絡新婦の理

絡新婦の理

京極夏彦の小説『絡新婦の理』を原作とするコミカライズ作品。舞台は昭和中期の日本。謎の人物である蜘蛛の手引きにより、凄惨な殺人事件が立て続けに発生する。入り組んだ事件の構造に捜査関係者が苦戦する中、一連の事件に関与する織作家の人々を天女の呪いから解放してほしいとの依頼を受け、古書店店主にして拝み屋の中禅寺秋彦が憑物落としに臨む。「マガジンSPECIAL」2015年No.6から2017年No.2にかけて連載された作品。

正式名称
絡新婦の理
ふりがな
じょろうぐものことわり
原作者
京極 夏彦
漫画
ジャンル
推理・ミステリー
関連商品
Amazon 楽天

あらすじ

第1巻

呉美由紀が通う聖ベルナール女学院では、学生の恨みを買っていた教師の山本純子が悲惨な最期を遂げたことから、人を死に至らしめる呪いの存在が噂になっていた。美由紀の親友である渡辺小夜子は教師の本田幸三を呪い、それを気休めとしていたが、純子を呪ったという麻田夕子から呪いを実行した者に訪れる恐ろしい末路について聞かされ、正気を失ってしまう。その後も美由紀の周囲では本田や夕子の死など、信じ難い出来事が立て続けに発生。美由紀も理事長の織作是亮から身に覚えのない売春の嫌疑を掛けられてしまうが、別人のように豹変した小夜子の取り成しで、急場を凌ぐのだった。一方、連続殺人鬼の目潰し魔を追う刑事の木場修太郎は、呉服屋女将の前島八千代の殺害現場で、飲み仲間である川島新造の色眼鏡を発見。新造と接触し、事件の背後で「蜘蛛」と呼ばれる怪人が暗躍していることを知る。

第2巻

名門である織作家の住居である蜘蛛の巣館で、織作是亮が首を絞められて殺害される事件が発生する。その手口から、犯人は本田幸三を殺めた絞殺魔の可能性が高く、犯行を目撃した釣り堀屋の伊佐間一成と古物商である今川雅澄は警察の判断により、館に拘留されてしまう。一方で木場修太郎は、目潰し魔と目される平野祐吉を診察した精神神経科医の降旗弘への聞き込みを実施。娼婦の高橋志摩子に危険がせまっていること、平野の友人として捜査線上に名前が挙がっている川島喜市と織作家につながりがあることを把握し、蜘蛛の巣館へと向かうのだった。その頃、探偵の榎木津礼二郎も目潰し魔の事件に興味を示し、解決へと動き始めていた。また、探偵志望者の益田龍一聖ベルナール女学院の諸問題を抱える弁護士の増岡則之により、拝み屋である中禅寺秋彦のもとにも事件の情報がもたらされる。中禅寺は両名の抱える別々の案件に複数の共通項を見いだすと、事件の背後で何者かが暗躍していることを確信するのだった。

第3巻

木場修太郎織作家の次女の織作茜、三女の織作葵から川島喜市の情報を入手するが、警察が保護していたはずの高橋志摩子が誘拐されたとの急報を受け、対応をせまられる。首吊り小屋に急行した木場は、志摩子を連れ去った川島新造を確保するが、小屋に潜んでいた目潰し魔平野祐吉の手により、志摩子は殺害され、祐吉の逃走までも許してしまう。一方、聖ベルナール女学院では絞殺魔の手に掛かって渡辺小夜子が殺害されるものの、榎木津礼二郎が大立ち回りの末に絞殺魔こと杉浦隆夫を確保。事件の大枠を察した榎木津は複雑化した事態を収拾するために、中禅寺秋彦の出動を要請する。当の中禅寺は事件への関与に消極的な態度を見せつつも、記者の中禅寺敦子、刑事の青木文蔵の協力を得て、事件の基本構造を把握していた。やがて、中禅寺は織作家に掛けられた天女の呪いを解くという名目で、事件にかかわることを決意する。

第4巻

中禅寺秋彦聖ベルナール女学院の聖堂に関係者を集め、事件の種明かしを開始する。これにより、杉浦隆夫は自らに殺人を教唆した人物が織作家の四女の織作碧だと告白。また、碧の暴走をきっかけに、学院に潜んでいた平野祐吉も捕縛される。事件の解体に成功した中禅寺は蜘蛛の巣館へ舞台を移すと、仕上げとして織作家の面々を対象とした憑物落としを決行。織作家の面々は次々と心のわだかまりを解かれていくが、途中で真犯人の蜘蛛の仕掛けが発動し、凄絶な殺し合いを始めてしまう。騒動が落ち着いた頃、織作家の最長老の織作五百子は、若い頃に仕込んだ遠大な計画について語り始めるのだった。

登場人物・キャラクター

中禅寺 秋彦 (ちゅうぜんじ あきひこ)

古書店を営む男性。特異な起伏を備えた眩暈坂の上に店を構えており、屋号の「京極堂」は彼の渾名にもなっている。愛煙家で目つきが悪く、無愛想ながら博識な能弁家でもあり、「この世には不思議なことなど何もない」と主張する一方で、妖怪や神仏の類に詳しい。また、神主を兼務しており、時には拝み屋として憑物落としを実施する。肉体労働を厭い、知人の協力に頼って憑物落としの下準備を進める姿は、さながら安楽椅子型探偵の様相を呈している。また、ふだんから和服を好んで着用し、憑物落としに臨む際には、晴明桔梗が染め抜かれた黒い和服や黒い手甲などを身につける。目潰し魔、絞殺魔の事件に関しては、ただ働きは御免とうそぶいて介入を拒み、外部から助言を行うにとどめていた。しかし、真犯人である蜘蛛の思いどおりに進むのも癪だと思い直し、独自の調査を開始。やがて、「織作家に掛けられた天女の呪いを解く」という名目で、憑物落としを敢行する。

榎木津 礼二郎 (えのきづ れいじろう)

榎木津財閥の御曹司の男性。神田に拠点を置く薔薇十字探偵社のオーナーにして、探偵を生業としている。長身で、初対面の女性が見とれてしまうほど端正な顔立ち。呉美由紀曰く「きれいな男の人」。また、相対した人間の記憶を見る特殊能力の持ち主で「探偵とは職業ではなく、選ばれし者に与えられる称号」「調査は刑事の行う下賤な仕事。探偵はやらない」と頻繁に主張している。性格は傍若無人で、人の話を聞かずに結論しか語らない。また、退屈するとすぐに眠たくなってしまう。そのため、彼のかかわった事件は一時的に混迷を極めるのが通例となっている。およそ探偵らしからぬ人物だが、関与した事件は結果として解決しているため、やんごとなき出自と相まって世間的な評価は高い。また、腕っ節が強く、犯人と直接対決して勧善懲悪を成し遂げるさまは、冒険活劇の主人公さながらである。杉浦美江の持ち込んだ依頼をきっかけに目潰し魔の事件に興味を持ち、聖ベルナール女学院では美由紀の記憶から絞殺魔の正体を看破、捕縛している。その後、事件を解決するためには中禅寺秋彦の協力が必要だと強く主張した。

木場 修太郎 (きば しゅうたろう)

東京警視庁捜査一課に所属する刑事の男性。「四角い」と表現されるほどの無骨な大男で、「考えるより動け」をモットーとしている。横柄な口調と腕っ節の強さから「鬼の木場修」と恐れられている。現場から遺留品を勝手に持ち去るなど、職務違反の常習犯でもあるが、見かけに反して細かいことを気にする性質で、密室トリックを看破する程度の推理力も備わっている。榎木津礼二郎、降旗弘とは幼なじみで、現在では悪友の間柄となっている。同じく刑事である青木文蔵、長門五十次、木下圀治(きのしたくにはる)らと目潰し魔の事件を追ううちに、飲み仲間である川島新造の関与に気づき、真犯人の蜘蛛の確保に執念を燃やすようになった。四谷署の刑事の七条(しちじょう)と共に蜘蛛の巣館に乗り込んだ際には、磯部の手引きで織作葵への尋問を実施。横柄な態度を嗜められつつも、卓見と言わしめている。新造が高橋志摩子を連れ去った際には、カンを頼りに新造を捕縛しているが、潜んでいた目潰し魔に志摩子を殺され、目潰し魔を取り逃がす大失態を犯している。

伊佐間 一成 (いさま かずなり)

