あらすじ
前編
第一小学校1年生の小沢清貴は、母親・小沢聖子が友人とランチをしていて帰宅が遅れた日、学校の日課変更で早く帰宅する事となった。しかしその日、清貴はランドセルを残して行方不明になり、翌日の早朝、遺体となって発見される。近隣では児童を狙ったいたずらが多発しており、警察は前科を持つ変質者を中心に捜査を進めるが、捜査の末にたどり着いた犯人は、となりの校区の第二小学校6年生の少年・野口裕一だった。聖子と夫・小沢清は真犯人を殺してやりたいと激しい憎悪を抱いていたが、加害者が少年だったため、名前や動機などいっさいの情報を得る事が叶わなかった。加害者は法律で手厚く守られ、被害者である自分たちの家にはマスコミが大挙して押し寄せる日々に憤りを感じていた。そんな中、加害者から届いた謝罪の手紙は、自分の犯罪を他人事のようにとらえた、形式だけのもので、小沢家はさらに怒りを募らせる事となる。一方、事件の担当となった家庭裁判所の調査官・富田は、同じく子を持つ母親として、裕一の心の闇を読み解こうと奔走する。
後編
野口裕一が母親を信じられなくなったのは、小学校4年生の時、下校中に男に暴行された事に気づいてもらえなかったためだった。聞き取りに当たっていた家庭裁判所の調査官・富田は、裕一の態度からそれを見抜き、信頼関係を深めていく。そして、ついに裕一が語りたがらなかった事件の動機を聞き出す事に成功。裕一の母親・野口さつきは、富田との面会を重ねる中で、夫・野口義隆が家庭に無関心だったストレスから、裕一の異変に気づかないどころか、彼の心にさらなる傷を負わせていた事実に思い至る。自分の時間を犠牲にして懸命に子育てをしていたつもりが、一番寄り添わねばならない時に傷つけてしまった事を知ったさつきは、後悔のあまり投身自殺を図る。しかしそれを義隆に阻まれ、罪を償いながら生きていく事を決心する。事件から3か月後、裕一には児童自立支援施設送致の判決が言い渡され、その席で被害者の母親・小沢聖子が裕一にあてた手紙が読みあげられる。
登場人物・キャラクター
小沢 聖子 (おざわ せいこ)
小沢美帆子と小沢清貴の母親で、小沢清の妻。清貴を「キヨタン」と呼びかわいがっていた。ショートカットの髪型で、素朴な服装を好んでいる。家族の事を最優先に考えており、毎回家族そろって囲む食卓には多くの品数を並べる専業主婦の鑑。だが、ほぼあきらめていた第二子を遅れて授かった事で、長女の美帆子よりも清貴の事を気にかけているところがあり、美帆子にはそれをひいきだと受け取られていた。 10月25日、小学校の日課変更で帰宅が清貴よりも10分遅れてしまった事が、野口裕一に清貴が殺されるきっかけになったと思い込み、自分を責めている。清貴の命を奪った裕一が小学校6年生だったため、事件の詳細を知る権利を制限され、憎しみの矛先を見失い悩み苦しんでいる。 やがて事件のきっかけが清貴の発した言葉である事を知り、裕一を育てた母親・野口さつきを取り巻く環境に共感と理解を抱き始める。
小沢 清 (おざわ きよし)
小沢美帆子と小沢清貴の父親で、小沢聖子の夫。頭頂部の毛髪が少し薄くなった、眼鏡をかけた柔和な顔立ちの男性。着古したような素朴で簡素な服装を好んで着用している。家族で朝食や夕食を囲み、「行ってきます」や「行ってらっしゃい」といった日々の挨拶を欠かさない温かな家庭を築いていた。清貴の命を奪った加害者からの謝罪の手紙を受け取った際には、その他人事とも取れる内容に激しい怒りをあらわにした。 しかし、二度目の手紙は心からの悔恨と謝意が感じられる内容に変わっていた事から、負の気持ちを抱き続けるのもまた苦しいと心境の変化を吐露した。
小沢 美帆子 (おざわ みほこ)
中学生の女子で、小沢聖子と小沢清の娘。ミディアムヘアの黒髪で、毛先を外にはねさせている。両親の愛情を一身に受けている弟・小沢清貴の事は、ひがみ半分でうっとうしいと感じている。一方でそんな自分の感情もしっかりと自覚しており、それを改めたいとも思っている。弟が遺体となって見つかる日の前の朝、家を出る間際に、「うざい」と言ったのが最後にかけた言葉になったのを後悔している。 自己嫌悪に苛まれながらも心身共に弱り切った両親を気遣っている。マスコミが張り込んでいない隙に母親を公園に連れ出すなど、気丈に家族を支えている。
小沢 清貴 (おざわ きよたか)
第一小学校1年生の男子で、小沢聖子と小沢清の息子。小沢美帆子の弟。行方不明になった10月25日の前日に前歯が抜けて愛嬌のある表情になった少年。遅くにできた子供という事もあって両親から「キヨタン」と呼ばれ溺愛されていた。素直で人懐っこい性格の一方で、家族からの愛情に飢えた子供がいる事を理解できず、野口裕一を無自覚に言葉で傷つけて逆上させ、石で頭を複数回殴られて殺されてしまう。
