あらすじ
三五との出会い(第1巻)
イワは田舎を遠く離れ、叔母の箱川たわ子の家で女中として働き、給料をもらっていた。そこにイギリス留学をしていた、いとこの箱川都一が帰国する。折り合いの悪い都一との生活に居心地の悪さを覚えていたイワだったが、そんなある日、道に倒れている青木三五を発見する。助けようと起こした際に首元を嚙まれ、イワは三五が吸血鬼ではないかと疑う。しかし、病弱で家族もおらず、「死んでもいい」「死にたい」などと軽々しく口にする三五を救いたいと、自らかかわりを持っていく。そんな中、イワは突然三五から夜中に呼び出される。そこで三五は再び倒れてしまい、心配したイワは、生きているかどうか確認しようと、彼の胸元に耳を寄せる。すると、まるで時計の音のような鼓動が聞こえるのであった。
央子とイワと三五の心中(第2巻)
ある日、箱川たわ子が少年を拾ってきた。その少年は、実は央子という名前の少女で、訳ありの様子だった。口うるさい箱川都一に見つからないよう、イワとたわ子は央子を隠しながらの生活を始める。そんな中、央子は都一の部屋に入り込み、彼の大切なレコードを壊してしまう。このままでは殺されると、動揺したイワが青木三五に相談しに行くと、「いっしょに心中しよう」と三五に連れ出される。着いた先はサーカス団であり、三五は舞台で使用する時計の修理に、イワを付き合わせただけだった。そしてたわ子は、央子が、このサーカス団に所属していると知る。
イワの1週間(第2巻)
ある日、イワは青木三五から、「一週間後にすばらしいことがあるよ」と告げられる。イワは何があるのだろうと緊張するものの、三五はほかの女性とデートを重ね、いつも通りの生活を送っていた。そして迎えた一週間後。時計修理の縁で知り合った人物のコネで、三五はイワを、毎週楽しみにしているラジオドラマへと誘う。しかも「一週間後のすばらしいこと」はそれでは終わらず、三五は「きっとイワは自分が好きになり、結婚するようになるよ」と、プロポーズめいた言葉を口にするのであった。
都一の元彼女(第2巻)
イワが女中の仕事をいつものようにこなしていると、箱川たわ子の家に都一の元彼女が訪問して来た。あいにくたわ子も箱川都一も不在であったため、イワは彼女を茶の間に通し、待ってもらうことにした。そこに都一が帰宅し、件の女性を見るなり逃走。イワは彼を追うが、その途中で鍵と財布の中身を落してしまう。結局、イワと都一はたわ子が帰宅するまでのあいだ、映画を観て時間を潰すなど、デートのような時を過ごす。イワは、都一のことを底意地の悪い人間だと思っていたが、人知れず恋をした彼女がいた事実を知り、人にはさまざまな顔があるのだと、しみじみ思うのだった。そして都一の元彼女は、お見合いをするため、その日の晩に、夜汽車に乗って実家へと戻って行くのであった。
三五の告白とイワの気持ち(第2~3巻)
青木三五からプロポーズめいたことを言われ、イワは激しく動揺していた。初めての恋にドキドキ感が止まらないイワは、人生初のパーマをかけるが、大失敗してしまう。そんな中、箱川都一に片想いをしている橘操は、叶わない想いなのではないかと不安を感じ、ほかの男性とヤケ酒を飲んで倒れてしまう。イワは自身や操の姿から、恋をするとおかしくなってしまうと悟り、三五からの「ずっと自分のことを考えていてほしい」という告白を拒絶。そんな中、三五が失踪してしまう。心配して三五を探していた箱川都一は、知り合いから彼が鎌倉にいると聞き付け、様子を見に行く。喜九と共に密かに都一の荷物に入り込み、鎌倉に到着したイワは、無事に三五と再会。結局、三五は入院中の三五の祖母の見舞いのため、旅行がてら鎌倉に滞在していただけであった。そこで、木の下で眠っている三五を見かけたイワは、吸い寄せられるように三五の頬にキスをしてしまう。
三五とイワの恋の結末(第3巻)
