テロルの系譜

テロルの系譜

明治から昭和初期に至る激動の時代に起きた有名なテロ事件を題材にオムニバス形式で描く、かわぐちかいじの初期作品。なお、実際に起きた事件を元にストーリーが展開されるが、いずれのエピソードも完全なフィクションである。

正式名称
テロルの系譜
作者
ジャンル
裏社会・アングラ
レーベル
シリーズ昭和の名作マンガ(朝日新聞出版)
巻数
全1巻完結
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あらすじ

紀尾井坂の兇刃

西郷隆盛の自決によって西南戦争はその幕を閉じた。勝利に酔う参議の大久保利通は新橋の芸者、末松のもとを訪ねる。2人の出会いは討幕運動たけなわの文久年間にさかのぼる。若き日の大久保は末松のきっぷの良さに惚れるが、彼女はすでに西郷の女になっていた。大久保は嫉妬に身を焦がし、末松を我が物とするため西郷に打ち勝つことを心に誓う。その時から大久保の西郷への敵愾心は殺意へと変わったのだった。

綺異譚 来島恒喜

文学を志す鈴木大助は、東京へ向かう船の中で元福岡県、黒田藩士の来島恒喜に出会った。上京した来島は船中で助けた女将の家に転がり込むが、ある時葛生という男を訪ね、彼に爆裂弾を拝借したいと申し入れる。来島は外務大臣の大隈重信を君側の奸であるとして暗殺しようとしていたのである。来島が船上で口ずさんでいた詩が、有名な刺客の唄っていたものだと知った鈴木は彼を止めようとするが、来島はすでに覚悟を決めていた。

大逆なり

警察の取調室で花火屋の男が官憲の拷問を受けていた。社会主義者であるとの容疑を持たれたのである。逮捕された者の中にはスガという無政府主義者の女もいた。彼女は天皇の命を狙うテログループの一人で、花火屋の男もその仲間だった。2人はいったん釈放されるがスガの天皇暗殺の意志は強く、花火屋の男は彼女にひきずられるまま一味に力を貸す。明治43年、男は完成した爆弾を届けるため一味のアジトを訪ねた。

一人一殺

大正8年、満州へ渡っていた朝日平吾が故郷である北九州の佐世保に戻ってくる。自分は大陸の勇士だとうそぶく平吾だったが、実は戦場を逃げ出して横領の罪で大連の刑務所に入っていたことを、家族たちは皆知っていた。それでも天下国家の大事を為すと言って自堕落な日々を過ごす平吾。見かねた兄の朝日平吉は彼に店を持たせるが、商売にも身の入らない平吾は八幡製鉄の争議に出入りするようになり、ついに有り金を持って姿を消す。

謀殺大尉

関東大震災によって東京が廃墟と化した大正12年、憲兵隊長の甘粕正彦に陸軍上層部から無政府主義者の大杉栄の身柄を確保せよとの極秘の指令が下った。大杉とその妻、甥を密かに憲兵隊司令部に連行する甘粕たち。彼らは最初から大杉を家族ともども謀殺するつもりだった。だが、取り調べの途中、大杉に隠していたコンプレックスを指摘された甘粕は激高。任務ではなく自らの意志で大杉の首を絞める。

魔弾の狙撃者

大正12年12月27日、虎の門内を通過中の摂政宮(のちの昭和天皇)が銃撃されるという、虎の門事件が発生する。その3日前、犯人の難波大助から北梅清二らかつての仲間に絶交を告げる手紙が届いていた。北梅たちに嫌疑がかからないようにという難波の配慮であった。だが、北梅たちは難波からの絶交状を免罪符とするのをよしとせず、警察の激しい拷問に耐える。そんななか、警察は難波が精神に異常をきたしていたという形で事件の早期決着を図ろうと画策。今や難波の行動が信念に基づくものだったことを証明できるのは、彼から届いた絶交状だけであった。

