性的欲求で人間が怪物化
本作は、「リビドウイルス」と呼ばれるウイルスによるパンデミックが主題となっている。リビドウイルスは粘膜接触により感染し、感染者は性的興奮を起こすことで肉体の変化と意識の喪失を伴い、やがて「リビド」と呼ばれる異形に変化する。さらにリビドとなった男性と女性が融合することで、「両性具有(アンドロギュノス)」と呼ばれる怪物になってしまう。両性具有は周囲の人間やリビドを餌としか認識しておらず、彼らを吸収することで新たな個体を生み出す能力を持つ。また通常の方法では殺害することができないため、やがて人類は両性具有の目につかない場所でひっそりと生きることを余儀なくされる。
リビドの力をあやつる特殊能力者「リビドーズ」
リビドウイルスに感染した男性は、生殖器の切除手術を受けることで「リビドーズ」と呼ばれる存在になり、人間の意識を保ったまま、超常的な能力を持つようになる。リビドーズの使える能力は、感染した人間の持つ嗜好(しこう)が大きく反映され、切断嗜好を持つ有坂アキトは手先が刃のような形状に変形し、緊縛趣味を持つ井出シュウは指先を縄のような形状に変形する。主人公の脇谷イサムは、生殖器を切除しないままリビドーズになれた唯一の存在で、のちに彼の脳の中に特別な抗体が生成されていることが判明する。この抗体は投与することでリビドウイルスの発症を防げるほか、両性具有の活動を停滞させる効果もあるため、イサムの存在は事態を打開するための切り札として周知されている。
変わり果てた世界で発生する内戦
リビドウイルスが蔓延(まんえん)してから2年後、世界はほぼ両性具有の住処(すみか)となる。インフラは大きく老朽化し、残った人類もこれ以上のリビドウイルスの感染や両性具有の増加を防ぐため、男女は完全に隔離され、これに伴って純粋な人間の出生率はゼロになってしまう。そんな中、2年間の眠りから目覚めた脇谷イサムは、かつてイサムの理解者であった内閣情報調査室の情報専門官、田丸万里が提唱した人口増加政策「日本絶滅保護法」を実行するため、初恋の相手の初瀬アカリが交配実験の被験体にされかけていることを知る。イサムは初瀬の危機を救うため、かつて敵対していた井出が結成したリビドーズによる民兵部隊「リビドーズミリシャ」と手を組み、交配実験をやめさせるため、田丸の率いる政府軍に戦いを挑む。
登場人物・キャラクター
脇谷 イサム (わきや いさむ)
とある高校に通う2年生の男子。気が弱いうえに要領が悪いことから自己評価が低く、部活の先輩やアルバイト先の店長から苗字の脇谷をもじって「脇役」と揶揄されるなど、鬱屈した日々を過ごしている。優しい母親や親友の神田、片思いの初瀬アカリを心の支えにしていたが、唯一の特技と自負していた陸上競技をケガで断念しなければならなくなり、絶望する。そんな中、リビドに感染した女性からキスをされたことで不完全な感染者となり、近いうちに自分も怪物に変化すると悲観し、思い残しを清算するためにアカリに告白する。だが、告白の返事をもらう前にリビド感染者になったクラスメートに襲われ、彼女を守ろうとした際に性的興奮から右腕だけが肥大化してしまう。しかし、その姿を見ても、アカリがまったく気味悪がることなく受け入れてくれたことに感動し、改めて惚れ直すとともに彼女を守り抜こうと決意する。のちにアカリに再び告白し、晴れて両思いの関係となる。
初瀬 アカリ (はつせ あかり)
脇谷イサムと同じ高校に通う2年生の女子で、イサムのクラスメート。実家が助産院をしていることから、将来は看護関連の専門学校に進学することを考えている。明るく優しい性格で、女子の友達も多く、男子からも人気がある。イサムとは小学校時代に面識があったが、現在は疎遠になっており、イサムから好意を寄せられていることに気づいていない。しかし、初瀬アカリ自身も小学生時代のイサムを覚えており、彼がリビド感染者であることを知ってもまったく偏見を持つことはなかった。