猟奇的な殺人事件に巻き込まれる主人公
本作の舞台となる昭和5年の横濱では、女学生のみを狙った猟奇殺人事件が多発し、人々を恐怖に陥れている。その残虐極まりない手口から、世間では人間ではない化け物を意味する「非徒(あらず)」による犯行と噂されている。孤独な少女・香月えれなは、横濱港に降り立った際にこの事件を知るが、あまりにも現実離れしているため、その脅威に晒されていることを実感できずにいた。だが、イエーヴァ女学校に転入して数日後、自らの香りを嗅ぎつけた非徒に襲撃される。その時は偶然、その場に居合わせた謎の剣士に助けられるが、その直後にえれなの友人・井口洋子を殺害した犯人として疑われるなど、次々と不可解な事件に巻き込まれていく。
イエーヴァ女学校の特殊システム
イエーヴァ女学校は、昭和の初めに巨大財閥「源家」によって設立された女学校で、才気あふれる女性の人材育成に力を入れている。生徒や周囲からは「男子禁制の乙女の聖域」と呼ばれており、学内には理事長である源イ織や教師以外、男性の立ち入りは基本的に禁止されている。また、女学校には学年が違う生徒同士で交わされる、「エス」と呼ばれる特殊なシステムが存在する。エスの契りを交わした生徒同士は姉妹同然の間柄となり、学内で最も親密な関係として公認される。このシステムについて狐射堂遙は、安易に男性や大人に従わず、女性同士の絆が尊いことを証明するためであると語っており、のちにえれなとエスの契りを結ぶこととなる。えれなは遙が男性だと知らないままにエスを受け入れ、やがてその人間性に惹かれていく。
魅力的な男性たちとの交流
田舎から横濱にやって来た香月えれなは、華族の神藤兄弟やイエーヴァ女学校の創立者であるイ織、イギリス出身のジャーナリストであるシドニー・ワトキンスなど、個性あふれる魅力的な男性たちと出会う。しかし、えれなは男性に苦手意識を持っているため、彼らに心を動かされることなく交流を楽しんでいた。そんな中、「エス」の契りを結んだ遙が、実は男性であるという事実を知り、大きく動揺する。本作は、えれなと男性たちのやり取りが楽しめるほか、コミックスの巻末にテレビゲーム版『蝶々事件 ラブソディック』で男性役を演じた声優たちのインタビュー記事が掲載されているなど、乙女作品としての魅力も持ち合わせている。
登場人物・キャラクター
香月 えれな (こうづき えれな)
名門と名高い「イエーヴァ女学校」に転入した4年生の女子。異国の血を引いている影響から、紫色の髪と金色の瞳を持つため、自分自身の見た目にコンプレックスを抱いている。また、独特の香りをまとっているため、「憎らしいほど甘い香り」と表現されたり、その香りを狙って正体不明の化け物に襲われたりするなど、トラブルに巻き込まれることが多い。身体能力が高く、相手の立場で考えて行動できるなど、洞察力や観察力も優れている。男性に苦手意識を抱いているが、その理由は「みんな死んでしまうから」という、やや漠然とした不安によるもの。すでに両親は亡くなっていて天涯孤独の身だが、父親の友人で「id(イド)」と呼ばれる人物に援助を受けており、いつか会いたいと願っている。
狐射堂 遙 (こしゃどう はるか)
横濱にある「イエーヴァ女学校」に通う5年生の女子。華やかさと美しさを兼ね備えた学園のマドンナ的存在で、横濱歌劇団のトップスターとして人気を博している。香月えれなと寮で同室となり、学園になじめない彼女を優しく指導して信頼を獲得し、やがて「エス」の契りを結ぶこととなる。実は女装をした男性で、平安時代から続いている陰陽師一族「狐射堂家」の現当主の座に就いている。しかし、誰が見ても眉目秀麗な美青年に見えるため、一部の関係者以外からはまったく気づかれていない。「非徒(あらず)」の正体を察しており、性別を偽ってえれなと接触したのも、非徒と彼女に何かしらの因果関係があると疑っているためだった。