死者の姿を映し出す「反魂香」
本作の舞台である仁藤香堂分店では、「反魂香」と呼ばれる香木が主力商品として取り扱われている。この香木を焚くことで、煙の中に故人の姿が浮かび上がり、使用者と会話を交わすことが可能になる。ただし、呼び出せる故人は生前に良好な関係を築いていた相手に限られ、使用者と故人が互いに「会いたい」と思わない限り、その効果は発揮されない。仁藤香堂分店には、故人との対話を求めて反魂香を探しにくる客が時おり訪れるが、店主の一人である晴臣は、その特異性からかなりの高値で販売している。なお、反魂香の素材はベトナムの一部地域でのみ採取可能であり、えみるの祖父の禎三が直接仁藤香堂分店に卸していた。
「反魂香」が紡ぐ絆
田舎町で育ったえみるは、母親の影響で故郷で迫害を受けており、孤独に慣れ親しんでいた。唯一の理解者であるはずの祖父、禎三も、えみるが迫害されていることを知りながら村を離れようとしなかったため、彼女は禎三から好かれていないのではないかと感じていた。そんな中、禎三がベトナムで事故に遭い、亡くなってしまう。生前、禎三から高級な香木を受け取っていたえみるは、彼の遺言に従って仁藤香堂分店に香木を届ける。禎三の真意を測りかねていたえみるは、千彰と晴臣から、禎三が反魂香の仕入れを任されていたことを聞かされ、禎三の功績に驚くものの、彼に嫌われているという誤解から、仁藤香堂分店から離れようとする。そこで千彰と晴臣は、実際に反魂香を焚いて、えみると禎三を会話させることを思いつく。えみるは反魂香を用いた会話を通じて、禎三に愛されていたことを知り、涙を流す。そして、えみると千彰、晴臣は禎三の遺志を受け継ぎ、彼とえみるの故郷である田舎町へと向かうのだった。
故郷での新たな生活
えみるは、禎三の本心を知り、千彰や晴臣と共に故郷の町へ帰ることになった。しかし、帰ってみると家は大雪で潰れており、住人たちも未だにえみるに対して悪意を抱いているため、帰る理由を失ってしまう。そこで、千彰と晴臣の助言に従い、仁藤香堂分店で生活することを決める。えみるは晴臣の助けを借りて、千彰と同じ高校に通うことになり、故郷ではできなかった友達を作ることに励むようになる。その結果、野崎ななこと友人になるが、ななこは独占欲が強く、自分が放置されるとすぐに不機嫌になるという厄介な一面を持っていた。えみるは、ななこの扱いに困りながらも、さまざまなアドバイスをくれる千彰に恋心を抱くようになる。しかし、これまで他者とかかわらずに過ごしてきたえみるは、恋愛がどういうものか理解できず、自分の気持ちの変化に戸惑ってしまう。
登場人物・キャラクター
五嶋 えみる (ごしま えみる)
禎三から反魂香を焚くための香木を受け取った少女で、禎三の孫娘。6月13日生まれで、身長は152センチ。かつて日本海に近い田舎町で暮らしていたが、トラブルメーカーの母親の影響で迫害を受けていた。また、唯一の家族である禎三からも嫌われていると感じ、周囲に心を開くことができずにいた。しかし、仁藤香堂分店を訪れた際に反魂香を使って禎三と会話した結果、彼に愛されていたことを知る。さらに、千彰や晴臣の好意によって仁藤香堂分店で暮らすことになり、千彰と同じ高校に転入する。高校入学後は迫害を受けることがなくなったものの、孤独が当たり前になっていたため、人との距離を測ることが苦手になっていた。また、人並外れた美貌の持ち主のため、男性から好意を寄せられやすく、それが原因で周囲とトラブルになることも少なくない。
仁藤 千彰 (にとう ちあき)
東京の高校に通う3年生の男子。親しい友人たちからは「アキ」と呼ばれている。10月3日生まれで、身長は182センチ。幼少期は養護施設で過ごしていたが、仁藤香堂を運営する仁藤家に養子として迎えられ、現在は義弟の晴臣と共に仁藤香堂分店の店主を務めている。人並外れた嗅覚を持ち、微細な香りを嗅ぎ分けることで優れたお香を選ぶことができる。しかし、ディーゼルカーが通り過ぎるだけで気分が悪くなるなど、過敏な体質に悩まされている。表向きはやる気のない態度を見せることが多く、晴臣からその姿勢を叱責されることもある。だが、実際にはかつて養護施設で過ごした自分を受け入れてくれた晴臣に深く感謝しており、彼のために努力を惜しまない。また、幼い頃に両親に捨てられた経験から、似たような境遇にあるえみるに対して優しく接しており、やがて彼女から思いを寄せられるようになる。