野口 さつき (のぐち さつき)
野口義隆の妻で、野口裕一の母親。背中にかかるほどの長さの髪で、先をカールさせている。女性らしい服装を好んで着用している。裕一をきちんと躾け、産地にまで拘った食材を使った料理を食べさせている。幼稚園で使う小物には凝った刺繍を施すなど、細やかに配慮して子育てをしていた。しかし家庭を顧みない義隆に不満を募らせ、自分だけが何もかもを犠牲にして子供と向き合っている、と不公平感を抱き続けていた。 裕一が小沢清貴の命を奪う取り返しのつかない過ちを犯してしまった事で、周囲にいい母親と見られる事に固執していた自分に気づく。肝心の裕一の気持ちに寄り添っていなかった事を深く自省し、自らの命で詫びようと考えていた。しかし義隆に説得されて、家族で息子の罪を背負い、償いながら生きる事を決断する。 事件から6年後、第二子の野口裕二を出産する。
野口 義隆 (のぐち よしたか)
野口さつきの夫で、野口裕一の父親。髪にも服装にも気を配っている男性で、眼鏡をかけている。妻のさつきが断定口調で何でも仕切りたがる事に対して居心地の悪さを感じ、家の事はさつきに任せっきりにしていた。だが裕一が小沢清貴を殺してしまった事で、息子の心の闇を知る事になり、ようやく家庭について考え始める。当初は事件を他人事のように捉えていたが、裕一が内心では寂しさを募らせていた事を知り、父親としての自覚が欠けていたと、それまでの振る舞いを反省する。 事件から6年後、さつきに宿った第二子の野口裕二に対して、今度こそ父親としてしっかり向き合い、育てる事を決意する。
野口 裕一 (のぐち ゆういち)
第二小学校6年生の男子で、野口さつきと野口義隆の息子。クラスメイトからは目立たない普通の子という印象を持たれていた。学習塾に通っている事から成績はいいが、母親のさつきを嫌っており、友人には「洋服オバケ」「ババア」などと悪口を言っている。小学校4年生の時、下校時に男の変質者に暴行された過去がある。だが、親や学校から注意されたにもかかわらず一人で帰ってしまった自分が悪いと考え、その痕跡を消そうとランドセルを背負ったままでシャワーを浴び、さつきから教科書をダメにしたと一方的に叱られてしまう。 この一件からさつきに甘える事ができなくなり、以後は家族観の会話もほとんどなくなった。10月25日、清貴が自宅に入れずに困っていたところに声をかけ、いっしょに遊んだ。 しかし、さつきの事を変なおかあさんだとけなされた事で逆上し、清貴を殴り殺してしまった。この一件で児童自立支援施設に送致され、そこで18歳まで過ごしたのち、社会復帰する。
野口 裕二 (のぐち ゆうじ)
野口さつきと野口義隆の息子で、野口裕一の弟。小沢清貴が殺された年から6年後に生まれた。義隆と裕一が出産に立ち会う事を望み、家族全員に見守られながら生まれた。
富田 (とみた)
家庭裁判所の調査官で、中年の女性。野口裕一が小沢清貴を殺害した事件の担当になった。ふくよかな体形で目鼻立ちは全体的に小さく丸っこい。髪に寝癖をつけて裕一との面談の場に現れるなど、親しみやすさと話しやすい雰囲気を漂わせている。小学校4年生の息子がいるため、同年代の少年の好みそうな本を知っており、そこから裕一との会話の糸口を摑んだ。 仕事が忙しいため子供の学校行事に参加できず、病気の時にも付き添ってやれない事を、申し訳なく思っている。病気で学校を欠席しているわが子に対し、携帯越しに薬を飲めと怒鳴りつけているところを裕一に笑われる。これがきっかけで裕一から本音を少しずつ引き出し、事件の全貌を明らかにしていく。
宮本 (みやもと)
家庭裁判所の調査官で、初老の男性。野口裕一が小沢清貴を殺害した事件の担当になった。小柄な体型で、垂れ眼の柔和な顔立ちに眼鏡をかけている。同じく家庭裁判所の調査官である富田と二人で事件の調査に携わる。事件の調査を進めるにあたり、興奮した裕一に突き飛ばされケガをする事もあったが、笑って許す器量の大きな人物。
植田 純也 (うえだ じゅんや)
小沢清貴が殺された事件から6年後に、姉の小沢美帆子の恋人になった青年。長髪を一つに括り、口の周りに無精ひげを生やしている。写真家を目指しているが、まだ収入は安定していない。美帆子から清貴に関する話を聞いており、その時には外食中だったにもかかわらず、加害者も被害者もその家族もかわいそうだと人目も気にせず号泣した。 その思いやりのある植田純也の反応は、美帆子が事件を昇華し、未来に目を向ける大きな助けとなった。美帆子が学校を卒業したら結婚しようと約束しており、のちに小沢家に結婚の許可をもらいに挨拶に訪れる。