あらすじ
1973年5月
1973年、メイコはお父ちゃんと共に通天閣の見える大阪の町に引っ越してきた。左目を眼帯で隠しているメイコは、ミステリアスで不気味なため、いつも独りぼっちだった。これまで学校にも通ったことがなく、ふつうの子供が知っているような当り前のことを、メイコは何一つ知らなかった。そんなある日、空き地で一人でいたメイコに気づいた近所の子供のアスマが、メイコに話し掛ける。アスマのおかげで、マルオ、ヨシハル、チヨ、コテツの仲間に入ることになったメイコは、いっしょに遊ぼうとするものの、鬼ごっこのための鬼を決めようとしても、まずじゃんけんがなんだか知らなかった。怪訝な顔をする仲間たちを制し、アスマは知らないことはこれから覚えればいいと、自分がなんでも教えることをメイコに約束する。じゃんけんの仕方を学んだメイコは、みんなで足じゃんけんや顔じゃんけんなど、子供らしく遊びの時間を楽しむのだった。だが、そんなメイコには秘密があり、メイコは夜になるとお父ちゃんに頼まれて、知らないおじさんを壊す仕事をしていたのである。メイコの左目を見た相手は、その瞬間メイコの心の中にある仮想空間に引きずり込まれ、自分に何が起きたのかすら把握できない状態となる。その空間では何をするのも自由自在なメイコは、昼間に学んだ遊びを使って相手を残虐になぶり殺す。それは、現実世界でターゲットの精神を破壊することにつながり、相手は虚ろな目で力なくよだれを垂らす廃人となってしまうのだ。都合の悪い人間をこの世から消すため、組織からの依頼を仲介する役割を担うテラシマから仕事を斡旋されたお父ちゃんの指示のもと、メイコは人知れずターゲットの精神を破壊し続ける。
1973年8月
メイコはアスマ、マルオ、ヨシハル、チヨ、コテツたちとの遊びの中で、さまざまなことを知っていく。当初は感情のなかったメイコも、腹を立てたり怒ったりと、少しずつ人間らしさを持つようになっていく。それでも夜になれば、メイコは指示された相手を、左目を使って壊していく。それはロープ回しや昆虫採集セットによる標本作り、あやとりやけん玉など、日々アスマたちと過ごす時間の中で覚えた遊びを用いて、残虐な方法で壊していた。そんな中、メイコは神社に捨てられていた黒猫を拾い、「なみだ」と名づけて飼い始める。なみだのいる暮らしは、メイコに新たな人間らしさをもたらし、さらに知的障害のミノルや、その祖母との出会い、そしてハナエとのかかわりを通して、メイコは「ありがとう」「ごめんなさい」という言葉とその意味を理解していく。さらに、漢字を覚えるにしたがって、命や友達という存在の意味も知る。だが、これによってメイコの心の中に小さな変化が現れたことで、いつものように行っていた殺戮がうまくいかなくなり、それが心の中の世界に波及し始める。そして左目から血の涙がしたたり始めたところで、メイコはひざから崩れ落ちるように倒れ、殺戮が完了しないまま現実世界へと引き戻されてしまう。さらにこの異変は、現実世界のメイコの身にも現れていた。
1973年11月
この頃、世の中は石油危機に恐怖を抱き、せまりくる不況を前にパニック状態に陥っていた。それまで、何も知らないままお父ちゃんに搾取され続けていたメイコは、アスマたちとの遊びや触れ合いの中で、涙することや笑顔になることを覚え、さらに人間らしくなっていく。そんなある日、みんなとかくれんぼをして遊んでいたメイコは、アスマが何も言わずに帰ってしまったことに気づく。アスマのことが気になったメイコは、翌日小学校まで足を運び、アスマを見つける。しかしその姿は、いつものリーダー的な存在で明るいアスマではなく、クラスメートから変人扱いされ、独りぼっちの寂しげな様子のアスマだった。突然学校に姿を現したメイコにアスマは動揺し、下校中にも話し掛け続けるメイコを言葉少なに冷たく突き放す。アスマは、自分自身のことについて深く悩みを抱えており、自分がふつうではないことで仲間はずれにされたり、傷つけられたりすることに心を痛め、メイコや遊び仲間にそれを知られる事態を恐れていたのである。だがメイコは、そんなアスマの心の内を知ってもなお、変わらない態度で接し続ける。
1974年3月
