ゆるやかに時が流れる極上の日常譚(たん)
明治時代の横浜は、文明開化の影響を大きく受けている地域で、マダムが経営する喫茶店「カモメ亭」の周辺も空前の発展を遂げ、賑(にぎ)わいを見せている。店では当時珍しかった、海外から輸入されたお菓子や飲み物がメニューとして提供され、ちろりやマダムの移動手段として人力車や蒸気機関車が登場するなど、明治時代ならではの世界観を知ることができる。また大晦日(みそか)やお正月、夏祭りなど、四季それぞれのイベントも当時の時代背景に即して描かれている。
お互いを思いやるちろりとマダム
喫茶店「カモメ亭」で働くちろりは、雇ってくれたマダムに恩義を感じており、掃除や給仕を日々懸命にこなしていた。熱心に仕事に励むそんな姿は客から人気を集め、マダムからも信頼されている。努力を怠らず、時に愛らしい様子を見せるちろりをマダムは大切に思っており、閉店後におしゃべりを楽しんだり、イベントや旅行に同行させるなど、プライベートでもなかよくしていた。二人の微笑(ほほえ)ましいやり取りは、本作の大きな魅力であり、穏やかで癒される雰囲気の形成に一役買っている。
カモメ亭のさまざまな客たち
喫茶店「カモメ亭」は、「関内」と呼ばれる横浜の外国人居住区にあるため、外国人やその関係者がよく訪れている。厳格な父親のもとで育ち、息苦しさを感じていた晴之はカモメ亭で出会ったちろりに一目惚(ぼ)れしたことで、内向的な性格が改善される。またカルチャーギャップに悩むイギリス人旅行者のアリスはちろりの優しさに触れて立ち直り、外国人の恋人と別れて意気消沈するお花は、初めて飲んだコーヒーの味に癒やされたりと、静かで穏やかな空間でゆるやかな時が流れる。
登場人物・キャラクター
ちろり
喫茶店「カモメ亭」で給仕や雑用を務める日本人の少女。年齢は12~13歳。口数が少ないが表情豊かで、細かな気配りを欠かさない。また柔らかな物腰と何事にも一生懸命な姿から、客や近隣の住民たちからは看板娘として愛されており、気難しい常連の老人にも気に入られている。まったく人に懐かない猫が膝の上に乗ってくるなど、動物からも好かれている。店のマダムを深く慕っており、彼女が風邪を引いた際は、ふだんのちろりからは想像できないほど狼狽し、周囲を驚かせた。マダムの淹(い)れるコーヒーが大好きで、いつか自分も彼女のように上手に淹れたいと考えている。
マダム
喫茶店「カモメ亭」のオーナーを務めている女性。本名や国籍は不明で、ちろりや近所の住民からは「マダム」と呼ばれている。優しく大らかな性格で、日本人離れした美貌を誇る。料理上手で愛想もいいことから、店はいつも繁盛している。特にマダムの淹れるコーヒーは評判がよく、店が盛況な要因の一つとなっている。一方で仕事から離れると、どこか抜けたところや子どもっぽい一面を見せることがあり、ちろりからはそんなところも好ましく思われている。ちろりの勤勉さを評価しており、彼女を実の娘のようにかわいがり、ちろりがほかの人から褒められると自分のことのように喜ぶ。