血盟団

小沼正は金融恐慌による不況でやっと手にした職を失い、絶望の中にあった。元娼婦の女と心中し損ね自暴自棄になる小沼だったが、故郷で大洗護国堂の住職である井上日召に出会って彼の考えに傾倒。日本に革命を起こすべく、井上の結成した政治結社、血盟団に参加する。女を捨てて上京した小沼は「一殺多生」の理念を掲げる井上の命令を受け、ついに大蔵大臣である井上準之助に銃口を向ける。

戒厳令

侍従長の息子で中尉の徳川貴臣安藤大尉から決起の誘いを受けるが、彼の主張に賛同できず参加を断る。しかし、安藤たちは決起後の上部工作のため、宮中にパイプを持つ貴臣の参加を必要としていた。昭和11年2月26日早朝、青年将校たちは部隊を率いて決起。貴臣も安藤らに半ば強要される形で同志となるが、彼は「天皇も一人の男なら奪うことができるはずだ」との恐ろしい考えにとりつかれていた。奉勅命令が下され、追いつめられた安藤は天皇への直訴を目論むが、貴臣はその機を利用して天皇を奪取するべく宮城への進撃命令を下す。

一人だけの聖戦

昭和20年9月11日、東條英機大将は世田谷の自宅にてピストル自殺を企てるが失敗。大森の戦犯収容所に収監された。その約1ヵ月前、矢部一飛曹は見張りの兵士を気絶させ、特攻部隊を脱走していた。矢部は大政翼賛体制を批判した中野正剛に師事していた男で、中野を自決に追いやった東條を激しく憎んでいた。数日後、日本はポツダム宣言を受諾して降伏。焼野原に立つ矢部は、東條に落とし前をつけさせることを決意する。

登場人物・キャラクター

大久保 利通 (おおくぼ としみち)

エピソード「紀尾井坂の兇刃」に登場する。明治維新の元勲。西郷隆盛の女で芸者の末松に横恋慕し、彼女を我が物とするため西郷を反乱へと追い込んだ。西南戦争で西郷に勝利し、ついに日本と末松をその手中に収めるが、東京の紀尾井坂にて6名の西郷心酔者によって暗殺される。実在の人物、大久保利通がモデル。

来島 恒喜 (くるしま つねき)

エピソード「綺異譚 来島恒喜」に登場する。元福岡県、黒田藩士。九州では政治団体の玄洋社に属していたが、大隈重信の条約改正案に憤り、民衆の力で第二維新を遂行するための起爆剤たらんと決意。養子先の野茂家から籍を抜き、単身で大隈を討つべく上京した。実在の人物、来島恒喜がモデル。

花火屋の男 (はなびやのおとこ)

エピソード「大逆なり」に登場する。天皇暗殺を狙うスガの情夫。爆弾製造の嫌疑で逮捕され、警察の激しい拷問を受けるが釈放されてスガたち一味のもとに戻った。爆弾製造に協力しているが、天皇暗殺の強い意志を持っているわけではない。スガのこともどこか恐れているようで、安達ヶ原の鬼女のようだと評するが同時に強く魅かれてもいる。

朝日 平吾 (あさひ へいご)

エピソード「一人一殺」に登場する。安田財閥頭取の安田善次郎を刺殺したテロリスト。世間に功を為し、名を為さんと夢見ているが、「天下国家の大事を為す」と大言壮語を吐いているだけで、実際には何もせずその日暮らしをしている。実の母親である父親の前妻を慕っていたことから、父親や後妻である義理の母親とうまくいっていない。実在の人物、朝日平吾がモデル。

北海 清次 (きたうみ せいじ)

エピソード「魔弾の狙撃者」に登場する。虎の門事件の犯人である難波大助と早稲田大学で仲間だった男。大学時代に急進派の難波に引きずられる形でテロを計画するが、大学の理事会に発覚して失敗。大学を中退した後は落ちぶれてヤクザになっていた。兄貴分の女に手を出すなどくすぶる日々を送っていたため、難波の事件を知って敗北感を覚える。元々制服を着ていた大学生であったことから、ヤクザたちに「キンボタン」と呼ばれている。