いつもの空き地で、アスマやマルオ、ヨシハル、チヨ、コテツたちと遊んでいたメイコは、夕方になってみんなと別れたあとに迎えに来たお父ちゃんに、もう誰も壊したくないと、自分の気持ちを正直に打ち明ける。突然のことに驚いたお父ちゃんは、お金が必要だとメイコを諭そうとし、メイコの心を理解しようとはしなかった。しかし何も知らず、何も疑問に思わないで人を壊し続けたメイコはもういないとお父ちゃんに言い放ち、メイコは塀の向こうへと消えていく。そして、取り残されたお父ちゃんの背後には、複数の黒い影がせまっていた。一方、テラシマは組織のボスを殺害した反逆の罪により、襲撃に遭って両足を折られて身動きが取れなくなっていた。猫のなみだを捜しにやって来たメイコが、自分の前に姿を現したのに気づくと、テラシマは今すぐ逃げるように告げ、メイコの安全のためにも町を出ることを勧める。自らの最期が近いことを察したテラシマは、メイコの左目を使ってとどめを刺してほしいと懇願するが、メイコはそれを拒否し、テラシマをその場に残して出ていってしまう。そしてメイコは、この町を出ることを伝えるため、アスマのところへと向かう。メイコはいっしょに行かないかとアスマを誘うが、アスマはこの申し出を断る。アスマの答えを予想していたメイコは、アスマに今までのお礼を告げてその場を去ると、ミノルを連れてテラシマのもとへと戻る。その手には車椅子が用意され、三人は町を出るために駅へと急ぐ。
登場人物・キャラクター
メイコ
左目に眼帯をした女の子。眼帯で隠している左目は、縦方向に付いた不気味なもので、この左目を見た者の精神を自分の心の中にある仮想空間に引きずり込むという、特殊な能力を持つ。ただし相手は男性に限り、女性には効果がないとされている。メイコは、その空間で何をするのも思うがままにできる。左右半分ずつ二人に別れることも可能で、右側は穏やかで静かな性格、左側は残虐で暴力的な性格となる。仮想空間内では完全な無敵状態となり、引きずり込んだ相手と残虐な遊びをすることによって、相手を物理的に破壊する。それは現実世界において、相手の精神を破壊することにつながり、メイコの左目を見た者は決して元に戻ることのない廃人となる。この力を利用して、保護者のお父ちゃんが裏社会の人間からテラシマを経由して依頼を受け、メイコがそれを遂行することによって報酬を受け取り、そのお金で生活している。1973年5月、お父ちゃんと共に大阪に移り住み、「ホテル七五三」の一室で暮らし始めた。メイコは小学生くらいの年齢だが、これまで学校に通ったことは一度もない。しかし近所の空き地で、同じ年頃の地元の子供たちであるアスマ、マルオ、ヨシハル、チヨ、コテツとなかよくなり、いっしょに遊ぶようになる。当初は明確な感情を持たず、ひらがなとカタカナ以外文字の読み書きもできず、一般常識や子供の遊びもまったく知らなかった。だが、ミノルやハナエと出会ったことがきっかけで、次第に子供らしい感情が芽生え始める。さらに神社で捨てられていた子猫を拾い、「なみだ」と名づけて飼うことにより、より人間らしさを身につけていく。
お父ちゃん (おとうちゃん)
杖を携えた老人で、メイコの保護者。酒が大好きで、いつも酔っ払っている。裏社会の組織から依頼され、メイコの特殊能力を利用して一人を廃人にするにつき、仲介役のテラシマから5000円を徴収し、その稼ぎで暮らしている。お父ちゃん自身の左目にも特殊な能力が備わっており、それを使うことで、人の心の中の世界に潜り込むことができるが、一度に相手にできるのは一人だけ。その力を使って、メイコの心の中の世界に干渉することもできる。のちに、自分が金を使いたいという欲望のためだけにメイコに仕事をさせすぎた結果、メイコから働くことを拒まれる事態が発生。メイコに逃げられたのち、左目をくり抜かれた状態で遺体となって発見される。
テラシマ
反社会勢力に属する男性。組織のボスからの指示で、お父ちゃんに社会的抹消の依頼をする、仲介人としての役割を担っている。メイコの特殊能力に恐怖を感じ、強い興味を持ってはいるが、一方でメイコを一人の女の子として不憫に思う気持ちを抱いている。そのため、シンデレラの絵本を買ってあげたり、メイコからねだられて自転車を買ってあげたりするなど、心優しい一面もある。ある時、メイコがターゲットを一人逃がしてしまったことで、依頼人の怒りを買い、父娘ともども始末しろと命令されてしまう。しかしすっかり情が移ってしまっていたため、二人に手出しすることはできず、ずっと仕えてきたボスを自らの手で殺害した。その後、それを知った関係者から反逆の罪で襲撃を受けることになり、報復として両足を折られてしまう。危険を察知し、せめてメイコの心の中で最期を迎えたいとメイコに懇願するが、受け入れてもらえずに一時は自死をも考えた。だが、姿を消したはずのメイコが姿を現し、同行を許可してもらえたため、ミノルの持ってきた車椅子に乗り、三人で町を出ることになった。
アスマ
