人気漫画家の苦難と現実
本作は人気漫画家の深澤薫が抱える鬱屈と、漫画に対する愛憎が交錯する姿が描かれている。ヒット作「さよならサンセット」の8年間の連載が終了し、人気漫画家から元売れっ子漫画家となった深澤は、虚無感を感じるとともに「誰一人として自分の漫画を理解してくれない」といった被害妄想じみた感情にとらわれていた。さよならサンセットを連載していた時は、仕事に集中することでストレスを感じずにいられたが、連載が終了すると脱け殻のような精神状態になり、SNSでの誹謗中傷や売れっ子漫画家にしか興味のない担当編集の冷徹さなど、周囲のありとあらゆる言動がストレスとなり、次の連載を発表するまで2年の歳月を要してしまう。
過酷な漫画家という職業
漫画家の深澤薫は、自分の望む漫画と周囲から求められる漫画に大きな差異があることを長らく憂いている。そのストレスから、安易に自分の漫画をほめたたえる読者を軽蔑したり、編集者やアシスタントに対してぞんざいな態度を取ったりすることが多くなる。特に漫画を営利目的でエンターテインメントとして利用する人々には、憎悪とも取れる感情を向けることもある。大学時代からの友人である山石は、深澤が極めて傲慢で、自らの繊細さを武器に周囲の人々を振り回すのも、彼が理想を追い求めるがゆえであると推測している。
深澤薫の女性関係
深澤薫は漫画へのこだわりの強さから大学時代は恋愛がうまくいかず、現在はスランプに陥って妻の町田のぞみとの関係も悪化している。さらに、アシスタントの一人である冨田奈央と漫画の描き方を巡って何度も対立し、挙げ句にはパワハラを指摘されるなど、身近な女性とは折り合いが悪い。そんな中、立ち寄った風俗店で働いていたちふゆと親密な関係になりかけるが、彼女も深澤が漫画家だと知るや否や漫画のことばかりを話すために距離ができ、結局すぐに会わなくなってしまう。このように、深澤は漫画がかかわることで女性関係の構築にことごとく失敗しており、特に猫顔の女性に対して苦手意識を持っている。
登場人物・キャラクター
深澤 薫 (ふかざわ かおる)
漫画家を生業とする男性。担当編集だった町田のぞみと結婚した。漫画と真摯に向き合っており、自らの作品を面白くするための努力を惜しまない。8年間の連載の末に終了した「さよならサンセット」は、多くの読者からの支持を受けている。自分にも他人にも厳しい性格で、情け容赦のない物言いをすることが多い。現在の漫画業界のあり方や流行に否定的な考えを持っているため、仕事やほかの漫画家の話題になると偏執的な一面が表層化して空気が読めなくなるという悪癖を持つ。これが原因で妻ののぞみや元アシスタントの冨田奈央に対して、大人げない態度を取ったり、トラブルを巻き起こすこともしばしば。また、一度スランプに陥ると加速度的にストレスを溜めがちで、その発散のために風俗店をよく利用している。一方、漫画から離れると穏やかな性格となり、周囲に対しての気配りや善良な一面を見せる。
町田 のぞみ (まちだ のぞみ)
出版社の編集者を務める女性。かつて深澤薫の担当編集者だったことがあり、その縁で結婚した。薫とは対照的に、漫画に対して前向きな考え方を持っている。また、薫の描く漫画を心から愛していることを公言している。しかし皮肉にもそのことが、自らの作品を好きになれない薫のストレスを悪化させる原因の一つとなっている。町田のぞみ自身は心から励ましているつもりながら、薫にとってはコンプレックスを刺激する結果にしかなっていない。なんとなく続けている夫婦関係も破綻寸前で、薫からは離婚をせまられている。