概要・あらすじ
下沼えみこは、いつの日からか笑わなくなっていた。そのかわりなのか、面白かった後は、おでこにイクラのような「おでき」ができる。数日立つとぽろりと取れるそれを、えみこはなんとなくビンに集めていた。そんなえみこに興味を持ってちょっかいを出してくる円は、いつもビデオをまわして自分の目線で撮影を続ける、丸刈りの少年。
そして、その円が気になり、彼の坊主頭に触れてみたいと思いを寄せるクラスメイトの岬はるか。かすかに関わりあいながら、それぞれが日々を精一杯生きていく。
登場人物・キャラクター
下沼 えみこ
小学校時代のとある出来事をきっかけに笑わなくなった女の子。いつも怒ったような顔をしていて、面白いと感じた時も表情はそのままで、そのかわりにおでこにイクラのような「おでき」ができる。数日立つとぽろりと落ちるそのおできを、なんとなくビンに入れて集めている。
円 (まどか)
下沼えみこのクラスメイト。自分が好きで、自分の目線を記録したいという理由のもと学校でもビデオカメラで撮影を続ける坊主頭の少年。カメラを向けるとだいたいの女性は笑うのに、まったく笑わないえみこに興味を持っている。
岬 はるか
円に恋する少女。丸刈りの人が好きで、円と一緒に神社の木漏れ日の下で読書をしたいと思っている。自分の気持ちは親友の小島さきにだけ打ち明けているが、ほかの人には内緒にするため、さきとの会話中では円のことを「ウルトラ」と呼んでいる。ある日、学校の庭で昼寝している円を見かけた岬はるかは、円の坊主頭を思わす舐めてしまう。
小島 さき
岬はるかの友人。母と2人の母子家庭だが、母は病気で入院しており、伯母の小島せつ子と母を見舞い、日常生活もせつ子に面倒を見てもらっている。母が自分の話を聞いていない、自分を見ていないと感じており、また母から放たれて自分についた病人特有の臭いを気にしている。
小島 せつ子
小島さきの伯母。美人の妹と違い、少し太っていて器量も良くはない。妹からは「せっちゃん姉さん」、さきからは「せっちゃんおばさん」と呼ばれている。病気の妹の世話をしつつ、家で1人になるさきの面倒も見る。10歳の頃は、街に見えないピアノ線がはられており、自転車で猛スピードを出すとそのピアノ線で身体をズタズタに引き裂かれてしまうという想像にとらわれ、恐れていた。 妹といっしょにピアノ教室に通っており、そこの先生である岩田基彦が妹に性的いたずらをしようとしていたところを目撃する。
岩田 基彦
小島せつ子が小学生の頃に通っていたピアノ教室の先生。40年に渡って200人近い子供にピアノを教えてきたが、66歳になり右手がいうことをきかず、引退を考えている。妻や子供はおらず、弟夫婦から疎まれているのを感じている。
さくら
岩田基彦の姪の娘。汗として尋常ではない量の水分を出す少女。肩に手を置いただけでシャツが濡れるほど。同じ予備校に通う安倍秋緒と交際を始め、セックスの時はシーツがグショグショになるほど全身から汗が出る。
安倍 秋緒 (あべ あきお)
さくらと同じ予備校に通う受験生。志望大学が同じだったことから交際を始める。さくらに勉強を教えるが、学力にはほとんど差がないため安倍秋緒が無理をする形になっており、結局秋緒のほうだけ受験に落ちてしまう。
安倍 夏緒 (あべ なつお)
安倍秋緒の姉。小学校の頃、「友達」をテーマに2人1組になって似顔絵を描く授業があり、それをきっかけに美濃歩(みのあゆむ)と友達になる。歩のとある身体の秘密を知った安倍夏緒は、大人になったいまも足の爪を切る時にだけ彼女のことを思い出す。
赤座
老人ホームで死を間近に控えた老婆。身寄りはないが、4人の女性から「おかあさま」と慕われ、彼女たちは病院で赤座のベッドから一時も離れようとしない。自身はすでに死を覚悟しているが、花、月、海、母が見たいと、4人それぞれに最後の頼み事をする。
角沢 栄一
赤座が入っていた老人ホームに務める介護士。毛深い男性で妻とまだ幼い娘がいる。家を引っ越すことになり、高校卒業以来触れていなかった学生カバンになぜか当時のクラスメイトであった井上梓美の日記が入っているのを見つける。日記を読んだ角沢栄一は、当時はまったく気付かなかった梓美の気持ちを知ることになる。
井上 梓美
角沢栄一の高校時代のクラスメイト。栄一に好意を抱いていたが、気持ちを伝えられなかった。大学で出会った男性と5年間交際していたが、その男性が実は3年も二股をかけており、相手と心中未遂をした、という過去を持つ。その失恋から立ち直りつつあるいま、写真店にいる清水という男性が気になっている。
新垣 葉子
井上梓美が交際していた男性が二股をかけていた相手の女性。新垣葉子は男性に本命の彼女がいることを知っている。母と亡き父が新婚旅行で泊まった宿に、男にはそれとは告げずに宿泊し、自分といっしょに死んでくれるか尋ねようと考えている。本気ではなく、その質問への「うん」という答えが聞きたかっただけなのだが、その夜、男性をさまざまな手段で何度も殺す悪夢にとりつかれることになる。
米山 高志
新垣葉子が心中未遂をはかった旅館近くに住む青年。部屋で横になっている時に、へそが痒くて指でよじったところ、何かをつぶしてしまう。直後、へそから身長3センチほどの日本神話にでてくるようないでたちの女性が出現し、いまつぶされたのは彼女の美人の妹で、米山高志に嫁ぐ予定のはずだったと涙を流す。妹が死んだいま、姉である彼女が高志の嫁になるというが、姉のほうは不細工だった。 しかし、その後、姿を現すたびに美しくなっていく彼女を見て、高志は動揺する。
美保 五月
米山高志と交際していた女性。高志との子を妊娠したが堕ろし、両親と妹夫婦の暮らす実家に帰っている。妹夫婦の子供「宇宙(そら)」を可愛がり、昼間は元気に振る舞っているものの、夜は布団の中で声を押し殺して泣いている。
美保 弥生
米山五月の妹。小学校の頃は明るく元気な女の子だったが、クラスメイトの少女である月世に笑い方とイントネーションをモノマネされたことに傷つき、徐々に友達と距離を置くようになっていく。大学受験を控え、予備校で再会した月世と過ごすうちに明るさを少しずつ取り戻すが、自分に自信を持てないままでいた。そんな彼女もやがて会社でのちに幸せな家庭を築く人生の伴侶と出会う。
音羽 静
美保弥生の夫の弟で、眼鏡をかけた18歳の青年。子供の頃は自分の声が好きで、歌うことが大好きだったが、同じ合唱団に所属する自分よりも声が良くて歌も上手い行人(ゆきと)に嫉妬を感じていた。変声期を迎えてしまった音羽静は、体育館での合唱の練習中、行人を衝動的に突き落としてしまい、いまもそのことが心に残り、おでこに穴となって表れている。
野田 菊
音羽静の彼女。静と付き合っていた時点では18歳。子供の頃から、未来に出会うはずの大事な人たちが自分の名を呼ぶ声が聞こえていた。幼少時に出会った母の再婚相手、好きだった耕くん、手芸部の先輩、そして静。その人たちが自分を呼ぶ声を実際に聞いた時、野田菊にはその人たちが自分の出会うべき運命の人であることが確信できた。 しかし、年老いた彼女は長年連れ添った夫の声が一度も聞けなかったことに気付く。