釣り堀「いさま屋」を営む男性で、年齢は30歳過ぎ。垂れ目、下がり眉で、口髭を蓄えている。頭頂部にボリュームを持たせたツーブロックの髪型で、トルコ帽をかぶり、ファー付きコートを着用している。朴訥とした人柄で、一杯で酔いつぶれるほどお酒に弱い。長閑な環境で釣りをしようと出掛けたところ、電車で乗り合わせた呉仁吉と意気投合し、彼の地元である千葉県興津町鵜原へ同行。仁吉の世話になるうちに、織作家の抱える諸問題を聞き及ぶ。また、骨董品の鑑定を頼みたいという仁吉の願いを聞き入れ、今川雅澄を紹介。出門耕作とも面識を持ち、これをきっかけに蜘蛛の巣館を訪問する。館では織作家の後継者問題を目の当たりにしたほか、織作是亮が書斎で首を絞められている場面を目撃。これをきっかけとして、館に長期拘留されてしまう。磯部の事情聴取に対しては、仁吉の小屋に滞在していた際、夜更けに蓑笠をかぶり女物の着物を羽織った怪しい人物を目撃したと報告している。のちに高橋志摩子の救出に向かう木場修太郎に同行するものの、潜んでいた目潰し魔に切りつけられ、左手を負傷してしまう。

今川 雅澄 (いまがわ まさすみ)

骨董屋「待古庵」を営む男性で、年齢は30歳過ぎ。ずんぐりむっくりした体型で、くりくりとした目と幅広の鼻、太い眉毛を持つ。また、三日月型の濃い口髭を生やしている。和装を好んで着用し、俗に「利休帽」「宗匠頭巾」と呼ばれる衣類を身につけている。戦中は海軍に所属しており、伊佐間一成とは戦友の間柄。語尾を「なのです」で締めることが多く、外見も相まって愚鈍な印象を与えがちだが、木場修太郎から不細工な割に頭が切れると評価されている。伊佐間の呼び掛けに応じて、千葉県興津町鵜原を来訪。呉仁吉が20年前に拾った神像に興味を示し、その来歴を探る目的で購入に踏み切った。また、伊佐間と共に蜘蛛の巣館へ赴き、織作雄之介の所蔵していた骨董の鑑定を進める傍ら、織作家の後継者問題を目の当たりにしている。その後、織作是亮の殺害を目撃して館に拘留されてしまうが、滞在するうちに崩壊に向かう織作家の面々を救いたいと考えるようになり、中禅寺秋彦に天女の呪いを解いてほしいと依頼する。この際、織作家の書画骨董を処分して高額の玉串料を手配すると確約しており、これが関与を拒み続けていた中禅寺が動く口実となった。

関口 巽 (せきぐち たつみ)

売れない小説家の男性。小柄な体型をしており、猫背が特徴で、垂れ目と相まって覇気がない。雪絵(ゆきえ)という名の妻がいる。中禅寺秋彦と懇意にしているが、彼に言わせれば、あくまでも知人である。中禅寺曰く味音痴だが、嗅覚には自信を覗かせており、紅茶の銘柄を嗅ぎ分けるのが得意と豪語している。織作家にまつわる事件が収束すると、野次馬根性から中禅寺宅を訪れ、カストリ雑誌記者の鳥口(とりぐち)と共に、事件の顚末を聞き出した。その後、織作家の蔵書整理を依頼された中禅寺に同行し、蜘蛛の巣館を訪問。中禅寺が真犯人の蜘蛛の正体を指摘する場面を見届ける。

中禅寺 敦子 (ちゅうぜんじ あつこ)

稀譚舎の雑誌「稀譚月報」の編集者の女性。中禅寺秋彦の妹ながら、兄とは似ても似つかぬ朗らかな性格をしている。ショートカットの髪型で、主にパンツスタイルながら、まれにスカートタイプの衣服を着用することもある。活発な印象とは裏腹に年頃の娘を自称しており、男性と二人きりになるのを避けようとするなど、奥ゆかしい側面も持ち合わせている。目潰し魔、絞殺魔の件に関しては完全に部外者だが、兄の指示で雑誌の収集に奔走し、これまで警察すら見いだせなかった目潰し魔の被害者の共通点として、雑誌に掲載された経験があることを証明するのに一役買った。また、憑物落としに先駆けて、織作家の構成員の履歴や歴代当主の素性の調査も行っている。

益田 龍一 (ますだ りゅういち)

元国家警察神奈川県本部捜査一課に所属する刑事の男性。つり目で八重歯が特徴で、ダークカラーのスーツを常用している。のちに、探偵を志して刑事を引退した。高い捜査能力を武器に、榎木津礼二郎の薔薇十字探偵社の門戸を叩くものの、榎木津の独自性の強すぎる探偵像と合致していないことから、軽くあしらわれてしまう。しかし、食い下がった結果、これから現れる依頼人の問題を解決すれば、助手として雇うとの約束を取りつけることに成功した。自らの進退を賭けた杉浦隆夫の捜索を開始し、隆夫の居所が聖ベルナール女学院であることが判明すると、学院を訪問して緊急職員会議に参加。孤立していた呉美由紀の発言を重要視し、事件の情報整理に貢献した。なお、榎木津からは「益山」と呼ばれており、そのために美由紀からも本名だと誤解されている。

安和 寅吉 (やすかず とらきち)

榎木津礼二郎の秘書を務める小柄な体型の青年。通称は「和寅」。親子二代にわたって榎木津の家に仕えている。現在は榎木津の薔薇十字探偵社に常駐し、作務衣に前垂れという出で立ちで給仕などを担当している。榎木津からの扱いは非常に雑で、益田龍一が現れた際には、「彼の採用が決まったらお前はクビ」とまで言われてしまう。また、下世話なところがあり、杉浦美江への聞き取りに同席した際には「彼女が離婚を望んでいるのは別の男性との再婚を望んでいるから」という旨の発言をして、美江の怒りを買っている。

青木 文蔵 (あおき ぶんぞう)

東京警視庁捜査一課に所属する巡査の男性。マッシュルームカットの髪型で、そのシルエットは民芸品のこけしを彷彿とさせる。職務上、スーツ姿で行動しているが、自室では果物柄のパジャマを愛用している。不良刑事の木場修太郎の後輩であり、早朝から自主的な捜査に付き合わされたり、夜には呑みに付き合わされたりする苦労人でもある。目潰し魔の事件に関しては、犯人と目される平野祐吉には女性を次々と殺す動機がないと指摘。何者かが平野を殺人犯に仕立て上げようとしているのではないかと、独自の推理を展開した。のちに中禅寺秋彦の指示で、中禅寺敦子と分担して情報収集に奔走。憑物落としに必要となる重要な情報をもたらした。

長門 五十次 (ながと いそじ)

東京警視庁捜査一課に所属する刑事の男性。糸目と猫背が特徴で、生え際は大きく後退し、頭頂部の髪はまばらになっている。いかにもくたびれたおじさんという風体ながら、経験豊富で洞察力に優れ、暴走しがちな木場修太郎のお目付け役を担っている。木場と共に前島八千代の遺体の検分を行った際には、八千代が情事のあとに殺害されていることを見抜き、これまでの目潰し事件との差異として指摘した。また、木場と共に前島貞輔への事情聴取、川島喜市が職場としていた酒井印刷所への訪問も行っている。

降旗 弘 (ふるはた ひろむ)

元精神神経科医の男性。三白眼で、神経質な性格をしている。幼なじみの木場修太郎からは堅物と評されている。恩師である帝大教授が脳溢血で倒れたため、平野祐吉の診察を代行し、視線恐怖症と診断した。平野が目潰し魔として世間を騒がすようになると、自分の診断が彼を殺人鬼に変えてしまったと悔やむようになり、自責の念から医者を引退。現在は木場の行きつけのバー「猫目洞」で知り合った元従軍看護婦の娼婦、徳田里美(とくたさとみ)のヒモとして暮らしている。事件解決の糸口を求めて木場が来訪した際には、平野が凶器としている鑿(のみ)は男性器、被害者の目は女性器の象徴で、性的不能者の平野にとって、目潰しは性行為の代替だと説明した。また、平野が視線恐怖症になった原因として、「見られたくない」という感情は「見たい」という欲望の裏返しで、妻の浮気現場を覗いて性的興奮を覚え、浮気を目撃された妻が自殺に至ったことで「見られる」と「死ぬ」が結び付いたと説明した。しかし、のちに中禅寺秋彦の推理により、これらの分析が誤診であったことが判明する。

お潤 (おじゅん)

