概要・あらすじ
河海東中学校の入学式を終えたばかりの蒼井由多香は、下校しようとしていたところで、校舎から合唱の歌声を聴く。歌声がどこの教室から聞こえてきているのかと、校舎を見上げながら歩いていた由多香は、フェンスに登って校舎の合唱部の練習を覗いている鞆知也と出会う。知也とともに合唱部の練習を見ているうち、由多香はその歌声に感動するあまり涙を流し、合唱部の部員たちに合唱部に入れてほしいと懇願する。
しかし、合唱部には男子部員が少なく、混声の合唱ができないことを理由に入部を断られる。それでもあきらめきれない由多香は、女子に混じってソプラノパートをやりたいと志願する。
登場人物・キャラクター
蒼井 由多香 (あおい ゆたか)
河海東中学校の1年生の男子。黒髪で目が大きく、小学生と間違われるほどに小柄で中性的な顔をしている。春に河海市に引っ越して来ると同時に河海東中学校に入学した。入学式の日に、校舎から聞こえてきた合唱部の歌に感動して、合唱部への入部を決意。歌を歌うことが好きで、小さな頃から兄の蒼井穣が歌うのを真似して歌っており、短い期間だが合唱団に入っていたこともある。 歌を本格的に習ったことは一度もないが、高音域のハイFまでスムーズに出すことが可能で、現在ロシアで有名なボーイソプラノ歌手のウラジーミル・イリイチ・ポポフに匹敵する音域を持つ。河海東中学校の合唱部では、女子部員に混じってソプラノパートを担当する。純粋で感受性が高く、歌を聴くだけで、感動のあまり涙を流してしまうこともある。 その感受性の高さゆえに、精神的に負荷がかかると、一時的に気性が激しくなってしまうことがある。母親と2人で暮らしており、船の機関士を務める父親は、冬まで日本に帰って来る予定はない。好物は金平糖。
鞆 知也 (とも ともや)
河海東中学校の1年生の男子。茶髪で前髪を中分けにしていて、背が高くて声が低い。クラスメイトの蒼井由多香が合唱部に入部することが決まった後、興味本位で合唱部に入部した。既に変声期を迎えており、入部した当初は音程が取れずに苦労していた。穏やかな性格だが正義感が強く、背の低いことを理由にクラスメイトの田所竜馬と柴山竜久にからかわれていた由多香を、助けたこともある。 実は背が高いことにコンプレックスを抱いている。好物はぜんざい。
町屋 翠 (まちや みどり)
河海東中学校の2年生の女子。長い黒髪を大きなリボンで1つに束ねている。合唱部の副部長を務めている。自宅の部屋の本棚には哲学書がズラリと並び、知的でクールな雰囲気を醸し出す哲学少女。男子でありながらソプラノパートを歌う蒼井由多香の姿を見て、まるで天使のようだと絶賛。その後、部員が困惑するなか、由多香の入部を許可した。 両親は海外赴任をしていて、祖父母と曾祖父母とともに大きな日本家屋に住んでいる。大橋先生も所属している市民劇団に所属。10月に公演する「ねじの回転」に出演する予定。「鉄二」という名前の18歳の老犬を飼っている。好物は丸ぼうろ。
別役 秋年 (べつやく あきとし)
河海東中学校の3年生の男子。黒髪で黒いフレームの眼鏡をかけている。合唱部の部長を務めている。合唱コンクールで金賞を獲ることを目標に掲げ、部員たちを鼓舞し続ける真面目な頑張り屋。合唱部ではピアノの伴奏を担当している。一家は、親がピアニストで、兄も数々の賞を授賞している音楽家。結果が出ないなら合唱部を辞めるべきだ、と家族からプレッシャーをかけられている。 才能豊かな家族を持っているため、蒼井由多香のように天性の才能を持つ者に対してコンプレックスを抱いている。鞆知也と同じマンションに住んでいて、知也からは幼い頃から「年兄ちゃん」と呼ばれて慕われている。
高峰 冬子 (たかみね とうこ)
河海東中学校の2年生の女子。くせのある長い黒髪をシュシュで1つに束ね、長い前髪を右分けにしている。合唱部に所属している。蒼井由多香が男子にも関わらず、ソプラノパートの歌い手として入部したことに不満を感じている。誰よりも部活に熱心で生真面目な性格。ちょっとした無駄話にも敏感に反応して注意するなど、誤解を招くことも少なくない。 部員の多くは高峰冬子の性格をよく理解しており、部内では風紀委員長的な存在として信頼されている。
