ワンオペ育児に翻弄される父親
これまで、仕事優先で子育ては妻に任せっぱなしの日常を送ってきた羽根田は、妻を亡くして初めて自分の子供たちと向き合うことになる。何をしても泣き止まない0歳児のいちかと、まったくいうことを聞いてくれない4歳児のみちるとの生活は、想像を絶する過酷なものだった。仕事どころか生活もままならず、疲弊していたある日、電車の中で体調を崩したみちるが嘔吐(おうと)する。周囲からは心無い言葉を浴びせられる中、偶然となり合わせたお化けのようなメイクを施した男性に助けられる。見た目に反して小児科医だというその男性、琴吹正尊の提案で、彼が勤める病院で診察を受けたみちるは事なきを得る。育児の大変さを嘆く羽根田だったが、それを聞いた琴吹は、子供という存在は本当に面白いと顔をほころばせる。そんな琴吹との出会いが、羽根田の育児への向き合い方や考え方を変えていく。
奇妙なメイクを施した若き小児科医
小児科医の琴吹は幼い頃から気管支が弱く、小学校も休みがちだったため友達もできず、マスクを着用していることや吸入器を持ち歩いていることを面白がったクラスメイトから、いじめを受けることもあった。そんな中、デスボイスの曲と出会い、そのボーカリストが喘息(ぜんそく)持ちであることを知って生きる希望を見出し、メイクやファッションを真似するようになった。その趣味嗜好は現在に至るまで自分を表現するための手段として変わっておらず、「森の実総合病院」ではすっぴんで勤務しているが、「オオイワこどもクリニック」では許可を得てメイクを施したまま勤務している。また、同じ頃に転校してきた小林あきととの出会いも、琴吹の考え方に大きな影響を与えている。小林は小児てんかんを持っていたが、それを嘆くことなく、つねに前向きで将来医師を目指すという夢を語っていた。琴吹は小林といい関係を築いていたが、中学生の時に小林は帰らぬ人となり、彼の夢を引き継ぐ形で琴吹は医師となった。琴吹がいつも前向きで子供にも家族にもまっすぐに向き合う優しさを持っているのは、小林の存在が大きい。
子育ての現場がリアルに描かれる
我が子の発達障害や保育園での人間関係、仕事とプライベートのバランス、子供の病気や看病、夫婦関係と子育てにまつわる問題は多岐にわたる。作中に描かれるさまざまなエピソードは、実際に子育てに携わり、幼い子供との時間に追われる生活を送ったことがある人にとっては、自分と重なることもあり、そのいずれもが子育てがいかに大変かを代弁するもので、救われる部分がある。子育ては大変なことの連続ながら、それを補って余りあるほどの幸せがあるのも事実で、子供目線でもなく医者目線でもない、親目線だからこその感動がある。
登場人物・キャラクター
羽根田 (はねだ)
サラリーマンの男性。黒縁眼鏡をかけている。年齢は37歳。ある日突然、妻がくも膜下出血で亡くなり、0歳のいちかと4歳のみちるを一人で育てるワンオペ育児生活が始まる。もともとは仕事中心の生活で、子供たちの世話は妻に任せきりで、彼女の大変さを顧みることもなかった。しかし子供たちの理解不能な言動をはじめ、子供たちとの生活が想像を絶する大変さであることに妻を亡くして初めて気づき、途方に暮れている。妻を失った悲しみを受け入れる間もなく、育児に忙殺される日々を送っていた。そんなある日、体調を崩したみちるが電車内で嘔吐し、偶然となりにいた悪魔のようなメイクをした小児科医の琴吹に助けてもらう。その後も足しげく琴吹の病院に通い、何かと彼を頼りにするようになる。琴吹との出会いが羽根田自身の子供たちとのかかわり方や、今後の人生を考えるきっかけになる。結婚前に妻から「ハネチン」と呼ばれていたため、琴吹からもその愛称で呼ばれている。
琴吹 正尊 (ことぶき まさたか)
森の実総合病院の小児科医の男性。お化けのような風変わりなメイクに、耳や鼻、口回りにたくさんのピアスをつけている。およそ医師らしくない異様な出で立ちのため、周囲からは目をそらされることが多い。森の実総合病院に勤務している時はメイクやアクセサリーなしのすっぴんで、土曜日だけアルバイトで勤務する「オオイワこどもクリニック」では、メイクしたままで診察している。羽根田親子とは、電車でとなりに乗り合わせたことがきっかけで知り合った。車内で体調を崩したみちるを琴吹自身の勤める病院に連れて行ったことで、診察だけではなく育児の相談も受けて何かと付き合いが続いている。日頃から、子供の不可解な言動を厭(いと)うことなく面白がるところがある。羽根田やみちるからは、愛称の「ブッキー」で呼ばれている。
書誌情報
ハネチンとブッキーのお子さま診療録 2巻 コアミックス〈ゼノンコミックス〉
第1巻
(2023-10-20発行、 978-4867205631)
第2巻
(2024-05-20発行、 978-4867206423)