バー「猫目洞」を切り盛りする妖艶な女性。口許に黒子があり、背中と肩が露出したドレスに身を包んでいる。なじみの客である木場修太郎とは、互いに軽口を叩き合う遠慮のない関係。木場がバーを訪れると、世間話の一環として、木場の紹介で常連となった降旗弘が知り合いの娼婦、徳田里美(とくたさとみ)のヒモとなったことを報告。捜査に行き詰まっていた木場が次の行動を起こすきっかけをつくった。

磯部 (いそべ)

千葉県警の刑事を務める中年男性。坊主頭の大柄な体型で、瓶底眼鏡を掛けている。織作是亮の死を受けて、蜘蛛の巣館へと出動する。絞殺魔の犯行とにらみ、関係者に事情聴取を実施。この時、伊佐間一成が早朝に発見したと語る、蓑笠姿の謎の人物こそが絞殺魔であると予想し、的中させている。一方で、一癖も二癖もある織作家の女性への聞き取りには手を焼いており、別件で館を訪れていた木場修太郎に最も厄介と感じていた織作葵を対面させ、磯部自身は高みの見物を決め込んでいる。のちに聖ベルナール女学院にて行われた憑物落としに同席。狂気にはやる織作碧を捕まえようとして、刃の付いた鞭で右目を傷つけられてしまう。

織作 雄之介 (おりさく ゆうのすけ)

織作家当主を務める男性で、年齢は50歳前後。オールバックのツーブロックの髪型で、口髭を蓄えている。妻の織作真佐子曰く、何事も金銭で解決できると思い込んでいる人物。大正14年に真佐子と結婚。婿入りして織作家の家督を継承し、女性ばかりの織作家を守り立てた。また、織作紡織機のトップとして柴田製糸との企業提携を推し進め、その立場を確固たるものとした。柴田耀弘の片腕としても辣腕を振るい、財界の黒幕とまで噂されていたが、聖ベルナール女学院で発生した事件の渦中に急死。周囲では毒を盛られたとの噂も広がっている。のちに出門耕作の家内に手を出して織作是亮を産ませたこと、入婿ではなく織作伊兵衛の実子であること、本当は異母兄妹であると知りながら真佐子を犯して織作碧を産ませたこと、石田芳江と密通していたことが次々と発覚。また、死後に発見された覚え書きには、織作雄之介自身の軽率な行動により、芳江を自殺に追い込んでしまった旨が記されていた。なお、書画骨董の収集を趣味としていたが、今川雅澄の鑑定によれば、所蔵品の約半分は質のいい贋作である。

織作 真佐子 (おりさく まさこ)

織作雄之介の妻で、年齢は47歳。くっきりした目鼻立ち、ぽってりした唇、日本人形を彷彿とさせる古風な女性で、着物を着ている。外見の若々しさから天女と讃えられる一方で、毅然としたその態度から近寄りがたい印象を与え、女王蜂や女郎蜘蛛にたとえられている。織作の名に誇りを持っているが、入婿だった織作嘉右衛門が妾に産ませた貞子(ていこ)の娘であり、その身に織作の血は引いていない。雄之介の死後、家名を悪用して真贋入り混じった骨董品を売り捌(さば)こうという織作是亮の機先を制するべく、骨董品の即時売却を決断。出門耕作を介して今川雅澄に骨董品の見積もりを依頼した。憑物落としが行われると、織作五百子が黒幕であるとの疑念を確信に変えて暴走。五百子に織作の女として仕込まれ、複数の男性とのあいだに子を成していたことを暴露した。また、雄之介の異母妹であること、交わりを禁じられていたにもかかわらず強姦され、34歳の時に織作碧を産んだことを明かした。

織作 是亮 (おりさく これあき)

出門耕作を父に持つ織作家の入婿。剃り込みの入った短髪の男性で、にらみつけるような三白眼が特徴。昭和25年に織作茜と結婚し、次期当主の座に最も近い立場となった。以前は織作雄之介の口ききで柴田財閥の関連会社を任されていたが、あええなく倒産。現在は閑職として充てがわれた聖ベルナール女学院の理事長の椅子にすがり、飲む、打つ、買うの享楽に溺れ、横領などの金策に没頭している。素行の悪さは家庭にも及び、妻への暴力は日常茶飯事。新婚当時には家政婦の睦子(むつこ)に関係をせまって退職に追い込んでおり、雄之介が亡くなった際には彼の遺した書画骨董の扱いを巡って織作真佐子と対立。雄之介を毒殺した疑惑まで浮上している。また、川野弓栄のパトロンでもあり、弓栄の奴隷の杉浦隆夫を学院の賄いとして雇い入れた。弓栄が目潰し魔に殺されると、彼女が売春の斡旋で稼いだ金をせしめようと、独自の調査を開始。呉美由紀の売春を疑って脅迫に及ぶものの、ほどなくして蜘蛛の巣館の書斎で絞殺魔に首の骨を折り潰されて死亡した。のちに雄之介が出門の妻に無理やり産ませた不義の子で、茜とは従兄妹の関係にあると判明する。

織作 紫 (おりさく ゆかり)

昭和27年の春に急死を遂げた織作家の長女で、享年28歳。天女のような気品のある美女と評判だった。織作葵曰く、女性は家庭的であるべきという古い考えに染まった非社会的な人間で、母親より父親に懐いていたという。柴田勇治との縁談が持ち上がったこともあるが、織作家の都合によって破談となっている。奈美木セツによれば、死ぬ前日までは元気だったことから、毒殺が疑われている。柴田財閥のお抱え医師が死亡診断書を書いたことも疑われる要因となっているが、そもそも生きて10年と宣告されていたとも、病気によって子を成すことできない体だったとも噂されている。また、遺品から川島喜市と手紙を交わしていた形跡が見つかっている。

織作 茜 (おりさく あかね)

織作家の次女。左目尻に泣き黒子のある和装の女性で、黒髪を首の後ろでまとめている。伏し目がちですぐにあやまる癖があり、存在感が希薄なため、美人だが華がないと評されている。昭和25年に織作真佐子の反対を押し切って織作是亮と結婚。是亮の暴力に耐えて献身的に従う姿から、妻の鑑と讃えられるようになった。是亮が殺害された際には数日も泣き腫らしているが、奈美木セツによれば、夜の営みを拒んでいたという。また、過去に薬学の学校に通い、大河内(おおこうち)教授の「香料の刺激が人体に与える影響」の研究を手伝った経験がある。そのため、織作紫や織作雄之介が急死した際には、毒殺の嫌疑を掛けられてしまった。川島喜市の情報を求めて木場修太郎が訪れた際には、「喜市から届いた紫あての手紙に返事をした。葵の伝手で帝大教授を紹介したが、音信不通になった」と証言している。しかし、憑物落としの最中に偽証が発覚。首吊り小屋で喜市と面会し、石田芳江を自殺に追い込んだ三人の娼婦の話をしてしまったと涙ながらに告白した。また、茜の遺伝上の父親が雄之介ではないこと、是亮の従兄妹であること、真佐子の厳命で近親相姦を避けていたことが判明する。

織作 葵 (おりさく あおい)

織作家の三女で、年齢は22歳前後。ベリーショートの髪型をしている。整った顔立ちだがまったく化粧っ気がなく、スーツスタイルを好んでいる。ジークムント・フロイトを男性至上主義の性的妄想家と断じて嫌悪しており、彼の信奉者も同様に嫌っている。新進気鋭の女権拡張論者として有名で、婦人と社会を考える会の中心人物として、多数のシンパを抱える立場にある。雑誌への寄稿も盛んに行っている一方で、論敵も数多く存在しており、紙面ではつねに論争を繰り広げている。弁舌も達者で、木場修太郎から事情聴取を受けた際には理詰めで対応し、彼の横柄な態度を改めさせている。織作雄之介とは折り合いが悪く、彼が急死した際には毒殺の嫌疑を掛けられていた。憑物落としによって、首吊り小屋で平野祐吉と出会ったこと、彼が世間を騒がす目潰し魔だと知ったうえで食料や金銭を手配したこと、聖ベルナール女学院の「開かずの告解室」を潜伏場所として提供していたことが次々と判明。また、半陰陽であること、医学的には男性にカテゴリされてしまうこと、性別を意識せずに接してくれた平野に恋愛感情を抱いていたことを明かした。

織作 碧 (おりさく みどり)