伊勢 まり子 (いせ まりこ)
河海東中学校の1年生の女子。合唱部に所属している。小柄な体型で、栗色の長い髪を花柄の髪留めで束ねてツインテールにしている。鞆知也や斉藤とは小学校が同じ。夏に合唱部のメンバーたちと潮干狩りに行った際、斉藤と小学校の時以来の再会を果たした。しかし、おとなしく引っ込み思案な性格から、知也と斉藤の会話の中に入る勇気が出せず、ひと言も話せずに別れてしまった。 他人に優しく思いやりのある性格で、蒼井由多香がウラジーミル・イリイチ・ポポフと会ってから、思いつめた表情をするようになったことを気に掛けていた。両親は「伊勢呉服屋」を経営している。好物はキャラメル。
水戸 夏実 (みと なつみ)
河海東中学校の2年生の女子。高峰冬子のクラスメイト。ベリーショートの黒髪で、前髪は額が見えるくらいに短い。春に体育館で行われた各部活動の紹介の時に、合唱部の町屋翠が歌っている姿に憧れて合唱部に入部した。合唱部ではアルトパートを歌っているが、本当はもっと低音のバスパートを歌いたいと考えている。
田所 竜馬 (たどころ りょうま)
河海東中学校の1年生の男子。蒼井由多香のクラスメイト。黒髪の坊主頭で、ふくよかな体型をしている。クラスメイトの柴山竜久とは幼稚園時代からの幼なじみで仲がいい。学校行事の芸術鑑賞会中に、柴山と悪ふざけをしていた時の声が綺麗なバリトンだった、と由多香に褒められ、その後、半ば強引に合唱部に入部させられてしまう。場の空気を読まずに思ったことをはっきりと言ってしまい、他人を傷つけてしまうこともあるが、合唱部のムードメーカーとして欠かせない存在。
柴山 竜久 (しばやま たつひさ)
河海東中学校の1年生の男子。蒼井由多香のクラスメイト。短髪の面長で眼鏡をかけている。クラスメイトの田所竜馬とは幼稚園時代からの幼なじみで仲がいい。学校行事の芸術鑑賞会中に、田所と悪ふざけをしていた時の声が綺麗なバリトンだった、と由多香に褒められ、その後、半ば強引に合唱部に入部させられてしまう。冷静沈着な性格ながら実は心配性で、ナイーブな一面を持っている。 自分の意思とは関係なく入部した合唱部の部活動も、そこそこ楽しんでいる。地区の合唱コンクールに参加するなら1番を狙いたいと、目標を高く掲げている。実はピアノを弾くことが得意。
正史 (まさし)
河海東中学校の3年生の男子。黒髪の短髪で、下がった眉毛と丸い目が特徴。合唱部に所属しており、部長の別役秋年と仲がいい。物静かであまり人前に出るのが得意ではない。しかし、観察眼が鋭く、合唱部顧問の太田先生の指導者としての優秀さに、誰よりも早く気づいていた。また、状況把握能力にも優れており、合唱部で起こるトラブルや問題に対して、何が発端で何がいけなかったのかを、客観的な目線から分析することができる、合唱部の縁の下の力持ち的な存在。 後輩からは「マー先輩」と呼ばれて慕われている。
斉藤 (さいとう)
中学1年生の女子。茶髪で肩まで伸びた髪の毛先にパーマをかけ、前髪を中分けにしている。鞆知也と伊勢まり子とは同じ小学校の卒業生。河海市の浜辺で偶然に知也やまり子と再会する。現在は全校生徒が30人しかいない島中中学校に通っており、今度の地区の合唱コンクールには、全校生徒とともに参加する予定。明るく活発な性格で、久しぶりに知也と再会した時には会話が弾み、大いに盛り上がっていた。
三宮 (さんのみや)
河海東中学校の1年生の女子。合唱部に所属している。ウェーブのかかったボブヘアーをしていて、キツネのようなツンとした鋭い目つきが特徴。ウラジーミル・イリイチ・ポポフの大ファン。ウラジーミルが日本に来日した際、彼が蒼井由多香に興味を抱き、河海市を訪れていたことを知らされなかったことに憤慨する。その八つ当たりの対象として、鞆知也を追い掛け回すなど、男勝りなお転婆娘。
ウラジーミル・イリイチ・ポポフ (うらじーみるいりいちぽぽふ)