なぜ青木三五にキスをしてしまったのか、イワは動揺しながら日々を送っていると、イワの様子を見るために、イワの祖父が上京して来る。箱川たわ子から、イワが青木三五と恋仲であると知ったイワの祖父は大反対。そんな中、三五が再び体調を崩してしまう。箱川都一は、三五を励ますために、フィルムでイワを撮影しようと提案。庭を転げまわるなど、おもしろおかしいイワの姿がフィルムに撮影されており、それを見た三五は元気そうに笑うのだった。その一方で、自分がいなくても店を開けられるようにと、木村朔を迎え入れる三五を見て、イワは三五がいなくなるのではないかと不安を覚える。
登場人物・キャラクター
イワ
純粋な心を持つ素朴な少女。田舎から東京へと出稼ぎにやって来た。叔母の箱川たわ子の家で女中をして、給料をもらっている。たわ子からは「コイワ」と呼ばれている。いとこの箱川都一とは折り合いが悪く、「底意地の悪い性格」「口うるさい小姑」と陰口を叩いている。「イワ」という変わった名前は、イワの祖父が「丈夫に育つように」と名付けたものであり、高齢者からの受けがいい。 イワの祖父から「お前は顔もよくないし、とにかく善行を積め」と言われて育ってきたため、困っている人がいると放っておけない優しい性格。青木三五を吸血鬼ではないかと疑いつつも、「死んでもいい」「死にたい」とたびたび口にする三五を救わなければという、使命感に駆られるようになる。
青木 三五 (あおき さんご)
病弱でミステリアスな雰囲気を漂わせた美青年。箱川都一とは高校時代からの友達で、現在も交流がある。成績は優秀だったものの身体が弱いため高校を中退し、家業である時計屋を継いでいる。母親は既に亡くなっており、女中の喜九と暮らしている。父親はイギリスで時計職人をしているが、ここ数年は音沙汰がない。青木家は代々短命であり、自分も長くは生きられないと悲観している。 貧血になり、道に倒れているところを助けられてイワと知り合う。その際、イワの首元に嚙みついたので、イワからは「吸血鬼ではないか」と疑われている。美しい外見で、女性には非常に人気があり、特に水商売系の女性からよく声をかけられる。
箱川 都一 (はこかわ といち)
箱川たわ子の一人息子で、イワのいとこにあたる。母親のたわ子が桝井の愛人であると知っており、自身が「桝井の子であり妾の子」という事実も理解している。高校を卒業してからしばらくイギリスに留学していたが、春から日本の大学に通うために帰国した。遠回しな嫌味を言ったりと、何かと攻撃的な性格のため、イワには「底意地の悪い性格」「口うるさい小姑」と評されている。 青木三五とは高校時代からの友達であり、親しくしている。橘操に恋心を寄せられていることは理解しつつも、交際する気はない。
箱川 たわ子 (はこかわ たわこ)
イワの叔母。かつて女優として活躍していた。桝井の愛人として暮らしており、息子の箱川都一をもうけている。脚を痛めてからは女優業を引退しており、一日のほとんどを家の中で過ごしている。田舎から東京に出て来たイワを自宅の女中として迎え入れ、かわいがっている。普段は明るく、面倒見の良い性格であるものの、時々部屋で一人悲しそうな顔をしていることがある。 そんな時には、イワは触れてはいけないと思い、そっとしている。
桝井 (ますい)
箱川たわ子を愛人としている男性。息子である箱川都一の存在も認めており、学費など生活全般の面倒を見ている。時々たわ子とデートするために、馬車に乗ってやって来る。
橘 操 (たちばな みさお)
青木三五と箱川都一の友人の女性。容姿端麗で、初対面のイワが同性ながら思わず緊張してしまったほど。気が強く、思ったことは口に出さないと気がすまない性格。都一に好意を抱いており、映画に誘うなど積極的にアプローチしているが、いつもふられている。女優を志望しており、箱川たわ子から女優時代の話を聞くことも多い。
