あらすじ
第1巻
都会っ子の女子高校生、藤川ひゆみは、家族で軽井沢に引っ越すことを楽しみにしていた。だが、引っ越し先に着いてみるとそこは軽井沢ではなく、自然あふれる長野県下佐久群中海町だった。ひゆみが、自分をだましたひゆみの母に詰め寄ると、彼女はおしゃれなカフェやカラオケ、かわいい服のアウトレットショップなら、駅前にすべてそろっていると返す。それを聞いたひゆみが自転車で駅前に急ぐと、そこにあったのは古いお土産屋やカラオケスナック、田舎感あふれる洋品店の入った小さな商業施設だった。母親にこの怒りをぶつけるべくひゆみは帰路を急ぐが、その途中のあぜ道で滑り、田んぼに落ちてしまう。ぐしゃぐしゃになって家に帰ったひゆみを見た母親は、彼女にタオルを投げつけるとにこやかに一言、「ご飯にする」と告げる。身支度を整えたひゆみはしぶしぶ食卓に座り、その日の献立であるわさびご飯と、地元で朝取れたばかりの野菜まみれの生姜焼きを口に運ぶ。その味に衝撃を受けたひゆみは、おいしいものを食べている時に怒っているのは損だと自覚。ひとまず気を静めて、お代わりを要求する。(第1話「おいでなんし中海」。ほか、5エピソード収録)
登場人物・キャラクター
藤川 ひゆみ (ふじかわ ひゆみ)
長野県下佐久群中海町に引っ越してきた女子高校生。明るい色のボブヘアで、首にはいつもチョーカーを付けている。新しいもの・流行りもの好きで、SNS映えが何より最優先という現代っ子。もともと住んでいた東京から離れることを拒んでいたが、ひゆみの母の口車に乗せられ、軽井沢とカン違いしたまま中海町へとやってきた。当初はそのあまりの田舎ぶりに愕然とし、なんとしても東京に戻ると息巻いていたが、地元産のおいしい食べ物を食べたり、友達になった輪湖椎奈から田舎暮らしの楽しみ方を教えてもらううちに、中海町になじんでいく。虫が大嫌いではあるものの、落としてしまった教科書を拾うために川の中に腰まで浸かって踏み入ったり、桑の実やしそジュースなど、それまで知らなかったものでも、口にしておいしければ素直に称賛したりと、思い切りがよく順応性も高い。また、出先で椎奈が悪口を言われているところを目撃した際には、相手に啖呵を切って椎奈をその場から連れ出すなど、非常に友達思いな一面もある。「首をスマホを見る角度にして現実を遮断し逃避する」「知り合いのスカートからパンツが見えそうになった時の対処法」など、自ら見出したさまざまなテクニックを持つが、基本的にどれもあまり役に立たない。
輪湖 椎奈 (わこ しいな)
藤川ひゆみのクラスメイトの女子高校生。ショートヘアのクールな美少女だが、顔立ちは中性的で、ひゆみと初めて会った時には、そこが共同浴場であるにもかかわらず、男子とカン違いされた。田舎の環境に慣れないひゆみがドジを踏む場面によく遭遇しており、それをフォローするうちに彼女と親しくなっていく。ちなみにクールに見えるのは、単純におとなしい性格で世間ずれしていないためで、そんな自分の性格も自覚しており、明るく都会的なひゆみに対し、自分といても楽しくないのではないかと気が引けているところがある。一方で日々の生活においては活動的で、ひゆみに田舎暮らしの楽しみ方をさまざまな方面から伝えていく。実は中海町の町長の孫娘で、近隣で一番古くからの地主という中海一の由緒ある家系。そのためか、悪意はないながらも、同年代の子供たちからはどこか腫れ物に触るような扱いをされており、親しい友人もいない。
志保 (しほ)
藤川ひゆみのクラスメイトの女子高校生。流行りものの情報収集に敏感で都会にあこがれており、東京からやってきたひゆみと意気投合し、親しくなる。ノリは軽いが、自分の暮らしてきた環境と、ひゆみから聞く東京のギャップに困惑することも少なくない。そしてそれにより、さらに妙な都会へのあこがれを募らせていく。
ひゆみの父
藤川ひゆみの父親。短髪に口ひげと顎ひげを蓄え、がっしりとした体形をしている。ひゆみのことを、彼女が持っている電子レンジごと抱え上げるほどの腕力の持ち主。藤川家の長野県下佐久群中海町への引越しの立案者であり、もともと自然豊かなこの町で暮らすことに強いあこがれを抱いていた。快活だが娘には弱く、東京から離れてショックを受けているひゆみに対し、若干負い目を感じているところがある。
ひゆみの母
藤川ひゆみの母親。明るい色の髪をロングヘアにした美人。間の取り方や空気感がどこか独特で、ひょうひょうとしたマイペースな性格をしている。古いバイクのヘルメットを大事にしており、かつては相当の走り屋であったことをうかがわせる。藤川家の長野県下佐久群中海町への引越しについても、バイクで峠を攻める男たちのエンジン音を聞けるのがうれしいと好意的にとらえている。また、ひゆみに軽井沢のガイドブックを見せて「その県に引っ越す」と告げ、だまし討ちにも近い叙述トリックで、東京から離れたがらなかった彼女を説得した張本人でもある。つかみどころがないように見えて、娘であるひゆみのことは的確に把握しており、娘を中海町に連れてきて本当によかったのかと悩むひゆみの父に対し、ひゆみは順応性が高いから大丈夫だと太鼓判を押した。事実、ひゆみはひゆみの母の言葉通り、すさまじい速さで田舎暮らしに適応していくこととなる。
椎奈の祖父
輪湖椎奈の祖父。長野県下佐久群中海町の町長を務めている。頭の禿げ上がった細身の体型の老人で、いたずら好きで快活な性格の持ち主。近隣で一番古い地主という由緒ある家系で、町、ひいては自分の家を保ってきた養蚕業に強い愛着を抱いている。一方で今の時代においては、若者たちは古いことにこだわらずに自由に楽しく生きるべきだと考えるリベラル派で、そのための手段として、さまざまな知識を身につけておく必要があるというのがモットー。虫が苦手な藤川ひゆみに蚕を見せてからかったりもするが、その行為も彼女に一つの知識を身につけさせようという親心からのもの。ひゆみのような、田舎暮らしに順応できる若い世代が中海町にやって来ることを、大歓迎している。