小沼 正 (こぬま ただし)

エピソード「血盟団」に登場する。連続テロ事件の血盟団事件で、蔵相の井上準之助を暗殺した男。工場で働いていたが、不況のため職を失って絶望。飲み屋で知り合った娼婦の女と故郷の海に身を投げるが死に損なった。そんなとき旧知の男に誘われて井上日召の集まりに参加。当初は馬鹿にしていたが、やがて彼の唱える改革思想に傾倒していく。 実在の人物、小沼正がモデル。

徳川 貴臣 (とくがわ たかおみ)

エピソード「戒厳令」に登場する。天皇の侍従長の息子で陸軍中尉。恵まれた華族の子弟であるため、農民出身が多い青年将校たちから白眼視されている。安田財閥の令嬢との結婚話が進んでいたが、安藤に強引に誘われて青年将校らによる決起軍に参加した。ただ、君側の奸を排せば天皇に自分たちの考えが伝わるという安藤らの考えには懐疑的で、心中にある決意を抱いている。

矢部 (やべ)

エピソード「一人だけの聖戦」に登場する。反東條英機派だった中野正剛に師事していた男。空軍士官だったが特攻隊から外れるため、わざと左手を潰して負傷。基地を脱走して焼野原の東京へとやってきた。特攻から逃げたのは日本を戦争に引きずり込んだ東條に落とし前をつけさせるためで、銃を片手に単身東條邸に乗り込む。

末松 (すえまつ)

エピソード「紀尾井坂の兇刃」に登場する。新橋の芸者。幕末の頃、薩摩と長州の藩士が座敷で険悪になったとき、その場を収めた西郷隆盛(当時は西郷吉之助)に惚れて彼の女になった。大久保利通からも想いを寄せられていたが、強引に迫る大久保を「男なら吉之助さんに打ち勝ってお取りなされ」と非難した。

西郷 隆盛 (さいごう たかもり)

エピソード「紀尾井坂の兇刃」に登場する。明治維新の元勲。大久保利通とは盟友だったが、芸者の末松を自分のものにしたことから、横恋慕した大久保の敵意を買うこととなる。その後、大久保の策謀によって参議の職を辞して下野。郷里の鹿児島で反乱を起こし、城山にて自決した。実在の人物、西郷隆盛がモデル。

女将 (おかみ)

エピソード「綺異譚 来島恒喜」に登場する。東京の神田で店を出している女将。福岡から東京に行く船の中で酔漢に絡まれ、困っていたところを来島恒喜に助けられ、彼の面倒を見るようになった。結婚していたが元の亭主は政治好きの乱賊で、西南戦争に自ら参加し鹿児島で戦死している。

鈴木 大助 (すずき だいすけ)

エピソード「綺異譚 来島恒喜」に登場する。来島恒喜が東京へ向かう途中で出会った陽気な若者。坪内逍遥に傾倒していて、文学を志して上京。東京で逍遥の弟子となった。来島が東京へ向かう船の上で唄っていた詩を気に入り、自分でも口ずさむようになるが、それが始皇帝を殺そうとした有名な刺客の詩であることを二葉亭四迷から知らされて驚く。

スガ

エピソード「大逆なり」に登場する。天皇暗殺を目論む無政府主義者の女。平民社の荒畑寒村の妻だが、幸徳秋水や花火屋の男とも関係を持っている奔放な女性で、仲間たちから「怖い女」と恐れられている。血を流さずに革命はなしえないと信じており、赤旗事件で逮捕されるが、なおも天皇の命をつけ狙う。大逆事件で死刑となった実在の人物、管野スガがモデル。

幸徳 秋水 (こうとく しゅうすい)

エピソード「大逆なり」に登場する。著名な思想家で無政府主義者たちの指導者的存在。天皇制は大衆への抑圧装置であり打倒すべき対象としているが、テロリズムには反対でゼネラル・ストライキによる無血の革命を主張している。妻がいるがスガと愛人関係にあり、そのことで同志たちから非難されている。実在の人物、幸徳秋水がモデル。