央子 (おうこ)
箱川たわ子が街で買い物をしている時、橋の上で立ちすくんでいた少女。家族もなくどこにも行くあてがないと語り、たわ子に拾われた。出会った当初は男装をしており、たわ子からは少年だと思われていた。もともとはサーカスの団員として働いていたものの、女性にしては大柄な体格をからかわれ、さらに失恋を経験。そのため、「いっそ男になれば辛いことがなくなる」と、男装をしてサーカス団から逃げ出した、というのが真相であった。
小太郎 (こたろう)
央子が所属するサーカス団で、トランペットを担当している少年。実は央子に想いを寄せており、失恋をしてサーカス団からいなくなってしまった央子を心配していた。素朴な雰囲気の持ち主で、青木三五はどことなくイワに似ていると感じ、好感を抱いた。
里 (さと)
イワの友達の少女。漫画家を目指しており、夕泡に内弟子として付いて学んでいる。しっかり者のため、師匠である夕泡に対しても叱咤激励するなど、立場が逆転することが多い。年齢が近いイワとは仲がよく、悩み事があると互いに相談し合っている。
夕泡 (ゆうほう)
漫画家の男性。周囲からは「夕泡先生」と呼ばれている。箱川たわ子の家の隣に住んでおり、近所の老人を集めて、たわ子の家で麻雀をしたりして、何かと原稿から逃げている。内弟子の里に主導権を握られており、原稿をサボっていると厳しく叱責される。締め切りが近づくと、すぐに「死にたい」と口にするが、里をはじめ周りの人達はもはや慣れっこになっており、誰も相手にしない。
喜九 (きく)
青木三五の家で彼の世話をしている高齢の女性。昔から青木家で女中として働いており、三五だけになってしまった青木家で、今も三五の世話をしている。和菓子屋に大福を買いに行った際、目前で売り切れてしまって落ち込んでいたところ、最後残り二つの大福を買ったイワに、大福を譲ってもらって知り合う。
三五の祖母 (さんごのそぼ)
青木三五の父方の祖母。高齢なので入院しているが、元気いっぱい。よく辛辣な言葉を発する。周りに対しても厳しく接しており、特に青木家で女中をしていた喜九に対しては、嫌味ったらしいことをよく口にしている。三五に対しても厳しくあたっていたものの、帰り際に「息子は行方不明だけれども三五を愛していたのは本当だ」と語る。
都一の元彼女 (といちのもとかのじょ)
箱川都一がイギリス留学をする前に交際していた若い女性。もともとは売れない女優であり、知り合いに演技の糧になるかもしれないからと、箱川たわ子を紹介してもらった。その縁で都一と知り合い、恋に落ちた。しかし、人付き合いが苦手だった都一が、青木三五など新しい友達を作って距離ができてしまい、結局は破局した。
木村 朔 (きむら さく)
横浜の時計商の息子。まだ幼い少年であるものの腕は確かで、さまざまな機械時計の修理もこなしている。青木三五が体調不良で休んでいる時や、入院をしているあいだは、彼の実家の時計屋を手伝っていた。「よく見るとかわいい」という理由で、イワを気に入っているものの、ほかにも彼女が複数いるプレイボーイである。
イワの祖父 (いわのそふ)
イワの祖父。箱川たわ子の家で女中として働いている孫のイワを心配し、様子を見るために上京して来た。決して美人ではないイワに対し、「お前は顔もよくないし、とにかく善行を積め」と言い聞かせて育てており、イワの困っている人を放っておけない性格の礎を作った。なお、病弱な青木三五とイワが交際することには反対している。
三五(コウモリ) (さんご)
イワが箱川たわ子の使いで外出した際、怪我をして道に横たわっていたコウモリ。祖父から善行を積むように言われていたイワが拾い、そのまま相棒としてかわいがっていたが、怪我が治ってから、いつの間にかどこかへ飛び立ってしまった。なお、青木三五と名前が同じなのは偶然である。