大阪に住む小学生。近所の空き地でよくマルオ、ヨシハル、チヨ、コテツと遊んでいる。ある日、見知らぬ女の子のメイコが空き地に現れるようになり、彼女の方へボールが転がっていったことがきっかけで、メイコを遊びに誘った。当初、じゃんけんすら知らなかったメイコに遊び方を教えてあげた。つねにメイコから質問ばかりされるが、嫌な顔せずに丁寧に説明していた。漢字の読み書きができないメイコが学校に行っていないことを察した際にも、指摘しようとした言葉を飲み込むなど、人を思う優しさを持っている。日常的に男子として振る舞っているが、男らしさや女らしさということに心を痛め、学校では変人扱いされて孤立している。また、自分がふつうでないことを思い悩んでいる。のちに、すべてを察したメイコから、いっしょに町を出ないかと誘いを受けるが、勇気を出せずに断る。
マルオ
大阪に住む小学生の男子。坊主頭で、右の頰に傷痕がある。アスマ、ヨシハル、チヨ、コテツとよく空き地でいっしょに遊んでいる。当初はメイコが何も知らないことを茶化したり、気味悪がったりしていたが、すぐになかよくなる。暴力的な父親が帰ってくる時は、押し入れの中に身を隠すようにしている。時折帰ってきては母親から金を奪っていく父親を憎んでおり、マルオが小学校を卒業したら働かせるという父親の言葉を受け、バットを持って応戦しようとした。しかし、押し入れから出てみると、母親が包丁を持って出て行こうとしていたため、すべてを察して全力で母親を止めた。
ヨシハル
大阪に住む小学生の男子。強面で眉毛がない。アスマ、マルオ、チヨ、コテツとよく空き地でいっしょに遊んでいる。当初はメイコが何も知らないことを茶化したり、気味悪がったりしていたが、すぐになかよくなる。最近では滅多に手に入らないとされる昆虫採集セットを持っている。母親がお金持ちの男性との再婚を考えており、相手の連れ子であるチュウスケが弟になる予定。チュウスケによく自作の冒険話を聞かせているために慕われているが、素直になれないところもあり、心中は複雑。
チヨ
大阪に住む小学生の女子。アスマ、マルオ、ヨシハル、コテツとよく空き地でいっしょに遊んでいる。気が強そうに見えるが、お母さんのような優しさを持っている。メイコに、お手玉や毬つきなど女の子の遊びを教えた。そんな中、思いがけずメイコの眼帯に隠れた左目を見てしまうが、チヨが女子であったために何も起こらなかった。メイコの目を見てからも特に態度を変えることなく接し、誰にも目のことは話さなかった。字の読み書きができなかった母親が、苦労してきたことを知っているため、読み書きができないメイコを馬鹿にしたりせず、母親が使っていた漢字の教科書を貸して応援した。
コテツ
大阪に住む小学生の男子。背が低く、いつも帽子をかぶっている。アスマ、マルオ、ヨシハル、チヨとよく空き地でいっしょに遊んでいる。当初はメイコが何も知らないことを茶化したり、気味悪がったりしていたが、すぐになかよくなる。実は在日朝鮮人で、それを理由に迫害を受け、一部の上級生からいじめを受けていた。そのため、今の仲間には自分が朝鮮人であるということを秘密にしている。
ミノル
知的障害者の成人男性。話すことはできないが、なんとか意思の疎通を図ることはできる。実の親が子育てを放棄したため、見かねた祖母によって引き取られ、面倒を見てもらっていた。糸電話が大好きで、祖母と糸電話で遊んでいた時にメイコと出会う。その後、祖母は帰らぬ人となり、再び両親のもとで暮らすことになるが、結局育児を放棄され、ほったらかしにされている状態。これを見かねた幼なじみが、ミノルをいい施設に入れてやりたいと考えたため、金庫泥棒の片棒を担がされることになる。その際、泥棒仲間はメイコの力によって廃人になってしまうが、同様にメイコの左目を見て心の中の仮想空間に入ったミノルは、自由に意思の疎通を図り、現実世界とは逆に確固たる自分自身を持っこととなる。自分の目の前でメイコが人に危害を加える姿を見た際はメイコを止め、自分が夢見る暖かい暮らしについて熱く語った。結局、危害を加えられることなく現実世界へと生還し、その後はメイコやテラシマと共に町を出ていくことになった。
ハナエ
大阪に住んでいる女性で、母親と暮らしている。客を取って体を売ることで生計を立てている。ある日、あやとりをしながら歩いていたメイコと知り合い、話をするようになった。もともと自分が置かれている状況に納得していないところがあり、自分に依存しがちな母親との関係もあまりうまくいっていない。のちに体を売るのをやめ、まっとうに生きることを決意して母親のもとを去ろうと決断。町を出るために向かった駅で、偶然にも同じ目的のメイコとミノル、テラシマに遭遇し、同じ電車に乗って町を出ることになる。