北の大地を舞台に、女子高校生と鉄道オタクたちが殺人事件に巻き込まれるトレインミステリー。主人公・雁ヶ谷空海(かりがやそらみ)は沖縄育ちの17歳だ。鉄道嫌いの母親に育てられ、生まれてこのかた一度も電車に乗ったことがなかった。しかし、病で母親が亡くなってしまい、空海は弁護士を名乗る男・中在家(なかざいけ)勉から、死んだはずの祖父の生存を知らされる。相続のために祖父のいる北海道に来て欲しいと頼まれた空海は、意を決し月館行きの〈幻夜〉号に乗り込む。
〈幻夜〉号の乗客は、空海を除いて全員が筋金入りの「テツ(鉄道オタク)」たちだ。それぞれが乗りテツや撮りテツなど、さまざまな知識を披露しうんちくを語り合う場面は、鉄道についての知見を広める意味でも楽しめる。そのテツたちの中でも、イケメンで常識人の日置(ひおき)健太郎に空海は好感を持つが、日置は〈幻夜〉号の客室で殺害されてしまう。日置の死体の横にはカードが置かれており、それはテツたちを震撼させている「首都圏連続殺人事件」の犠牲者の横に置かれているものと同じものだった。日置を殺したのは誰か、首都圏連続殺人事件との関連性はあるのか、〈幻夜〉号は本当に動いているのか、さまざまな思惑と伏線が絡まっていく。冒頭のシーンから衝撃のラストまで伏線が綿密に練り込まれた、推理し甲斐のあるミステリーだ。
刑事と連続殺人犯の闘いを描いたクライムサスペンス漫画。牧窪(まきくぼ)署に勤務する主人公・倉澤樹(くらさわいつき)は、どんな小さな犯罪にも危険を顧みず全力で突撃する、猪突猛進な刑事だ。樹が刑事になったきっかけは、6年前に妹の穂乃花(ほのか)を殺されたことだった。ある日、深夜残業をしていた樹はうっかり書類の山を倒してしまう。拾った書類に書かれたとある人物の名前を見て、樹は愕然とする。その人物こそが穂乃花(ほのか)を殺害した犯人・貴志(きし)ルオトだったのだ。
ルオトは、6年前に倉澤家の近所に越してきた類を見ない美少年であった。穂乃花は樹と行くはずだった祭りの夜、ルオトに惨殺されてしまう。少年法で保護されるルオトに対し、被害者である樹たち家族はマスコミの餌食となった。ルオトに絶望の淵に叩き落とされた怒りと恨みから、樹は刑事になった。しかし、ルオトは更生して社会復帰するという。ある晩、樹は「あなたの一番大切なものをもういちど奪います」というメモを受け取り、ルオトが出所し再び自分の前に現れたことを確信する。ルオトが樹に執着する理由とは何か、ルオトが殺人をする理由は何か。本作で展開されていく人間の狂気に戦慄を覚える作品だ。
猟奇殺人犯「悪魔の蛙男」と、敏腕刑事の攻防を描いたサイコスリラー漫画。根っからの仕事人間である主人公・沢村久志は、警視庁捜査一課の刑事として仕事ばかりを優先した結果、妻の遥に愛想をつかされ息子とともに家出されてしまう。ある日、犬に生きたまま食い殺された死体が発見され、沢村も捜査に加わることになる。捜査が難航する中、犬の腹から「ドッグフードの刑」と書かれた紙片が発見された。次々と猟奇殺人が巻き起こる中、沢村はひとつの真実にたどり着く。2016年に実写映画化。
本作の連続殺人事件の犯人は、蛙男だ。蛙の顔に似たマスクで容貌を隠し、フードをかぶっている。蛙男の殺人の手口は至極残忍である。自らをアーティストと名乗り、「私刑」と称して死体を縦半分にしたり、出生時の体重と同じ重さの肉片を切り取り殺害したりと、グロテスクな描写は思わず目をそむけたくなるほどだ。実はその連続殺人が、過去に起こったひとつの事件とすべて繋がっていたことが判明する。本作は殺人事件の謎を解明するだけでなく、物語のラストでもさまざまな解釈が可能なため、本作のタイトル「ミュージアム」の意味に思いを馳せるのもよいだろう。
連続殺人事件を通して、姉妹の愛と絆を描いた短編ヒューマンサスペンス。妹の「さな」と「お姉ちゃん」こと姉は、ひとつ違いの仲の良い姉妹だ。姉は成績優秀で容姿端麗な学校の人気者のため、さなは姉を崇拝するほど愛していた。ある日、さなが目覚めるとリビングでは連続殺人事件のニュースが流れている。既に殺人は8人目で、死体はすべて心臓がくりぬかれているという残酷なものだった。このニュースの感想を求められたさなは、姉に対してとある疑念を抱く。
さなの視点で描かれる前半は、「姉が殺人者なのでは」という疑念、そして確信で溢れていく。姉とのいちばんの思い出は、雨の日に5キロも離れた図書館に、わざわざ姉が迎えに来てくれたときのことだった。傘をひとつしか持たず「さなと一緒がよかった」と笑う姉と相合傘で帰った思い出を胸に、さなは姉を雨の日の図書館に迎えにいく。姉は、9人殺しのとある殺人鬼について調べており、犯人に殺人中の記憶がないことについて語り出す。そしてさらなる惨劇が起こったところで、姉の視点に切り替わる構成が秀逸だ。姉の回顧で描かれる後半は、前半に張り巡らされた伏線の回収とどんでん返しの連続である。ひとつの傘に身を寄せ合いながら、通じ合うことのない互いへの愛がひどく切ない作品だ。
明治時代の日本を舞台にした、文学青年たちが活躍する探偵漫画。主人公である松岡國男(くにお)は東京帝国大学の学生であり、文学や詩をたしなむ青年だ。明治3X年、國男は学友である田山録弥(ろくや)とともに友人「S」のいる黒鷺村へ向かっていた。道すがら、白い謎の獣が走り去り、白髪の少年が現れ、一瞬にして姿を消すのを國男は目撃する。そしてSの歓迎も束の間に、村の娘が殺される事件が起こり、國男と田山はなりゆきで現場に同行することになった。関連作品に『黒鷺死体宅配便』がある。
黒鷺村には数百年前に村に逃げ込んだ比丘尼(びくに)と6人の従者が村人に惨殺され、比丘尼が息絶える前に「草分けの家に七人の娘が揃った時にかならず祟る」と言い残したという伝承があった。比丘尼の正体は「ミサキ(物の怪や死霊)使い」という式神の使い手であり、その祟り通りに黒鷺村では村の娘が5人も殺されていた。謎の白髪の少年の正体は「やいち」という捨て子のミサキ使いであったため、國男たちはミサキに殺されたという人々の噂をもとに、やいちの力を借りて事件を解決してみせる。本作は民間伝承やミサキ、現実が入り混じった不思議な世界観で描かれている。登場人物も実在する人物であり、國男はのちの民俗学者・柳田國男、田山はのちの小説家・田山花袋というのも興味深い。