織作家の四女で、聖ベルナール女学院に通っている。姫カットの美少女で、その美しさは天使にたとえられる。品行方正な優等生として教員からの評価は高く、寮長を任されている。また、学院創設者の孫という出自も相まって、「織姫」の名で崇拝の対象となっているが、その本性は筋金入りのサディスト。織作真佐子とは不仲で、人を惑わす娘と警戒されている。絞殺魔の事件では犯人と思しき人物を目撃したとして証言を求められているが、数々の偽証で事件の関係者を欺き、捜査を撹乱している。のちに、秘密結社の蜘蛛の僕の首魁として、売春や呪いの儀式を主導していたこと、杉浦隆夫に死人の衣を与えて邪魔者を始末する黒い聖母として従えていたことが発覚する。また、かつては敬虔なクリスチャンだったが、聖書を研究するほど神を疑うようになり、悪魔崇拝者へと変貌したこと、真犯人の蜘蛛の手引きで黒魔術を修めたこと、自らは客を取らず純潔を貫いていたこと、織作碧自身を織作雄之介と織作紫の近親相姦で生まれた娘だと思い込んでいたことが判明した。

織作 五百子 (おりさく いおこ)

織作嘉右衛門の妻で、総白髪を日本髪にした齢100歳にも達する老婆。蜘蛛の巣館の居住者の中で唯一、織作家の正当な血を引いており、織作伊兵衛の血が流れていない。若い頃に慕う相手がいたが、織作家の再興のために、止むを得ず嘉右衛門と結婚。織作五百子自身と恋人のあいだに産まれた娘、久代(ひさよ)の死を偽装し、長子(ながこ)と改名して名門の北条家に嫁がせた。現在は車椅子での生活を余儀なくされ、自室にこもっていることが多い。織作紫が死んでからは織作茜の介護を受けているが、彼女を使用人と思い込んでいる節がある。しかし、五百子の過去を部分的に知っている織作真佐子は、あの女が惚けるわけがないと警戒している。憑物落としを通して、嘉右衛門が妾に産ませた娘の貞子(ていこ)と孫の真佐子に、歴代の織作家の女と同様の因習を強いていたことが判明。また、柴田勇治が長子の孫であることを暴露し、一同を驚愕させた。

織作 嘉右衛門 (おりさく かえもん)

織作家の先々代当主を務めた男性で、故人。のちに財界の大物として君臨する柴田耀弘が柴田製糸を興す際に資金援助を行い、後年の織作紡織機の発展の礎を築いた。もともとは外様の幕臣の家系に生まれた人物で、織作五百子と結婚して織作家に婿入り。織機工場の女性を妾として、のちに織作真佐子の母親となる貞子(ていこ)を産ませている。さらに、貞子を長女として扱い、家督を継げるように手配した。真佐子曰く、織作家を自らの血で乗っ取った自己愛の塊のような人物。

織作 伊兵衛 (おりさく いへえ)

織作家の先代当主を務めた男性で、故人。旧姓は羽田。織作嘉右衛門の後継者として、織作紡織機の事業を成功に導いた。大正期には山間部に聖ベルナール女学院を設立したほか、地域の活性化のために多方面へ金銭的援助を行い、地元の信用を獲得している。中禅寺秋彦によれば、羽田家は大陸より渡来した秦氏の傍系であり、ダビデ王の子孫とする説が存在するという。伊兵衛はその説を盲信してユダヤ教に関連する呪いの類を学習。学院の泉を中心にヘキサグラムを描き、封印の魔法を仕掛けていたという。これは織作家の母系的因習で、夫がいながら寝所に男を連れ込んで子を成すという行為に抗うための封印と予想されている。また、中禅寺の検分により、学院にある聖堂の至る所に長寿を祈る文字が彫られていたことが判明。繁栄を象徴する妹神、木花佐久夜毘売(このはなさくやひめ)の像を破棄する一方で、不死を象徴する姉神の石長比売(いわながひめ)の像を安置していたことからも、生への強い執着が読み取れるという。

出門 耕作 (でもん こうさく)

織作家の使用人を務める中年男性。丸坊主で大柄な体型で眉毛は太く、彫りの深い顔立ちをしている。首吊り小屋に明かりが灯っているのを見て怯えるなど、外見の割に臆病なところがある。織作葵の実父だが、表向きは織作是亮の父親として振る舞っている。また、出門耕作自身が織作真佐子と通じていた一方で、織作雄之介に妻を寝取られている。放蕩三昧の是亮には、表向きの父親として厳しく接しているが、その態度を改めさせるには至らず、頭を悩ませている。地元民の呉仁吉と懇意にしており、雄之介の葬儀の最中には、是亮の所業のせいで居心地が悪いとして、仁吉の小屋に逃げ込んでいる。この時、伊佐間一成と対面しており、その伝手で今川雅澄に雄之介の遺した書画骨董の鑑定を依頼した。のちに真犯人の蜘蛛に惑わされて、蜘蛛の巣館で実施された憑物落としに乱入。鎌を振るって織作家の住人を殺害する暴挙に出る。

奈美木 セツ (なみき せつ)

織作家の女中で、うら若き美貌の家政婦を自称する頰の赤い娘。明るい色の髪を左右の側頭部でお団子にまとめ、西洋メイド風のお仕着せを着用している。噂好きで、屋敷内で見聞きした織作家のプライベートな情報を来客に話してしまう悪癖がある。また、非常にそそっかしい性格で、今川雅澄が古物の鑑定に訪れた際には、泥棒とカンちがいして、鼻血を出すほどの殴打を浴びせてしまった。蜘蛛の巣館で殺人事件が発生してからも女中として務めていたが、やがて「この屋敷は呪われている」と語り、自主退職してしまう。去り際には織作紫の遺品を整理していた際に見つけたという覚え書きを木場修太郎に提出している。その内容は、織作雄之介が石田芳江について記したものであった。

呉 美由紀 (くれ みゆき)

聖ベルナール女学院に通う2年生の女子。小規模な水産会社の社長令嬢でもある。前下がりのショートボブヘアが特徴。すらりとした体型ながら、骨張っていて胸が小さいことを気にしており、親友である渡辺小夜子の女性的な体にあこがれている。正義感が強く、少々お転婆なところがある。親の身分が生徒の評価を左右する学院の文化に憤っており、小夜子をバカにした女生徒に靴をぶつけるなど、お嬢様らしからぬ行動に出ることも多い。また、信仰心を持っていないことから、戒律に縛られた学院を監獄と揶揄している。小夜子と共に黒い聖母の呪いについて調べるうちに、悪魔崇拝組織の蜘蛛の僕と接触。これをきっかけに絞殺魔の事件に巻き込まれ、織作是亮による暴力や恐喝の被害を受ける。小夜子の豹変もあってふさぎ込んでしまうが、呉仁吉との対面を経て復活。柴田勇治が仕切る職員会議に乱入し、織作碧の発言に異議を唱えた。当初は懸命に真実を説いても理解を得られなかったが、榎木津礼二郎や益田龍一など外部の人間の参入により、徐々に発言を取り上げられるようになり、状況の進展に大きく貢献した。

呉 仁吉 (くれ にきち)

呉美由紀の祖父で、浅黒い肌の小柄な老人。禿頭にねじり鉢巻きをしている。千葉県興津町鵜原の簡素な小屋に独りで暮らしており、美由紀とは何年も会っていない。骨董品集めが趣味で、特に自信のあるお宝は20年ほど前、漁師をしていた頃に海で拾った「仏様」のような像。ほかにも納屋にさまざまな物品を溜め込んでいるが、はた目にはガラクタ同然で、妻によく叱られていた。電車で乗り合わせた伊佐間一成を小屋へと招待し、地元名士の織作家の来歴や噂話について説明。伊佐間の伝手で今川雅澄を呼び寄せ、「仏様」を1万円で売却した。その後、織作是亮の脅迫に悩んでいた美由紀のもとに1万円を持参。そのうえで、「この世に不思議なことなどない」という言葉を掛けて、身の回りの不可解な出来事に混乱し、ふさぎ込んでいた彼女を立ち直らせた。なお、「仏様」は今川によって天平時代以降に作られた神像と鑑定され、のちに中禅寺秋彦によって、聖ベルナール女学院に祀られていた黒い聖母こと石長比売(いわながひめ)と対になる、木花佐久夜毘売(このはなさくやひめ)の像と断定された。

渡辺 小夜子 (わたなべ さよこ)