朝日 平吉 (あさひ へいきち)

エピソード「一人一殺」に登場する。朝日平吾の実兄。ゴロツキのような生活を続けている平吾のことを案じており、自ら役所に行って平吾に所帯を持たせ、平吉の妻の朝日梅にも商売を始めるための金を与えるなど何かと世話を焼く。弟が母親の愛情に飢えていることを見抜いている。

朝日 梅 (あさひ うめ)

エピソード「一人一殺」に登場する。「梅ガ枝」の名で娼婦をしていた女。満州の遼陽で朝日平吾と出会い、「嫁にしてやる」という彼の言葉を信じて後を追ってきた。朝日平吉の勧めで平吾と所帯を持ち、妻として彼に尽くすが名を為そうとする平吾を止めることはできなかった。

甘粕 正彦 (あまかす まさひこ)

エピソード「謀殺大尉」に登場する。陸軍憲兵隊大尉。関節炎を患っていて歩行が不自由なため、歩兵をあきらめて憲兵になったという過去を持つ。上層部からの命令を受けて大杉栄を家族もろとも拉致し、憲兵隊司令部に連行。取調室で大杉と対峙することになる。実在の人物、甘粕正彦がモデル。

大杉 栄 (おおすぎ さかえ)

エピソード「謀殺大尉」に登場する。有名な無政府主義者。かねてから軍にマークされており、甘粕正彦によって妻と甥もろとも拉致同然に憲兵隊に連行された。取調室では自身の主張を堂々と述べるが妻の悲鳴を聞き、甘粕が自分たちを消そうとしていることに気づく。実在の人物、大杉栄がモデル。

野田 (のだ)

エピソード「魔弾の狙撃者」に登場する。北海清次や難波大助の早稲田大学時代の同窓。大学を中退したあともほそぼそと社会運動を続けており、難波が虎の門事件を起こしたことから共犯の嫌疑で北海らと共に警察に逮捕された。難波からは絶交を告げる手紙が届いていたが、それを使って助かることは矜持が許さず、警察に見せるべきではないと北海に主張する。

井上 日召 (いのうえ にっしょう)

エピソード「血盟団」に登場する。大洗護国堂で住職をしている日蓮宗の僧侶。お題目を唱えても救われないという小沼正に革命思想を説き、彼の心を捉えた。その後、上京して政治結社の血盟団を組織。小沼に蔵相である井上準之助の暗殺を命じ、たとえ捕まっても決して自殺をせず、テロの理由を天下に明らかにせよと告げた。実在の人物、井上日召がモデル。

安田 亜希子 (やすだ あきこ)

エピソード「戒厳令」に登場する。安田財閥の総帥である安田巌の娘で徳川貴臣の婚約者。家柄や身分に苦しむ貴臣の心中を見抜いており、二・二六事件の知らせを聞いた際には彼が決起軍に参加していることを予測した。父親の巌と身体の関係を持っていて、父親のことを一人の男にすぎないと侮蔑している。

安藤 (あんどう)

エピソード「戒厳令」に登場する。陸軍大尉で二・二六事件の首謀者の一人。徳川貴臣を強引に決起軍に引き入れるが、それはいざというとき貴臣の父親である侍従長を通して天皇に上奏するためだった。決起の失敗が決定的となったあと、天皇に直訴するため貴臣の父親を連れて皇居に向かう。実在の人物、安藤輝三がモデル。

尾崎 (おざき)

エピソード「一人だけの聖戦」に登場する。矢部のかつての友人。戦時中は軍医として南方を転戦するがどうにか生きのび、現在は軍医時代に手に入れたモルヒネを売りさばいて生計を立てている。矢部とは対照的なニヒルな男で、東條英機に落とし前をつけさせようという矢部の決意をくだらないと一笑に付す。

書誌情報

テロルの系譜 全1巻 朝日新聞出版〈シリーズ昭和の名作マンガ〉 完結

第1巻

(2008年10月21日発行、 978-4022140074)

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