ロシアで有名なボーイソプラノ歌手の少年。日本でもレコードショップに特設コーナーが作られているほど人気がある。金髪のボブヘアーで、前髪を目の上で切りそろえている。来日した際に、タウン誌「街人」の東京版の取材に応じ、蒼井由多香の話を聞いて彼に興味を抱く。日本では、叔父でありマネージャーも務めるアナトリー・ユーリエヴィチ・ポポフに通訳を任せている。 実は祖母が日本人なので、日本語を流暢に話すことができる。自己主張が強く、直感やその時の気分で行動することが多く、周囲の人間を戸惑わせたり、困らせることが少なくない。しかし、それはボーイソプラノ歌手としての限られた時間を、1分1秒でも無駄にしたくないという焦りと、自身の歌声への自信とプライドの高さによるものでもある。 好物はレアチーズケーキ。
アナトリー・ユーリエヴィチ・ポポフ (あなとりーゆーりえゔぃちぽぽふ)
ウラジーミル・イリイチ・ポポフのマネージャー兼通訳の男性。ウラジーミルの父親の弟で、血縁上ウラジーミルの叔父にあたる。髪を整髪料でオールバックにまとめて、小さい横長の眼鏡をかけた、背が高くスマートな人物。ウラジーミルが日本に来日して、タウン誌「街人」東京版の取材を受けた際に、同席して通訳を行った。ウラジーミルにとっては両親代わりの保護者のような存在。 ウラジーミルが自分を介さずに仕事を受けたり、思いつきで行動をしたりすることに頭を悩ませている。妻帯者で、娘が1人いる。好物はポテトチップス。
蒼井 穣 (あおい みのる)
蒼井由多香の兄。背が高く、髪型は黒髪のベリーショートにしている。自由気ままに世界中を旅して回っている。大きなリュックを背負い、中には日用品以外に横笛やリコーダーといった楽器や、メレンゲの入った瓶が入っている。機関士をしている父親の船に同乗させてもらい、4年ぶりに日本に帰って来た。かつては由多香のように綺麗なボーイソプラノだったが、変声期とともにその声は失われ、歌うことをやめてしまった。 長く日本を離れてはいたが、由多香とは時々メールのやりとりをして、お互いの近況を知らせている。
太田先生 (おおたせんせい)
河海東中学校の教師の男性。クセのある黒い短髪をしている。有名な音大の声楽科出身のため、学校側から懇願されて合唱部の顧問を引き受けた。しかし、指導が大雑把なわりに厳しいことをビシバシと言うことから、合唱部の部員からはあまり評判が良くない。当時受け持っていたクラスが荒れて、学級崩壊の一歩手前になってしまい、学校と生徒の親との板挟みの末、ストレスで胃潰瘍を患ってしまう。 その後、半年で30キロも激太りし、当時付き合っていた彼女にも振られた。好物はシナモンロールだが、現在はダイエット中のため控えている。
大橋先生 (おおはしせんせい)
河海東中学校の非常勤講師の女性。長い黒髪で眼鏡をかけており、吹奏楽部の顧問を務めている。新入生歓迎会で合唱部の女子に混じって歌っている蒼井由多香の歌声に才能を見出し、自身が参加している市民劇団にスカウトする。その後、由多香の初舞台となる予定の10月公演の演目を、「ねじの回転」にすることを強く推した。知也の祖父とはかつて同じ市民劇団に所属したこともあって親交があり、彼の経営している喫茶店によく足を運ぶ。
知也の祖父 (ともやのそふ)
鞆知也の祖父。喫茶店を経営している。白髪で鼻の下に髭を蓄えており、小さな丸眼鏡をかけている。店内には楽器を演奏できるステージがあり、アコースティックギター、グランドピアノ、スタンドマイクが置かれている。少年時代は「ヒバリの健坊」と呼ばれるほどの美声だったことが自慢。若い頃はアマチュアのバリトン歌手として歌っていたこともある。 かつて大橋先生も所属していた市民劇団のメンバーでもあったが、3年前にヘルニアを患ったことを機に舞台を降り、長年の夢だった音楽喫茶を経営するようになった。店内には彼の趣味で、天体に関係する本が沢山置かれていて、大きな地球儀や星に因んだオブジェが数多く設置、装飾されている。
由多香の母親 (ゆたかのははおや)
蒼井由多香の母親。出版社で編集の仕事をしている。左耳を出したボブヘアーをしており、長い前髪を右に流している。息子の由多香と2人で生活をしている。夫は船の機関士で、冬まで日本に帰って来る予定はない。タウン誌「街人」の東京版の編集を担当していて、ロシアのボーイソプラノ歌手、ウラジーミル・イリイチ・ポポフが来日した際には、インタビューをして記事にまとめていた。 その他、今年の春に引越して来た河海市の河海市合唱祭の模様など、地域に密着した記事も書いている。仕事と家庭を上手く両立させているように見えるが、内心では由多香の成長を、母親としてしっかり見届けられているか不安を抱いている。
