“何か”を探し続ける青年と天才女優の出会い
無表情でカラッポの青年・千石今日太は、どこかにあるはずの“何か”を探し続けていた。ある夏の日、ティッシュ配りをしていた今日太は、女優だという如月今日子に出会い、いきなり「ブタイゼミ」という劇団に勧誘される。何でも演じられるという今日子に、「セミになれますか?」と今日太は問う。すると今日子は突然木に登り、騒然とする周囲を尻目に、大声でミンミンゼミを演じてみせた。セミになっていた間は、汗一つかかなかった今日子だが、人間に戻った途端、一気に汗をかき始めた。めまいがするほどの炎天下で、汗までコントロールしていたのだ。嘘をつくために命を削る天才女優に出会った今日太は、探していた“何か”を見つけたと確信し、「ブタイゼミ」への入団を決意する。
今日太が忘れている過去と今日子が抱える秘密
厳しい父に育てられた今日太は、「感情=無駄」と刷り込まれており、いつの間にか感情を表現することができなくなっていた。「ブタイゼミ」のメンバーは、当然のようにそんな今日太の入団に反対した。しかし今日子は、エチュード(即興劇)で、今日太の秘められた表情を引きずり出すことに成功し、強引に「ブタイゼミ」に入団させる。ティッシュ配りのアルバイトの才能を見抜いたという今日子だが、じつは、今日太と会うのは初めてではなかった。次の芝居のテーマは「死者との恋」である。今日子は、彼が感情をなくした本当の原因を知っていた。そして、ずっと心を殺して生きてきた彼を相手役に抜擢し、秋の演劇祭で優勝することに執着している。二人の過去と演劇祭優勝にこだわる理由が、本作に隠された大きな謎である。
芝居に懸ける熱い思いと独特の練習法が魅力
今日子は、自在に泣くことができない今日太を墓地に連れ出す。そして無数にある墓前で、恋人や母親といったさまざまな役で泣いて見せた。また、今日子の相手役を賭けた勝負で、今日太は自分にしか見えない「死神」を想定した演技プランを実行し、いないはずの死神を周囲に見せることに成功する。演劇祭の本番では、今日太が緊張から台詞を飛ばしてしまい、観客の心が離れてしまう。しかし今日子は、声楽の呼吸法をアレンジした技法で、ノーブレスで一気に超長台詞をまくし立て、観客の関心を舞台に取り戻す。こうした、演劇人たちの芝居に懸ける熱い思いと、演技に対する突拍子もないアプローチが本作の見どころである。
登場人物・キャラクター
千石 今日太 (せんごく きょうた)
いつの頃からか感情を殺して生きてきた19歳の青年。論理的思考、冷淡な口調で周囲の反感を買うことが多い。一見無駄に見える作業でも自分を見直すきっかけになるという持論を持つ。また、どこかにあるはずの“何か”を探し続け、日々を必死に生きている。如月今日子との出会いをきっかけに、劇団「ブタイゼミ」に所属。徐々に演劇にのめり込んでいく。
如月 今日子 (きさらぎ きょうこ)
劇団「ブタイゼミ」の看板女優。誰もが振り向くほどの美人で、命を削るような演技で他を圧倒する天才。彗星のごとく「ブタイゼミ」に現れ、その知名度を爆上げさせた謎の存在。鉄仮面のように無表情な千石今日太を劇団に引き入れ、秋の演劇祭優勝を目指している。