江戸時代が舞台のBL時代劇
本作は江戸時代の末期にあたる文政10年(1827年)以降が主な舞台で、その時代背景に即した描写がされている。たとえば、百樹と万次が過ごしている上野は、近所の寛永寺に代々の徳川家将軍が眠っていること、現在のラブホテルともいえる施設「出合茶屋」が賑わいを見せていることが言及されている。百樹と万次の二人が愛し合う描写も、春画のような艶めかしさと繊細な絵柄により、BL作品としても楽しめる。また、コミックスの巻末には、百樹がかつて身を寄せていた陰間(かげま)や、万次が務めている火消についての解説もあり、江戸時代後期の文化を学ぶことができる。
愛らしさが魅力の百樹と気さくな万次
主人公の百樹と万次は、どちらも義理人情に厚い好人物。陰間(かげま)の百樹は子供のような仕草を見せるが、愛する万次を侮辱された時はすごい勢いで食って掛かるなど、いざという時は男らしい振る舞いを見せる。一方の万次も、そんな百樹を溺愛し、ふだんは兄貴風を吹かせながらも、惜しみない愛情を注いでいる。二人は人柄のよさから町の住人たちにも愛され親しまれている。本作ではそんな彼らが、愛し合ったりケンカしたり、町の住人たちと触れ合ったりする様子が生き生きと描かれており、人情噺を聞いているような楽しさがある。
二人が抱えるそれぞれの過去
物語が進むにつれて、二人の過去が詳(つまび)らかになっていく。百樹は「陰間」と呼ばれる男娼に身をやつしていたが、世話になっていた兄貴分である醒と距離が生じたことが耐えられず、後先を考えずに着の身着のままで飛び出し、やがて半死半生の目に遭ったところで万次に拾われる。一方の万次もまた、叔父の祝に惚れ込んでいたほか、かつて火消の仕事でコンビを組んでいた千とも関係を結んでいたことが発覚する。百樹と万次は同棲を始めた当初、互いの事情を知らずにいたが、やがて祝や千が二人の前に現れ、百樹は万次の過去を知ることになる。
登場人物・キャラクター
百樹 (ももき)
「陰間」と呼ばれる男娼(だんしょう)を生業とする青年。幼い頃は湯島天満宮付近の茶屋で暮らしており、「醒(さむる)」という男性から男娼としての振る舞いを教えられた。醒を兄貴分と慕いつつ陰間として働いていたが、いつしか彼といることに疑問を覚え、所属していた茶屋を離れる。あてもなくさまよっているうちに行き倒れたところを万次に拾われ、生活を共にすることになる。少々気弱な性格ながら心優しく、その愛らしい容姿や仕草から、子供や老人から人気を集めている。また、飼育していた亀を放流することを嫌がるなど、弱者が庇護を離れることを恐れている節がある。一方で、甘えられる相手には愛情を隠さないが、嫉妬心が強いためちょっとしたことですぐに拗(す)ねてしまう。小柄な体型にそぐわぬ怪力の持ち主で、本気で怒ると万次からも恐れられている。3月21日生まれ。
万次 (まんじ)
行き倒れていた百樹を助けて面倒を見ている青年。高身長で背中に刺青(いれずみ)を入れ、きりっとした目元が特徴の伊達(だて)男で、コミカルな振る舞いを見せることが多い。生意気な性格ながら人情を重んじており、百樹と同様に近所の人々に慕われている。手先の器用さと楽器の扱いでは右に出る者がおらず、生業である笛の演奏のほか、「写し絵」と呼ばれる見世物や宴会のセッティングなど、自らの才覚を活かしてさまざまな仕事をこなしている。怖いもの知らずで、自分自身が一番大事だと公言してはばからないが、百樹と出会ってからは、自分以上に彼が大事であると実感するようになる。かつて町火消の活動をしていたことがあり、その男っ振りと身体能力から、「纏(まとい)持ち」と呼ばれる火消衆のリーダーを務めていた。しかし、現在は百樹のためにも自分の命を賭けるような真似(まね)はできないことを理由に固辞している。当初から百樹の素性を知らなかったが、これからも詮索するつもりはなく、たとえ彼の過去に何があろうと見捨てないと心に誓っている。5月14日生まれ。
書誌情報
百と卍 6巻 祥伝社〈on BLUE COMICS〉
第1巻
(2017-02-25発行、 978-4396784072)
第5巻
(2022-08-25発行、 978-4396785475)
第6巻
(2024-05-24発行、 978-4396785840)
百と卍 特装版 6巻 祥伝社〈on BLUE COMICS〉
第5巻
(2022-08-25発行、 978-4396785482)
第6巻
(2024-05-24発行、 978-4396785857)