球児たちの受難を描いた青春コメディ
主人公の黒田鉄平が所属する野球部は弱小でも強豪でもない中堅で、体罰認定されてもおかしくない恐怖の指導が横行する時代錯誤の伏魔殿として描かれている。上下関係にも厳しく、1年生(黒田世代)は2年生(西川世代)と3年生(坂内世代)、そして監督に絶対の服従を強いられる奴隷のような存在であり、そこには自由も人権も存在しない。強制五厘刈りや、6時間も続く餞別(せんべつ)ノックなどオリジナルの伝統儀式も多く、黒田世代は数々の理不尽に見舞われることになる。進級後は生意気な新1年生(川出世代)の面倒を見ながら、新3年生(西川世代)にも振り回される中間管理職的な苦悩も描かれる。また文化祭や体育祭など、定番の行事に取り組む様子や部員たちの恋模様も見どころとなっている。
クライマックスは泥臭い「夏」の戦い
過酷を極める練習風景は滑稽にも見えるが、球児たちは至ってまじめに野球に取り組んでおり、挫折を味わいながらも心身共に成長していく姿が丁寧に描かれている。熾烈(しれつ)な背番号の争奪戦を経て、監督と部員が一丸となって甲子園を目指して奮闘する様子は本格野球漫画を彷彿(ほうふつ)とさせる熱量があり、肝心の試合も手に汗にぎる白熱した戦いとなっている。また監督が要所で放つ「強い気持ちは仲間に伝染する」「変えるべきは夢や目標ではなく練習量」「スコアラーは試合の最新情報を分析する参謀」などの名言も魅力となっている。
元高校球児が描く「野球部あるある」の数々
作者のクロマツテツロウは、コンプライアンスなど存在しなかった時代に青春を過ごした元高校球児。その経験は「怖い指導者ほど怒る前に泳がせる」「帰れと言われても絶対に帰ってはいけない」「現場監督のようなグランド整備職人がいる」「3年生は引退すると優しくなる」などの「野球部あるある」に昇華され、作中の随所に散りばめられている。なお、コミックス巻末には制作の舞台裏を描いたオマケ漫画「野球部に花束を リトルサイドストーリー」が収録されている。また第3巻にはピエール瀧、第4巻には磯山さやか、第7巻にはとにかく明るい安村、第9巻には関本賢太郎をゲストに招いての「"リアル野球部あるある"対談」が収録されている。
登場人物・キャラクター
黒田 鉄平 (くろだ てっぺい)
東京都立三鷹東高等学校に通う1年生の男子で、硬式野球部の新入部員。中学生の頃は弱小軟式野球部でショートを守っていた。高校進学を機に野球を辞めて高校デビューを考えていたが、付き合いで野球部を見学したことが仇となり、野球部に青春を捧げる羽目となる。入学当初は頭髪を茶髪に染めていたが、新人歓迎会の伝統儀式で五厘刈りにされてしまう。ヤンチャな性格で、内心では野球部の理不尽な伝統の数々に文句を垂れているが、先輩が怖くて言い出せないことが多い。配慮の類も苦手で、監督を苛立たせてしまうことが多々ある。また、怒られるとウソをついて逃れようとする悪癖があり、下手な言い訳をして監督の怒りを買い、顔面を殴られたこともある。一方で、自転車泥棒を仲間と追い掛けたり、野球に対する覚悟を疑われていた仲間を庇ったりと、熱血漢な一面を持つ。ショートを継続するつもりで高価な硬式グローブを購入するも、入部して間もなく強肩を見込まれ、キャッチャー転向を命じられた。
原田 誠 (はらだ まこと)
東京都立三鷹東高等学校硬式野球部の監督を務める中年男性。強面の角刈りでヒゲをアンカーに整え、ダブルフレームのサングラスをかけている。野球部の厳しさを象徴する存在で、目上を敬わない者や言い訳する者を嫌っている。「教師にボールを当てたのは故意ではない」という黒田鉄平のウソを見破ったり、退部届を提出したある部員が本当は野球を続けたいことを看破して届出を受理しなかったりと、人の本心を見抜く力に長けている。部員の心を動かすような名言が飛び出すことも多いが、グローブを購入したばかりの黒田をキャッチャーに転向させたり、退部を取り止めた部員に覚悟を見せろと言い放って左打ちに転向させたりと、全体貢献のために個人に負担を強いることも少なくない。殴る蹴るの体罰にも躊躇がなく、本気で怒ると頭突きを繰り出すこともあるが、手塩にかけた部員への愛情は深く、頭突きをお見舞いした坂内世代の卒業式では涙を流していた。なお、重度の子煩悩で、愛娘の前では態度が豹変する。
書誌情報
野球部に花束を ~Knockin' On YAKYUBU's Door~ 全9巻 秋田書店〈少年チャンピオン・コミックス〉
第1巻
(2013-08-08発行、 978-4253222365)
第9巻
(2017-02-06発行、 978-4253222440)