パンチに連絡を取るのを忘れていたことに気づく。1週間で新作20ページをゼロから描くという、清水からのむちゃな頼みを受けたモンキー・パンチは、『ルパン三世』を描き上げる。こうして1967年7月25日、日本初の週刊青年漫画誌となる「週刊漫画アクション」が発売され、若者を中心に人気を呼んで完売するのだった。

登場人物・キャラクター

清水 文人 (しみず ぶんじん)

双葉社で大人向けの隔週漫画誌「漫画ストーリー」の編集長を務める男性。1965年の時点で年齢は33歳。つねにハンチングをかぶり、ネクタイを緩めたスーツ姿で、親しい仕事仲間からは「ブンちゃん」と呼ばれている。新しい漫画を生み出そうと模索する中、加藤一彦や吉元正の斬新な絵に目をつけ、日本初の週刊青年漫画誌となる「週刊漫画アクション」を創刊した。加藤に「モンキー・パンチ」、吉元に「バロン吉元」というペンネームをつけた名づけ親でもある。つねにアンテナを張って若者の興味あるものに目を光らせ、仕事への情熱は人一倍ある。もともとは文学青年で、「漫画で文学をする」をスローガンに「週刊漫画アクション」を創刊した。1974年に双葉社取締役編集局長、1979年には代表取締役社長に就任し、1990年に退職した。その7年後の1997年に逝去。実在の人物、清水文人がモデル。

石神 信也 (がみやん)

双葉社で週刊誌「週刊大衆」の編集者をしている男性。1965年の時点で年齢は30歳。親しい仕事仲間からは「ガミやん」と呼ばれている。胸元のあいた派手なシャツにサングラスを掛けており、初対面の人からはヤクザとまちがえられるほどだが、その見た目に反して、明るい性格のお調子者。漫画にはあまり興味がなかったが、仲のよい清水文人から頼まれ、「増刊漫画ストーリー アクション特集号」の編集作業を手伝った。その後、清水からのたっての頼みを受け、週刊大衆編集部から週刊漫画アクション編集部に移籍する。のちに1975年に創刊される「週刊少年アクション」の初代編集長となる。

豊田 浩明 (とよだ ひろあき)

双葉社で大人向けの隔週漫画誌「漫画ストーリー」の編集者をしている男性。1965年の時点では入社2年目で、年齢は23歳。編集長の清水文人を含めて四人しかいない漫画ストーリー編集部の中では一番の下っ端。文芸志望だったが、「増刊漫画ストーリー アクション特集号」の編集にかかわり、「週刊漫画アクション」の創刊に携わるうちに漫画にも興味を持つようになる。

堤 任 (つつみ ひとし)

双葉社で書籍編集部の編集者をしている男性。1965年の時点で年齢は30歳。文学を愛するまじめな性格で、清水文人や石神信也からは「ツツミ」と呼ばれている。石神と同じく、清水から頼まれて「増刊漫画ストーリー アクション特集号」の編集にかかわり、「週刊漫画アクション」の創刊にも携わり、週刊漫画アクション編集部の一員となって清水を支える。

加藤 一彦 (かとう かずひこ)

漫画家を目指して北海道から上京してきた青年。のちの「モンキー・パンチ」。本名で貸本漫画を描いていたが、貸本漫画業界が衰退して職を失う。漫画家仲間でお金を出し合って作った同人誌「マニア」を「マニア・ぐるうぷ」名義で100部作り、出版社やアニメ会社などにすべて送った。これが清水文人の目に留まり、「漫画ストーリー」1966年7月9日号で『人類学 プレイボーイ入門』で商業デビューを果たした。その後、清水によって「モンキー・パンチ」というペンネームを1年間の限定でいいからと強引につけられ、「漫画ストーリー」1966年12月10日号の『呪われたダイヤ』がモンキー・パンチ名義の初の作品となる。ちなみに「モンキー」は加藤が清水から好きな物語を尋ねられた際に答えた「西遊記」から、「パンチ」は「風刺画」のことを意味する。「週刊漫画アクション」の創刊号で『ルパン三世』の連載を開始し、同誌の人気を支えた。実在の人物、モンキー・パンチがモデル。

加藤 輝彦 (かとう てるひこ)

漫画家を目指して北海道から上京してきた青年。加藤一彦の弟。先に上京した兄を追い掛けてきて、いっしょに暮らしている。辻なおきのアシスタントなどをしながら、兄よりも先に商業デビューを果たす。兄とは仲がよく、執筆作業も積極的に手伝っていた。

吉元 正 (よしもと ただし)

鹿児島県出身の青年。のちの「バロン吉元」。当時流行っていたジェームズ・ボンドにならって白いスリーピースのスーツを着て、アタッシュケースに原稿を入れて各出版社への持ち込みを繰り返していた。西洋のイラストのような絵柄が清水文人の目に留まり、「漫画ストーリー」「増刊漫画ストーリー アクション特集号」「週刊漫画アクション」で執筆した。清水は「吉元正」という名前が地味だという理由で、本人に断りもなく「漫画ストーリー」に掲載された『ベトコンの女豹』の作者名を勝手に「バロン吉元」と記載した。出版後にそれを見て怒った吉元が編集部にどなり込んできたが、編集者たちに説得され、納得して帰っていった。実在の人物、バロン吉元がモデル。

小椋 美子 (おぐら よしこ)

「週刊漫画アクション」の創刊にあたって新たに配属された三人の新人編集者のうちの一人。編集部のマドンナ的な女性社員で、ほかの編集部からも野次馬がやって来るほどの人気を誇る。文学を愛し、漫画にはあまり興味がない。詩人の白石かずこが好きで、創刊号には白石かずこの詩を横尾忠則の挿絵とともに掲載した。

二階堂 正宏 (にかいどう まさひろ)

「週刊漫画アクション」の創刊にあたって新たに配属された三人の新人編集者のうちの一人。坊主頭でガタイのいい男性で、年齢は19歳。手塚治虫にあこがれて漫画家を目指しており、漫画編集部で働けばたくさんの漫画家に会えると考えて入社した。実在の人物、二階堂正宏がモデル。

村田 邦郎 (むらた くにお)

「週刊漫画アクション」の創刊にあたって新たに配属された三人の新人編集者のうちの一人。漫画家志望のニヒルな長身の男性。漫画編集部で働けば、漫画家への近道になると考えて入社した。

小尾 武正 (おび たけまさ)

1968年、「週刊漫画アクション」の編集部に新たに配属された男性で、六人の新人編集者のうちの一人。社員旅行の行きのバスから酒盛りを始める先輩たちに面食らい、徹夜続きでなかなか家に帰れない激務に不安を感じている。

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