聖ベルナール女学院に通う2年生の女子で、網元の娘。セミロングのハーフアップの髪型にしている。小柄で胸が大きく、女性的な丸みのある体つきが特徴。おっとりした性格ながら、時に感情を爆発させて喚き散らすなど、情緒不安定なところがある。呉美由紀とは親の身分が近いことをきっかけに親友となり、持ちつ持たれつの関係を築いている。自らを繰り返し陵辱した本田幸三を恨み、不完全ながらも七不思議の一つである「血を吸う黒い聖母」の呪いを実行。これに満足して精神の均衡を取り戻すものの、麻田夕子との対話を経て錯乱し、混乱の中で本田の死体を発見。間もなく校舎の屋上から転落してしまうが、偶然にも杉浦隆夫に受け止められ、一命を取り留める。これをきっかけに「彼は私の願いを叶えてくれる黒い聖母である」と盲信するようになった。美由紀が織作是亮に脅迫された際には、隆夫に是亮の殺害を依頼し、結果として死に追いやった。しかし、のちに隆夫に首を折られて殺害される。なお、当初は本田の子を孕んだと発言していたが、本田の死後は一転して妊娠は勘ちがいだったと主張しており、真相は不明。

麻田 夕子 (あさだ ゆうこ)

聖ベルナール女学院に通う2年生の女子で、政治家の娘。年齢は13歳。目は切れ長で、腰に届くほどの長さの黒髪を三つ編みにしている。出自から学院に特待生として迎えられているが、悪魔崇拝集団である蜘蛛の僕のメンバーという裏の顔を持っており、売春や黒弥撒(くろミサ)に手を染めている。組織に疑問を抱いて脱退を申し出たこともあるが、許可を得られなかったばかりか、体罰という形で組織の恐ろしさを実感。加えて、呉美由紀と渡辺小夜子を組織に引き込むように命令されていたが、これ以上被害者を増やしたくないという理由で彼女たちに肩入れし、蜘蛛の僕に関する情報を提供した。売春の元締である川野弓栄、売春に気づいていた山本純子に呪いを掛けた張本人でもあるが、二人の死を経ても呪いの実在には疑問を持っていた。しかし、頭目の命令で新たに呪った前島八千代の死を受けて、ついに呪いの効力を確信。自らの左肩に出現した痣を魔女の刻印と信じ込み、精神の均衡を欠いてしまう。最終的には狂気に陥った小夜子を追う中で、屋上から転落して死亡。検死により、妊娠していたことが発覚する。

坂本 百合子 (さかもと ゆりこ)

聖ベルナール女学院に通う1年生の女子。丸く大きな目をした童顔の少女で、脚立に乗っても本棚の最上段に手が届かないほど背が低い。マッシュルームカットの髪型で、後頭部に大きなリボンを付けている。学院の七不思議に非常に詳しく、呉美由紀と渡辺小夜子に呪いに関する情報をもたらした。しかし、情報を漏らしたことを悪魔崇拝組織の蜘蛛の僕に知られ、酷い暴力に晒されてしまう。その後、保身のために美由紀と接触。蜘蛛の僕と美由紀を引き合わせる役目を担った。

柴田 勇治 (しばた ゆうじ)

柴田耀弘の養子である若々しい男性。昭和27年の秋までは聖ベルナール女学院の理事長を務めていた。理事長職を退いてからは柴田財閥のグループ全体を統括する立場にあったが、学院にて発生した教員殺人事件、女生徒転落事件に対応するべく、現場に復帰。顧問弁護士の増岡則之を経由して、榎木津礼二郎に学院にまとわりついた不穏な空気の払拭を依頼した。織作是亮の死後は理事長代行として、事態の収拾に尽力している。のちに目潰し魔に殺害された山本純子と婚約していたことが発覚。また、名門である北条家の出身で、織作五百子の直系の曾孫であること、正当な織作家の血を引いていることが判明した。なお、悪人に対しては鉄拳制裁も辞さない実直な人柄だが、他人の心の機微には鈍感なところがあり、榎木津から鈍亀と罵られている。また、呉美由紀が織作碧の偽証を糾弾した際には、あろうことか二人で意見の擦り合わせをするように提案し、美由紀を呆れさせている。

柴田 耀弘 (しばた ようこう)

織作嘉右衛門から資金援助を受けて柴田製糸を設立した男性で、故人。その後、家業を大きく盛り立てて柴田財閥の礎を築いた。財界の大物として君臨していたが、昭和27年に亡くなった。大恩ある織作家に対しては、織作雄之介の代に織作紡織機との業務提携を実現させたほか、雄之介を自らの右腕として起用し、柴田グループの運営にかかわらせる形で報いている。

柚木 加菜子 (ゆずき かなこ)

柴田財閥に縁深い少女で、ロングヘアにしている。杉浦隆夫が崇拝の対象とする「穢れなき少女」の原型となった女性。かつて隆夫の住居のとなりに住んでいたことがあり、年齢や性別を超越した美しさを湛(たた)えていたとされる。戯れに首を絞められていたところを隆夫に覗き見され、彼の精神に大きな影響を与えることになった。

増岡 則之 (ますおか のりゆき)

柴田財閥の顧問弁護士を務める男性。長身で面長な顔立ちをしており、丸眼鏡を掛けて、背広を着用している。過去に発生した柴田財閥関連の事件を通して、榎木津礼二郎と面識を持っている。猟奇事件の多発にゆれる聖ベルナール女学院の問題を委ねるべく、榎木津の薔薇十字探偵社を訪問。その後、益田龍一を伴って中禅寺秋彦のもとに相談へ向かい、所有していた学院労働者名簿に益田が捜している杉浦隆夫の名前を発見。益田の捜査を大きく進展させた。なお、中禅寺にも榎木津と同様の依頼を持ち掛けているが、にべもなく断られている。

海棠 (かいとう)

頰のこけた中年男性で、柴田勇治の部下。眉毛と目は角ばって三角に近い形をしている。前歯が大きく、鼻翼の付近に吹き出物のような突起がある。相手の身分に応じて態度を変える悪癖の持ち主で、当初は榎木津礼二郎を他人の秘密を探って金銭を得るクズとさげすんでいた。しかし、彼が財閥の御曹司であることを知ると、途端に態度を翻して媚びへつらうようになった。勇治のことも内心では若造と見下している。聖ベルナール女学院で事件が発生した際には、売春に関与する女生徒の情報を求めて、呉美由紀に接近。美由紀に対して劣情を催し、意味もなく体に触るなどのセクハラを行っている。その後の緊急会議では美由紀の証言を虚言、憶測にすぎないと軽視したばかりか、殺人犯の検挙よりも学院の存続を重視する発言をして、勇治の怒りを買っている。のちに絞殺魔に襲われて失禁。榎木津の乱入によって九死に一生を得るものの、榎木津に助けなければよかったとまで言わしめている。

学長 (がくちょう)

聖ベルナール女学院の学長を務める中年男性。スキンヘッドで恰幅のいい体型をしている。学院にはびこる売春をかたくなに認めず、緊急会議の場で呉美由紀の証言を真っ向から否定。学院一の優等生である織作碧がウソを言うはずがないとして、彼女の発言を全面的に支持し、美由紀を苛立たせた。また、榎木津礼二郎が絞殺魔を確保した際には、学院の存続のためと称して警察への身柄引き渡しを拒否し、絞殺魔の脱走を招いてしまう。

本田 幸三 (ほんだ こうぞう)

聖ベルナール女学院の英語教師を務める中年男性で、目つきが悪い。生活指導を兼任しており、その厳しい指導から、生徒指導室は拷問部屋と恐れられている。昭和27年9月から渡辺小夜子に指導と称した性暴力を繰り返していたが、小夜子が妊娠を訴えた際には、自分の子ではないと否定。さらに堕胎するように命令し、小夜子の抱える殺意を増幅させた。のちに校舎の屋上で、絞殺魔に首を折られて殺害される。警察の捜査により、無精子症であることが発覚する。また、中禅寺秋彦の指示によって経歴の調査が行われ、中央官庁で働いていたが16年前に女性問題で罷免されて学院に来たこと、最初の教え子である18歳年下の生徒に手をつけて責任を負う形で結婚したこと、妻には頭が上がらず10年以上もまじめに連れ添っていたこと、妻が織作茜の同級生だったことが判明する。なお、事実を隠蔽したい学院サイドの圧力により、表向きは腰ヒモのようなもので首を絞められ、山中で死体が発見されたことになっている。

杉浦 隆夫 (すぎうら たかお)