太田 (おおた)
タウン誌「街人」東京版の編集長。長くウェーブのかかった黒髪の女性。由多香の母親の上司で、ロシアのボーイソプラノ歌手であるウラジーミル・イリイチ・ポポフが来日した際には、由多香の母親と2人でインタビューをした。その際、ウラジーミルが日本で著名なボーイソプラノ歌手に興味を持ったため、思いつきで蒼井由多香の名を挙げて場を盛り上げ、由多香の母親を困惑させた。 このことが、ウラジーミルが由多香に興味を抱くきっかけとなった。
佐竹 (さたけ)
三旗中学校で合唱部の顧問を務める男性教師。クセのある黒い短髪で、細長い眼鏡をかけている。太田先生とは同じ大学で同期だったこともあり、お互いをライバル視している。地区の合唱コンクール前に、河海東中学校の合唱部と島中中学校の全校生徒を三旗中学校に招き、合同練習をすることを提案した。プロの声楽家でもあり、具体的な説明を交えながら指導をするため、合唱部の生徒からは教え方が非常にわかりやすいと評判がいい。
由多香の父親 (ゆたかのちちおや)
蒼井由多香の父親。背が高く筋肉質で、黒髪の短髪。ヨットの形のロゴが胸元に入った襟付きの半袖シャツを着用している。暑苦しいほどの熱血漢で、朗らかで優しい性格。職業は船の機関士で、出航すると長い期間世界各国を回るため、しばらく自宅に帰ることができない。久しぶりに家に帰って来た際は、さまざまな国の合唱団のCDを由多香にプレゼントした。
リリコ
日本で流行中の人気歌手の女性。ウラジーミル・イリイチ・ポポフとともにチョコレートのCMに出演している。肩まで伸びた髪の毛先を大きくカールさせて、大きなリボンの髪飾りを付けている。10月に河海市で行われた、市民劇団の「ねじの回転」をネット中継で見た。その時、蒼井由多香とともに出演していた町屋翠の演技に、昔の自分の姿を重ね合わせ、翠を歌手としてスカウトするために現れた。 小さい頃は引っ込み思案で目立つことを嫌い、いつも人の後ろに隠れているような子供だった。高くて鼻にかかった声がコンプレックスだったが、それを友人に褒められたことがきっかけで、歌手を目指した。その過程で人見知りや口下手な性格を克服した。
商工会長 (しょうこうかいちょう)
河海市の商店街の商工会長の男性。額の中心にイボがあり、耳の回りと後頭部以外には毛髪がない。商店街の各商店と協力して、クリスマス等のイベントの際には商店街全体を飾り付けし、活性化させる活動をしている。市内に産廃処理施設を建設する計画が進んでおり、街の活気がなくなっているのを心配している。今年のクリスマスは、市民劇団と商工会が共同してクリスマスを盛り上げたいと、大橋先生をはじめとする市民劇団のメンバーに打診をした。
場所
河海市 (かわみし)
海と河に囲まれた水の豊かな港町。歩いているだけで潮風の音が聞こえてくる商店街は、アーケード通りになっている。海に面しているため、夏には浜辺で潮干狩りをすることもできる。現在、市内に産業廃棄物の処理場を建設する計画が進んでおり、住民は建設計画を中止するように、市に対して一丸となって反対運動を行っている。
その他キーワード
ねじの回転 (ねじのかいてん)
イギリスの作曲家・ベンジャミン・ブリテンによる近代オペラ。河海市の市民劇団が10月の公演で行った演目。蒼井由多香がボーイソプラノを担当した。幽霊が子供たちをたぶらかして死の世界へ引き込もうとする。その心の駆け引きを描いた暗い雰囲気の物語で、演じるのが難解な演目として有名。
河海市合唱祭 (かわみしがっしょうさい)
河海市で最も大きな合唱祭。毎年6月に開催され、河海市の市民ホールで10時半から15時半まで1日限り行われる。申し込みの際の規約が多くて手続きが面倒ではあるが、参加者の年齢制限などは特になく、プロアマ問わず参加することができる。参加した合唱団は、参加賞として河海市のキャラクター「アッサリー」が描かれたバッジがもらえる。