左目のふちに泣き黒子のある男性で、絞殺魔の正体。年齢は35歳。小学校で教員をしていたが、生徒にケガをさせて自信を喪失し、退職して引きこもりとなる。また、遊びと称して首を絞められた経験が尾を引き、子供を恐れるようになった。さらに、妻である杉浦美江の叱咤で精神の衰弱は加速し、別居状態となる。この頃から、柚木加菜子の影響で「穢れなき少女」を崇拝するようになる。別居後は秘密倶楽部で働いていたが、川野弓栄に被虐嗜好を見いだされ、調教を施されたうえで聖ベルナール女学院に送り込まれる。学院では厨房棟臨時雇用職員の肩書きを隠れ蓑に、弓栄の指示で売春の窓口をしていた。しかし、少女を食い物にする行為に疑問を覚え、弓栄との主従関係を放棄。「穢れなき少女」である織作碧に隷従し、少女の敵である本田幸三、織作是亮を絞殺した。また、屋上から転落した渡辺小夜子を麻田夕子と誤認して救出。その後、しばらくして絞殺している。のちに、女性にあこがれて美しく着飾りたいと思っていたこと、女は男より卑しいと決めつけていたこと、自らを卑下することで女性になろうとしていたことが判明する。

杉浦 美江 (すぎうら みえ)

杉浦隆夫の妻で、襟足を刈り上げたショートヘアの女性。婦人運動に傾倒しており、織作葵を中心とする婦人と社会を考える会に所属している。私娼を束ねる川野弓栄に抗議するなど、高い行動力の持ち主。しかしヒステリックな一面があり、相手の発言に性差別的なニュアンスを感じると、語気を荒らげて訂正を求める。特に結婚すると男性の付属物のように扱われる文化に苛立っており、「主人」「奥さん」という表現には過敏に反応する。隆夫とはお見合いをきっかけに結婚したが、すでに夫婦関係は破綻しており、隆夫を理想や反発心を持たない人物と見下している。離婚して旧姓「伊藤」を取り戻し、個人の尊厳を回復したいと考えているが、隆夫が行方不明で手続きを踏めず、榎木津礼二郎に捜索を依頼した。隆夫が聖ベルナール女学院で働いていることが判明すると、榎木津と共に現地へ赴き、緊急会議に参加。渡辺小夜子が性的暴行を受けていた件に触れ、猛抗議を行っている。なお、周囲から美人なのに気難しい、おっかないと恐れられているが、榎木津からは学んだことを精一杯に語っていてかわいいと評価されている。

平野 祐吉 (ひらの ゆうきち)

徳島県出身の小柄な男性で、目潰し魔の正体。年齢は36歳。戦争で殺人を経験し、心因性の性的不能に陥っている。また、降旗弘から視線恐怖症と診断されている。もともとは彫金細工職人として特注品の鑿(のみ)を器用に扱い、雛人形の冠や扇子の飾りなどを手がけていたが、「視線」を感じたとして、矢野妙子の両目を愛用の鑿で貫き、殺してしまう。その後、警察の追っ手から逃れるべく首吊り小屋に潜伏。織作葵と出会い、支援を受けるようになった。昭和27年9月末には葵の手引きで聖ベルナール女学院の「開かずの告解室」に移動。この頃から葵のために情報収集を行うものの、「視線」を感じたとして川野弓栄、山本純子、前島八千代、高橋志摩子を殺してしまう。また、憑物落としの影響で暴走した織作家の女性にも「視線」を感じて、殺害してしまった。のちに視線恐怖症ではなく、白粉アレルギーだったことが判明。また、アレルギー症状を「視線」とカンちがいして、化粧をしている女性を殺めていたことが明らかになった。

平野 宮 (ひらの みや)

平野祐吉の妻で、故人。おかっぱ頭で整った顔立ちをしているが、化粧っ気がなく、周囲からは地味な女性と認識されていた。もともとは農家の娘だったが、昭和15年にお見合いをきっかけに祐吉と結婚。その後、徴兵されて戦地へ赴いた祐吉が戦死したとの報告を受け、仲人となった人形師の男性との交際を開始する。しかし祐吉の死は誤報で、彼は性的不能者となりながらも生還を果たし、夫婦としての生活を再開することになる。その後も祐吉の留守を狙って間男との密通を続けていたが、やがて祐吉に不貞行為を覗かれていたことに気づき、昭和23年の夏に首をつって自殺した。なお、間男と密通する際には化粧を施していた。

矢野 妙子 (やの たえこ)

目潰し魔の最初の犠牲者の女性。昭和26年の春から平野祐吉が住んでいた信濃町の長屋の大家の娘。ひっつめた長髪を首の後ろで三つ編みにしている。また、薄化粧を施している。界隈では親切な小町娘と評判だったが、昭和27年5月2日に平野宅の玄関先で、両目のない死体となって発見される。同日の早朝には血みどろの鑿(のみ)を持った平野が目撃されており、平野が起こした最初の目潰し事件として記録されている。平野の担当医である降旗弘の見立てによれば、視線恐怖症が最大まで高まった状態の平野を見てしまったことが殺害された理由だが、実際は平野の体調を心配して不用意に接近し、彼の白粉アレルギーを誘発させてしまったことが殺された原因である。

川野 弓栄 (かわの ゆみえ)

目潰し魔の二人目の犠牲者の女性で、享年35歳。石田芳江を自殺に追い込んだとされる三人の娼婦の一人。千葉県興津町にあるバー「渚」の経営者にして、私娼の元締を務める。肉感的な体が魅力で、口元にほくろがある。髪型はウエーブの掛かったロングヘアで、派手な化粧を施し、露出の多い服を着用している。生粋のサディストで、女王様としてカストリ雑誌「猟奇実話」に掲載されたこともある。複数の男性と関係を持っており、織作是亮もその一人だった。昭和27年9月に浅草の秘密倶楽部で働いていた杉浦隆夫に被虐嗜好を見いだし、調教を施している。その後、奴隷に仕立て上げた隆夫を聖ベルナール女学院へと送り込み、彼を仲介役として少女たちに売春を斡旋。未経験の娘は6万円、経験済みの娘は3万円の金額を設定して荒稼ぎしていたが、同年10月半ばに目潰し魔に両目を貫かれて殺害された。なお、かつてはGHQの進駐軍特殊慰安施設のASに所属し、素人娘の世話役と指導係を兼任していた。

山本 純子 (やまもと すみこ)

目潰し魔の三人目の犠牲者の女性で、享年30歳。聖ベルナール女学院の世界史教師と、寄宿舎の舎監を兼任している。細縁の眼鏡を掛けて化粧っ気がなく、セミロング程度の長さの髪を後頭部でまとめている。呉美由紀には、いけ好かない奴と評されている。熱心な社会主義婦人論者でもあり、戦前であれば危険思想として弾圧されかねないほどの先進的な考えの持ち主だった。雑誌「社會と女性」に「社会主義に基づく重層的差別の解明」を主題とした論文が掲載されたこともあり、その後も同誌にて持論を展開。織作葵とは紙面で論争を繰り広げる間柄だったが、敵視したことはなく、葵の才覚を高く評価していた。柴田勇治とは結婚を約束した間柄で、彼の身内に正式な承諾を得るべく、準備を進めていた。しかし、昭和27年の暮れに目潰し魔に両目を抉られて殺害された。奇しくも勇治の身内にあいさつへ赴く当日であり、その日に限って、ふだんはしない化粧を施していた。なお、売春の噂を聞きつけて麻田夕子に自主退学を勧めていたことから、夕子が報復として行った呪いによって死亡したのではないかと噂されていた。

前島 八千代 (まえじま やちよ)

目潰し魔の四人目の犠牲者の女性で、享年28歳。石田芳江を自殺に追い込んだとされる三人の娼婦の一人。日本橋に店を構える老舗、前島呉服店の美人女将。和服姿で髪を後頭部で結い上げ、濃い化粧を施している。旧姓は金井。稀譚舎の雑誌「近代婦人」の連載記事「貞女の鑑」にインタビューが掲載されるなど、内助の功を体現する女性として評判だったが、過去に売春を行っていた負い目から、夫には経歴をひた隠していた。しかし、川島喜市に旧悪を暴露されたくなければ新たに客を取れと脅迫され、昭和28年2月に多田マキの経営する連れ込み宿の一室にて、川島新造と体を重ねる。その後、目潰し魔に両目を突き刺されて殺害された。なお、彼女の所有していた貴重な水鳥柄の加賀友禅は巡り巡って織作碧のもとへたどり着き、死人の衣として杉浦隆夫に下賜されている。

高橋 志摩子 (たかはし しまこ)

目潰し魔の五人目の犠牲者の女性で、享年28歳。石田芳江を自殺に追い込んだとされる三人の娼婦の一人。モンロー風の髪型の私娼で、濃い化粧を施し、背中が露出した肩ヒモタイプのワンピースの上からコートを羽織っている。また、左太ももの側面に蜘蛛の刺青があり、「紅蜘蛛のお志摩」を自称している。気が強く仲間思いで、稀譚舎の雑誌「近代婦人」に公娼制度廃止に関する訴えが掲載されたこともある。川島喜市のつきまといに腹を立てて怒鳴り込みを行ったところ、行き違いから川島新造に襲われ、警察の保護対象となる。しかし、喜市との対面を望んで新造に従い、首吊り小屋へ同行。潜んでいた平野祐吉に両目を刺されて殺害された。19歳の頃に結婚し、針仕事などで肺病の夫を支えていたが、進駐軍の兵隊から性的暴行を受けたうえに、夫に貞操を守れなかったことをなじられ、離縁に至った。離婚後は開き直って進駐軍特殊慰安施設のASへ加入し、施設で出会った同い年の志願酌婦、元学生の女性と共同生活を開始。やがて将校のお気に入りとなって部屋を出るものの、捨てられて私娼と化してしまった。その悲惨な半生は、木場修太郎の同情を買うこととなった。

川島 新造 (かわしま しんぞう)

池袋に拠点を置く騎兵隊映画社の設立者である男性。スキンヘッドに顎鬚を生やしている。時代錯誤の兵隊服に身を包み、丸い黒眼鏡を常用している。木場修太郎、榎木津礼二郎とは戦前からの飲み友達で、淀橋の大衆酒場で暴れていたところを両名に取り押さえられる形で知り合った。両名からは「川新」の愛称で親しまれていたが、戦後になってから交流が途絶えて久しい。川島喜市の腹違いの兄で、早くに母親を、昭和10年に父親を亡くしている。立場上は長男だが、素行不良で家出していたこともあり、家督は喜市にゆずる形となった。昨今は職を辞した喜市の面倒を見ていたが、彼の動向に不信を感じて、身辺の調査を開始。喜市の雇ったゴロツキに代わって、前島八千代を買っている。八千代が死ぬと、八千代殺しの容疑者として警察にマークされてしまうが、追われながらも木場に事件の裏で暗躍する人物、蜘蛛の存在を報告。その後も警察が監視していた高橋志摩子を拉致同然に連れ出すなど事件をかき乱すものの、木場によって捕縛された。

川島 喜市 (かわしま きいち)

元印刷工場に勤務する男性で、年齢は29歳。明るく、まじめな性格をしている。川島新造とは異母兄弟の関係にある。妾腹という立場から、生母の石田芳江と芝浦の小屋(のちの首吊り小屋)で暮らしていた。しかし昭和10年に父親が亡くなると、新造の代わりに後継として本家へ連れ去られ、芳江と引き裂かれてしまう。戦後の混乱で跡目の問題が有耶無耶になったのを機に小屋に帰還するが、すでに芳江は死亡しており、再会は叶わなかった。復員後に働き始めた酒井印刷所では高い評価を得るものの、理由を告げずに退職。その後は兄の新造に面倒を見てもらっている。目潰し魔が世間を騒がせるようになると、最有力容疑者である平野祐吉に精神神経科医の降旗弘を紹介した人物として、喜市の名前が捜査線上に浮上。警察に追われる身となってしまう。のちに「芳江は三人の娼婦に売春を強要されて自殺に至った」との噂を耳にして、川野弓栄、前島八千代、高橋志摩子の三人に恥をかかせるつもりで立ち回っていたことが判明する。

石田 芳江 (いしだ よしえ)

川島新造の父親の妾で、故人。川島喜市の産みの親でもある。喜市と共に芝浦の小屋(のちの首吊り小屋)に住んでいたが、昭和10年に喜市を川島家に奪われ、以降は独り暮らしとなる。地域住民から淫売と罵られつつも昭和20年まで生きていたが、最終的には首をつって死んでしまった。織作茜が「芳江は三人の娼婦に売春を強要されて自殺に至った」との噂を耳にしたと証言する一方で、織作葵は村の男衆の夜這いによって尊厳を奪われ、自殺したと考えている。しかし、中禅寺秋彦は夜這い文化には拒否権があったことを指摘。葵の言説を否定し、芳江は夜這いを受け入れることで村社会の一員となっていた、芳江にとって夜這いを受け入れることは唯一の自己実現だったと説明した。また、織作雄之介が芳江を抱いた際によかれと思って金銭を押しつけたことで、彼女の自己実現が売春へと貶められ、自殺に至ったと推理している。

多田 マキ (ただ まき)

新宿区左門町にて、30年にわたって連れ込み宿を営む老婆。小柄で腰は曲がり、顔はたるんで皺だらけになり、髪は縮れて総白髪になっている。また、継ぎはぎだらけの綿入れ袢纏を着用している。すっかり鳥目になっているが、客の使用している紅白粉の匂いを敏感に感じ取るなど、嗅覚は衰えていない。前島八千代の死体を発見して警察へ通報するも、事情聴取には非協力的で、担当の刑事たちを困惑させた。のちに木場修太郎の推理によって真相が看破され、川島喜市から「男遊びの激しい前島八千代を懲らしめるのを手伝ってくれ」と持ち掛けられていたこと、八千代の死体を発見してから警察に通報するまでのあいだに、八千代の着物(のちの死人の衣)を盗んで近所の質屋「中条質店」に流していたことが判明する。

前島 貞輔 (まえじま さだすけ)

前島八千代の夫。日本橋にある前島呉服店の六代目亭主を務めている。小太り、下膨れ、たらこ唇、二重顎の男性で、頭頂部にのみ髪を残し、中央に切り込みを入れたような独特の髪型をしている。偶然にも八千代あての脅迫電話に応対し、その内容から妻が過去に売春を行っていたと疑うようになる。やがて、八千代が新たに客を取ろうとしていることを察して尾行を実施。川島新造と連れ込み宿に入る八千代の姿を目撃する。その後、八千代の死が発覚すると、半日近い宿への張り込みで得た情報を警察に提供した。この時、探偵気分で尾行を楽しんでいた、妻の死よりも店の評判が心配と発言し、木場修太郎を激怒させている。

集団・組織

蜘蛛の僕 (くものしもべ)

聖ベルナール女学院の学生によって組織された秘密結社。織作碧を中心に14人の悪魔崇拝者によって構成され、麻田夕子もメンバーとして、その名を連ねている。設立当初は真っ当な聖書の研究サークルだったが、頭目である碧の意識の変化に伴って、次第に基督(キリスト)を穢(けが)すことを目的とする集団へと変貌。現在は黒弥撒(くろミサ)や「冒瀆」の隠語で呼ばれている売春が主な活動内容となっている。また、組織にとって邪魔な人間を呪殺する文化があり、呪いの対象とした川野弓栄、山本純子、前島八千代が目潰し魔に殺害されている事実から、メンバーは呪いの力を妄信している。なお、メンバーが妊娠した場合は赤子の首を割いて血を浴び、肉を黒焼きにして食べるのが作法と説明されている。

場所

聖ベルナール女学院 (せんとべるなーるじょがくいん)

織作伊兵衛が大正期に創設した女学院。基督(キリスト)教系のお嬢様学校として認知されており、主に旧華族や士族、政財界に連なる大物の令嬢が通っている。一般人の入学も可能だが、その場合は寄付金が必要となるため、通うことができるのは裕福な家庭の子女に限定される。世間的な評価は上々だが、学生による売春や教諭の不可解な死が多発しており、関係者は事実の揉み消しに躍起になっている。また、学生のあいだでは七不思議の一部と教諭の死が結び付けられて噂になっており、学院内の雰囲気は悪化の一途をたどっている。のちに中禅寺秋彦の憑物落としの舞台となり、学院自体が織作家の聖域とされる機織り淵を封印する目的で設立されたものだと判明する。また、学院関係者すら欺いていた事実として、そもそも基督教ではなくユダヤ教の施設であり、主となる聖堂の正体も、カバラの魔術結界が張られた隠れユダヤ教の寺院であることが明らかになった。

蜘蛛の巣館 (くものすやかた)

明治35年頃、千葉県興津町勝浦に建てられた織作家の住居。周囲を無数の桜の木に囲まれた城のごとき御殿で、地元民からは織物で巨万の富を得た織作家にちなんで、「蜘蛛の巣館」と呼称されている。内部は各部屋を廊下や階段で連結した立体構造になっており、放射状に部屋が配置されている点、すべての部屋に複数の扉がある点も蜘蛛の巣を彷彿とさせる。構造を把握していない人間が目的の部屋にたどり着くことは容易ではなく、四角い外見に惑わされず、丸く建っていると考えるのが迷わないコツだと説明されている。また、中庭の奥には先祖代々の墓がある。書斎にて織作是亮が殺害される事件が発生したことで、偶然にも館を訪れていた伊佐間一成、今川雅澄が長期滞在を余儀なくされた。また、磯部をはじめとする捜査関係者、別件の捜査を進める木場修太郎なども館へやって来ている。のちに中禅寺秋彦の憑物落としの舞台となるものの、真犯人の蜘蛛の策略により、凄惨な殺し合いの舞台へと変貌してしまう。

首吊り小屋 (くびつりごや)

千葉県興津町茂浦にある廃屋。住人である石田芳江が存命していた当時は芳江のパーソナリティにちなみ、「淫売小屋」と呼ばれていた。しかし、昭和20年に芳江が首をつって自殺したことをきっかけに「首吊り小屋」と呼ばれるようになり、誰も住んでいないはずなのに明かりがついていると噂されるような、曰く付きの場所となった。その後は後ろ暗い人間が一時的に身を潜める場所として重宝されるようになり、川島喜市、平野祐吉が入れ替わりに潜伏場所として使用している。また、高橋志摩子も過去に滞在したことがあると発言している。

その他キーワード

死人の衣 (しにんのころも)

織作碧が杉浦隆夫に与えた黒い加賀友禅。生前の前島八千代が身にまとっていたものと同一の着物で、水鳥の意匠が施されている。この衣をまとって暗躍する隆夫は黒い聖母と同一視され、聖ベルナール女学院の関係者を大いに騒がせた。碧は呪術的な力も手伝って隆夫を完全に支配していると思い込んでいたが、隆夫が彼女に忠実だったのは衣をまとっていない状態に限られ、衣をまとった状態の隆夫は自らの意思で罪を重ねる殺人鬼に過ぎなかった。なお、生地には八千代の使用していた紅白粉が染み付いており、のちに目潰し魔こと平野祐吉のアレルギー症状を呼び起こすきっかけとなってしまう。

七不思議 (ななふしぎ)

聖ベルナール女学院の学生のあいだで噂になっている七つの不思議。礼拝堂裏手にある「血を吸う黒い聖母」、礼拝堂を取り囲む「13枚の星座石」、図書室の左の校舎内にある「涙を流す基督(キリスト)の絵」、礼拝堂にある「開かずの告解室」、個室棟一階奥にある「血の滴る御不浄」、教員棟にある「ひとりでに鳴る洋琴」、聖堂にある「十字架の裏の大蜘蛛」の七つとされている。しかし、中禅寺秋彦の説明によれば、「血を吸う黒い聖母」と「13枚の星座石」は後付けされたもので、残る五つに「一段増える階段」を加えた六つが元来の形である。また、六つの不思議は敷地内に存在する泉を中心として等間隔に存在し、これを線で結ぶと巨大な六芒星が完成するとも説明されている。

黒い聖母 (くろいせいぼ)

聖ベルナール女学院の礼拝堂裏にある木製の祠に安置された黒い女性像。また、それにまつわる七不思議。像としては抱えられる程度の重量と大きさで、ロザリオが掛けられている。マリア像と誤解されていたが、その正体は織作伊兵衛が用意した石長比売(いわながひめ)の像で、呉仁吉が拾った「仏様」こと木花佐久夜毘売(このはなさくやひめ)の像と対になるものである。夜な夜な徘徊しては人間の生き血をすするとまことしやかに囁かれており、「血を吸う黒い聖母」とも呼ばれている。七不思議としては、正当な恨みを持っている場合に限り、男性を呪い殺してくれるよい悪魔と解釈され、満月の夜に礼拝堂を取り囲むように存在する「13枚の星座石」の13番目、通称「二枚目の白羊宮(クリオス)」の上で呪いたい相手の名前を読み上げると、次の満月までに対象を殺してくれるという。この七不思議が元となり、男性教諭を殺害した絞殺魔が黒い聖母と同一視される事態となった。

開かずの告解室 (あかずのこっかいしつ)

聖ベルナール女学院の礼拝堂にある閉ざされた部屋。一般生徒はおろか、教職員でさえ立ち入ることができず、七不思議の一つに数えられている。内部には魔女狩りの手引きをまとめた「魔女の槌」「ソロモンの鍵」「レメゲドン」「ホノリウスの書」などのグリモワール、「形成の書」「光輝の書」などのカバラ関連書物など、学院の環境にふさわしくない秘密の蔵書が数多く存在し、いずれも織作碧が悪魔崇拝へ傾倒するきっかけとなった。中禅寺秋彦は告解室の正体を織作伊兵衛の隠し部屋と予想しており、碧に告解室の鍵を渡した人間こそ真犯人だと発言している。なお、平野祐吉の潜伏場所としても利用されていた。

蜘蛛 (くも)

目潰し魔、絞殺魔の事件を陰であやつる真犯人の通称。ある人物が特定の行動を取った際に機能するような仕掛けを幾重にも仕込み、結果として多くの人間を死に至らしめた。自らに塁が及ばぬように立ち回るその手腕は、糸を張り巡らせて獲物を捕食する蜘蛛にたとえられている。蜘蛛の存在を察した榎木津礼二郎は蜘蛛を事件の作者、関係者を登場人物と表現し、登場人物が作者を指弾することはできないと断言した。また、中禅寺秋彦も蜘蛛の存在に思い至っていながら、下手に動けば蜘蛛の計画を加速させるだけだと考えて、一連の事件にかかわることを拒否していた。実際に多くの人間を殺めた目潰し魔、絞殺魔が捕縛されてなお、捜査関係者に正体を看破されることはなかったが、事件の終息後に中禅寺によって正体を指摘される。

目潰し魔 (めつぶしま)

木場修太郎が追う連続殺人犯の通称。被害者が両目を貫かれて死亡していることから名づけられた。その正体は早い段階から平野祐吉であると見当が付けられていたが、川島新造や川島喜市にも嫌疑が及んでいる。警察の捜査は後手に回り、最終的に六人もの女性が犠牲になってしまった。なお、聖ベルナール女学院では女性を呪い殺すとされる七不思議「十字架の裏の大蜘蛛」と同一視されている。

絞殺魔 (こうさつま)

磯部が追う連続殺人鬼の通称。被害者が首を絞められて死亡していることから名づけられた。実際には首を絞めるというよりも、首を捻じ折るような手口が取られていたため、捜査関係者から女性の細腕では犯行不可能と推理されていた。のちに榎木津礼二郎の特殊能力により、その正体が杉浦隆夫だと判明。最終的に三人の犠牲者が出てしまった。なお、隆夫が犯行時に死人の衣をまとって体を煤で黒くぬっていたこともあり、聖ベルナール女学院では七不思議の一つである「血を吸う黒い聖母」と同一視されている。

織作家 (おりさくけ)

千葉県興津町に拠点を置く女系一族。古来より石長比売(いわながひめ)を祖神として奉り、長女が家督を継承する姉家督の制度が取り入れられていた。長女が定期的に貴人を迎え入れて一夜を過ごし、家系を維持してきた歴史があり、この因習は織作五百子によって織作真佐子の代まで強要されている。因習の犠牲となった真佐子は、織作家を「気高き淫売婦の家系」と表現している。現在では紡織業で財を成した名士の家系として有名で、織作家の営む織作紡織機は柴田財閥の大本である柴田製糸との提携を経て、権勢を維持している。一方で、地元では先祖が天女から盗んだ羽衣を売却して巨万の富を得たという天人女房の伝説から、「天女の呪いによって女ばかり産まれるようになった」「入り婿が早死にするようになった」と噂されている。

柴田財閥 (しばたざいばつ)

柴田製糸を大本とする巨大財閥。柴田耀弘を祖として成立し、現在は耀弘の養子である柴田勇治が継承し、傘下グループの指揮を任されている。織作家が営む織作紡織機とは付き合いが深く、織作雄之介の代には業務提携が実現している。また、過去には勇治と織作紫の縁談話が持ち上がったこともあるが、こちらは立ち消えとなってしまった。

憑物落とし (つきものおとし)

中禅寺秋彦が副業として行う儀式めいた特殊技能。対象が抱える心のわだかまりを化物にたとえ、それを弁舌によって解きほぐすというもので、多くの場合は事件の関係者を一堂に集めて行われる。カウンセリングにも似た行為だが、関係者の精神崩壊、人間関係の破綻、新たな事件の発生など、さらなる悲劇を生む恐れも多分にはらんでいるため、入念な準備を済ませたうえで実施される。

クレジット

原作

京極 夏彦

SHARE
EC
Amazon
logo